07-2螺旋くれたセカイ
自宅に帰ることを赦されず、翔は与えられた自室で二度目の朝を迎えた。
昨日に引き続き、とりあえず一番に美琴に電話するもまた繋がらず。再度無事をテキストメールで報告した。
一度家に帰りたいけれど、今日は帝国の騎士達を交えて指針を示されるらしい。
知識の少ない翔は役立たずだから、すぐに解放されるだろうと高をくくっていた。
支度を済ませて、8時30分を指す時計を眺める。10時に所長室に集合だ。
スマホゲームをする心の余裕はない。でもまるで高級ホテルの様な部屋では落ち着かない。とりあえず頭に入れて置いた方がいいものはないか探そうと、父の魔導書を召喚する。
「失敗した時の反動が怖くて練習できなかった『転移』魔術。・・・やってみようかな」
ここならたくさんの魔術師の目がある。失敗しても大事にはなるまい。壁と同化してしまっても、何とか助けてもらえそうだ。
手順を護り、空間を引き寄せて、宙に扉を召喚する。電気が四方八方へ飛び散ってかなり不安定だったが、遠い行先に見覚えのあるオーレリアのローブが見えた。
「行ける!」
思い切って飛び込むと、あちら側の地面に付く前に宙に浮いた。
「えっ、なに? あれ?!」
ゆっくり回りながら天井に尻が着地してしまって、風船のように床を眺める。ソファには呆れ果てたオーレリアと真顔の陛下、笑いを堪えるヴェロニカがいた。
「何をどうやったら重力を結び間違えるのだ」
「おはようございます。すみません」
アンゼルム自らが立ち上がり、翔に手を伸ばす。それを取るとゆっくりと足が天井から離れて高度が落ちた。無差別に四方八方を攻撃していた不格好な転移扉は、皇帝が手で払っただけで空気と混ぜられて消えて行く。
「・・・優秀な師が必要だな。あるいは私も通った魔術学園に入学するか。独学でこの程度の反動ならば、封印解除が済めば将来は兄上に追い付けよう。越えられるかはお前次第だ」
翔の足が床につくと、陛下は手を離して椅子へ戻る。彼の黒い上等な軍服には、金の刺繍がこれでもかと描かれている。ひとたび戦場に出れば、全て灰や血で染まってしまうというのに、一針一針に品があった。
「もし私の元に来るなら、一番信頼のおける魔術師に教師をさせよう。考えておけ」
「あっ、はい」
再度、卓上の地図を見ながらの話し合いが始まり、翔はアンゼルムの隣に座って聞いた。
帝都は一つの県くらいの大きさはあり、帝国領土は九州と四国を足した広さがあった。
竹や虹魔鉱石の工芸品、どんぐりの焼菓子やワイン用の葡萄畑。漁も盛んで、陶器市も温泉もあるという。
特産品があり過ぎて不思議に思った翔だったが、すぐに思い至った。この帝国は繰り返す侵略行為で、住民も文化も取り込んでいるのだと。
駒が乗せられた地図の一か所だけ、蒼く塗られた場所があった。
「・・・戦闘特訓場に」
翔の頭をアンゼルムが撫でる。ふっと自嘲的に笑う彼を見上げた。
「そこは一面のネモフィラが美しい場所だ。懐かしい。クロエと初めてデートをした場所だな」
当時女は寄ってくるに任せていた。適当にあしらい、悦ばせる方法は褥の上でしか知らない。故にデートプランなど思いつくはずもなし。クロエの好みをよく知る兄の助言に従って連れて行った。
「デート。・・・そんなに親しかったんですか。どうして今はあんなに怖がるんです?」
アンゼルムはオーレリアとヴェロニカに目くばせをして退出を促す。
「では、謁見の間の支度を見てまいります」
深々と頭を下げて素直に出ていく二人。翔は申し訳なく思っていると、アンゼルムが向かい側に座る。
魔導書を出すが、いつものタブレットではなく本の形をしていた。小さな魔石を散りばめられた、使い込まれた魔導書。それに挟まれた一通の手紙を引き出した。
「お前は龍種。そして王族だ。我が一族の置かれている今を、知る必要がある」
時代劇の文のような縦書きの手紙は外袋に入っており、くるくると巻いてあった。
「お前の祖父は好戦的でな、人間を滅ぼすと言って聞かない。もしそれが完遂できたとしても、次の矛先は他の種族に向くだろう。この世に彼以外の生物がいなくなるまで、それは続く」
タブレットの魔導書も召喚して、机の上に手紙と重ねて置く。
「帝国の終わりは、この惑星と共でなければならない。我ら龍種は地球の代弁者なのだから」
大きな半透明のホログラムが人を机の上に現した。アンゼルムの方を向いていて誰かは判らない。
「だからお前の父上であるジギスヴァルドは、私に策を持ちかけた」
板をくるりとまわして翔に向ける。
ホログラムの人物は、下部に鉱石の様な金色をした焦げ茶の髪と、金の瞳をした長身の男だった。翔によく似ていて、鼻筋が通っている。
『お前ならわかってくれると信じている、アンゼルム。私は王に服毒させるつもりだ。無形の里近くの毒沼から抽出したイソギンチャクの毒は、父上の体力であれば100日程度で目が覚める。個人差はあるが、伸びてせいぜい30日程度だろう。それだけあれば、聡明なお前なら国のシステムを変えることができる。俺はたくさんの証拠を残す予定だ。疑惑は全て俺に集める。その隙に父上が独断で兵を起こせないようにして欲しい』
途中から始まった話だが、ジギスヴァルドは翔に向かって熱弁をふるう。話しかけられている本人はぽかんとして目を見開いていた。
『私には人を動かす才がない。加えて、ステラとクロエを犠牲にしてから、もはやどの命も材料にしか見えない。いつか父上と同じく、狂王に成り下がるだろう。しかしお前なら、貴族や議員共に「次の皇帝は貴方しかいない」と言わしめることができよう。手加減は、するな。俺の首を喰い千切れ』
そういいつつ、ジギスヴァルドは悔しそうに歯を食い縛り、強い瞳で翔を睨み下ろしていた。
『お前は戦いが好きだ。だが弱者の痛みも知っている。民を幸せに生かす才もある。きっと過去に類を見ない賢い龍として君臨できるだろう』
ジギスヴァルドは胸に手を当てて頷く。
『・・・我が研究の集大成「岩漿の子クロエ」は、恐らく私達を追って国を出る。そして愚かしい彼女は人を信じ、人と共に生きる道を選択するだろう。だがどうか我慢してくれ。約束通り300年の後、龍種と同じ長寿にしてお前に渡す。お前がクロエを后に望んでくれて嬉しいよ。だが、彼女の気持ちは優先してやってくれ』
涙で潤む翔の瞳を見て、アンゼルムはフンと笑う。
彼が使えない小さな子供であれば、置いて行こうと思っていた。あるいは予想外の動きをさせないように殺すつもりだった。
龍種としてまだ生まれて間もない翔は、ジギスヴァルドの研究によって腹に突き立てられた聖剣の内一つの効果として、肉体年齢がヒトと同じ成長を見せている。
またジギスヴァルドの教育により、知識に断片がある癖に、既に高位の魔術師にある。
『もしかしたら彼女はお前が殺したと思い込むかもしれない。いや、十中八九。そう思い込んで責めるだろう。恨みは生命力になるとはいうが、お前には酷な話になる』
「えっ!? あっ、だからあんなに怖がっていたのか」
驚きに挙動不審になり、それでも手紙の父を見上げる翔。これからこの幼き龍に正しい師をつけたなら、どう羽化するだろうか。アンゼルムはその先が気になってしょうがない。
帝国は実力主義だ。現皇帝に敵うどころか、並ぶ者がいないことがアンゼルムの悩みの種だった。
翔に選択肢を与えてはいるが、説き伏せて連れて帰るつもりだ。あのジギスヴァルドの子である。知識の研鑽、武力の向上の甘い蜜には逆らえまい。
父の亡霊は翔に向かって話し続ける。その内容が今理解できなくとも構わない。いつかは嫌という程に直面することになる。
『であるから、クロエもお前に気がないわけではないと思うのだ。ステラも脈はなくもないと言っている。あの子は「アンゼルムが批判するのは先生のことが好きだから」という。本当にお前の事を嫌いなら、間を取りなそうとはしないだろう。だが』
話がクロエとの婚姻話に変わっていった。翔は苦笑しながら、必死の父を見上げていた。内容は違えど、約束を仕事で違えないといけなくなった時の父に似て苦々しい。
『あの子も口では嫌だ会いたくないと言うが、ドレスをステラと選びに行ったり、興味がなかった化粧品や髪のオイルを欲しがったり、出費がかさんだおかげで小遣い制になった。無理矢理つけさせていた日焼け止めでさえ、成分表を見る始末だ。お前が長髪好きだと教えたからか、最近はずっと鏡を見て髪の伸びを確認しているな。段々綺麗になっていくのは正直妬ける。ここだけの話。早く抱いてモノにしておけばよかったと、後悔している』
「・・・クロエ、王様の事が大好きじゃないか」
そう翔が太鼓判を押すと、アンゼルムは嬉しそうにニヤついた。
『それとステラの腹にいる子供についてだ』
翔は緩んでいた頬をぎゅっと引き絞った。
『性別は男の子。名はまだ決めていない。移り住んだ先で違和感のない名前を付けようと思う。会うことはなかろうが、もしお前の前に現れたら手助けしてやってくれ。その時は恐らく私もステラもいないだろう』
ジギスヴァルドは目を強く閉じて開いた。
『決してお前の治世を奪うような真似はしない。だから、少しでいいから優しくしてあげてくれ』
「私が身内の赤子を取って喰うとでも?」
父の透けた姿の向こうで、アンゼルムがせせら笑う。翔も笑った。
「はい。王様は凄く優しいのに」
「であろう?」
腕を組んで深く頷くと、二人で笑った。
翔は王が『身内でない』子供なら、何度か食したことがあるのを知る由もなかった。ジギスヴァルドの不安も、あながち間違いではないのだ。
コンコンとノックの音がしたため、ジギスヴァルドの手紙をタブレットの上から外し、本に挟んで映像を消した。
「入れ」
「失礼致します」
首を垂れて入って来たのはクロエだった。
長いスカートを履くことを許可され、頭の先から膝丈スカートまでが真っ白。レースやフリルが上品にあしらわれ、足は濃い黒のタイツ。細かなレースとビーズのヴェールの上から、アンゼルムのモノである証として、朱色の花の髪飾りをつけていた。
スカートを広げて皇帝へ優雅にお辞儀をする。アンゼルムが手を差し伸ばしたので、クロエはそれを取った。
「いかが、でしょう」
「ああ。美しい」
「ありがとうございます」
外で待っていたオーレリアとヴェロニカも一礼して入ってくる。
アンゼルムが椅子に座ると、ぽんぽんとソファの座面を撫でるので、クロエは一礼し拳二個分開けて座った。
彼を直視できない。昨日は星空の下で暗かったから、あまりはっきりとお顔を直視していない。
かつて魔女にされる前に見たきりの、王様のお顔。
幼かった頃も整っていたが、成長されてさらに精悍な顔立ちになっている。
「クロエ? 大丈夫?」
心配して翔が声をかけると、泣きそうな顔がこちらを向いた。暗に助けてと言っている。
「どこか痛いの? 不具合があるのかしら」
「あ、いえ。痛かったとこ、消え、ました。全部」
オーレリアの問いかけにもしどろもどろ。
アンゼルムが珈琲を一口飲む。ちらりと目が合うと、プイッとそらす。オーレリア達は笑わないようにぐっと口内を噛んだ
「クロエ。俺さ、クロエのお師匠様の息子だったみたいなんだ。だから、君の義兄で、王様の甥だって」
「えっ」
翔の家で見た二人の写真を思い出す。
「・・・そ、そう、なの」
声は上ずってしまう。皇帝陛下は震えるクロエを抱き上げ、右太腿の上にちょこんと座らせる。腰に腕を回せば、その太さを頼もしく思う。
「これからは私と翔が傍にいる」
アンゼルムに顎でさされた翔はにへらと笑う。
「でも私、人間だから、もうすぐ死んじゃう。・・・のよね?」
「この300年は、細胞の大半を龍種のものに置き換えるための時間だった。今の君は半人半龍種だ」
アンゼルムが腕の中に抱きしめて撫でる。クロエは少しだけ考えた後、彼の胸に頬を寄せた。
「のう。藤間の。お主の父と母はどんな人だったのじゃ?」
ヴェロニカが問うと、少しだけクロエの身体が強張る。その顔色は髪に隠れて伺えない。
「父さんは警察官で、俺の誇りです。約束事していてもたまに反故にされていましたけど、街の皆を護るためだって自分に言い聞かせていました。たまに部下を連れて帰って来て家でパーティを開くんですけど、その人たちから父さんの武勇伝を聞くのが好きだったなぁ」
「あやつは筋金入りの他人嫌いじゃったが、下界にあがって、家族の為に頑張ったんじゃな」
翔は嬉しくて記憶を手繰る。
「母さんは手先が器用で、バッグに刺繍したりお揃いのキーホルダーを作ったりしてくれました。今でもたくさん残ってる・・・俺の宝物です」
「ほうほう。刺繍なぁ。ステラは刺繍より研究一筋じゃなかったかの」
「ええ、香水より薬品の香りをさせていましたね。あの子もちゃんとお母さんやっていたのね」
ステラと幼馴染だったオーレリアは、あの鼻を抓みたくなるニオイを思い出して苦笑した。
一人、クロエだけは歯を食いしばって堪えている。どうしても欲しかった家族との思い出に嫉妬してしまった。
アンゼルムは彼女の頭を抱き寄せて撫でた。それでもクロエはぼうっとして、悔しさに歯を噛み締める。
先生も奥様も愛するふりをしていたが、そこに愛はなかったとクロエは思っている。
でも、翔には無償の愛を惜しげもなく注いでいた。当たり前だ。血が繋がっているのだから。
泣きたくなる。クロエの本当の両親は、そんなものくれなかったから。
「クロエ」
彼女の手に絡んだ、彼の指の金環が光る。ずっと胸ポケットで温められ続けた婚約指輪だ。
力がなかったクロエの指が、握り込まれた彼の手を抱き絞め返す。
「魔術も父さんと母さん両方に習いました。材料が足りないけど他の物で代用して。庭で花火をするみたいに、杖で火の粉を出して遊ぶのが好きでした」
懐かしい思い出を吐露していると、ふとアンゼルムの腕の中からくすくすと笑い声が聞こえた。
「そうだな。あそこは修練道具で溢れているが、踏まれながらもネモフィラは力強く咲いている。帰国後すぐに連れて行ってあげよう。その身なら、行きたがっていた王家の墓地にも入れるだろう」
「幼い私は、帝国のご先祖様たちの魔力に当てられて、霊廟の門をくぐってすぐ気を失ったものね。でも、皇帝陛下はお忙しいのではなくて?」
オーレリアとヴェロニカは、アンゼルムに身を任せるクロエを見て、この短時間で何が起きたのかと目を見合わせる。
翔はアンゼルムがクロエの耳に軽く手を添えていることに気付く。王様は翔の思い出をクロエに聞こえにくくして、別の話題で気を逸らしてくれているのだ。
藤間龍堂とステラ。翔は二人とたくさんの思い出を作れたが、彼女はその間大人たちのひどい仕打ちに苦しんでいた。
男二人も目が合った。悲し気な翔に向かって、アンゼルムは唇に人差し指を当てた。彼女の事は気にせず話をしてよいということだ。
クロエをじっと見た翔は、嫌なことを思いつき自分のお腹を撫でる。それは最も考えたくないことだ。
思い出の中の両親も、マッドサイエンティストと言われる部類だ。娘として育てた少女を、性格破綻者をマスターとする不死の化け物にしてしまうくらい。
翔の腹には聖剣が埋まっている。それはアンゼルムが引き抜いた剣の形ばかりとは限らない。
クロエにあのような仕打ちができる男に、血縁の情による手加減を期待できるだろうか。まさか爆発的増殖する寄生体など、得体のしれない生き物を入れられたりしていなければいいけど。
ドアがノックされ、ザックが顔を出した。
「失礼致します。各国の代表者の方々がお揃いです」
「では参ろうか」
アンゼルムはクロエを立たせ、隣に立って彼女側の脇を緩めた。微笑む彼を見上げていたクロエは、ハッとしてその腕をおずおずと取る。まるで結婚式のようで、彼女は頬を染めた。




