11ー2祝福の花火
薄暗い部屋で目が覚める。暗すぎてどこに何があるか、ほとんどわからない。
窓の外は青黒く、蝙蝠が飛んでいる。
ベッドの上ではなかった。椅子、これはソファだ。背もたれが長く、座面がかなり沈み込むふかふか。
誰も傍にいないのが、こんなにも安らげるなんて。城に来てからこの方、ずうっと気を張りつめていたからだろう。
暗いから、両手を器の形にして、ふっと息を吹きかける。すると手のひらの少し上にオレンジ色の灯が現れる。火は目をこすって大あくびをした。
「ごめんね。部屋の明りがわからなくて」
すると火は四方に飛び散り、ドアの横にある5本も蝋燭が並ぶ燭台に収束した。ドアの横には鏡があって、クロエは見慣れないドレスを着ているようだった。
胸の谷間がレースで隠され、裏が蒼いリボンが散りばめられた純白のドレス。薔薇の形に束ねられたフリルがいっぱいで、いつもとは少し趣味が違って甘々。
でも抱いた感想は『もったいない』だった。
「撮影の時に着るような服を普段着にするなんて、すぐにシワだらけになっちゃう。毎回クリーニングに出していたら、ありえないくらいコストも掛かるし」
大きな燭台は青銅なのかかなり重く、両手でぎりぎり持ち上げられる。とりあえず扉を開いてから、燭台を持ち上げた。
廊下はほの暗い。もう夜中なのだろうか。誰も歩いていない。
しばらくまっすぐ進むと、扉が何か所かあった。そして、丸く湾曲した階段がある。中心には大きなグランドピアノが据えられていた。
絨毯をヒールで踏みつけながら、ゆっくりと慎重に階段を降りていく。
嫌な予感がする。落ちる。絶対落ちる。気を付けないと絶対落ちる。踵に絨毯が引っかかる。その度にだらだらと冷や汗を流す。
燭台が重くなければよかったのに。
慎重に半分来た辺りで、左肩に違和感を覚えた。誰かに掴まれている。振り向く前に、ぐいっと突き飛ばされる。
このままでは燭台の先はクロエの胸元や顔に突き刺さるだろう。だから出来るだけ遠くへ放り投げた。
勢いで火がいくつも消え、床を殴って絨毯のない場所を転がる。
甲高い金属の打撃音にソルデガルドがすぐに走って来て、クロエの下に辛うじて滑り込んで抱き留めた。
心臓がドッドッドッドと暴れる。
「ドジにも程があんぞ」
クロエが彼女の言葉を完全無視して階段の上を見上げた。
誰もいない。降りてくる間も気配一つなかった。でも背中を押された。
騎士たちが走って来て、絨毯に落ちた蝋燭を踏みつけて消した。
クロエの息が早い。ソルデガルドにしがみついて、階段の上を見上げて怯えている。
「お前、まさか」
その声で置かれている状況を思い出す。
目を閉じ、すうはあと長く深呼吸する。そしてしばらくして目を開くと、いつもの穏やかな彼女に戻っていた。
「ひっかかっちゃったみたい」
「ったく、アブねぇな」
騎士たちは燭台を掴み上げて首を傾げる。
「あの、クロエさま。これはどちらから?」
「私がいた部屋の、ドア横にありました」
ジッパーのついた封魔のビニールに入れられて、大きな燭台が持って行かれた。
それは呪いが込められた『不幸の燭台』。背中を押したのもその効果だった。
ソルデガルドもクロエの背中と肩に残った、呪いの魔力の残滓を視認する。
「ねえ、今何時?」
「夜の7時だぜ。腹減ったろ? アンゼルムがお前と食事を摂るって言ったから、俺もグリュオスも腹をすかして待っていたんだ。ちょうど様子を見に来てよかった」
クロエを立たせて、周囲に気を張りながら、わざと腰を抱いてエスコートしていく。城の細工や美術品、壁紙に目を輝かせる彼女を連れて行くのは、少し力を入れてやるだけで従うから操舵がやりやすい。
食堂の前には、廊下の左右にメイドが10人立っている。
エスコートするソルデガルドの手の上に乗っていたクロエの手が、僅かに強張る。
その中に足を踏み入れると、誰も口を開いていないのに、ソルデガルドにも女性の声が淡く聞こえた気がした。
ソルデガルドはっきり聞こえるように、耳の波長を『人間』に合わせる。
『あらあら、ようやくお目覚め? 死ぬまで眠っていればよかったのに』
『人間だわ、人間。どうしてこんな臭くて脆い生き物がお城に?』
『王様を誑かしたのよ。小さかった王様は、親に殺された子供を憐れに思われたのよ。ああ、お可哀想な王子様』
『よくもまぁ、美しい城に足を踏み入れたものだわ。そうよ、この人間が寝鎮まってから、部屋にゴブリンを放ちましょう』
『オークがいいわ。発情期の。ぐちゃぐちゃにして使えなくしてしまいましょう』
『いいえ。両手を縛って淫蟲の中に放り込みましょう』
『『『王様が見放すように』』』
キャハハハハハとこだまする声に、聞こえている筈のクロエは一々反応しなかった。ソルデガルドの方が怒りを募らせる。
妖精は人間が好きではない。
母なる大地に紐づかない人間を、命を産んだ大地を軽んじる不敬な生き物だと思っている。そのためいつも言葉で攻撃し、苛立たせる。
特に城のメイドは貴族の娘が多く、プライドが許さないのだろう。
扉を開けてくれたフットマンに優しく挨拶までするクロエに、メイドたちの綺麗な声が醜くぐちゃぐちゃと反響する。妖精特有の美しい見てくれだが、中身は理性無き魔物と大差ない。
クロエは美しい細工と、金のドアノブで飾られた部屋に招かれた。
明るいシャンデリアと、絵本とかで王様がご飯を食べる時に使っている、長すぎる机とたくさんの椅子。
一番奥で豪勢な椅子に横座りして新聞を読むアンゼルムと、背を向けられたまま喋りたくるグリュオスがいた。
「うふふ、ぐっすり寝ちゃった」
傍まで来たクロエの頬には、僅かながら打撲の痕がある。そして、右足のすねのストッキングが破れて真新しいミミズ腫れがあった。
ソルデガルドが口に手を当てて何かを言い、メイドに着席をさせられているクロエの後ろをすり抜けて、その手のひらを彼に見せる。そこには小さな神の国の文字があり、アンゼルムが読み終わって顔を上げると、さらさらと消えて行った。
代わりに彼が手のひらを出すと、黒手袋の上に白い帝国文字が浮かび、ソルデガルドが頷くと消えた。
「ソルデガルドはお隣ね」
「腹減ったぁ」
アンゼルムは眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。
クロエの赤くなった頬を撫でると、痛いようで少し首が逃げる。
「ああ、悪い。俺の鎧が当たったんだろう」
「さっきはありがとうね。助かっ」
内緒にしようとしていたのに、能天気に感謝してしまい、クロエは咄嗟に口を押えた。グリュオスが俯いて震えて笑う。
笑顔のアンゼルムが少し怖い。
「少しお話がある。食後は俺の部屋においで。ソルデガルドもグリュオスも来い」
「言われるまでもねぇ」
「了解」
「あの、私大丈夫だから」
「異論は認めない。では食事を」
壁際に並んでいた5人のメイドが一斉に頭を下げて、料理を取りに行った。
アンゼルムは王の席を離れ、クロエを座らせる。
「わぁ。こっちの方が、シャンデリアも部屋もきれいに見える」
戻って来たメイドたちが僅かに動揺する。アンゼルムにいつものように配膳するように言いつけられると、無表情で言われた通りに皿を置いて行く。
前菜から始まって、メインは美味しいお肉。デザートまである。
フランス料理のように一皿ずつ持ってくるのではなく、日本の食卓のように全てを並べた。
「いただきます」
手を合わせてクロエが言うと、メイドたちが特定の電波を使ってこそこそと嘲笑する。
たくさんの馬鹿にする思念が飛んでくるが、クロエは気にしない。ライバル視してくるモデルが、傍で友達と悪口を言い合っているみたいで懐かしい気さえした。
ソルデガルドだけはそれを傍受して、苛立ちを募らせていた。
嵐のような罵声の中なのに、楽しそうに話すクロエが信じられない。か細く見えて図太い彼女に、また一つ感心した。
「どうしたの? アンゼルム」
彼がフォークを止めて、ナイフを手放した。
咳をして、喉を掻きむしる。気道を確保するためにクロエによって前のめりにさせられ、細腕で背中を叩く。
「ソルデガルド。私じゃダメみたい。あなたが背中を」
「それはそれは、楽しそうなお誘いだ、なっと!」
攻撃にならない程度に背を数度叩くと、喉の奥から太い黒蛇が勢いよく飛び出してくる。
その頭をグリュオスがナイフで刺し穿つ。蛇はのたうち回って、真っ黒な口内を開き切切ったまま次第に死んだ。
「これはブラックマンバか?」
ソルデガルドがアンゼルムを離すと、床に倒れていく。その背中にクロエが入り、丁度お腹が枕になるようにした。
汗も熱も酷く、目の下が黒ずみ始めている。唇は僅かな紫。
「中で噛まれたのね」
バトラーが呼んできた医者が、容体と蛇の死体を見る。
「よかった。人間には猛毒ですが、陛下ならしばらくすれば自然に治ります」
そう言ったきりで何もしない。
しびれを切らしたクロエは、アンゼルムの胸に手を当てる。
「ステータス解析。解毒」
解毒の必要などないという医者と、なおも騒ぎ立てるメイドたち。
「苦しみを少しでも和らげてあげたいことの、何がいけないの」
『無駄だってお医者様が言ってんだろうがよ! これだから人間は!』
『意味ないのに、人間はすぐ騒ぎ立てる』
『どうせ朝には目を覚まされる』
わいわいと騒ぐメイドと医者を、クロエは完全無視することに決めた。
ソルデガルドに水を用意させ、傷口を胸の上から探す。食道辺りに爛れた部位があった。
水を小指の先ほどだけ宙に二滴だけ浮かせ、アンゼルムの口にいれる。そして傷口に付着させた。
「毒よ、毒よ。貴方の向かうべきはそちらではないの。水と戯れる方が楽しいわ。ほら、こちらへおいでなさいな」
傷口を扱われて呻くアンゼルムだったが、クロエは彼の額を撫で続けた。
毒は水にまとわりついて、溶けずに胃に落ちた。この蛇の毒は傷口さえなければ脅威ではない。
目の周りがどす黒くなっていたアンゼルムの顔色が戻っていく。彼の汗を拭きながら、クロエは彼の胸に宛てた手を眺めていた。
耳に届くのは罵倒と嘲笑。主の意識がないのをいいことに、ヘドロの貯まった池より酷い言葉遣い。
アンゼルムの胸に置いていた細い左手の小指に、何か蔓のような黒紫色の靄がするすると絡み着く。それがどんどん増えて、薬指にも巻きついた。
「そう、それが欲しいの。いいよ、持ってお行きなさい」
パキッペキッと3度乾いた音がして、クロエが縮こまる。
「っ、っぁ、っっ」
小指と薬指が逆方向に折られ、第二間接もあらぬ方向を向いていた。
「呪いだわ。呪い!」
「なんてことだ!」
「毒に紛れ込ませていたのか!」
突如として慌てふためいたメイドと医者は、アンゼルムを連れて行く。
呪いが移ったクロエは、メイドにわざと突き飛ばされ、椅子のひじ掛けに頭を強打した。
「っ、ソルデガルド。お願い、あの人の近くで見張っていて。王様だから何もされないだろうけど、私は部屋に近寄らせて貰えないだろうから」
「お前、頭から血が」
「良いの。自分で治せる。なんか、ちょっと一人になりたいの。心配してくれてありがとう」
ズキズキと痛む頭を押さえ、クロエは冷や汗をかいて部屋から足早に出て行った。
「あああああ! もう! クソが! だから妖精族は嫌いなんだよ!」
ソルデガルドはぷんぷん怒りながら、早々と面会謝絶にした妖精を蹴散らした。
アンゼルムの寝台の横に椅子を置いて、足を開いてのしと座る。妖精は女神種である彼女が苦手なので、もくもくとお世話をしながら、人間にしか聞こえない周波数で悪口を言い合う。
ソルデガルドは暢気に眠っているこの男が起きた際に進言しようと思った。
クロエの周囲のメイドは妖精以外に刷新。さもなくば、喰い殺してでも変えさせよう。
記憶を頼りに城を歩いていく。
汗のようにぽたりぽたりと血がドレスを染める。
少し前にすれ違った妖精が、楽しそうに見ていた。
『人間にはお似合いのドレスにしてあげる。臭くてダサいだけじゃだめよ。ほら破いてあげましょう』
そうして、左腰が見えるくらいスカートを引き裂かれた。
知っていた。妖精は人間が大嫌いだって。
新聞社のあの子はトクベツ。王宮に仕える者すら、その習性を越えることは出来ない。
王宮に近づいてはいけないよと、ジギスヴァルドに言われたことがある。理由もちゃんと聞いた。妖精がきっとクロエを虐めて来るからと。
どんなに後付けで人から遠ざかろうが、魂のつくりはヒトの形。だから、絶対に仲良くなれない。
森で妖精に会ったなら、隠れてやり過ごしなさい。たくさんの悪い言葉を投げつけられて、洋服を切り裂かれてしまうでしょう。
本当だった。先生が言っていたことは本当だった。
宮廷医師になっても、きっとクロエは虐められる。それだけが気がかりだって言っていた。
人間と自分たちだけに分かる言葉で、罵詈雑言を吐きまくる。きらきら光って綺麗なのに、性根が腐っている。
歩くたびにスカートが閃いて、もはや下着を隠せていない。妬んでくるモデルの方が、まだプライドが勝ってここまでしないのに。
真っ暗な中、ここにいることを見咎められないようにゆっくりと次の扉を開いた。
細い鉄細工で外の風景が切り取られている。外は庭師御自慢の薔薇園。月明かりが眩しくて、歩く速度を緩める。
窓に触れた。その指先の形に黒く色づく。これは何?
「煤?」
クンクンとにおう。汗のように頬に張り付いた血のせいで、そのにおいが分からない。
「汚しちゃった」
ぺろりと舐めて初めて、それが血だと判った。右肩から胸、更に下へと、血染めのドレスはまるで苺シロップのかき氷。
きっと頭の血はもう止まっている。つきつき痛むけど、きっとそう。
クロエはまた足早に進む。記憶を頼りに、冷たくて暗い廊下を進んだ。
最後の扉を開いて中に入る。広い広いホールが広がっている。人がいないというだけで、幼い頃何度か足を運んだ。その風景がいやに広く感じる。
広い、広い。学校の校舎ごと敷地が入るくらい広い。
クロエは見回し、あの場所を探す。
壁にくっ付いて息をひそめていた私を、彼が見つけてくれた場所。確か窓の側だった。
記憶に合致する場所はすぐに見つかった。ここならきっとすぐには見つからないし、時間を掛ければ見つけて貰える。
床に座り込み、食事の時に使ったナイフをポケットから出して、強化をかけていく。
本当はあの場で、呪いに折られた指を切り落とさないといけなかった。放っておけば、これは全身に回る。
既に中指が新たに飲み込まれていた。
女の腕でも触れるだけで切れるようにナイフを強化して、ハンカチを噛む。床に左手を広げて、指の付け根にナイフを当てた。
「っぅ」
汗が落ちる。ナイフはなかなか動かない。それなのに、涙と嗚咽だけがぽろぽろ零れる。
指がなくなることの恐怖と、叫ぶしかできなくなる痛みを想像して、どうにもできない。
遠いシャンデリアから小さな虫が見下ろしていた。この部屋を管理する使用人だ。
「アンタにゃ無理だよ」
聞こえない様に呟いて、ハラハラしながら見守る。
「いく、・・・いくよ。せぇ・・・の」
突如として指が違う方向に無理矢理動かされて、更に骨が折れて肉に刺さる。
「あっ、っ、あぁ、っ」
クロエはあまりの痛みにナイフを取り落とし、止まっていた頭の傷の部分を床に打ち付けた。
「・・・ぃたい、・・・いたい、です。せんせ」
まだ何もしていない。だが切除を察した呪いが、先にクロエを抑えた。
彼女の意識がもうろうとして、頭からの再度の出血にまみれながら気を失う。
そうなってしまうともはや呪いの独壇場。少しずつ腕を喰って、途中で宿主が起きれば、ぶんどった部位を折って大人しくさせる。
現実を忌避したクロエの意識は、深く深く沈んでいった。
アンゼルムが寝返りを打っただけでも妖精メイドは一喜一憂する。
そして、人間と同族にしか聞こえない声でクロエの悪口を囁いていた。
他の種族にとっては、一見無口に大人しく世話をしているだけに見える。
だがその実聞こえる周波数を変えると、けたたましく笑い声が響き渡り、ドブより臭い悪口が飛び交う。
もちろん他種族も、意識すればその周波数を聞くこともできる。だが悪口を進んで聞きたがる者などいない。
先程アンゼルムから証拠を取れと指示され、録音を始めていた。
聞くに堪えない。槍で刺すだけでは気は収まらない。全部喰ってやりたいという腹立たしさが絶えない。
『あんな顔で、仮面とかで隠さずによく表を出歩けるわよね。クソブスの癖に。王妃に望まれて、思い上がっちゃった? ハズカシー!』
『モデルだなんて絶対嘘よ。貧乳の癖に』
『私だったら、あんな風に産まれた瞬間に自殺しちゃうわ』
『キャハハハハ! 本当それよ。贅沢に名前なんて持っちゃって。親に捨てられたくせに贅沢だわ。ゴミでいいのよ、あんなの』
ソルデガルドに聞こえていないと思っているのだろう。メイドは微笑を崩さずにアンゼルムのお世話をする。
額の汗を拭っていると、アンゼルムの意識がうっすらと戻って来た。
医師は朝になれば目を覚ますと言っていたが、クロエの治療がよかったようで2時間で目が覚める。
「ああ、よかった。陛下が目を覚まされました。お医者様を呼んできて」
「はい、わかりました」
起き上がるのをメイドが手伝い、彼は頭を振って何が起きたかを考えていた。
「毒と呪いを受けたんだ。クロエの席でな」
腰が据わると、メイドは壁際に引いた。
『なぁにあの言い方。まるで私達があのグズに何かしたみたいじゃない』
ソルデガルドがアンゼルムと難しい話を始めると、メイドの悪口は加速する。
『流石、神の国の女神種と言っても野蛮な話が多い猿女。頭の中も空っぽ』
普段は龍種にも聞こえない声だが、ソルデガルドは本人の同意の元、アンゼルムにも聞こえるように魔術をかける。
『皇帝陛下を行動不能にしたのは驚いたわよねぇ。メイド長が仕込んだ蛇の呪い、元人間のゴミ女には強すぎよ。私達より殺意あるじゃない。そこは同情するわ。最っ高にいいと思う。ベキッて指折れるの見た?』
『見た見た! 痛いのに、悲鳴まで我慢しちゃってさ。泣き叫んだらきっと楽しかっただろうになー。ほんっと人間って空気読めないよね』
『でも、まさかあのゴミ女、自分から陛下の呪いの肩代わりをするなんて。まぁ、当初の標的に移ったからよかったんだけどさー。呪いの進行確かめに行ったら部屋にはいなかったし。どこいったのアイツ。面白くなーい』
『今頃どっか枯葉の中で死んでんじゃない? 前みたいに蟲に喰われてさ』
『それなら嬉しー! 最高だわ! 後で休憩時間に死体探しに行きましょうよ。呪いが回り切ったぐちょぐちょのでろでろで、バッラバラ! 溶けた人間のくっさい死体が見たいわぁ。勘違いしたクソ人間にはお似合いよ』
その周波数の声だけでキャハハハハと笑う彼女ら。アンゼルムはじっと絨毯を見つめていた。
「アレがずっとだ」
メイドたちは微笑んだまま、何か御用ですかと首を傾げる。
アンゼルムは支度を命じ、ベルトや剣を用意させる。
「ソルデガルド。心のままに。許す」
部屋から出て行こうとするアンゼルムは、背を向けたままソルデガルドに命じた。
「了解」
彼女はにたりと笑い、女性の悲鳴と肉が引き裂かれる音が扉で封じられた。喉笛を噛み砕き、肉を喰い千切り、次。
口は汚いが血肉は美味い。彼女にとって妖精は珍味だ。だがこいつらを血肉にするつもりはない。妹分のクロエはそれを望まないだろうから。
「俺もヤキが回ったな」
しばらくして口元を血まみれにしたソルデガルドが扉を開く。部屋は血とバラバラの肉片で汚れていた。パーツはすべてそろっている。
口は禍の元。ソルデガルドは意地悪をした者や悪口を言った妖精をすべて覚えていた。
本当の意味で無口で良識のある数名の妖精を残し、王宮は血まみれになっていく。
一夜にして王宮でメイドをしていた貴族の娘の半数以上が、義憤と罰の女神から報いを受けた。




