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10ー1あなたに宛てたファンレター

 もしも、もしも私が違う女の子だったら。

 あの時、真ん丸おめめに私だけを映していた彼女に、笑顔で話しかけることができただろう。

 ファンだって伝えて、ペンネームも伝えて。お手紙を出したことも、返事を貰ったことも話して。

 数分だけでも彼女を独占できたでしょう。

 どんな男を好きになるより、それこそ藤間翔よりも先に。何年も何年も前から彼女の事が好きだった。

 憧れだった。彼女がモデル活動を始めたすぐからの、いわゆる古参ファンだったの。

 化粧品屋で見かけた、ルージュのポスター。

 彼女のキラキラした蒼い瞳。白薔薇みたいな明るい肌。ぷくぷくしたさ悪たくなるような唇に引き込まれた。

 追い始めてすぐに気づいた。

 彼女は嘘をついている。その瞳と髪の毛は、拙い魔術で色を変えられていた。

 でも正直どうでもよかった。だってどっちでも、どんな色でも可愛いかったから。

 それが見えるのは私の特権だから。

 気がかりなのは、他のモデルは笑っているのに、彼女だけはいつも憂いている。困っている。それがまた護ってあげたくなるのだけど、少し寂しくもある。

 その分、ふと見せる笑顔が身悶えするくらい可愛いくて、生きていてよかったって鳥肌が立つの。

 お菓子を買わずに、お金を貯めた。

 もし一ページでも彼女の姿が載っていたなら、その雑誌を2冊買った。一冊はスクラップブックを飾るため。一冊はカバーをかけて段ボールに丁寧にしまうため。

 インタビューに『胸が小さくて気にしている』と書いてあったから、気にすることないとお手紙を送った。

 だって言う程なくはないし、大きいからいいってわけじゃないものね。少なくとも私よりかは、そこに掲載されたカップ数が上だもの。

 他にも『お腹が弱いから、鼻がいい』とも書いてあったわ。

 彼女のお腹に有害なくらいに、その食べ物が悪くなっているかがわかるって。

 マネージャーさんが食べようとした、数日前のカレーを見抜くのが得意だとか。

 だから私は淡い香りのポプリを送った。そんな敏感な鼻を休ませてほしかったから。

 返事は来なかったけど、一方通行は当たり前。

 ファンレターの書き方を覚えて、何度も送った。何度も、何度も。


 ある時、『LostPrincess』という会社から小包が来た。見慣れた字面。胸が高鳴って、体が熱くなった。

 中には彼女の直筆のお手紙が、梱包材で包まれた荷物と共に入っていた。

 そう、そうよ。見たことがあるはずよ。LostPrincessって彼女の所属する会社の名前だもの。信じられない。

 お手紙には『アナタの言葉にいつも励まされている』とあって、泣くほど嬉しかった。

 オフショットの写真が数枚。そして彼女が頑張って作ってみたという、黒縁のステンドグラスみたいな、透明で深くて蒼い立体的な蝶のキーホルダー。

 公式のホームページには、個別に返事の対応はしてはいないと注意書きがあった。

 でもヴァレンタインデーやクリスマスのイベントですらないのに、私の為に時間を割いてくれたのだ。

 きらきらした蒼い蝶は、やっぱり彼女みたいに綺麗で。

 出窓にママが飾っていた鉢植えの花びらの上にちょこんと乗せると、生きているみたい。日にかざすと床が蒼空より色付くの。

 この子は彼女の代わりに、私と一緒にいてくれる。そう思うと不思議とぐっと距離が近くなった気がした。

 どこで買ったのってよく聞かれる。

 でもパパにもママにも内緒。友達にも。

 これは二人の秘密だから。


 それから彼女はどんどん綺麗になっていった。きっとお化粧の仕方や、お洋服のセンスを磨いたのだろう。

 けれど私が雑誌や写真や本を買ったお金で、彼女が美しくなっていくみたいだった。

 そんなのただの思い上がりの傲慢だけど、いいの。彼女と同じ時代に生を受けたってだけで、幸せでしょうがないんだから。

 何度かテレビに出演したこともあったけど、少しとぼけた回答をするからかすぐに見なくなった。

 SNSでは初見の人にぶりっことか演技とかいろいろ言われていたけど、元々のファンたちはいつものことだって知っている。

 それでもやっぱりハラハラはするし、共感性羞恥が凄い。人よりペースが緩い彼女向きのお仕事じゃないわ。

 

 たまに屋外撮影を覗きに行くこともあった。

 そういう凄い情報を、コアなファンにだけ配信している人がいるの。

 見学には絶対の約束事があってね。

 話しかけてはだめ。邪魔しては駄目。絶対に盗撮してはだめ。

 でも我慢できなくてスマホのカメラを向けたことがある。距離があるから大丈夫って、ドキドキしながら。

 水着の撮影の合間。ビーチに差されたパラソルの下で、彼女は汗を拭きながら、レジャーシートに乗ったたくさんの荷物を見回していた。

 荷物の向こう側に、ちょこんと置かれた桃色のタグがついたお茶を見つけて取ろうとしている。

 必死に取ろうとしていて可愛いのだけど、貴女の腕はそんなに長くないわ。大人の男性でも届かない距離だもの。

 荷物に突っ伏してしまったので、諦めて立ち上がろうとした。

 視線を感じたのか、ふっと画面越しに私と目が合う。

 時計の針が止まった気がした。

 彼女は優しく笑ってくれた。手も振ってくれた。

 それは今でも待ち受け画面よ。ああ、本当に可愛くて魅力的で優しい人。

 マネージャーさんに見つかって、鬼のような顔で追って来ようとしたけど、彼女が止めてくれた間に逃げたわ。

 凄く怖かった。般若ってああいう顔を言うのね。

 やっぱり約束事は守らないといけないのだわ。


 でもある時、そのスマホの待ち受け画面をパパに見られたの。

 一番見られてはいけない人。他人のキラキラした宝物を踏みにじることに、無類の快感を覚える最低な人だから。

 歪んだ笑いだった。

 まさか自分の娘が、あの『天使の人形』をアイドルのように崇拝しているとは思いませんでしたって。

 そしてパパが彼女にやったことを全て聞いた。私は気が狂いそうだった。

 女の子を嬲って心をバキバキに折ってしまう、獣や悪鬼の所業。涙と吐気が止まらない。

 彼女の憂いの一端に、確実にパパがいる。

 笑わないのではなく、上手く笑えないのかもしれない。反応が緩いのも、支配されていた後遺症なのかもしれない。

 気が付くと部屋に籠っていた。宝物がいっぱいの、段ボール箱を引きずり出して涙する。

 私に彼女を見る資格なんてない。憧れる権利もない。

 だからスクラップブックもそこに放り投げて、部屋にあったライターで火を放った。

 ビィビィと火災報知器が鳴って、ハッとした。慌ててすぐにクッションで叩いて、火を消した。

 膝が崩れ、頭を抱える。

 なんてこと。私まで彼女を火あぶりにしてしまった。

 違う。彼女を燃やしたいわけじゃないの。彼女は輝くような人で、私やパパが穢していい人じゃない。

「・・・ごめんなさい。ああ、私。私。クロエちゃん」

「いい具合だね。さぁ、完成させましょう。ひまり」

 そんなパパの囁きを聞いた気がする。いつの間に鍵を開けたのだろうか。

 一瞬にして意識が飛んだ。

 あのライターは私のじゃなかった。私はそんな危ないもの持っていないのに。

 パパが置いたのかもしれない。私を追い詰める為だもの。やりかねないわ。

 目を覚ますと、私は手術台に括りつけられていた。

 私は不死者の子。魔術師の子。産まれた時から身体は頑丈だった。

 ちょっとやそっとじゃ死なないから、よく実験の為にこうやって手術台に縛られていた。回復術が死ぬほど嫌いよ。

 でも今回は皮を剥いだり、腕を折ったりではなかった。

 既に胸を中心に蠢動する文様を入れられている。

 それはぐりぐりと血肉を抉るような痛みを発する。

 四肢が千切れてもいいように、花が咲くよう配置された5つの文様。下に虫がいるかのように皮膚が蠢く気持ち悪い文字。

 それぞれが心臓の役割を担っていて、ひまりをどんどん洗脳する。

 パパは私のお腹に『癇癪』という、栗のイガイガに顔をつけたみたいな精神虫を入れた。

 それは私を常にイライラさせて、他人を攻撃する。まるで安全装置の壊れた散弾銃みたいに。

 そんなことしたくないのに。普通の学生生活を送りたいだけなのに。


 そんな私が見てしまったの。彼女が藤間翔といる所を。そして彼らと食事に行くと聞いてしまった。

 嫉妬に狂う。心がぐちゃぐちゃ。

 誰を妬んでいるか判らなかった。だけど、足は彼女に向いていた。

 美しく可憐な彼女が、そこらの男に靡いてはいけない。絶対に止めないといけない。パパを含む男達の手から守らないと。

 だってクロエちゃんは私の大好きなお姫様だから。お姫様は王子様に会うまで綺麗でなければいけないから。これ以上の穢れは駄目なの。

 大切に彼女の事を想うのなら、目を覚まさせてあげないといけませんね。そうパパが囁く気がする。

 そう。一般人なんかに靡いてはいけないことを『教え(おもいしらせ)』ないと。

 『LostPrincess』の建物に忍び込んで、魔術で彼女の部屋に隠れる。

 廊下にいる女が彼女を怒鳴って、それを藤間翔が助けていた。

 私の隠れている部屋に入って来て、ドアの前で藤間翔と抱きしめ合っている。こわかったねって心の傷を舐めあった。

 なんてことなの。マネージャーが来て事なきを得たけど・・・。

 彼女は一人きりになり、身なりを整えながら、また胸を気にしている。

 そうよね。ちょっとやそっとでなくなれば、コンプレックスではないものね。

「あの人に大きくしてもらおうかな」

 それが決定打だった。もう頭の中は嫉妬と怒りで赤一色。

 彼女が穢れようとしている。

 なら、殴ってでも教えてあげないと。きっと痛くないから判ってくれないのよ。パパがするみたいに、お仕置きをしないと。

 鏡を見る彼女の後ろ姿。それが形を変えてもハンマーで殴り続けた。ポケットの中で蒼い蝶が軋んだ。

「・・・貴女がイケナイの」

 どうして殴っているのだろう。大好きな人だから殴らないといけないの。判ってくれるまで。そうパパが言ったわ。

 肉と骨の潰れる感触と、返り血が臭う。

 貴女がイケナイの。貴女が、綺麗でいようとしてくれないから。

 違う。いいえ、違わない。

 私は大好きだった人を手にかけた。

 パパの笑い声が耳元で聞こえる気がする。ここにはいない筈なのに。

 キラキラ光る宝石を触れずに愛でる優しい私が、完膚なきまでに死んだ日だった。


 そして彼女はまたパパの手に渡って『天使』に戻った。

 彼女はパパの実験動物第一号。私は二号。

 私は優秀ではないから、人の域から出られない。

 けれど、彼女の次というだけでいい。

 実験室で眠る彼女はとても綺麗だった。パパは正しかったと、思ってしまった。

 彼女の美しさと優しさを損なわない為には、自由を赦してはいけないのだ。

 でも何故かパパは焦っている。

 彼女に取り付けられたGPSは全て壊したはずなのに、龍の皇帝が攻めて来る。宣戦布告があったという。

 パパの仕事仲間が訪ねてきて、頭を抱えたかと思うと上半身が爆ぜて、触手が溢れ出した。

「我が姫君を捉えし『天使の教会』に告ぐ。5時間の猶予をやる。迎え撃つ準備をしろ。あるいは遠くまで逃げてみせろ」

 聞き取りにくい声で、そう確かに言ったらしい。

 クロエちゃんを自分のモノだと主張する龍の王子様。

 うん。王子様なら彼女に相応しいわ。

 でも優しい人なのかしら。クロエちゃんに相応しい人なのかしら。

 焦るパパは私が彼女の何かしらの鍵だと口を滑らせた。私が死んだらそれが解錠されてしまう。だから逃げおおせろと。

 そしてクロエちゃんに向かって、死んでも開放してやるものかと憤怒を吐き出した。

 もしかしたらパパなりに彼女を愛していたのかもしれない。理解はできないけど。

 こんな男、早く居なくなればいい。そんな手で彼女に触れて欲しくない。

 パパは彼女を戦禍に放り込み、私だけ海溝に作られた秘密の研究棟から逃がされた。


 マンションに帰りついた私は、何となく察した。

 パパが死んだみたい。ママが胸を押さえて、床に突っ伏して苦しんでいるもの。

 おのれ、ヴォルトミュラーと唸りながら、血を吐きのたうち回る。

 どうすればいいの。どうすれば。

 私も死ぬのかしら。こんな風に呪詛をまき散らして?

 動かなくなったままの酷い形相を、指先で治そうとする。

 ママはもっと優しくて可愛らしい顔をしていたのに。パパだったあの人のせいで、皺と白髪がいっぱい。


 ねぇ、クロエちゃん。

 私はずっと貴女だけを見ていたかった。

 年々少しずつ増えていく笑顔を、ずっと遠くから眺めていたかった。

 きっとパパの呪縛から抜け出してきていたのでしょう?

 ならば吉報ね。パパは死んだって教えてあげなきゃ。

 でも、私はこれからどうすればいいのかな?

 私は貴女の何かの鍵だってパパは言っていた。

 でも体が丈夫過ぎて、自殺は出来ないの。新幹線に飛び込んでぐちゃぐちゃになったとしても、呪印が一つでも無事なら生き返るわ。

 それにいつ呪印が暴走して、バケモノにならないとも限らない。

 私は蝶のキーホルダーを大切に両手で包む。光がないのに淡く輝いて見えた。

 そうね。やることは一つ。

 貴女の元に行きたい。

 死ぬ前に貴女の笑顔が見たい。少しでいいの。もう一度だけ。

 パパが死んでママも死んだ。私もいつ死ぬかわからない。

 我儘だってわかっているけれど。会いたい。

 会いたい。会いたい。貴女に、会いたい。

 その為なら。私。悪魔にだって魂を売るわ。

 私には初めから終わりまで、貴女しかいなかったのだから。

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