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06-3欲望の蟲

 広く薄暗い部屋に円卓があった。10つの椅子が等間隔に設置してあり、その内7つが埋まっていた。

 卓上にはたくさんの駒があり、中央には火口から稲妻を光らせる大きな山のジオラマが、その周囲には様々な色と形をした城が聳え立っていた。

 7名の内一人だけが王冠を被り、大きな背もたれの椅子に座っている。頬杖をついた最高位の男は、話し合う6人をずっと黙って眺めていた。

「お前があの時、アンゼルムに嵌められさえしなければ!」

「何を言うか、雷神! お前こそ!」

「双方、落ち着かれよ。我らが深読みさえしなければ、この衰退はなかった。再三、龍帝は『本当に全てを任せて貰ってもいいのか』と確認をしていたではないか」

「あの男が我らに理する事をするわけがない!」

 厳めしい老人2人が喚き散らし、智を統べる神が何とかなだめようとする。

「この有様を前に、尚そう口が利けるとは。可愛いジジイにならねば、疎まれるばかりぞ」

「何だと!」

 全員が露出度の高いギリシャ風の洋服だが、その中身は全員しわがれた老人であった。肌も服も石膏のように白く、たまに欠けてはらはらと粉が落ちては自動修復される。

 別の老人からも正論を叩き込まれ、雷神は唾を飛ばして怒る。

 それを尻目に、運命の女神が虚空を凝視した。遠い彼方で確かに事が動いたのだ。

 まるでリンクするように、卓上に並んでいる駒の一つが仄かに発光し始める。愛の女神もそれに気づいたが、怒鳴りあいをする神々にはわからない。

「そもそもアンゼルムが手に負えなくなったのは、人間界から人間を献上させるというあなたの計画が失敗したからだぞ。人の子をさらって箱庭で飼うなど、いずれ破綻すると歴史が証明しておる」

「ええい、黙れ! 黙れ! 龍に感付かれずに人と交流を持つならば、それこそ一番リスクが少なかろうが」

 ガツンガツンとテーブルを叩くと、黙っている他のメンバーにも流石に睨まれる。

「外界から遮断された村の神官に、豊穣と引き換えに親にさえ必要とされない哀れな娘を捧げさせたのだ。あれ以上条件の良い者はそう見つけられまい」

「捧げさせ方を細かく指示するべきでしたね。よもやご神体に指定した穴に投げ入れて殺すとは」

「神官の感度が悪かったのだから仕方がないだろうが!」

「トランシーバーじゃないのですから」

 更に1人が加わり、愚痴が混じりだした。

 やいのやいのと終わってしまったことで責め合っていると、運命の女神が両手を捧げ上げた。

「ああ、・・・ついに時が訪れた」

 運命の女神の呟きと共に、一つの駒に細いスポットライトが強く当たる。

 翼の生えた祈る少女の駒に、全員が刮目した。

 神々しいまでの純白の翼が、おどろおどろしい漆黒の龍羽根に変わってしまう。

「ま、さか。龍帝の奴、完膚なきまでに奪い返したのか?」

「愛の女神よ。そちらの首尾はどうしていた。どういうことだ。あの娘が完全に龍に奪われたぞ。お前はいったい何をしていたのだ!」

「報告書は提出しておりましてよ。どんなに美しいエルフでも天使でも、醜い老婆でも、同性でさえも、龍帝の食指は動かない。どんな誘惑も適当にあしらわれてしまうの。きっと彼女しか見えていないのだわ。これぞ運命の出会いというものよ」

 しゃがれたよぼよぼの声だが、髪をばさりと払って鼻を天に向けて得意気に頷く。

「骨抜きにしてみせると豪語したのはお前だろう」

「彼は今までの好色な龍帝とは違うということですわ。帰って来た子達の全てが、『正式に申し入れがあれば、現状の回復に最大限手を貸す』という言伝を持って帰ってきております。こちらの意図は丸見え。はてさて意地を張っているのはどちらなのかしら」

 智の神の細くガリガリの指が、少女の駒の台座を摘まみ上げる。

「龍に門を管理させてしまったため、我らは迂闊に人の世に手が出せない。人間の信仰や感情を動力にしておるのに、だ。あの娘を得る可能性を永遠に失った今、このまま朽ちていくしかないというのだろうか」

「そなたのせいだぞ! 当時はまだ『アダム』も生きていた。第一王子ジギスヴァルドからあの娘を奪えていれば、箱庭で繁殖させることもできた」

 今更過去の事で責め合っても意味がないことくらい全員がわかっている。だからこそため息がそこらかしこから聞こえた。

「大神よ。提案があります」

 手を上げたのは愛の女神だった。地面を擦る程に長い髪はやはり石膏のように白く、他の者と同様に皺だらけの老人だ。

 しかし、その場にいる誰よりも瞳を輝かせていた。

「私達に残された選択肢は3つ。一つはこのまま朽ちて異形となり果てること。二つ目は龍に取り入り、助力を扇ぐこと」

「そんなことができるか!」

 雷神がまた立ち上がってテーブルを叩くと、隣の二人に宥められる。

「三つ目は、人間の信仰の殆どを手中に収めているかの御仁に助けを求めること」

「ダメだ! それだけはならぬ! 後から来た神に請い願うなど」

 愛の女神は呆れて目を細め、顎を上げて雷神を見下した。

「あれもこれも嫌だ嫌だと童のように」

「貴様、俺を愚弄するつもりか」

 雷神は腰に下げた剣を抜こうとしたが、腕力も失っていて引き抜けず途中で止まった。

 他の老人たちも、世界で一番メジャーな宗教の唯一神には頼りたくないようで、どの顔も渋い。信仰心の薄いことで知られる日本のホテルや旅館の枕元や引き出しにすら、かの神を讃える本があるのだから。

 老人たちはその存在感に嫉妬して、めらめらと苛立っていた。

「大神様。アンゼルム殿に送った子の報告によれば、前龍帝ゲレオン殿に不穏な動きがあるそうです」

 頭に王冠を乗せた唯一の老人は、起きているのか眠っているのか分からないくらい微動だにしない。

「アンゼルム殿は強い。しかし万能ではない。心置きなく戦って貰う為に、かつて人間であった彼女の護りに手を貸したいと提案し、まずは縁を結んではいかがでしょうか」

 ざわざわと戸惑う神々を、愛の女神が右手を上げて微笑んで治めた。

「『ソルデガルド』なら適任だと思いますわ。多少気性は荒いですけれど、戦力としては申し分ないと思います」

「男勝りの乱暴者を送ればアンゼルムも呆れるぞ」

 愛の女神はチッチッチと指を振りながら舌打ちする。

「『リリス』・・・いいえ、正式名称『クロエ』の性格は大人しく天然気味ですが、かつては気の強い天邪鬼だったと聞き及んでおります。そこが彼の心を射止めたのかもしれません。猛々しい者と接して元の彼女を少しでも取り戻せれば、アンゼルムの覚えもいいことでしょう」

「しかし悪く言えば、ソルデガルドは言葉でも傷つける。諸刃の剣ですよ」

 批判の的になった愛の女神は、久しぶりに唇を目いっぱい動かして、現役時代にたくさんの男を惑わせた時と同じ笑みを浮かべた。

「アンゼルムを愛せる女が、その程度で泣いたりはしませんわ」

 老いているためその効果は減じているが、魅了ではなく説得力という方向に有効に働く。

 眼鏡をかけた長髪で知的な男性が、オークションの入札の如く指二本を揃えた左手を上げた。

「私は賛成だ。ソルデガルドはアンゼルムとオーベルニュ=ルマン魔術学園の同窓生であり、顔見知りだと記憶している」

「そうか、ならば我も賛成だ」

 次々に手が上がり、噛みついていた雷神も渋々納得する。

「愛の女神よ、頼めるか?」

「別室に待機させておりますので、すぐにでも」

 その手際の良さに、おおと関心の声が上がった。雷神がギリリと歯ぎしりした。

「お前、仕組んだな!」

「あら、怖いお顔だこと」

 今まで見下していた女に手のひらの上で転がされていることに気付いた雷神は、女神を噛みつくターゲットにして睨みつけた。

 女神はというと、涼し気に真っ赤な扇子を一気に開いて口元を隠した。

「私は大神が作られた人間を愛しています。出来るならば、今この時も彼らと共にありたい。しかし母なる大地が龍を遣わせて人間を排除しようとした時、私達は人間を憐れに思い神聖生物を殺せるようにしてしまった。それが間違いだったのです」

 扇子は一気に閉じられて、喚き散らしていた雷神へ突きつけられる。

「アンゼルム殿は、気が変わられた母なる大地の意志を体現しています。この300年人を極力喰わず殺さず、僅かな干渉で正しき道に誘っているのですよ。それらは本来、人間を生み出した神々の成すべきこと。それを丸投げにしたままでよいのですか?」

 雷神は悔しがるが何も反論できなかった。

「時代は変わりました。殺戮を愉しむ龍帝が、愛に理解ある者へ代替わりしています。この際はっきり言っておきますが、そんな彼に私達はおんぶにだっこなのですよ。そして私達は勝手に枯れて死んでいこうとしているのです。判っていないようだけど、気さえ使わせているのですよ?」

 彼女は老婆となっているが、その瞳は強く昔を思い起こさせる。

「だが、かの国では異界の者達も、貴族位を拝命し領土を与えられていると聞く。そんな者たちを腹に飼う輩に・・・ぐぬぅ」

「あのおぞましいバケモノたちを根付かせるなどっ、愚かな」

「龍帝本人があの醜さなのだ。ハハ。むしろ、御同類ではないのかね」

 愛の女神は赤い扇子を机の角に叩きつけ、軽口を叩いた老人を睨みつけた。

「醜いのは容姿で相手を判断する貴方では? 鏡を見られてはいかがでしょう」

 そう言われて、自分が昔のように筋骨隆々で輝く金髪も胸毛もなく、にっと歯を見せて笑えば輝くこともないことを思い出す。

「すまなかった」

「いいえ。判っていただけたなら構いませんわ」

 最高位の男が頬杖を止めて背筋を伸ばすと、女神も雷神もその他の者たちも黙って背筋を伸ばして黙る。

「我が意は決した。長き停滞の時は終わりを告げる。『ソルデガルド』を送りヒトの娘を護ることを赦す。アンゼルム殿の信用を勝ち取らせよ。我は彼と話し合いの席を持ちたい」

「しかし、大神」

「案ずるな。我ら神が龍に頭を下げることは決してない」

 雷神はほっとしたが、女神は扇子を握りしめて軋ませた。

 プライドがいくらあったって、それで腹が膨れることも、力が戻ることもない。

 信じる人間のいなくなった神は、衰退するだけでなく最後は知性を失って異形化してしまうのに。

 神と龍のどちらが覇権を握っているかと聞かれたら、誰もが迷いなく龍を指差すだろう。

 それでもなお誇りを重視するのか。女神は心の中でその脳筋たちに溜息を吐く。

 彼に柔軟な発想があることをいいことに、神々はヒトに関する全ての仕事を押し付けた。ひとつ残らず、全て。

 それは我らの仕事ではないからと龍を見下す神々に、それではいずれ貴方がたは衰退するが本当によろしいのかと、言い方を変えて何度も聞いた。

 愛の女神はその場に居合わせることを禁じられた。空気を乱すことが分かり切っていたからだ。

 だから今は何だって言う。大神が耳の痛いことも、言わなければプライドばかりが高く、血の気の多い者達で周囲を固められてしまう。

 誇りなど捨てましょう。

 隣人に優しく、自分を律して、共に生きていきましょうと人間に説いてきたのだから。

 今一度この身で愛を体現する。愛とは情愛だけではない。

 女神はクロエの駒をじっと見ていた。それだけでさっきまで動きが鈍かった心臓が高鳴る。

 クロエとアンゼルムの愛によって女神は救われた。涙が出る程に嬉しくて、目の前にいたならばよく頑張ったわねと声をかけながら抱きしめてあげたい。

 胸に手を当てて目を閉じる。枯れかけていた源泉が少しだけ温度を上げた。

「では、皆の者。愛の女神への助力を惜しまぬように」

 大神がそう締め括り、神の国の一つが動き始めた。

二度目の引っ越し準備で、なかなか執筆作業ができなくて泣きそうです。でも頑張ります。

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