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09-2故郷

 アンゼルムは宛がわれた自室で身形を整えた。

 金刺繍のあしらわれた黒い軍服とコートに身を包む。そして帝国の紋章入りの制帽を被る。公式の催し時に決まって王が身につける飾り長剣と、精巧にできた大きな刀をベルトで帯刀する。

 かつてアンゼルムに挑んだ、屈強な戦士が所有していた一振りである。

 そして金の杖を掴む。

 細長い円柱の側面には、西洋のリンドブルム、東洋の黄龍、中東のアジ・ダハーカを模した彫り物が描かれている。天辺に据えられた燕の彫刻の足に薄い赤布が結ばれている。

 これが皇帝のシルシである。

 廊下ですれ違う部下たちは、彼が通り過ぎても頭を下げ続けた。

 ゲレオン陣営に先制攻撃を赦した。

 もはや問答無用である。

 さあ、開戦の狼煙を上げよう。

 クーデターを起こしたつもりになっているゲレオンは、その部下に混ざるアンゼルムの手の者の采配で、国民には何も伝わっていない。

 情報は最大の武器であると知るアンゼルムと、暴力こそ最強の証だというゲレオンの違いだ。

 皇帝の居ぬ間に王になったつもりだろうが、それを誰も知らない裸の王様。

 これは戦争だ。なんと久しぶりの国崩し。ああ、楽しみで仕方がない。

 所長室に近づくと、中から楽し気な笑い声が聞こえていた。

 ドアノブに手を触れようとすると、勝手に内側から開かれる。ザックがアンゼルムを中へ招き入れた。

 先んじて国へ帰っている者が殆どなので、部屋はがらんとしていた。

 テーブルを挟んで向かい合った応接ソファには、ソルデガルドと同様にまたもや呼んでいない男が座っている。

 黒紫の髪に浅黒い肌。そしてどこかアラビアを思わせる服と飾り。

 その隣に翔と美琴。そして対面に、クロエを挟んだソルデガルドとオーレリア。その他は応接室の四方に立ち、ビシッと胸に手を当てて敬意を表す。

 アンゼルムが手を挙げて楽にさせると、ソルデガルドがテーブルを叩き唾を飛ばして激高する。

「卑怯だぞ! このクソ坊主」

「おや? ソルデガルド殿はカードゲームですら、勝てないとなったら暴力ですか。野蛮だなぁ」

「クソが。へし折る」

 ソファに立てかけていた槍に手を伸ばすも、その左腕をクロエに抱きかかえられる。

「緊急作戦会議、します!」

 彼女にこそこそと耳打ちをするクロエに、ソルデガルドは少し考えて尻をソファに戻す。

「このカードの最後の一文を見て。それと、これとの相性。で、相手はこれを出すか無策で待つしかないから」

「・・・・・・・・・お前天才だろ。おい、グリュオス。神に祈って待ってろ」

「はいはい。僕が冥府の神様だから、僕に祈っておくよ」

 かつてはアンゼルムがクロエに教わりながら、使用人とカードゲームをしたものだ。

 着飾るクロエは、約300年前にアンゼルムと会うためにおめかしした姿とタブる。髪の毛をくるくる巻いて、たくさんの花飾りでハーフアップにしていた。

 特に光るものはつけていないのに、一際きらきらして見えてしまう。これが恋なのかと思うとむずがゆい。

「ほらよ! 死ね!」

「あー! それ行っちゃうかぁ!」

「・・・溜め込んでいたお金、全部吐き出されましたね」

 翔が肩を落とせば、無自覚の強奪にソルデガルドが雄たけびを上げる。

「よっしゃ、マジかよ! すっげーな、テメェ」

「クロエだって。名前」

 太い腕がクロエの首が巻かれると、髪と服が乱れるとオーレリアがそれを止めた。

 アンゼルムがオーレリアに寄ると、彼女はすっと立ち上がって場所を開ける。愛しい人の隣を得たアンゼルムは、その腰を引き寄せて額にキスをした。

「身体は大丈夫か?」

「っ、はい」

 顔を真っ赤にしたクロエは、笑わないように頬の筋肉を抑えて、ちらりと上目遣いをした。

 ソルデガルドは舌を出して吐く寸前だ。

 爽やかに笑うアンゼルムが気持ち悪い。いつもはにたにたしてすぐに煽り、全てを知るような口調が腹立たしいのに。実際知らぬことの方が少ないだろう。

 学園の生徒間での評価も決していいものではなかった。

 かの虐殺帝国の王子であり、戦では幼体の頃から最前線を駆け抜け、生きとし生けるものを殺してきた『血塗れの殲滅龍アンゼルム』。

 彼は学園で二人の理解者を得た。本人達は不服だろうが、少なくとも教師陣は彼らを一括りにしていた。

 一人目は入学式に門前にいた守護巨人10名を腹いせで倒した、傍若無人で誰の命にも従わない戦乙女ソルデガルド。

 二人目は、いつの間にかこの強固な結界に入り込んで、今現在翔の隣に座っている男。

 ハデスの2000人目の息子であり、知らず虐めようとした生徒達を全員冥府送りにした、冥王グリュオス。当時は冥王候補だった。

 名前を聞けば、赤子も逃げると言われた三人だ。それらを知る部下たちは、緊張で汗を掻く。

 ソルデガルドの圧勝で終わったカードゲームを、翔が手早く片付ける。

「とりあえず君の帝国全体を結界で覆っておいた。冥王権限で一時的に霊道も塞いだから、君の合図があるか僕が死ぬまで、あの国の一定の大きさをした生き物は、殺害でも老衰でも死ねない」

 その間にグリュオスは朝の挨拶をするように、既に布陣したおせっかいをひけらかした。

「この呪殺ナイフはその例外。おまけだよ」

 アンゼルムは嫌な気配がする黒いナイフを受け取った。

「ああ。感謝する」

 死『ね』ないようにという言葉の選び方が気持ち悪くて、翔は顔を曇らせた。

「俺は取りこぼしがコレに剣を向けた時に反撃する役な」

「名前、クロエって教えたでしょー。ソルデガルド」

「あー、わかった、わかった。クロエな」

 二人はウマが合うらしく、クロエがソルデガルドの腕に抱き着くなどしてかなり懐いている。

 クロエの中で停滞していた炉の魔力も、順調にソルデガルドに流れていた。

「では、行こう」

「応!」

 この拠点を護る兵士は20人にも満たない。その内、部屋にいる5名の兵士が勢いよく出した気合は、爆音のようになった。

 びっくりして竦んだクロエの手を取るアンゼルム。その後ろをソルデガルドと翔、美琴とグリュオスが、そしてザックが続いた。

 いつもの廊下に沢山の見物の魔女が集まっていた。

 兵士が作った道を進んでエレベーターに乗り込むと、オーレリアが階数ボタンの下にある鍵穴に白い鍵を入れる。

 するとエレベーターはクロエ達の自室がある最下階を越えて降りていく。

「まだ下があるなんて、全然知らなかった」

 クロエと翔は少しだけ緊張をしていた。これから行くところは、神父が『魔女を狩る魔女』を使ってもなお攻め込みあぐねていた本拠地である。

 いきなり罵倒されるかもしれない。切りかかられるかもしれない。

 クロエはペタンコの下腹部をそっと撫でた。

 階数を表すディスプレイには『XXX』とある。

 到着音がして、扉が開く。真っ暗な視界が、順番に点灯していく灯のお陰で広がっていく。

 大きなコンクリートの真四角の空間。その中央の床に丸い大穴が開いていた。その周りを石造りの柱が檻の様に囲んでいる。天井の中心からは穴の中に鎖が伸びていた。

 傍に石碑のようなものがある。オーレリアは黒い鍵をそれに差し込む。

 奈落の底はまだ何も見えず、翔はおっかなびっくり覗き込んでいた。

 グリュオスから首元を引っ張られ、首を洋服で吊りかけた。

 同時に、奈落だった暗闇の表面にさざ波が立ち、ザバリと巨大な鋼鉄の鳥かごが引きずり上げられる。

 エレベーターと同じで勝手に扉部分が開いた。

 アンゼルムとクロエ、ソルデガルドと翔だけが乗る。

「後は任せて」

 グリュオスはにこにこと微笑みながら手を振ると、クロエだけが手を振り返した。

 オーレリアが入口を外から閉じ、鍵を外して頭を下げた。内側からはアンゼルムが設定する。

 がしょんと籠が揺れ、影の中に沈んでいく。徐々にザックとオーレリアが見えなくなる。クロエにはそれが一番寂しかった。

 黒一色の世界だったが、すぐに白い光に包まれる。

 細かな金細工でいっぱいの視界。床に広がる穴の上にはたくさんの鳥かごが待機していた。

 飛行場のように、人と籠が行き来している。

 きょろきょろしていたクロエと眼下の数人の目が合うと、指をさしてにこにこされる。それが伝播していき、籠の着地点へと徐々に人が集まり始める。

「もしかして」

 彼らの反応は何らかの情報がネットに流出し、それを信じて集まった時の行動に似ていた。

 アンゼルムはにまっとして唇に人差し指を当てる。

 籠が所定の位置に降りると、外から扉が明けられた。

「お待ちしておりました。アンゼルム様」

「ああ」

 窓の外は雲も地面も遠く、高度はジェット機が飛ぶ対流圏内と思われる。

「あれじゃない? うっわ、彼女がお姫様?」

「新聞より、美人過ぎぃ」

「流石、信用できるリークアカウント。マジで皇帝陛下が見られるなんて」

「話題のお姫様がいる!」

 施設の管理者が数人走り込んできて、たくさんの人が整理される。クロエはぽかんとしていたが、名前を呼ばれて手を振られると、最近練習していた笑顔で答えることができた。

 きゃあと悲鳴が其処此処からあがり、カメラを向けられる。

 手を振っていると、アンゼルムから腰を引かれる。そして彼はクロエが微笑んでいた方に、威圧感たっぷりの微笑を返した。

 クロエが街中に現れてできる人ごみとは比べ物にならない人の波に、翔も驚くばかりだった。

 そんな大騒動に、指揮官と兵士19名が走ってくる。

「従者なしとは、いささか不用心すぎやしませんか。陛下」

 翔は悟られないように周りを見回す。ソルデガルドの姿が消えていた。つまり、翔は従者に数えられていないということだ。

「我が妻となる女性に、この世界をゆっくり見せてやりたいからな」

「チッ。平和ボケした皇帝が。笑わせる」

 兵士達はその暴言を聞いて、ばつの悪そうにする。

 どうやら指揮官だけがゲレオンに忠誠を誓っているようだ。彼が剣を引き抜く前に、翔がアンゼルムとの間に入る。

 足を踏み出して構え、左手で相手の剣の柄を抑え、右拳で鼻を撃つ。そして脇腹を蹴った。

 鼻から血を噴き出して気絶。吹っ飛んだ指揮官を、先回りして抱き留める。そして床に寝かせた。人間ほど弱くないとはいえ、頭を強打するのはよくはないだろう。

 翔の手には見慣れない黒のグローブがはまっていた。帝国の紋章が刺繍してあるそれは、皇帝陛下直々の贈り物である。

「おいで、翔」

 アンゼルムが咎めることもなく翔を呼ぶと、兵士達は一歩足を引く。

「これなるは、ジギスヴァルド兄上の息子だ。ぜひ仲良くしてやって欲しい」

 皇帝陛下は目を細めて笑っているが、その気迫に怯えた兵士が錯乱して剣を抜いた。

「おい、もうやめろ!」

「指揮官は昏倒しているんだ。もういい!」

「ひい、ひいい」

 至近距離にいた翔は即座に動く。

 抜いた剣を振り上げ切る前にその手を払う。手首だけで振られる前に奪い取り、床に突きつけて脚で真っ二つに追った。

 決してなまくらではないはずの折れた剣を捨てて、次の兵に構えながらこいこいと挑発する。

「いいぞー!」

 周囲には血気盛んな帝国の民が集まり、翔をもてはやす。そんな彼らにアンゼルムは大きな声で説明をする。

「私が来たのは他でもない。一日早いが、訓練を始めるつもりだ。そして早速の翔のお披露目への協力、感謝する」

 民はそれを聞いて、これが祭りの始まりだと喜び合う。

「・・・・・・えっ?」

 汗だくになっていた他の兵士が素っ頓狂な声を出す。そんな彼らに指を揃えて手を差し出した。

「災害や敵兵はいつやってくるかわからぬ。だから、私は訓練を一日早くしたのだ。理解したか?」

 それに答えたのは周囲の民衆だった。

「しましたー!」

「祭りの始まりじゃないか! 今の内に国に戻っておかないと見逃すぞ!」

 民は我先にとわらわら籠に乗って降りていく。

 もしこの話に乗れば、先程の反逆は許されるのだろうか。そう兵士達は頭を回転させていた。

 ふてぶてしい皇帝の笑みに敵意はない。ゲレオンに忠誠を誓った指揮官は気絶している。そして兵士は全員戦意を失っていた。

「わ、わかりました。では、こちらへ。城へ直通の籠を用意します」

「ふふ。折角だが、我らはこの足で街を行くつもりだ。敵を皇帝の前まで送り届けはしないだろう? 裏切っていれば別だが」

「は、はい。仰る通りで」

 アンゼルムが歩きだせば、順番待ちをしている群衆がもてはやす。翔も群衆に頭をたくさん撫でられた。

 皇帝が手を振って彼らに返すと、轟くような歓声が上がる。

 死ぬかもしれなかった兵士達は、皇帝の腰に下がった剣と金の杖に寒気をもよおした。

「・・・現王も同様に、お相手が誰であろうと手は抜かない、ということか」

 王より先行していた民が一つの籠の前で止まる。

「皇帝陛下、こちらではいかがでしょう」

 白い繭のような覆いをされた籠。近づくと、それは細かなレースで出来ている。

「わぁ、綺麗・・・」

 クロエの薄い長手袋では触れても判りにくいが、それでも、かなりの時間を費やした作品だと判る。

「こんな移動方法初めて見た。300年はこんなに長かったのね」

 過去を憂うその腰を押されて、中に連れられる。

 兵士の一人がパネルを作動させると、籠は下がり始めた。窓の外は超上空だったため、クロエの足の裏がズンと竦み、思わずアンゼルムにしがみついた。その行為がまたファンを産む。

 穴にずぶずぶと降りていくと、すぐにまたどこかの空間に降り立った。

 ドーム状の建物に、くぼみが床に五つ。終点だ。

 入口向かって右の2つには黒い鉄製の鳥かごが備え付けてあり、アンゼルム達は中央に降り立った。

 扉を翔が開けば、その場にいた住人たちがどよめいた。

「皇帝陛下だ!」

「陛下だ!」

「明日じゃなかったの?!」

「だから言ったろう!」

 彼が籠から降りて振り向き、クロエに手を差し出すと、住民はわっと湧き立つ。

 足元に気を付け、クロエは微笑みながら籠から出る。

「クロエ様」

「白薔薇の姫様」

「写真撮っていいですか?」

 スマホを取り出す住民たちに、杖を持った腕でクロエを抱き寄せながら、皇帝陛下は笑顔で手を振る。

 ほどなくして、翔が出て来る。すると更にわっと人々は湧いた。

「あれがジギスヴァルド殿下の息子様」

「優しそうないい顔をしていなさる」

「おかえりなさい!」

 そんな群衆を押しのけて、街の兵士がやって来た。

「アンゼルム皇帝陛下、ご同行を」

「ああ、わかっておる。さあ、いこう。クロエ」

 兵士たちは言葉をつづける前に塞がれた。彼が何を判っておるなのかわからず、気迫と自信に満ち溢れた声に黙り込んでしまった。

 ドーム状の建物から出ると、料金所が設けられていた。

 既にオーレリアの手が回っていたので、手続きをスルーして街へ出る。

 そこは城下の中でも一番最下層に値する、門に近い場所だった。

 宝石のような蒼空に草花と樹が溢れた階段を降りていく。様々な所に白い薔薇の鉢が置かれていた。

「すごく力強いかんじがする。それと見たことのない花で溢れていて綺麗だな」

 翔はきょろきょろして階段を一段踏み外した。姿を消したままのソルデガルドに腕を引かれて、ようやく踏みとどまる。

「危なっかしい。迷子紐付けるぞ」

「すみません」

 10段ほどの階段を降りた先は、大きな広場になっている。その向かい側には、この国の兵士の詰め所があった。いわゆる警察組織である。

 建物に入ると、敬礼をしながらも首を振って考え込む兵士で溢れていた。

「ディートヘルム・ベルンシュタイン兵士長を、ここへ」

「こちらにおります。皇帝陛下」

 奥より厳つい顔の筋骨隆々な甲冑の男が現れた。一踏み一踏みにためらいがあり、彼は苦悩の中で迷っていることを表している。

 主命のために尽力する。だが、その主とは。元主のゲレオンか、現主のアンゼルムか。

「陛下、我々は今・・・」

「準備は整っておるか?」

 突拍子もなく聞かれて、何をさしている言葉なのかがわからなかった。

「ふむ。皆が皆、悪い夢を見ているようだ。ならば今一度、今回の作戦を話してやる。まず前提として、私が侵略者役である」

 自信たっぷりによくわからないことを言う。兵士長は必死にその裏の意味を読もうとした。

 考えろ。おそらく彼は板挟みになっている自分たちを救おうとしている。

「そして貴殿達はそれを阻止する役だ。城に付くまでに上手く私を捕まえよ。これは訓練である。だが、本気で来いよ?」

 ゲレオン王からは、見つけ次第殺せと言われた。それをしなければ、今度は自分たちの母や妻子が犯されて殺される。

 だがアンゼルムはそれを演じさせて、先王を止めるつもりだ。そう結論付けた。

「は、はい! ほら、お前達も準備をしないか」

 唇で『訓練ということにしてくれるみたいだ』と言えば、読唇術で皆の顔に活気が出る。

「準備に10分待ってやる。せいぜい頑張れよ」

「はっ。お任せください」

 アンゼルムがクロエたちを連れて外に出る。するとそこに小さな子供達が集まっていた。

「陛下」「なにする?」「陛下」「陛下」「どうする?」「陛下」

 この国の新聞にはとある伝統がある。それは特集内にパズルを組み、表立って言えない良質な情報や、いたずら心を持つイベントなどを伝える方法だ。これで珍しい大会やフリーマーケット情報、漁や行商人の来訪などを告知している。

 今回はクロエの特集記事に含めたパズルで、市民には『明後日に兵士の訓練がある』と伝わっている。朝から訓練に明け暮れ、時間のない兵士たちや貴族はそこまで見る事はない。

 どんな訓練なのかまでは知らされていないため、そわそわと家々から覗いていた。

 わらわらいる子供らに、それが今日に繰り上がったと、みんなにこっそり伝えて欲しいと頼む。にこにこしながら散っていった。

 国に帰って来た時の写真が、SNSをにぎわせているだろう。それに直接皇帝から情報伝達された子供達。今日は祭りになる。

 広場の中央で人々に囲まれる。アンゼルムはにこにこと笑顔で応じて、女性たちを魅了した。

 その中には美人で胸が大きな女性もいて、わざと彼にそれを当てているみたいだ。

 クロエは自分の胸を触った。

 彼に触れる女性に嫉妬するも我慢する。

 こういうのもきっと必要なんだ。接待と言うのだろうか。

 現に冒険者の格好をした男性とも握手をして情報収集をしている。

 アンゼルムが住民に引かれて一歩先に進む。距離が開いていく。クロエは胸元で手を組んで、一歩後ろに引いた。

 邪魔をしてはいけない。撮影と同じで、微笑を絶やさず、感情を抑える。また一歩引いて俯いた。

 姿を消したまま隣に立っているソルデガルドは、知りたくもないのに彼女の感情が少しだけ魔力と共に流れ込んでくる。

 どう見てもアンゼルムはお仕事での対応をしている。鼻の下を伸ばすことも、胸を視界に収めることすらしていない。クロエもそれは判っているからこそ、苦しんでいるのだろう。

 いっそのこと、奪おうとしてくれれば大義名分を得るのに。

 彼女は魔女共の手の中で、刺激を極力与えられずに過ごして来た。与えられなかった物も多かったが、与えられたものを奪われることはほとんどなかった。

 奪われるはずがない、嫉妬などする状況ではないのに、胸を痛めている自分が嫌。

 ソルデガルドは大きなため息を吐く。誰がこの女を人形だと言ったのか。立派な女ではないか。

 そして翔の耳元で小さく囁いた。

「クロエを連れ出してやれ」

「え?」

 二人はさっとクロエを見た。にこにこと穏やかな笑みを浮かべているが、胸元で抱き合う手が僅かに震えていた。

 俯いてはいけないのに。石畳がゆらゆらゆれている。ああ、涙まで。だめ。

 翔が話しかけようとした。

 すると突如として人垣がしんと静まり返る。

 下を向いて頬につかないように涙を落とし、クロエは顔を上げた。

「っ」

 金色の瞳が、獲物を見つけた猛禽類のように凝視していた。

 執着心に嬉々として見開かれていて、クロエは恐怖まで感じる。病的な瞳に息を飲んで、また一歩下がる。

「ああ、愛しいクロエ。一人にして悪かった」

 逃がすまいと、まるで舞台俳優のように演技掛かって捕まえられる。寸でのところで悲鳴を上げずに済んだ。

「見ているこっちが若返るわ」

「いいねぇ、青春、青春」

 民に茶化されても、黙りこくったまま抱きしめ続ける。

「アンゼルムさま、ごめんなさい。私、お邪魔してしまって」

 やっぱり嫉妬と言うのは恥ずかしいので、必死に誤魔化す。

「嫉妬してくれたのか」

「・・・してません」

 言葉とは裏腹に、凄く体温が上がっているのが分かる。かっかと暑くて、きっとふくれっ面で真っ赤だ。

 クロエまで囲い込んだ住民の群れのキラキラした顔のせいで、声はしりすぼみに消える。どうすればいいかぐるぐる考えて、ふとここに来る前にオーレリアが諭した言葉が思い出された。

 『困ったら微笑みなさい』。

 雑誌の撮影でさえ苦手だった『微笑み』。でもそんなことを言っていられない。小さく深呼吸しながら、引けていた腰と腹に力を入れる。

「皆さま。お見苦しい所をお見せして、申し訳ございません。こんな未熟者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 照れながらも優しく微笑むと、それだけで民衆は湧き立つ。

 同時に、ばたばたと兵士が出て来る。民衆は左右に割れて、期待した顔で観戦を始めた。

「いたぞー!」

 口火を切った怒声を皮切りに、住民はうきうきしながら散り散りに建物に入っていく。そして好奇心いっぱいの顔だけを窓から出した。

 兵士達にぐるっと囲まれる。しかし心なしか城方面の守備が甘い。

 クロエに金の杖を渡し、アンゼルムは刀を抜く。

 翔は無手で兵士を圧倒した。振りかぶられる剣を避け、大振りの動きを絡め取って体勢を崩したり、転倒させたり。

 アンゼルムが刀を奮えば、敵対した兵士の後ろに控える5~6名がともに吹っ飛ぶ。

 ずしんずしんと地面が震えると、兵士たちの詰め所の向こうから巨人の顔がのぞいた。

「敵、だれ」

 先々年度の武闘、喧嘩祭りの覇者であるギガルト。犬歯が鋭く、岩肌をしていた。精巧で強固な鎧と剣を身に着けていた。

「へ、陛下」

「久しぶりだな、ギガルト。あの日の再戦と行くか?」

 思い出すのは皇帝との試合。ギガントは全治2年の怪我を負って、先日ようやく復職できたばかりだ。

「陛下には拳を向けんと決めたのだ!」

 ギガルトが運動場に蹲って目を白黒している隙に、アンゼルムの頭部を大型口径の銃弾が狙う。発射音はギガルトの膝をつく音でかき消されるも、その銃弾をアンゼルムは強化した刀で弾いて避けた。

「対物ライフルを採用してくれた兵士がいるのか。輸入して指導した甲斐があった」

 そう楽しげに笑いながら、重機関銃の弾を吐き出した煙を目で追い、飛び上がった。

 3階建ての屋上までひとっとび。そこにいた黒ずくめの兵士をばっさりと袈裟掛けに斬った。

「安心しろ。死にはせん」

 痛みと傷はどんどん塞がって、消えて。

 屋上から降りた皇帝が、仲間と合流して城へと走り出す頃には、傷病者の呼吸も平常となる。

 消えゆく傷を見ながら、首を傾げるしかなかった。

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