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07-3螺旋くれたセカイ

 謁見の間の前に翔たち、その後ろにアンゼルムとクロエが立つと、ザックによって扉が開けられた。

 上座までまっすぐ赤い絨毯が敷いてあり、左右に大小さまざまな魔族や怪物たちが顔を伏せてひざまずいている。

 オーレリアとヴェロニカ、翔は列の最後尾に座った。

 クロエを連れたアンゼルムは、難しい王の顔つきとなる。

 壇上に椅子は一つ。皇帝が座ると足を開き、クロエを見ながら右太ももを叩いた。座れ、ということなのだろう。クロエは恐る恐る従う。

 首を垂れていた者達に顔を上げるようにザックが促すと、その全ての視線がクロエに集まった。

 殲滅龍と恐れられる皇帝陛下のお膝に座る女の子。その腰には紛れもなく王の腕が回っている。

 ざわめきこそなかったが、鋭く刺さるように睨まれる。だがクロエは怖くなかった。

 かつて敵に回した者と同じレベル、あるいはそれ以下の嫌悪感など恐るるに足らず。勝負を挑まれても負ける気はしない。懸念は、力はあっても操るマスターがいないことだけ。

 殺気を以て睨まれても、なお彼女は怯えずに涼やか。

 穏やかで媚びる笑いもせず、皇帝陛下の招集に答えた帝国騎士を見回した。

 身体の節々が赤く燃えている大岩の巨人。蝙蝠の羽根と細い鍵尻尾を持つピンク髪の女性夢魔。

 かがんでようやく部屋に入れる巨大なアンデッド・ウェンディゴ。顔の一部が鱗に覆われた、ブロンドの凛々しい騎士。

 小さな妖精たち。獅子とトカゲ、二つの頭を持った鎧の戦士。黒い靄を纏った首無しの勇者。どろどろとした触手の塊。他にも、見たことのない生き物がたくさんいた。

 その後ろに見た顔が覗く。革ジャンを身につけたミカゲ。魔女の正装をしたオーレリアとヴェロニカ。人間そのものにしか見えない翔と、隣には目深にローブを被った女性。

 蝶、トンボ、蛾の羽が生えた小さな鼠が3匹、最前線に躍り出て頭を下げる。

「皇帝陛下。お久しゅうございます」

「陛下、こんにちは」

「王様、元気ですか?」

 彼らは出来る限り膝をついて最上敬礼をする。

「ああ、よく来てくれた」

「もったいのうお言葉に御座います」

 最前列のブロンドの凛々しい騎士が顔を上げて、再度頭を下げた。

「本来ならば、陛下の招集には当主らが答えるべきであります。しかしながら、父らは王の号令を」

 邪魔になるのではないかと不安がるクロエの細い腰を、しっかりと握って捕まえる。

「ああ。予想はしておった。だが咎めるつもりはない。この程度の反乱、模擬戦としてよいくらいだ」

「・・・そのお心遣い、痛み入ります。陛下」

 種族王あるいは貴族があちら側についている引け目がある部下たちが、また深く礼をするのをクロエは黙って見ていた。

「ゲレオン先王様が貴族の妻や娘を人質にし、先代や当主を従えていらっしゃいます。我々は『逃がされ』ました。しかしながら私は、父上と刺し違える覚悟があります。また父上もそうでしょう」

「・・・さしちがえ」

 クロエが小さく呟いて、目を見開いてアンゼルムを見上げ、ゆっくり小さく首を振った。アンゼルムが耳を近づける。

「先王様が戦をしようと思えなくすればいい」

「何か策があるのか?」

「戦いに必要なのは四肢、体力、気力、そして魔力。それは全て生命力であり、原動力のその多くは『マナ』です」

 クロエは舌をぺろりと出して指先で差した。

「それを奪えばいい」

「貴様っ! まさか炉を反転させて使うつもりか」

 悲しくも微笑むクロエの腕を掴んだ。

「それだけは許さぬわ、愚か者が! 俺はアレをまだ完璧に理解していない! そのようなことをすれば、壊れてしまうかもしれないのだぞ。命を粗末に使うな!」

「へ、陛下?」

「その者は、やはり」

 騎士が立ち上がり、謝罪して剣に手をかけた。

「帝国に仇なす人間め。お前は神父の女であろう。魔女を滅ぼそうとしたバケモノめ」

 クロエはじっと彼を見据えた。

「言われてみれば、彼女だわ。なんでここにいるの?」

「陛下。騙されてはいけません。この女は我らの宿敵。魔女や魔物を殺しまくった人間の女です」

 クロエは立ち上がった。その瞳の鋭さに騎士は息を飲む。

「あなたがたには私を殺す権利があります」

 睨みつける騎士の視線を一人一人捕まえる。小娘の強い気迫と魔力に戦士たちは飲まれていった。

 雑誌の撮影で、彼女を担当したカメラマンにシャッターを押すことを忘れさせる瞳。コンタクトレンズ越しでない今、なおさらその目力は水晶体越しに本能を殴りつける。

「陛下。この女をどうしてここに入れたのですか! オーレリア! 君も知っていたのか?」

 クロエは震えずにしっかりと立っていた。彼らのような戦士を幾人も屠って来た。今更怖いなんて思えない。

 わあわあと部下たちが騒ぎ立てる様を見ていたアンゼルムは、クロエの左手を取って、これ見よがしにキスをして見せた。

「皇帝陛下!」

「お前たちの中に『依り代』を知る者はおらぬか」

 溜息をつく皇帝陛下の口に登ったのは、知らぬモノなどいない言葉。彼女を考えなしに威嚇していた者たちは動揺した。

「ビルヌヴァ。『依り代』とは」

 ブロンドの騎士が呼ばれ、クロエを睨みつけて警戒しながら答える。

「人間が我々の体の一部を使って行う魔術、です。例えば銀の弾丸に使われる『銀』がこれに当たります。鉱石としての銀は柔らかすぎて弾道が定まらない。だが、我らの一部を粉になるまで潰した『銀』を混ぜれば同等以上の・・・」

 そこで何かに気付いて言葉を止めた。

「ではアリア。お前は?」

「えっと・・・、操り人形も作れます。『依り代』化に必要なのは『プロメテウスの炎』と呼ばれる錫杖でしたっけ。無力な赤子でも高位の魔術を使える人間専用のチート武器。術者の練度も問わず、人以外の兵士の意識を奪って操ることができます」

 腑に落ちたビルヌヴァは剣から手を離した。

「ああ、その杖にはしてやられた。我が盟友ガインですら抗えず、俺に剣を向けた。それを・・・まさかそちらの彼女も?」

 アリアが手を叩いて悲鳴を上げた。

「何だ、アリア殿」

「もしかして『白薔薇のクロエ姫』様?」

 クロエは妙な呼称に驚いて後ずさりした。アンゼルムは立ち上がり、その及び腰を抱いた。

 弾かれるように、テディベアほどの小さなツインテールの少女が、最前列で飛び上がった。背中にはのてんとう虫の羽根が付いている。

「その話ならば、このファヌレにお任せください。我が『日刊リントヴルム』にて200年間連載された『白薔薇の姫君』。優しい王子に引き取られた幼い人間の少女が、悪い人間にさらわれて下界へあげられ、『プロメテウスの炎』で天使へと変えられた悲劇。漫画化、映画化、舞台化とされた彼女の数奇な半生。ええ、ええ。アレは実話で御座います」

「空想上の人物と思っていました!」

 アリアが飛び上がって、嬉しそうにくるりと宙で回る。キラキラと細かな鱗粉のような光が舞い上がった。

「えっとねぇ? 確か『雪山のように蒼く煌めく銀の頭髪と、甘く愛くるしい薄桃色の瞳。肌は2月生まれの馬の如く白く、唇は雪に落ちた血のように赤く栄える。本も持てないくらいに華奢でいて、純粋故に誰彼構わず優しく、それが逆に危なっかしくもある』って描かれていましたっけ。そのままじゃん」

「本くらい持てます」

 何もできない人だと言われた気がしてむっと怒ると、アリアが慌てて取り繕いながら謝罪した。

 むくれるクロエの腰に回った手が腹を撫でるように動くと、小さな悲鳴が上がった。皇帝の胸板が抗議に軽く小突かれる。

「そもそもアレの連載を決めたのは、『プロメテウスの炎』の被害者が、言われなき誹謗中傷にあっていたからです」

「ネットでも話題になったなぁ。でも流石に陛下の婚約者ってとこは盛っていますよね?」

「かつては求婚止まりだったが、昨夜婚約を結び、王国情報管制室に提出した。これで辻褄が合おう」

 昨日の夜中に返事をしたばかりなのに、仕事が早すぎる。クロエは溜息をついて俯くと、ぐいっと背後に引き寄せられて背筋を伸ばされる。

「『プロメテウスの炎』。かつて人間の神父はそれを目覚めさせるために、彼女と共に火にかけて人間達の怨嗟の炎を燃え上がらせた」

「火に・・・かけ・・・?」

 真っ白な肌のクロエに視線が集中した。皆が何を言いたいか分らずに、怖くなって腹を護るように手を当てる。

「グロテスクなシーンは省いてあるが、あの作品は本物だ」

 傷一つなく目の前に立つ女性の壮絶な過去に、部下たちがそれぞれ動揺と不快感をにじませる。

 この場にいる騎士の殆どが、先の戦争に参加しなかった。だからこそ生々しい体験に、感覚を掻きまわされているようだ。

「皆の大切な人を殺したのは本当。私はバケモノなの。許してはだめよ」

 凛として言い放つ彼女は、どこから見ても小さく儚く、騎士達が護って来た帝国の少女たちとの違いが分からない。

 親世代が戦った彼女は、無限に魔術を使うとされていた。いつも術者の消耗に重きを置いて、撤退させるしかできなかったと聞き及んでいる。

 能面のようなさらりとした無表情で、躊躇いもなく生き物を殺す『天使』。豊かな感情を持ち、罪悪感にさいなまれている今の彼女とは全く違う。

「錫杖を奪い、契約を燃やして、神父を殺害せしめ、ようやく彼女は戻って来た」

 耐えていたクロエだったが、苦しくて顔をくしゃりと歪めた。罰を欲し、呼吸も荒くなり涙が溢れそう。

 夢魔の少女がクロエの腕を優しく抱きしめると、まっすぐ伸ばしていたクロエの背が曲がって、涙がぽたぽたと落ちた。

「うぅ・・・うぅう」

 夢魔は彼女を支えながら、さりげなく頭部に手を当てて記憶を読んだ。そしてシンクロするようにぼろっと涙を流し、夢魔の反応を伺っていた騎士達はぎょっとする。

「そう、全部っ、本当の、事なのね・・・ううん。これは、もっと酷い・・・酷すぎる。私達の知る話は可愛いモノだわ」

 流れ込んでくるのは、5人の男達がクロエの両手両足を抑えている景色。女の子の顔や腹を何度も殴って大人しくさせて、それぞれが彼女をむさぼる。顔や腹は痣だらけだ。

 性器と尻が使えなくとも、手や口やふとももがある。運悪く衝動で腕を切り落としてしまっても治癒魔術で元に戻せばいい。

 教会での生活のうち、告解室での時間は長かった。腹が異様に膨れる程飲まされた。ニオイがこびりついて取れなくて、信者が収穫物を持って犯しに来る。服なんて殆ど着ていなかった。

 次に見えたのは殺せと指示された相手。

 逃げていく同郷の魔女の首を鎌で狩る。杭で胸を穿つ。断末魔や命乞い、肉を喰い千切り咀嚼して飲み込む感覚を鋭利に感じる。

 クロエの意識がやめてと声を限りに叫んでも、赦してと声を上げても終わらない。怨嗟の映像が頭にこびりつく。口は石像のようにピクリとも動かない。想いは誰にも届かない。

 夢魔には神父の存在が、特に許せなかった。魔女と化した彼女に侍るように命じ、自分だけこの世の春を謳歌していたのだから。

「大丈夫。私達の国でなら、無暗に触れる人はおりませんわ。陛下の大切な人だもの。私もあなたを護るわ」

 夢魔はシシシと歯を見せて、涙ながら笑いかける。精神感応が得意な彼女が気を許したならば危険はない。そう判断し、他の部下たちは警戒をといた。

「あたしはアリア。夢魔の統領をしております。今日は来ていないけど、悪魔の統領も女の子。よろしくお願いいたします、クロエ姫様。あなたに必要なのは罰ではありません。苦しかった日々を忘れて、幸せになることです」

 両手を繋いでぶんぶんと振られると、クロエは恥ずかしくて控えめに笑う。涙を拭っていると、騎士が胸に手を当てて膝をつき頭を下げた。

「申し訳ございませんでした。私はビルヌヴァ。第一連隊長を拝命しており、現騎士団長の息子に御座います。まさか第一王子のご息女が、そんなに酷い目に遭われているとは露とも信じておらず。しかしご安心ください。話を伺えば、国民も必ず理解を示すことでしょう。我ら帝国騎士は、命に変えましても貴女をお護りします」

「っ、ありがとう」

 許され受け入れられて、クロエは騎士達に微笑む。すると黙っていた皇帝陛下が不機嫌になって、彼女をぎゅっと抱き寄せる。

「彼女はようやく私に心を開いたばかりだ。私よりも早く好感度を稼ぐな」

 大きくて広い胸に閉じ込められ、ぎゅーっと抱きしめられる。首に顔を埋めてにおいを嗅いでいる素振りがあったので、僅かに甘い嬌声が出て自分の口を押える。

「陛下。開いた心も閉じますよ」

 皆の後ろから魔女のオーレリアがぼそりと諫めると、ようやくその細い身体を離した。

 真っ赤な顔を片手で隠しながら距離を取る。

「人前でそんな風に触らないで」

「ああ、わかった。二人きりの時に」

「思っても言わないで、ばか」

 大きな口を開けて怒る彼女の要求を、皇帝は珍しくへらへらしながら受け入れる。部下たちには非現実的な光景だった。

 あの聡明な皇帝が、何の険もなく笑う。距離を取っていた騎士達がアンゼルムに近づいた。

「・・・素晴らしい! ついに我らの皇帝陛下が求め続けた花嫁を捕まえたのですね!」

「ハハ、そうとも!」

 元気よくアンゼルムが返すと、騎士たちはぱらぱらと拍手しながら苦笑いしていた。インタビュアーはメモを次のページにして、更に書き込んでいく。

「クロエ様。クロエとは神族『豊穣の女神デメテル』様の通称。古代ギリシャ語の語源を紐解けば『輝く黄金』に繫がる。黄金とは我らが皇帝の輝く瞳そのもの! これはもう運命でしょう」

 くるくるひらひら飛び回りながらも、二人の事をメモしていく。

 演劇の主人公のように酔って、クロエの側にぐいぐい詰め寄る。

「では、姫様。突然ですが、陛下の事は何とお呼びになっていらっしゃいます?」

 余計な事を言わない方がいい気がする。しかしアンゼルムが頷く。正直に言えということか。

「えっと。アンゼルム様、と」

「気を回さずともよい。ファヌレ、呼び捨てだ」

「なんと! ああ、皇帝陛下に恐れ多くも敬称略。もはや夫婦と言っても過言ではない」

「過言です! 私は、まだっ」

 クロエが顔を真っ赤にして否定すると、周囲の目尻が下がっていく。

 目を輝かせたインタビュアーは、腕にすばやく『報道』というリボンをつけた。

「『まだ』・・・その後はあえて、あえて聞きませぬ。くふふふ。花嫁様は恥ずかしがり屋とみえる。先程の気迫とギャップがあっていいですな」

「ああ、まだ踏み荒らされぬ新雪は、天邪鬼かと見紛う程に恥ずかしがり屋だ」

 ご機嫌な王様にぐいっと抱き寄せられ、抵抗むなしくそのまま髪の毛にキスをされる。

「・・・っ、もっ、やめ」

 逃げ場もないためアンゼルムの胸に顔を埋めて隠し、更に銀の髪を握って寄せて隠す。

「おや、おやおや」

 インタビュアーの顔がにやけている。だから、その声と逆に顔を向けた。

「式はいつにしましょうか」

 照れて怒るクロエをわずかに観察し、アンゼルムは難しい顔をした後に微笑んだ。

「この300年で帝国は変わった。彼女が国に慣れてからにしよう」

 相応しくない言葉は、驚きに空気を凍らせる。部下は女性関係で相手に配慮する姿を初めて見た。

「・・・どうして? 欲しいモノは奪い取るのがあなたではないの?」

「翔に言われたのだ。『彼女の不満な顔と笑顔、どちらが好きか』とな」

 クロエのくしゃくしゃになった髪を撫でてとかす。

 インタビュアーが跳ねた。

「なんと! 待ち遠しい。どれだけ酒を飲んでも怒られないお祭りが! 永遠に来ないよりかはマシだけど!」

「それは国民全てに通じる本心だけど、貴方は本当に正直者ね」

 アリアが皮肉を言うが、褒められたと照れるインタビュアー。

「では、陛下。『白薔薇の姫君』の新章始動を記念して、花嫁様のことをもっといっぱい教えてください」

「任されよう」

「やめて」

 彼の胸を右手のひらででバシバシ叩くが、皇帝はくすぐったくて笑うばかり。

 二人を後ろの方から見る翔は、とても幸せで胸いっぱいだった。

「盗られちゃったのに、嬉しそうね」

 隣に座っていた女性に、聞き慣れた声をかけられて驚く。ローブをずらして顔を見せると、思った通りの人物だった。

「えっ、美琴・・・? どうして。あー、また騙されたのか。美琴には絶対に勝てないな」

 翔の頬を強くつついて苦笑いした。

「元々、そういう意味での好きじゃない気はしていたし。彼女は義理でも妹。二人が幸せそうなのを見ると、嬉しくて胸がいっぱいだ。王様に苦情言った甲斐があった」

「苦情?」

 指を立てて数えて行く。

「身体を触り過ぎない事、話を聞いてあげて欲しいってこと、高身長はそれだけで圧迫感があるから屈んでもいいかもって進言した」

「命知らずね。でも、いいお兄ちゃんだわ」

「ふふ、それが一番嬉しいかもな」

 美琴の声を聞きつけてアリアが目を凝らし、一番後ろにいるのを見つけた。小さな羽をはためかせ、ぴょんと飛んで寄ってくる。

「ミコトちゃんじゃない。何でこんな後ろにいるの? 悪魔のシロサキ組は前から三番目でしょ!」

「あー、うん。そうなんだけどね」

 翔をちらちら見ながら、意味のない弁明をする。翔は肌の露出が多いアリアに、目を白黒していた。

 アリアは美琴の隣に座って、クロエがもみくちゃにされているのを眺める。

「陛下は国民に『かの有名な魔女狩りの魔女を滅ぼし、依り代にされた可哀想なお姫様を救出して帰還する』として凱旋するつもりなのね。いい物語として売れそう。少しは反発も鈍くなるでしょうね」

 不穏な言葉に、お兄ちゃんである翔は過敏に反応する。

「反発?」

「ええ。血は繋がっていないけれど、彼女は『ゲレオン陛下を毒殺し損ねた第一王子の娘』でしょ。前王に逆らえない老兵は多いのよ」

 部下を恐怖で束ねるおじいちゃん。また一つ嫌な情報が増えた。

 クロエはフグのように頬を膨らませて怒ったり、小さな口に手を当てて微笑んだりする。部下たちに言われたことに逐一反応し、新鮮な感情を見せる。

「陛下が不用意に女を抱かなくなった理由は、もしかして彼女なのかしら。・・・とすると、服毒騒ぎよりかなり前から彼女を娶るつもりだった? えっ、何百年清廉潔白してるの? 龍種の性欲ってどうなってるの? 先王のせいでヤらないと死ぬのかと思ってた」

 祖父に当たる先王がどんな人なのか、段々知りたくなくなる。

 その龍種の血が流れている翔には、他人事じゃなかった。気づかれないようにしないと、経験人数聞かれそう。

 インタビュアーがアンゼルムの手に近づいて問う。

「手の傷はもう?」

「ああ、完全治癒している」

 翔の聖剣を素手で掴んだ際の傷の話になる。

「見せて」

 突然目の色をかえたクロエは、彼の手を取って手袋を剥がす。そこには何もなかった。

「傷はもうない」

「でも」

 動物の耳があれば、しゅんと伏せられている事だろう。

「もう痛くない。それに君のせいでついた傷でもない」

 傷ごときで本気で心配されるなんて、案外初めてかもしれない。アンゼルムは嬉しそうにクロエの頭と頬を撫でた。彼女は顔を上げて、目を閉じてそれを受け入れる。

 部下たちは微笑ましく仲睦まじい二人を見守った。あの厳しい王にもこんな優しい一面があるのかとドキドキしながら。

「翔。こちらへ」

 皇帝陛下に呼ばれ、美琴に背中を押されてレッドカーペットを進んだ。

 じろじろとなんだコイツはと値踏みされる。足早に王様の前に立つと、肩をグイッと寄せられた。まるで近しい間柄を示すように、首を軽く締められる。

「これなるはジギスヴァルド第一王子の血を分けた息子であり、我が甥である。人間世界で生きてきた故、知らぬことも多いだろう。よくしてやってくれ」

「なんと! 滝に落ちたとされた第一王子ご夫婦は、生きのびられて・・・お子様も元気にお生まれにっ・・・うぅっ。スクープっ。正式発表してもよろしいですか?」

「構わぬ。一面を飾れよ」

 先程までのテンションが壊れ、記者妖精はボロボロと泣き始めた。それでもメモをする手は止まらないので、演技かもしれない。

 アンゼルムの腕から解放された翔は、インタビュアーに抱き着かれてふらつく。

「お名前は? ぐすっ」

「藤間翔です」

 騎士たちが緑の瞳について議論を始めた。翔は右目を手で覆って、幻術を説いて元の金の瞳にした。

「おお」

「流石は龍種。外界生まれでも魔術がつかえるとは」

「もう片方はならないのか?」

 クロエの記憶を覗いた時、母の目の色は緑に近かった。そちらも幻術を説くと、緑がかった金色が現れた。

「奥方様のも継承されたのだな」

「両親を受け継げるとは幸運だ。どちらの得意分野も受け継いだということだからな」

 ワイワイと翔に話しかける部下たちを楽し気にアンゼルムは見ていた。

「アンゼルム様」

 クロエが俯いたまま小さく呟いた。答える代わりに頭を撫でる。

「・・・あなたは昔から、優しい人でした。けど、私は判っていなかった」

「違う」

 即座に断じられて彼を見上げると、真剣な目がこちらを見ていた。

「男が一人、愛した女性に振り向いて欲しくて藻掻いていただけだ」

 クロエはその哀愁も漂う爽やかな笑みに、しばらく見惚れた。

「・・・ばか」

 ピピっと音がして、先程まで翔を撮っていた妖精のスマホが、二人に何度かシャッターを下ろした。

「わぁ、凄くいい絵だわ」

「王様と姫様が想い合っているのがわかるぞ。流石だな、報道官」

「えへへ、お褒めに預かりまして。では皇帝陛下。お写真も撮れましたし、早速夕刊の記事に致します。作戦の実行は明後日。それまでには国民をこの話題で持ちきりにさせて御覧に入れます」

「うむ」

 深々と頭を下げてぴょんと飛び上がる。宙返りして消えた。

「陛下の計画はよくわかりました。頂いた暗号資料も、姫様の存在が鍵だったのですね」

「国の上層部を全て取り込んで起兵した先王は、未だ国民には何も言っておりません。末端の兵士も命令に戸惑っており、この切り口は効果的かと」

「意見は後程聞こう」

 アンゼルムが掲げた手から、紐のついた鍵を垂らした。キューブが複雑に絡み合う形をしている。

「城の裏にある湖の浮島、ネモフィラ畑の飼料小屋、俺の部屋へと続くカギだ。用途拡張の魔石をつかえ。これで囚われた母と姉妹を見つけるがよい」

 ビルヌヴァがそれを恭しく受け取った。

「そして私と彼女が陽動を担当する」

 クロエの肩を取って、笑顔で皆に言い渡す。

「それは危のう御座います」

「いいや。ゲレオン王の治世は遥か彼方以前に終わっており、このアンゼルムにしか尽くしたことがない兵士も多い。階級や制度に厳しい者は、過去の地位を振りかざす者を疎む。ポッと出のじじいに命令されて困っていることだろう。きちんと目を合わせ、従うべき相手を教えるつもりだ」

 ビルヌヴァは膝をついて深く頭を下げる。

「人質奪還の人員配置はお任せください。それと、重々お気をつけて」

 クロエの腰を押して歩く。彼女を見る目はもはや柔らかく微笑ましい顔ばかり。

 ドアの外に出ても、まだクロエから気持ち悪さが消えなかった。中が騒がしくなり、ざわざわと私語を始めた。クロエはさっとしゃがんで閉じた扉にくっつく。

 何を言っているか半分も判らないが、悪い言葉は聞こえない。

 その腰を抱き上げられる。

「高、い。怖い、下ろして」

 言われた通り下ろされて、額をつつかれた。

「盗み聞きは駄目だ。癖がついて精神が不安定になる」

 もっともな言い分に頷くと、クロエの部屋にエスコートして欲しいと頼まれた。

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