01-2魔女を狩る魔女
どうして先生と奥様が彼女を置いて行ったのか、皆目見当がつかない。養父母だけど、育ての親だけど、クロエにとっては本当の両親のつもりである。
だから追うのは至極当然だった。
師の妻の腹には、妊娠98年目の胎児がいる。あの方の種族では、平時で200年~300年で出産となるが、環境が悪ければ後50年もせずに生まれてきてしまうだろう。
産まれるまでも大変だが、子育ては更に大変なことだと、野菜屋の店員から聞いた。手はいくつあっても足りないのだと。
だから追いかけなきゃ。三人とも絶対に生きている。子供がいるのだから無茶なことはしない。無理心中なんてしないはずだ。
いくらマッドサイエンティストの師であったとしても、流石に腹の子の事を考えてくれているはず。
クロエも魔術研究者のはしくれだから、きっと役に立つはずだ。たとえ、たった一人、みんなより早く皺皺になる運命だろうと。
だから、こんなところで立ち止まっている場合じゃない、のに。
「あっ」
いけないと思った瞬間には、ヌメる石から足を踏み外していた。背中から落ちてしまったから、掴む物がない。
先生らが最後に目撃されたリッターオルデンの滝壺である。無論下は激流で、しかも先日の大雨でまだ汚濁していた。
これでは貴族が言っていた、先生と奥様と二の舞だ。
少女は15メートルほどを自由落下していく。ざぶんと泥に落ちると、その姿はすぐに濁流へ飲まれた。
頭を倒木に横殴りにされて怪我をした。あちらこちらに引っ張られて、数十キロ南下する。
何度も何度も滝から落ちて、とある大きな池に辿り着く。
ここまで来ると水は澄んでいて、少女は血を流しながら漂っていた。小魚が寄ってきて、彼女が何なのかをついばんで確かめる。
「アレか」
彼女が池に落ちた大きな音を聞きつけた男が、鬱蒼とした木々の生えた岸から見ていた。
神父服を脱いで池に入る。鍛え上げられた肉体で、彼女の元まですいすい泳いでいった。いわゆる戦士の身体つきで、剣の創傷も銃創も一つや二つではない。
奇跡的に上を向いていた彼女は、呼吸はないが心臓は動いていた。
水を吸って重くなった服を引っ張って岸に上げる。人工呼吸と胸の圧迫をする。心肺蘇生法は功を奏し、彼女は泥と水を吐く。
「・・・泥?」
濁流を通って来たならば理解できる吐瀉物に、思わず澄んだ水が落ちる滝を見てしまう。
「君はどこから来られたのでしょう。もしかして幻の世界から? すると君は原始の怪物でしょうか」
「うっ・・・ぁ・・・」
少しの間だけ目を開いたが、虚ろに焦点も合わずまた閉じる。
風邪をひかせてはいけないので、断りを入れて服を脱がせて素っ裸にした。
神父は息を飲む。
打撲痕は痛々しいが、どこまでも真っ白な少女だった。肌も髪も何もかも。ただ瞳は薄桃色で、唇が朱色をしている。
胸は控えめだが、尻や太腿の方に肉が回っているようだ。
「・・・なんと愛らしい。きっとあなたは天使様なのでしょう。ああ、感謝します」
風邪をひかないうちに神父服で包む。彼女の服や荷物を入れた山菜取りの籠を前に抱え、彼女を背負って集落に向かった。
「神よ。贈り物に感謝します」
こうして少女は幻の世界から人間の地に落ちた。彼女の数奇な運命は周り続ける。
不運にも彼女は頭を打ち、神父の世界には存在しない幻国の記憶を全て失った。かつての家族に山へ捨てられたところで、記憶は途切れている。
目を開くと見知らぬ天井。カビのにおいがする布団から、身体を引きずり出した。
頭がずきずき痛む。割れそう。でも、どこかに行かねばならなかったきがする。
「・・・私は、何かを探してた。何を?」
焦燥感がジリジリと彼女を焼く。手遅れになる前に追い付かないと。でも、どこに?
少し離れた椅子にショルダーバッグが置いてある。アレに何かがある気がした。
手を伸ばす。もう少し、もう少し。頭の痛みが思い出すことを拒む。
丸太に打ち付けた腰も悲鳴を上げて、身体を支えられなくなった。踏み慣らされた木の床がふっと近づく。
「ひっ・・・」
力強い筋肉質の腕が胴に巻きついて事なきを得る。
「アブねぇな。おい! ヴォルト隊長! ヴォルトミュラー! 傷病者一名、起きたぞ!」
彼は軍服を着ていた。恐ろしいのはそれが着古されているということ。銃創が繕われ、創傷も縫われている。少女をベッドに座らせた手は傷だらけだった。
「あの、ありがとう」
「ん? いや、無事ならいい。つか、感謝されんの慣れねぇな。ははっ」
金髪で蒼い目をした青年は少女の頭を撫でた。
「隊長がアル・・・アルビナ? アルビラ? かなんか言っていたが。髪に触れていいか?」
少女はフードを被っていないことに気付き、両サイドの髪を握りしめた。
「怖くは、ないの?」
「別に。たかが色だろ。人魚みたいに涙が宝石になるわけでもなし」
青年が荷物を机に追いやって座る。さらに遠のいてしまった記憶の欠片にしゅんとしながらも、髪に触れるくらいは許した。
「どうなってんだこれ。影になると蒼くなる。数年前に市場で売られていたものに似ているな」
「・・・お母さんは私の髪を切り落として売っていたから。・・・ねぇ、お願い。もし母さんを見つけてもここにいるって言わないで。お願いします。またジョキジョキ切って、山に捨てられちゃう」
現在、少女の髪は腰まであり、オイルなどで手入れをされている形跡がある。どこかの金持ちの家から逃げてきたとしても、彼女はその話を全くしない。
「・・・直近の記憶がねぇのか」
不安げに揺れる瞳に魅入られて、青年は優しく笑った。
「言わねぇよ。ずっとここにいればいい」
「・・・いいの? でも、みんな私を怖がらない?」
「シスター服を着ていれば、誰も疑問には思わない。髪はオールバックにすれば布で隠してしまえる。目は・・・そうか。なら、かつらを作って、前髪で瞳を隠してしまえばいい。あ」
青年が立ち上がって、ピシッと敬礼をした。部屋に入って来た男が手を挙げて答えると、青年はまた椅子に座った。
男は青い目をしていて、少し白髪交じりだった。厳つくも整った顔で、青年よりも気迫を感じ、少女は少し怯えた。
「こんにちは、お嬢さん」
「こんにちは。助けてくれて、ありがとうございます」
「お礼を言えるのは偉いですね」
その男も傷だらけの手で彼女を撫でる。
「いつまででもいてくださって構いません。記憶が早く戻ればいいですね」
こくりと頷くと、彼はにこっと爽やかに笑った。
初めに顔を合わせた青年はオットーと名乗り、彼らがこの村に派遣された軍の先遣隊だと聞かされた。
ヴォルトミュラー隊は以下5名で編成されている。
この土地の新しい領主様が送った、土地の痩せ具合や、食材の獲れ高、野生の危険動物などの調査隊らしく、住民たちには周知の事実らしい。
隊長が神父姿で、残りは男性信徒の黒服を着ているのは、村人が活動を受け入れられやすくするためだという。
少女はそれはそれは可愛がられた。包帯が取れて、お手伝いをしたいと申し出た時も、なかなか受容されなかったくらいだ。
しかも畑で鍬を必死に振り回していると、嫌いな業務なのに『危ないから』と続々集まって、農具を奪い合う。
水を汲んでいると、どこからともなく隊員がやって来て、代わりに引き上げてくれる。
少女はとても幸せだったが、記憶を早く思い出せないことが苦行だった。
道具も見慣れない物ばかりで、一つずつ教えて貰う。それが皆に迷惑をかけているように感じた。
それでも睡眠だけは心配しなくていい。
ヴォルトミュラー神父が、自作の『よく眠れる水』をくれるから。
寝る前に必ず飲むように言われていた。甘い花の蜜のような香りがして、それを飲むとすぐに眠り込んで朝まで一度も目が覚めない。
しかし覚えていないのに夢見が悪いのか、朝起きると決まって身体が火照り、汗だくになっているのだ。
「・・・うう、お腹が重い」
最近は畑をするにも家事をするにも、生理でもないのに朝からお腹が重い。
そんなある日、朝起きると部下の一人が手に怪我をしていて、理由を聞いても答えてはくれなかった。
「病気・・・なのかな」
少女の肉親はクロエに神を教えなかった。だから小さな教会の壁や窓に、これでもかと飾られた人達が誰なのかわからない。
宗教というもの自体がよくわからないけど、磔にされた男の人に祈った。
「神様。なんだかお腹が重いの。どうすればいい? このままじゃお仕事に支障が」
十字架の向こうが光り、頭の中にとある言葉が浮かんだ。
「『貞操守護魔術』? なぁにそれ? 神様」
「やはりそういうことでしたか」
入口からヴォルトミュラーが嬉しそうに入ってくる。その笑顔が怖かった。いつも優しく見えていた、いつもと同じ顔なのに。
怖くて教壇の下に駆け込む。
「大丈夫。そう怖がらないで。あなたはお腹に悪魔の魔法がかけられているのですね」
こつん、こつんと幅を持たせてゆっくりと近づいて来る。
「身体に触る分にはいいが、胎に挿れるとなると攻撃対象になる。お尻まで駄目だとしても、その可愛らしいお口でご奉仕くらいはできましょう」
こっそりと彼を覗き見て位置を確認する。そして再度隠れ、教徒用のいすの外側を迂回して走り出ることにする。
もう一度確認すると、ヴォルトミュラーはいなかった。だから少女は走り出す。彼女と逆側から彼の手が彼女を掴もうとしていた。
走り、走り、必死に走り、教会の出口から外に飛び出す。ぼふっと誰かに突っ込んだ。
「おっと、逃げられねぇぞ」
糸目でいつも笑っているライムが、包帯を巻いた腕を庇いながら、すごく怖い顔をしている。他にもいつも優しかった男達が悪い顔で立っていた。
「『貞操守護魔術』かぁ。こんな寵愛があっちゃな」
怪我をしていない片手で、両腕を掴んで持ち上げる。
「離して!」
少女が暴れるとさらに持ち上げられて、掴まれた部分と肩がみしりと軋む。
「痛い!」
「大人しくしとけば、優しく調教してやっから。はー。口も女のナカだから我慢するかぁ」
「孕ませたかったが・・・。飲ませまくって膨らませるしかないな」
「尻もダメなのは痛い。この魔術入れた奴はここまで予測していたって事か」
「誰の寵愛かもわからねぇし、流石に解呪試す度胸ねぇわ」
まだ感覚が戻らない手をぶらぶらさせて、男は小さく自嘲する。
「音に聞く『魔王』だったりしてな」
「原初のヤツらを警戒して哨戒したが、山には一匹もいなかったではないか」
少女の腕を持ち上げて、彼女の足を宙ぶらりんにする。
「高い! 助けてー! 降ろして!」
「これで眠らせなくても触れるな」
「なぁ、クロエよぉ。俺達は戦地を3か所梯子しててよ、女っ気なかった所にお前だろ? もう風呂覗くのと眠った身体を触るだけじゃ我慢できねぇんだ。悪いな」
フードを破られ、かつらと共に掴み取られる。
「いやー! 誰か助けてー!」
「誰も来ねぇよ。自分の容姿知ってんだろ? 助けが来たとしても、魔女を捕まえていたと言えばみんな俺達の味方よ」
少女を宿舎の方に連れて行く彼らを、森の中から何かが見ていた。
「魔女って・・・なに?」
「そんなことも知らねぇのか。マジでどっから来たんだ、お前」
「王様が殺したくてたまらない奴らだよ。王都の黒死病の元凶だとされている。魔女だってわかったら、火あぶりだ」
「私違うもん」
少女は手足をばたつかせて抵抗するも、筋肉の塊である男達には敵わない。
「判断するのは異端審問官だ。お前じゃねぇ」
「審問官が魔女だって言ったら、魔女じゃなくても魔女だしな」
「それは判っていても口にしてはいけないことですよ」
高笑いをしながら少女を俵担ぎした。
「可哀想になぁ。下半身がつかえたら、お前はここ専属の肉便器になれて極楽を見せてやれたのに。制限だらけならば、いずれ魔女になるしかねぇ」
「通報したら賞金が出るからな。いずれはそれで女買ってきた方がいいかもしれねぇな」
「違いねぇ」
教会からヴォルトミュラーが出てきて、彼らに続いた。
程なくして、王都で流行っていたペストが村に到達した。当時の衛生観念は最悪でそこら辺中にゴミや糞尿を垂れ流している為、媒介する鼠も多く病気の広がりは早かった。
また、村人に笑顔を振りまいていた可愛いシスターが、一週間前から元気がないと噂になり始めた。だから村人たちはこぞって心配した。
彼女は強がって見せるが、どうも神父達を怖がっている様だ。
居てもたってもいられず、教会の森の近くでヴォルトミュラーの部下を問い詰めた村人達は、恐ろしい企てを聞いてしまった。
開き直った部下は、少女の口の具合がいいだとか、丸裸にした感想や、アレは好き者の女だとか酷いことをペラペラと口にする。
いくら正義感が強くても、集団で問い詰めてしまったのがいけなかった。一人の村人が自分もしてみたいと言い出すと、群集心理で伝播する。
「しかし、幼い娘を辱めるなど・・・」
一人だけそれに抗う者がいたが、神父の仲間に首を抱えられる。
「あの子は魔女に憑りつかれている。それもかなり強烈な奴に。だから男の精液をたっぷりかけて、人間に戻してやらなきゃならない。彼女を救うためだ。手伝ってくれよ」
男には同じ年頃の娘がいて、親に捨てられたという少女に同情して、とりわけよくしてあげていた。
「それがあの娘の為になるんだよ」
「しかし・・・」
だらだらと汗を掻き、心を濁らされていく。
その瞬間、いくつもの連続した破裂音と共に、その場にいたすべての男の額や胸に穴が開いた。
どさりどさりと倒れて重なる。
逃げる者も新たに現れるものもなく、襲撃者は武器を肩に宛てて遠い茂みから立ち上がる。
「・・・クソども。もう我慢ならないわ」
森の中にいたのは蒼い長髪を三つ編みにした女。胸も大きく、腰つきも艶やか。まだこの時代に普及していない金縁丸眼鏡をしており、口に咥えていた次弾装填用ライフルの弾を取った。
「全員殺す」
黒いレザーの服とヒールのブーツ。
ギリースーツのように布や糸を吊るし、草むらに似せたローブ。それを再度被った本物の魔女は、この村を潰すことを決めた。
同日、少女は教会の告解室に連れてこられていた。二部屋に分けてある筈の部屋の下半分が壊されて繋がっていた。
「今日はここで教徒たちに、そのお口で奉仕をするのです」
「・・・いやぁ」
外には長蛇の列。誰もが知り合いだった。金品や野菜や牛乳や酒などを対価とするつもりらしく、下卑た笑いを浮かべて少女に手を振る。
少女は目を見開いてヴォルトミュラーの頬を殴ろうと手を振りかぶった。しかし、戦士に勝てるはずもなく腕を掴まれて止められる。
「・・・殺す、殺す。殺す。殺す! いつか絶対殺す!」
涙をはらはらと零しながら、恨み言を吐く。隊員には無効でも、村人には効果的だったようで、数人逃げ帰る。
だが、杖を始めとした魔術具を全て彼に奪われている。まだ杖などの指示器が無いと魔術を使えない、ただの無力な人間の少女だ。
「はいはい、無駄ですよ」
記憶が戻ったわけではないが、本能が彼女の口を借りて叫んでいた。
ばこっと頬を殴られ、少女は椅子に叩きつけられた。ペキリと心が折れた音が聞こえた気がする。涙がほろほろと落ちて、椅子に吸われた。
「誰か。・・・たす・・・けて」
突如としてステンドグラスが全て割れ落ち、村人は逃げ出した。外でも断末魔が上がり、玄関が人間を焼いた業火の灯りに照らされた。
部下の一人が頭を撃たれて倒れる。兵士達は思わず椅子の陰に隠れた。
ぼふっと石造りの壁に穴が開き、椅子の陰に倒れて隠れている男の額を撃ち抜いた。これで三人目。
「まさか・・・壁越しにこっちがみえているのか?!」
「そんなの、本物の魔女じゃねぇか!」
椅子が勝手に動き出し、一人の男を潰す。椅子は折れて男の心臓を突き刺した。四人目。
ヴォルトミュラーは少女を無理矢理立たせ、引き寄せて陰に隠れた。
入口が強い力で開け放たれる。そして石壁で弾は跳弾し、教壇に隠れた男を撃ち抜いた。
「私を撃って」
少女は凛として微笑んだ。女は手を広げる少女に銃口を向ける。
ヴォルトミュラーが飛び出し、裏口へ走る。何弾も撃つが、見えない何かに遮られて逃がしてしまう。
「アイツも魔術師だったか」
少女の足がふらつき、女は駆け寄って片手で抱きしめる。
心身共に疲弊して足が笑っている。しがみつく力も弱々しく、顔をしかめるような臭気があった。
女はこの時代にしてはオーバーテクノロジーのサーモグラフィゴーグルを外す。
「もっと早く助けられなくてごめんね」
女性は涙ぐむ。彼女の匂いを嗅いで、いろんなことを思い出した。
「薔薇のにおい。帝国の風のニオイ・・・」
「思い出せたの?」
こくりと頷いて抱きしめ返す。
アンゼルムがクロエの誕生日に毎年108本の薔薇を送らんと創った、王城の薔薇園がある。それを真似する国民が増えて、帝国は薔薇の香りで溢れている。
懐かしい香りだ。
こんなに要らないと、アンゼルムを怒るところから誕生日は始まる。
実験のせいで薬のニオイに塗れることが多かったけれど、傍には必ず匂い袋や押し花を飾っていた。
アンゼルムと仲が悪い先生も困ってはいたものの、奥様はとても喜んで色々小物を作ってくれていた。だからクロエも嫌いにはなれなかった。
「男の人、怖い」
「そうよ。一人旅は男性にだって推奨できないんだから」
クロエはお腹を撫でて、女性に笑った。
「あのね。ここは綺麗なの。だけど、お口はもう汚くて・・・。顔も・・・足も・・どこもかしこも。先生も、・・・・・・ホントは優しいあの人も。もう、もう私を、う、ううぅ、うっ、せんせ」
「汚くなんかないわ。洗えばいいのよ。薔薇のお風呂を用意してあげるわ。一緒に入りましょう」
「っ、・・・っ、ふふ。それは、・・・楽・・・しみ」
そのまま気絶に近く眠ってしまった彼女を抱き上げて、魔女は己が領地へ連れて行こうとした。
玄関をくぐって外に出ると、炭になった村人と共に、背の高いローブの男が待っていた。フード下から僅かに覗く焦げ茶の髪に、下の方だけ金が混ざっている。
「貴方様は・・・」
「彼女には役割がある。渡して貰おう」
そして眠ってしまった少女に手を伸ばす。
「理由をお聞かせください」
彼はきちんと過不足なく理由を彼女に伝えた。女は歯を食いしばる。
ようやく得た安眠に少女は疲労をにじませている。
「・・・時間がない。あの男が戻ってくる。どうする? あれは君より弱いが、残酷な魔術師だ。常識など通じまい」
女性は意を決して彼に少女を渡した。
「彼女はもう十分傷ついています。これ以上はやめてあげて」
「ああ、判っているよ。この子のために怒ってくれてありがとう。だが、この子は私達の未来のための生贄だ。心が壊れようと、命を失おうと、計画を止めることは出来ない」
魔女は彼を睨み、歯を食いしばった。
「私は貴方をお恨み致します」
「ああ、構わない」
かくして少女は男の手に渡り、何故かそのまま異端審問官の元に連れて行かれた。