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一つの提案

「……ともあれ、リーテの眼のことを外に漏らさないのは当然としても、まだ当分、神殿の連中にミリアムを会わせるわけにはいかないだろうな」


 せっかく心の傷が癒え始め、それと共に積極性も出て日々を明るく楽しく過ごせるようになってきているのに、これまでのレナート達の努力を無にさせるような人間との接触など、とてもではないがレナートには承服できることではい。

 リーテの眼の話題で少しばかり脱線していた意識が神殿へと戻り、彼らに対する嫌悪が仄かな怒りとなって、レナートのグラスを握る手に力を込めさせる。


「そうは言っても、いつまでもこのまま……と言うわけにもいきますまい。神殿側も、既にミリアムお嬢様が城を辞したことは承知の筈。キリアン殿下が首を縦に振らぬならばと、フェルディーン家へ直接やって来ないとも限りませぬぞ?」

「こちらが来訪を警戒することを神殿側だって考えているでしょうから、それを踏まえた上で、フェルディーンが断れない口実を持ち出すことも考えられますよね」


 誰の頭にもあるだろう可能性に敢えて触れたハラルドとラーシュに、全員が一瞬、押し黙る。

 ややあって聞こえた舌打ちは、アレクシアのものだろうか。それに続いて息を吐いたキリアンが、その場の沈黙を破った。


「それについては、私の方でも一応、釘を刺してはいる。……が、神殿も焦れる頃だろう。警戒はしておいてほしい」

「言われなくとも、そのつもりさ」


 だが、即座に応じたアレクシアの表情は苦み走ったままだ。ラーシュが口にした「断れない口実」がどう言うものか、分かっているからだろう。

 いくら、過去に王都の遷都に際し、この地を治めていたフェルディーン家が大いに譲歩した歴史的事実があり、王都での影響力を強く持っていても、商人として人々の暮らしを豊かにする一端を担っていても、現当主が異国の民を伴侶に迎えた事実は、これまでのフェルディーン家の貢献を無視して神殿が自分達の要求を押し通す格好の口実となるのだ。

 歪んでしまった神殿の考えは、神を強く信奉し国を守護することに傾倒するあまり、異国の民を許さない。


 特にアレクシアは、異国の民と言うだけでもまず眉を顰めるのに、それが神殿と対立する王家の騎士団の長となったことはおろか、自分達の信奉する二神の一方の愛し子までも味方につけていたとあっては、神殿にとっては存在そのものが到底許し難いのだ。いくらでも難癖をつけて、屋敷内へと押し入ることは可能だろう。

 それを容易に実行しないのは、ひとたび強引に事を進めればキリアンが黙っていないことを承知しているから。そしてもう一つには、単純にアレクシアには力で敵わないからだ。神殿がフェルディーンの屋敷へ押し入ることを成功させても、神殿の意向にただ黙って従うアレクシアではない。下手な動きをすれば、たちどころにアレクシアの拳が唸りを上げる結果を生むだろう。

 それでも、切羽詰まった集団と言うものは何をしでかすか分からない。神殿にも、神殿を守るべく神殿騎士団と言うものが存在する。念には念を入れて、しばらく門衛を荒事に即応できる人員に変えておくべきかとレナートが頭の片隅で考えていると、すいと手が挙がる気配があった。


「……一つ、よろしいでしょうか」


 続いた声の主は、これまで殆ど黙ったまま会話を聞いていたイーリスだ。全員が注目する中キリアンが応じて、イーリスによって一つの提案がその場に出される。


「向こうが動くのを待つのではなく、こちらから出向いてはいかがでしょう」

「おい! 馬鹿を言うな、イーリス!」


 あろうことか、わざわざミリアムを危険な場所へ放り込もうと言う馬鹿馬鹿しい提案に、レナートは反射的にソファから腰を浮かせた。勢い余ってグラスをテーブルに打ち付け乱暴な音が響く中、即座にキリアンの手が挙がり、それ以上のレナートの行動を制する。


「レナート、落ち着け」

「だが」

「いいから座りな、レナート」

「……っ」


 続けざまにレナートへと厳しい声が飛び、レナートは反論の言葉を喉の奥で押し止めた。

 強く拳を握って己を制し、渋々ソファへと座り直す。そして、今以上にくだらないことを言ったら許さないとの気持ちを込めて、自分の相棒を見据えた。


「私だって、わざわざミリアムを危険に晒すつもりはないわよ」


 レナートの視線を受けて軽く肩を竦めたイーリスは心持ち背筋を伸ばし、話を続ける。


「――ですが、だからと言って、私達がミリアムを守ってばかりと言うのもよくありません。私達は安心できるでしょうが、ミリアムは逆に気を遣う筈ですし、責任を感じもするでしょう。それでは、いつか彼女が無茶をしかねません。……違う、レナート?」

「……否定は、しない」


 ミリアムは、これまで虐げられて生きてきた所為か、自分の価値を低く見ている節がある。自己主張をせず常に遠慮が先行することも虐げられ続けた弊害だろうし、自身の母以外に自分の身を案じ、守ろうとする人間がいることもこれまで考えたこともなかったのだろう。

 徐々に改善してきているとは言え、長年の生活で染み付いた思考は根深いものだ。たった数か月で、物事の捉え方や考え方をすっかり変えさせることができるとは思わない。

 現に、リーテの雫を与えられ、書庫の貴重な文献に触れる機会を貰い、手厚い保護まで受け、身に宿る力の一端で特別なお守りまで作れるのに、いまだ愛し子として明確な力を現せないことに、ミリアムは少なからず責任を感じている。

 だから、例えば今、自分に関わったばかりに親しい者が害を被るようなことがあれば、ミリアムはきっと自分を大いに責めるだろう。そして、その思いはミリアムにとんでもない行動を取らせるのだ――あの日の自死未遂のように。


 あの時、笑顔で鏡の破片を握り締めたミリアムを目にした瞬間。レナートに走った衝撃は、今でも思い出すだけで体に震えが走る。ミリアムが笑顔で過ごしている時でさえ、ふとした瞬間に想像してしまうのだ。その笑顔が鮮血に染まる様を。そして、確かに自分の目の前にミリアムが生きて存在していることを確認して、安堵する。

 無論、モルムのまじないの影響があったが故の極端な行動ではあっただろう。だが、そうであっても、あんな経験は二度とごめんだ。特に、殺してくれなどと言う言葉は、今後一切、絶対にミリアムに言わせてはならない。

 そう決意も新たにしたところで、だが、イーリスからの思わぬ言葉がレナートの引き締めた顔を簡単に崩した。


「ですから、ミリアムにこれ以上気負わせない為にも、私達にとってミリアムはただ守るばかりの存在ではないと示す為にも、こちらから向こうの領域に足を運ぶのです。ただし……ただの観光客として、ですが」

「観光、客……?」


 突飛な単語を口にしてレナートが目を瞬かせる隣で、ハラルドが感心するように小さく唸る。


「ミリアムお嬢様を、カルネアーデの屋敷へお連れするわけですな」

「あー。なるほど、聖花祭か!」

「ちょうど時期ですね」

「……いかがでしょう?」


 イーリスが判断を仰ぐように、キリアンとアレクシア二人の反応を待つ。だが、二人からの返事は、比較的明るいその表情を見れば明らかに思えた。


 聖花祭――「美しき宝物」を意味する古語「フィア・シーナ」とも呼ばれるその祭りは、エリューガルでも花の栽培が盛んなシーナン地方で、一年の内で最も花が咲き乱れるこの時期に、二十日間ほどの期間で開催される花の祭典だ。

 期間中は、花畑や庭園の鑑賞は勿論のこと、切り花を始め、植物の苗や種に球根、収穫物を使った様々な商品が店先や露店に数多く並ぶ。訪れる人も、国内外からの観光客を始め、商品の買い付けを目的とした商人までが押し寄せる、エリューガル国内でも大きな催しの一つである。

 そして、シーナンにある都市の一つ、イーリスの出身地でもあるエディルの西方に位置するフィデアは、かつてカルネアーデ家が領地とした都市であり、遥か昔、カルネアーデ家の始祖となる聖域の民が泉を湧かせたと伝わる森と、カルネアーデ家の屋敷があるのだ。


 二十五年前の事件以後、神殿の管理下に置かれているカルネアーデ家の屋敷及びその敷地内にある森は、現在一部が観光客向けに開放されており、誰でも見学することが可能となっている。聖花祭の時期には、非常に賑わう観光地の一つと言ってもいいだろう。

 ミリアムにとっては、恐らく一度は訪れたいだろう亡き母の生家。そこにある泉も、リーテの愛し子であるミリアムには何かしらいい影響を与えてくれると考えられる。行ってみる価値は十分にあるだろう。


 王都を観光した時以上に色々なものに対して興味を示し、目を輝かせながら街中を見て歩き、咲き乱れる花に顔を綻ばせるミリアムを想像して、レナートは知らず口元に笑みを上らせた。

 薔薇を始めとした種々の花のジャムや茶、食用花で彩られたケーキに、精油で香り付けをされた蝋燭や石鹸、それらを制作体験できる場もある。きっと、どれもミリアムを喜ばせるに違いない。

 それに、観光客として屋敷を訪れただけであれば、流石の神殿側もミリアムに対して無理強いはできない筈だ。もし仮に無理を通そうとすれば、人で溢れる場所でのこと。多くの目撃者の口からたちまち話は広がり、神殿側はミリアムに対して下手な動きは取れなくなる。

 そうなって困るのは神殿側。彼らの動きを牽制するのにも、持ってこいと言うわけだ。


「ちょいと早い気はするが、ミリアムを王都の外に出してみるのも悪くはないね」

「会議が終われば、地方官共は速やかにそれぞれの都市へ戻らねばならんしな。ミリアムが王都外へ出たところで、あちらが手を出せるとも思えん」


 己の主とミリアムの保護者それぞれから肯定的な反応が返ってきて、イーリスの表情に期待が満ちる。


「では――」

「ああ、許可しよう」

「私も構わないよ。観光旅行なんてミリアムには初めてのことだろうし、きっと喜ぶだろうさ。あの子が喜ぶなら、私に反対する理由はないね」

「ありがとうございます、殿下。アレックス様」


 自分の提案が通ったことに、イーリスがほっと胸を撫で下ろす。安堵と、それ以上に早速その日を楽しみにするように広がった笑顔は、実に晴れやかだ。

 そして、その反応は室内の空気も随分と弛緩させた。全員が紙面には一通り目を通したこともあり、キリアンが念の為に他に共有すべきことはあるかと周囲を見回すも、それぞれから出た言葉はさして重要でもなく、それを最後にこの場は雑談の場へと移行する。

 空になった酒瓶が下げられて新たな一本がテーブルに乗り、ようやく一息が付けると真っ先にそれに手を伸ばすイーリスを眺めながら、守ることばかりに重点を置きがちな自分には考え付かない案を出してしまえるイーリスに、レナートは今更ながらに感心していた。

 同時に、条件反射にも近い勢いでイーリスに噛み付いたことを反省する。


「……悪かったな、イーリス」

「何よ、急に。言っておくけど、レナートが反対することくらい分かっていたわよ?」

「だろうな」


 思わずソファから腰を浮かせた少し前の自分を思い出して苦笑すれば、何故かイーリスから呆れ交じりの視線が突き刺さった。


「もう一つついでに言っておくけど、聖花祭への旅行にあなたは同行させないわよ?」

「――は?」


 どうせ同行する気だったんでしょうと言わんばかりのイーリスに向かって、うっかり勢いのままに低い声が出る。今しがたのイーリスに対する感心が秒で吹き飛び、たちまち不愉快一色に染まった。浮かべた笑みの形のまま、口元までもがひくりと痙攣する。


「元々この時期は、聖花祭の為に毎年私が休暇を取っているじゃない。それに、言い出した私が同行するのは当然でしょう?」


 言われてみれば、エディルにあるイーリスの実家は花屋を営んでおり、毎年聖花祭は忙しさに追われる為、イーリスが手伝いに戻っていた。もっとも、いくら娘と言えど王太子の騎士に長時間の店番はさせられないと、近年では手伝いを遠慮されることも多く、フレデリクと共に過ごすことが主目的となっているらしいが。そして今年は、そんな休暇をミリアムとの旅行に充てると言うことらしい。


 そんなわけで、いくらミリアムの為とは言え、王太子の騎士が揃って主を放って王都を離れるわけにはいかない。それに、これまで仕事も込みと言いつつたっぷり休暇を満喫した分、今度はレナートがキリアンのそばについて仕事をするのは当然の義務で、その間働き詰めだったイーリスが休暇を取得するのも当然の権利である。

 ごもっともなイーリスの言い分に、レナートはすっかりミリアムと旅行に行く気になっていた自分のことが急に恥ずかしくなって、片手で顔を覆った。触れた頬が、酒の所為ではなく熱を帯びている気がする。

 そんなレナートに代わって能天気に手を挙げたのは、オーレンだった。


「だったら、レナートの代わりに俺が同行してやろうか、イーリス」


 だが、その申し出も即座にイーリスに寄って撥ねつけられる。


「馬鹿言わないで。せっかくの女子旅に、男の同行なんて許すわけがないでしょう?」

「はぁ? いつ女子旅になったんだよ?」

「私が、ミリアムと聖花祭へ旅行に行くことを決めた瞬間からよ」


 イーリスが胸を張って堂々と言い放てば、オーレンも負けじと指を突き付け言い返す。


「だったら先に言えよ! てか、女子なのミリアムちゃんだけだろ。猪女は女子に数えないんだぜ?」

「失礼ね。猪女だって女に違いないじゃない。そんなに言うなら、女旅って言い換えてあげるわ。それなら文句ないでしょう?」

「んなのありかよ!」


 ああ言えばこう言う。イーリスに悉く言い返されたオーレンは、頭を抱えてソファへ沈んだ。そこへ、この時を待っていましたとばかりに間を置かず声を上げたのは、イーリスを除いてこの場で唯一の女性であるアレクシアだった。ようやく火照りが冷めて顔を上げたレナートの視線の先に、期待するように笑みを湛える母親が映る。


「じゃあ――」

「アレックス様もご遠慮いただけますか」


 だが、こちらも皆まで言わせずイーリスに断られてしまっていた。


「何故だい? 私だって女だろう?」

「申し訳ありませんが、アレックス様は目立ち過ぎるのです。我々の動きを悟らせない為にも、アレックス様にはこちらに残っていただくのが最善かと」

「……そう言うことなら……仕方がないねぇ」


 いくらエリューガルが奇抜な髪色の人間が多くいる国とは言え、アレクシアほどに鮮やかな赤い髪と言うのはなかなかに珍しい。加えて、女性にしては長身の部類に入り、その上剣に強く豪儀な性格の人間ともなれば、たとえ髪色を地味な色に染めて変装をしたとしても、隠し通せる存在感ではないだろう。張りのある声がひとたび発されれば、十人中十人がアレクシアだと気付く筈だ。

 エディルは比較的王都に近い都市であり、フィデアもアレクシアはこれまで幾度となく訪れた都市。アレクシアの姿を直接目にしたことがある者も多い。そんな場所でアレクシアに隠密行動を求めるのは、無理難題が過ぎると言うものだ。


「ならば、テレシアを連れて行ってやってはくれないか?」

「ご心配なく。初めからテレシアは誘うつもりでしたから。それに、ライサも」

「それは、楽しい旅行になりそうですね」

「ふふ。そうでしょう」


 一体、いつから考えていたものか。

 イーリスの脳内には、ミリアムのことだけでなく、この先自由に友人と旅行などできなくなるだろうテレシアのことも考えて、しっかりとした旅行計画ができ上っているようで、キリアンとラーシュへの返事には手抜かりも迷いもない。この分では、恐らく旅程もすっかり決まっているのだろう。


「では、ご出立はいつ頃のご予定ですかな?」

「会議を終えて帰路につく地方官達の流れに紛れるつもりなので、会議終了の翌日か、翌々日に。例の人物が発ったあとを予定しています」


 案の定、出発日を尋ねたハラルドへのイーリスの答えは明確で、レナートはその用意周到さにとうとう噴き出してしまった。この様子では、ミリアムへの贈り物にエディルの香水を選んだのも、ミリアムに聖花祭へ興味を抱かせる為だったのではと言う気がしてくる。

 一方、オーレンはイーリスが語る旅程を聞きながら、すっかり不貞腐れていた。

 ちなみにその旅程は、午後に出立、エディルまでは馬車で半日かかる為、途中宿屋で一泊し、聖花祭観光には三日。帰りは行きとは別の道を使い、同じく道中に宿屋での宿泊を挟んで王都へ――と言うものだ。

 友人との近隣都市への小旅行には、十分な旅程だろう。レナートが一緒に行けないのは残念だが、ミリアムが初めての旅行を楽しめるのであれば、それに越したことはない。帰って来たミリアムからたっぷりと土産話を聞くことを楽しみに、待っているとしよう。


「あーぁ、楽しそうだなぁー。俺も女子と旅行に行きてぇよー。クソったれな聖域の民と、何かと顎でこき使ってくれる兄殿下の所為で、このところ働き詰めなんだぜ? 俺、王都の民を守る兵士なのに」

「そう言うなよ。お前のお陰で、こっちも随分助かってるんだ」


 空になっていたグラスに酒を注いで差し出すが、グラスを受け取り酒を飲んでも、オーレンから出て来るのは深い深いため息だけだ。


「助かってるなら、俺に礼の一つや二つしてくれていいんだぜ?」

「だからこうして、今お前に上等な酒を注いでやってるんじゃないか」

「お前な、これが礼になると思ってんのかよ?」


 そう言いつつも、オーレンは早くも中身が半分に減ったグラスをレナートへ差し出してくる。そこに、不意にレナート達以外の声が入ってきた。


「それなら、俺に少し付き合え」


 席を移動し、空いているオーレンの隣に腰掛けたのはキリアンだ。その手には、半分ほど中身が残っているグラスとつまみが盛られた皿がある。

 それを目にしたオーレンが遠慮なくつまみを口に放り込みつつ、キリアンをうんざりと睨み付けた。


「……あのなぁ、話聞いてたか? 俺は、お前にこき使われてへとへとなの。なのに、何で更にお前に付き合ってやんなきゃなんないんだよ?」

「何だ、礼をしてほしいんじゃないのか?」

「それと、俺がお前に付き合ってやることと、何の関係があるんだよ?」


 そんなことを言って、また何か面倒に巻き込む気ではないだろうなとのオーレンの胡乱な目つきに射られたキリアンは、心外とばかりに肩を竦めて、わざとらしく思案げに視線を落とす。


「会議が終わるまで城に戻って来るなと言われて、暇でな。せっかくならミリアムも誘って遠乗りに出掛けようと思ったんだが……付き合ってくれないのでは、仕方がない。レナートとミリアムの三人だけで――」

「――はい! ちょい待ち!」


 キリアンの口からミリアムの名が出た瞬間に目の色を変えたオーレンが、レナートとキリアンの予想通り、食い気味に声を上げた。


「そう言うことならもっと早く言ってくれなきゃ! 喜んで付き合おうじゃねぇの!」

「そうか? 俺がこき使った所為でへとへとなんだろう? 無理して付き合ってくれなくても構わないんだぞ、オーレン?」

「いやいや、まさか! 今日の茶会で気分転換できたし、俺、超元気よ?」


 途端に態度を翻して、オーレンは遠乗りにすっかり乗り気になる。実に現金な反応だ。


「そうなのか?」

「そうそう。ちょうど俺も遠乗りしたいと思ってたんだよー! いやぁ、奇遇だな!」


 挙句、絶対にそんなことは思っていなかっただろう言葉まで飛び出して、調子のいいことこの上ない。とうとう噴き出したキリアンにレナートもつられて笑いながら、遠乗りにはいつ行くつもりかと短く問うた。


「会議最終日にと思っている。そのまま城へ戻れば、煩い連中と顔を合わせずに済むだろう」


 会議最終日には、城では晩餐会が催される。会議出席者は勿論、国内の商会関係者らが一堂に会す場で、その時間を狙って王家の森側から帰れば、まず間違いなく人目にはつかない。

 これまでにも、お忍びで城を出た際にはよく使ってきた経路だ。


「俺は、明日はオルソン邸に一泊するが、その翌日にはこちらへ戻る。悪いが、ウゥスに連絡を入れておいてくれるか? 流石に俺の色は目立つのでな」


 こればかりはどうしようもないと、この国で唯一の色彩を持つ髪を一房摘まむキリアンに、レナートは承諾の意を込めてグラスを軽く合わせた。

 その直後、恋人の家で一泊とはいい身分だの、一日いちゃつき放題とはけしからんだのとオーレンが再びキリアンに絡み始め、夜中にも拘らず部屋が騒がしくなる。おまけに、晩餐後は一人オーレンだけが絡んでいたのに、今度は何故かラーシュやイーリスまでもが加わって、ここぞとばかりにキリアンを囲み出したものだから、騒がしさは増すばかり。

 最終的にはレナートまでその輪に引きずり込まれ、若いですなぁと微笑みながらハラルドが部屋を辞し、呆れたアレクシアがレナートにあとを託して部屋を出て行ってからは、下世話な話も織り交ぜた酒盛りが始まってしまった。


 それでも、遠く近く梟が鳴き交わす夜は、ただただ平和に過ぎて行くのだった。


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