表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/35

04-2血塗れの天使

 床にシーツや下着が落ちている部屋で、クロエは鏡に向かって笑う練習をしていた。

 口角を上げる訓練や、発声練習。そして体を動かすためにダンスを。

 佳奈に笑った方が可愛いと言われた。他の人達に実践したら、クロエを見るみんなの表情が柔らかくなった。だから彼女は正しいのだと思う。

 初めて納得が行くまでカメラマンさんに付き合って貰った。そしてプロのカメラマンさんがポテンシャルを引き出してくれたお陰で、初めてレンズの前で笑顔が披露できた。その写真が今月号の雑誌に載っているのだが、飛ぶように売れているんだとか。

 やっぱり佳奈が言うように、笑顔は大切なコミュニケーションなのだ。

「・・・あ」

 ふっと過去の記憶が蘇る。そして思わず頭を護った。

 神父がいた村の、優しい住人達の笑顔。それが全て炎の中で憤怒や嘲笑にかわる。魔女めと指を差して、報いを受けよと怒鳴る。

「・・・違う、・・・違う、違う。私は魔女じゃない」

 嫌な記憶がフラッシュバックして、クロエは少し涙ぐむ。ふうふうと深呼吸をして、感情を整理する。むにっと両手で頬を潰す。

「でもね、せんせ。・・・もしあの時の私が魔女だったら、どんなによかったかって思うの」

 目を閉じて大切な人を思い浮かべる。しかし先生と奥様の顔は思い出せない。

「だって、本物の魔女だったら、きっとただ死んだでしょう?」

 きゅうっと胸が痛くなる。ジワリと涙がにじんだが、強く閉じて弾く。

 大きく深呼吸して、天井を見上げて涙を飲み込む。

「・・・私が死んでいたら、あなたは・・・」

 クロエを嫁にすると言って聞かなかった彼は、今頃どんな皇帝になっているのだろう。お腹を撫でて困り果てる。

 思い出そうとすると記憶がひずむのだ。大切な事なのに、誰の顔も思い出せない。

 それは神父によってかけられた呪い。皇帝一族の顔を判別できなくすることで、抵抗なく首を獲らせるよう仕組まれたもの。

「ダメね。いいこと考えないと」

 気分を上げようと、立ち上がって両手を伸ばす。ぴょんぴょんと二回飛んで踊った。

 しかし足元に置いていた洋服に躓き、ベッドに顔からダイヴする。

「むぅ・・・」

 このまま寝てしまおうか。今日はもうお仕事もないし。

 ふかふかのベッドで呼吸だけをする。枕元のドラゴン人形を引き寄せた。

「せんせ」

 龍の姿を模した大きな抱き枕に甘えた声で擦り寄る。

 神父から奪い返され、この部屋に連れてこられた時にオーレリアがくれたものだ。

 魔女の王ヴェロニカに匿われた当初は、その罪悪感で泣き続けていた。

 しかしオーレリアはこの龍をパペットのように動かし、いろんな話をしてくれた。

 彼女は二度も神父から助けてくれた恩人だ。一度目は遠い昔に村人も交えての集団輪姦未遂にあった時。見ていられなかったオーレリアが教会を襲撃してくれた。

 今も彼女に護られている。だからいつかたくさんのお礼がしたい。

「・・・? 何の音?」

 昔の思い出に浸ろうとしたその耳に、軽快な音楽が届く。

 どこかで聞いたことがある。確か、最近流行の男性二人のミュージシャン。

 恐る恐る部屋の外に顔を出すと、突き当たりの部屋から漏れてきていた。他の部屋からも女の子の顔が覗いていた。

 ここは地下の女子寮。男性の魔女には、ここの上の階に男子寮がある。いずれも小間使い以外の異性は入階を禁じられているのに。

 近づいてはいけないと警戒しながら、楽しそうな人達に吸い寄せられる。

「あなたがいるということは、また騒ぎを起こしたんですね」

 凛とした怖い声がすぐ後ろから聞こえた。厚化粧で釣り上がった眼鏡の女性が立っていた。寮則を守らない者を、罰する権限を持つ執行官だ。

 クロエは身を護るように両手をお腹の前で重ね、目を伏せた。

「わた、私」

 歌声も消え、野次馬の女の子たちは、クロエが虐められるのを楽しみに見ている。

「しら、ない」

「はい?! 声が小さくて聞こえませんわ!」

 かつて実母に叱責された記憶を思い起こさせる。自分がしてなくても、母の失態でも謝らないと、明日の朝までご飯はなし。怖い納屋で寝ることになる。

 それならまだいい。森に縛られて吊られて熊をおびき寄せる餌にされるかもしれない。

「・・・ご、ごめんなさ」

「ああ、こんな所にいた」

 震えていた手を取ったのは、何故かここにいるはずのない藤間翔。そのままクロエを自分の背に隠した。

「・・・・え」

「どなた? ここは関係者以外立ち入り禁止のはず」

 別のルール違反を見つけ、殺気を放つ長身の女性執行官は翔さえも睨み降ろす。

「ええ、今日から『オーレリア所長直々に』雇ってもらった藤間翔といいます。郵便を届け終わって少し時間があったので、彼女に案内してくれていたんです。でもお手洗いをお借りしている間にいらっしゃらなくなって。会えてよかったです」

 執行官は『オーレリア所長』の名前にたじろぐ。その隙を見逃さず、翔は畳みかけた。

「クロエさんは朝からお仕事で大変でしたから、間違ってもあのように『外部の男性アーティストを部屋に連れ込む』なんてできませんよ」

 そんな事が起きていたとは、クロエも執行官も知らなかった。

「っしかし、本人も認めて」

 クロエが泣きそうに目を閉じると、ぎゅうっと強く手を握り絞められた。

「彼女は『はい、私がやりました』といいましたか? 俺には、貴女が怖くて怖くて、思わず謝ったようにしか見えなくて。いえ・・・流石に失礼ですね。すみません」

 わなわなしながら歯ぎしりする彼女に、翔は廊下の先を指さした。

「ご自分の目で確かめられては? 彼らはまだあの部屋に居るんですから。ずっと俺と一緒に居たクロエさんを犯人に仕立て上げるつもりなら、・・・それこそ『魔女狩り』だ」

 その場にいたクロエ以外の全ての女性が、眉間やこめかみに皺を寄せて憤る。

「言うに事欠いて、魔女狩りだとぉ!」

「犯人じゃないのに何も確認せずに、捏造してまで決めつけて裁くって、そうじゃないですか? 貴女が違うというなら、あの部屋にいる人たちに聞いて下さい。音源は確かにそこでしたから。行きましょう、クロエさん」

 ぐいと力強く引かれ、重い足をもたつかせながらついていく。彼の歩幅が大きくて、一歩一歩でくいっくいっと引かれた。

「寮則破りはお前かぁ!!」

「ごめんなさい!!」

 後ろで大きな叫び声。クロエはそれも怖くて、残りの手で耳を塞ぐ。

「・・・ごめ、なさい。・・・ごめん、なさ」

「クロエさん」

 ピタッと止まった翔の大きな背にぶつかると、彼は微笑みながらこっそりと囁く。

「・・・部屋どこですか? あの人の手前、少しだけでも入らせて貰えると」

「あ、うん。そっちの、黄色いお花が、前に飾ってある」

 5本のひまわりが花瓶に生けて置いてある場所の向かいに、花の細工がある重厚な鉄製ドアがあった。

「失礼します」

 罰を執行しながらこちらを伺う執行官に、出来るだけ自然に見える様に。翔が重い扉を開いて、クロエを先に入れた。

 執行官は藤間翔をよくよく覚えておこうと決めた。

 クロエが問題を起こすことは多い、と思っていた。だが、もしかしたら冤罪があったかも知れない。

 罰を受ける少女を見ながらくすくすと笑う者達に、執行官は喝を入れて蹴散らす。

 部屋に足を踏み入れた翔は、扉を閉めた途端背中を扉に当てて、ずるずると座り込んだ。

「何あの人、こえぇ!」

 大きな溜息を噴き上げながら、翔は足を開いた。するとクロエがその間に入り、ぺたりと座る。翔の左肩に額を当て、ふるふると震えた。翔は少し考え、彼女を抱き締める。

「怖かったな」

「・・・うん」

 彼女は涙声になっていて、翔は慌ててその頭を撫でた。

「どうして、私のスケジュール知っていたの? 魔法使った?」

「オーレリアさんに聞いた。それにしても、ここに住む人は魔女が好きな人多いんだな。倉庫掃除していた時に、色んなグッズがいっぱいあった」

「私以外は、ほとんどが魔女、・・・が好き。だから、私が嫌いなんだ」

 ぐっと上半身の体重を掛けられる。すごく軽かった。

「私、苦しい。みんなと一緒になりたい。ねぇ、『先生』。どうすればいい?」

 よく分からない弱音を吐くクロエに、翔は開ききっていた足を彼女に絡め、あぐらに閉じ込める。抱き締めて体重を受け止めた。

「大丈夫だ」

 疲れもあってか、温かくて大きな身体に抱き留められて安心したクロエはぽうっとする。

 翔は周囲を見回す。どこか違和感のある部屋だった。

 ワイヤーとビーズで飾り立てられた天蓋付きの愛らしいベッドから、焦げ茶で金目の大きな龍のぬいぐるみが半分ずり落ちている。

 部屋の右半分はアイランドキッチンで、貝殻が散りばめられた箪笥や、L字型のソファ。奥にドアが二つあり、恐らくトイレとお風呂。

 金の刺繍でドラゴンスカルの紋章が描かれた赤い布が、大きな姿見を隠している。至る所に大小様々なドラゴンのマスコットが置いてあり、どうも視線を感じる。

 そして女性の部屋にしてはやけに重い鉄製の扉。

 動物園の猛獣の檻に似ている。窓一つ無いこの部屋で、一切の生活が完結する。

「ん・・・せんせ」

 手を握ったまま離さないので、抱き上げてベッドに連れて行く。降ろしてもなお離さないから、隣に座ってベッドに体重を掛けた。

「どうして『先生』なんだ?」

「『神父様』じゃないでしょ? それにどうみても『陛下』じゃないもん」

 真剣な目の彼女は、冗談では言っていない。

「神父様ではないかな。聖書にはあまり詳しくないし、信仰としての宗教には興味が持てなくて」

「怖い人だよ」

 握った手が少し強くなる。

「神父様が?」

 こくっと頷いた。彼女の頭を撫でると、陰りかけていた表情が少し明るくなった。

「クロエの知っている神父様は、どう怖いんだ?」

「お尻触る。太股も、お股に指を入れようとされて痛かった。ベロちゅーもしてくる。それでね、『声を出してはいけないよ』って最もらしく言うの。私は馬鹿だから、本当は助けてって言わないといけないのに、黙ったまま、何も言えなかった。従わなければ殴られるし、気まぐれだから従っても殴られることがある。痛いのは嫌だから逆らえない。そして誰も助けられなかった」

 怖かったことを思い出し、強く目を閉じて翔の手を引いて唇に添える。

「ねぇ、せんせ。教えて。・・・これは全部貴方の『実験』なの?」

 突如激しい破裂音がして、咄嗟に翔はクロエを腕の中に庇う。

「どこに行ったかと思えば」

 丸めた書類を手に叩きつけたオーレリアが、ドアの前に仁王立ちしていた。

「・・・やっべぇ」

 倉庫に謝って配送されていた午前中の届け物を、地図を見ながら届け終わった所だった。

 クロエの手を握っているのを見て、オーレリアは深い溜息をつく。

「私はいつの間にシッターを雇ったのだったかしら」

「すんません」

 事の成り行きは執行官に聞いた。彼女はソファに座って足を組む。翔は正座をした。

「『魔女狩り』と言ったそうね」

「みんな魔女が好きなんですね。言葉選びを間違えて、すごく怒らせてましまいました」

 苦笑いする彼を、オーレリアは訝しく観察する。

 クロエがかつて『先生』にするように、嬉しそうに手を握っている。だが、彼が敵ではない証拠にはならない。神父は擬態が上手いのだ。

「でも貴方がいると、クロエの表情に幅が出来るのは確かなのよねぇ」

 はぁと大きな溜息。翔はドキドキしていた。

「今日はもう良いわ。貴方、手際が良いのね。倉庫も綺麗に片付いていたし。明日は来られる?」

「はい、土曜日なので朝から」

「良い心がけね。正式にバイトとして賃金も出すわ」

「えっ。良いんですか? でもこれは謝罪の・・・」

 オーレリアはクロエの側に来て、二人の手を解いて龍のぬいぐるみを抱かせる。

「男の人に軽々しく触れたら駄目よ」

「うん、気をつける」

 彼女がクロエを潔癖なまでに守護する理由は、かつての『神父』に根がありそうだ。

「ザックの下について仕事をして貰おうかしらね。休み時間はここに来ても良いわ。クロエは明日お休みだから」

 少しは信用されたのだろうかと見上げるも、笑っているのは口だけだった。

「本来なら、貴方もここに来てはいけないんだからね。でもあの双子みたいに下半身では動かないと信用していますから。もし彼女に手を出そうものなら、貴方の大切な親戚に・・・私は何をしてしまうか判りません」

「き、肝に銘じます」

 流石に双子に非があるこの状況で、どんな男も本能に忠実になどなれるはずがない。



 翔とオーレリアが明日からのアルバイトを契約書にするために所長室へ帰った。

 時間は夕方の六時。

 お風呂に入ったクロエは、薄いワンピースの膝丈パジャマに着替える。お仕事で着る衣装のようなえっちなパジャマとは違い、透けない上品なシルク素材だ。

 そして、髪を乾かしてからずっと、鏡の前でポーズをしていた。

「やっぱり胸、だなぁ」

 どんなポーズをしようと、どんな服を着ようと、黄金比よりも膨らみに目が行く。

「自分でしても大きくなるのかな?」

 ぽすぽすと撫で、少し考えてむふっと笑う。翔の厚くて大きな手を思い出した。

「あのヒトにして貰うかな」

 冗談のつもりだった。あの鍛え上げられた手なら、何だって解決しそうだと思っただけ。

 そうして覗き込んだ鏡の中、クロエの後ろに人影が写る。

「・・・え」

 ガツンと頭に衝撃が走り、鏡に血が飛び散る。側頭部を殴られたクロエは何が起こっているかわからず、さらに背中を殴打された。感覚が痛みに支配される。

 背骨を粉砕し、頸椎を殴られ、椅子から転げ落ち、さらに踵や手首を破壊された。

 都合20発を越える殴打。人の頭の大きさをした重く柄の長いハンマーが繰り返し降り下ろされる。

 息を荒げる下手人の黒いドレスが、返り血で赤く染まった。

「・・・あなたがイケナイの」

 ハンマーを持つ手が痺れていたが、クロエには致命傷をいくつも負わせていた。

 肩で息をする犯人は、ハンマーをその場に置き去りにする。後はいつもみたいに家に連絡をして証拠隠滅を図るだけ。

 どれだけやれば人間が死ぬのか。そんなことも判っていない七瀬ひまりは、血まみれでほくそ笑んでいた。



 再度所長室に連れて行かれ、ザックの隣に座らされていた。翔の前には契約書が二枚置いてあって、向かいのソファにはオーレリアが座って説明していた。

「つまりは一週間ザックに仕事を習ってから、クロエの警護をして貰うということです」

「・・・あの、よろしいのですか?」

 翔がサインをしようとペンを持つと、ザックが声を出した。

「最初は50年の下働き、次に20年の管理者。そしてようやく姫様付きになります。俺でさえまだ55年です」

 ザックの言う姫様というのは、モデルや歌手やタレントのこと。ただ55年と言うが、どう見てもザックの容姿は20代後半だ。

「特例があるでしょう? 求められた者はその限りではないと」

「しかし、クロエ様は特別です。人間一匹増えたところで何が出来ましょう」

 何かと言い方が人外じみているのに苦笑しながら、オーレリアは深く頷いた。

「彼には心のケアをして貰うの」

 二人は睨み合い、ザックが頷いて諍いは終わる。

「承知いたしました。確かに同じ人間の方がいい事があるかも知れません。しかし、こいつも男。いざという時は容赦できかねます。なにとぞ線引きをお考え下さい」

 ザックの話し方は何も知らない人間にはよろしくない。だが翔は何も頓着せずさらさらと名前を書いていた。

 オーレリアは翔に会話の認識阻害魔法を掛けようとしていたが、聞こえないふりをする彼を見て、これからのことを考えてやめた。

「書けました」

 彼女は差し出された契約書を手に取った。

 万年筆の金のクリップがキラリと光を反射して、あの名刺の紋章を思い出す。

「あ、忘れてた。門の前にいた男の人に、オーレリアさんに渡して欲しいと言われまして」

 翔が差し出した名刺には、電話番号だけがかいてあった。

 怪訝な彼女に、翔は手をくるくる回す。表裏をひっくり返すと、ドラゴンスカルの紋章が輝く。

「まさか・・・。これを渡した人はどのような容姿だったかしら?」

「えっと、・・・金の瞳で黒髪。胸に表が銀で裏が蒼のリボンで装飾された白い薔薇のブローチをしていました。身長は2メートルくらいかな」

「アンゼルム皇帝陛下?!」

 肩で息を始めたオーレリアは、脳内で色々なことを同時に考えている様だった。隣を見ると、ザックも顔を真っ青にして途方に暮れている。

 オーレリアはサインしたばかりの契約書を破り捨て、新たな紙に整った字を書く。

 一気に下まで文字で埋め尽くすと、紙を翔に向けた。

「これはクロエの護衛を任せる契約書です」

 門前にいたのは、確かに危険な香りのする男だった。だがその対処を、最近会ったばかりの翔に任せるくらいなのか。

「オーレリア様。流石に騎士契約は」

「いいえ。クロエの側に目があることが重要なのよ。私では無理よ。知らない人が一緒なら、あの方も少しは躊躇うでしょう? はいと言って、ザック」

「・・・あの方なら、往来でもクロエ様を抱くと思います」

 オーレリアは頭を抱えてうずくまった。

「・・・どうしましょう。クロエが、クロエが孕まされてしまう。300年もお預けを食らった龍種の性欲なんて、想像もつかない」

 翔はその契約書を読んでいく。かなり穴だらけのものだが、誤字は一つもない。

 要はクロエの側にいて、彼女に触れようとする奴に喧嘩を売れということらしい。

 彼女の無事の為に何かしたいという翔の欲求にとっては渡りに船。

 ペンを手に取ろうとした瞬間、少しだけ建物が揺れた。

 巨体に似合わず素早く動いたザックは、部屋から出て行く。翔はその隙に署名した。

 オーレリアは魔法で事態を把握したかったが、一般人である彼の手前使う事が出来ない。

 こういう時は人間の発明品であるスマホの出番だ。丁度寮の管理者から掛かってきた。

「オーレリア様。大変です。クロエが」

 背に腹は代えられなかった。

 ごまかしが利くように、壁に手を当ててモニターを呼ぶ。壁いっぱいに監視カメラの映像がでて、管理者がスマホを耳に当てている映像で止まった。

 彼女の後ろに、赤黒く染まった歪な生き物が立っている。腰と思われる場所から、唯一血に塗れていない美しい純白の羽が生えている。

「何者かに襲撃されて、封印がっ」

「後ろにいるわ! 転移なさい!」

 形振り構っていられなかった。管理者は一瞬で転移し、今し方いた場所に大きな斧が振り下ろされる。

「あー・・・」

 酷いしゃがれ声を発するそいつの腕は真っ直ぐではなく、手首があらぬ方に折れて潰れている。頭も割れ血が滴り落ちている。

 そんなゾンビのような格好でも、彼女は生きていた。

「・・・クロエ?」

 足も折れ曲がっているのに、必死に歩いている。一度振り下ろした斧は持ち上げられず、その場に捨てられた。純白の羽が暴れ、倒れて行く体勢を整わせる。

 翔たちの部屋に管理者が飛び込んだ。

「大丈夫?」

 はあはあと肩で息をして、頭をかきむしっている。

「アレが、音に聞いた『魔女狩りの魔女』、人間の『天使』なのですね。恐ろしい。恐ろしいいい」

 オーレリアは半狂乱の彼女の頬を、両側からぱんと叩いて正気に戻す。

「立つことは出来るなら上出来よ。寮階より上の者をここに集めて。現場にはザックを生かせているから、私も駆けつけます。あの子は私が止めるわ」

「グランマは・・・」

「ヴェロニカ様はもう戦えない。お身体を見たでしょう? あれは先の大戦であのクロエとやり合った後遺症よ。リアム様は仕事でテレビ局だから、私達でどうにかするしかないの」

 管理者は涙を流しながら頷き、また転移した。

 翔にもここにいるように命令を下そうとしたが、もうどこにも居なかった。

「あの、バカ」

 オーレリアはローブを着て、煌びやかな宝石を戴く大きな杖を握り絞めた。

「なんで、今、あの子が起きたの? 神父が入り込んだのかしら。そんな警報はなかったのに」

 色々と原因を考えるも思いつかない。相手が大物であれば固有名詞が朝の占いに出たはず。

 唐突に魔術の無線が入る。耳に手を当てて着信に応じる。

「オーレリア様。原因を捕獲いたしました。藤間翔のストーカーです。魔法の匂いがする小袋、・・・いずこかのご神体の欠片を納めたお守りの類いを、所持したまま攻撃を行ったため、呪物を扱う者、つまりは魔女からの攻撃と判断され反撃を受けたのでしょう」

「あの小娘・・・。敷地内に入った時点で殺しておくべきだったわね」

 オーレリアはモニターを一つずつ見て、どこに転移すれば良いかを考えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ