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梟の鳴く夜

 無事に晩餐も終え、今日と言う日の予定を全て滞りなく済ませたフェルディーン家は、ようやく普段の静けさを取り戻していた。

 茶会の招待客の内、エルムット親子とオルソン親子はそれぞれ自宅と元貴族街住宅地に構えられた別邸へ、エイナーは護衛の騎士と共に城へと帰り、残った者は現在、全員が談話室に集まっている。

 テーブルを囲むソファを中心に思い思いの場に座りながらも、晩餐の時の賑やかさとは一転、開けた窓から遠く梟の鳴き声が聞こえる程度には、室内は静かだった。茶会中は何かと喚き、晩餐後も散々キリアンを冷やかして煩かったオーレンも、今は用意された酒をつまみと共に大人しく味わっている。


 その中で、レナートはグラスに注いだ酒を口に含みつつ、己の指に何とはなしに視線を落としていた。指先をわずかに凝視し、口元を拭う素振りに見せて口の端に指先で触れ、その感触にわずかに息を吐く。

 思い出すのは、驚きに目を見開き、顔を真っ赤にさせたミリアムの姿だ。熟れた林檎よりも真っ赤な顔をレナートが見たのは一瞬で、あとには顔を俯かせ身を縮こまらせて椅子に座るミリアムの、薄紅に染まった耳だけが強く記憶に残っている。

 随分と動揺して一人静かに震えるその姿は、いつもより大仰な反応だったとは言え、散々見慣れたものの筈だった。だと言うのに、纏うドレスの上品さも相まってか、今日のその姿は不思議なほどにレナートの目を引いた。加えて、ミリアムをあれほど動揺させたのが自分の取った行動なのだと思うと、何とも言えず胸の奥がざわつく。


 確かめるのではなかったと、自身で触れてしまったばかりにあの一瞬に得た感触との違いをまざまざと思い出して、レナートは走った苦々しさを誤魔化すように酒を煽った。

 空にしたグラスをテーブルへと置いたところで、向かいからの視線を感じてゆるりと顔を上げれば、そこには同じく酒を手にするイーリス。だが、その表情は酒を楽しむのとは裏腹に、随分と不機嫌を露わにしていた。酒に酔っているわけでもなく、きっちり理性を保った状態で、暗い黄緑の瞳がレナートを見据えている。


「……何だよ?」

「……いいえ、何でも」


 抑揚なくそれだけ言って、イーリスはすっとレナートから視線を逸らしてしまった。その姿に、レナートは納得いかずに口を曲げる。

 絶対に、今の視線は何でもないわけがない。イーリスが何の理由もなく人を睨み付けるとも思わない。であれば、レナートの方に睨まれるに足る何らかの非がある筈だ。だが、今日一日をざっと振り返ってみても、レナートに思い当たる節はない。

 一体、何だと言うのか。

 だが、イーリスのこと。どうせここで聞いたとて、素直に答えてはくれないのだろう。

 仕方なく、イーリスの態度に納得できない気持ちを酒で紛らわすべく、レナートが酒瓶を手に取ったその時だった。唯一開けていた窓のそばで外を眺めていたキリアンが、不意に窓外へと腕を差し伸ばした。


 わずかののち、中空を見上げるキリアンの腕へと音もなく降り立ったのは、一羽の梟。その足には、鮮やかな空青色の足輪と小さな筒が括り付けられている。

 この梟は、鳥に限って自在に使役することのできる聖域の民が飼う、城からの使いだ。レナート達は、この梟の到着を待っていたのだ。

 キリアンが筒から手早く中身を抜き取ると、梟は仕事は済ませたとばかりに再び無音で飛び去って行く。その姿を束の間見送り、キリアンが窓とカーテンを閉めれば、外界と遮断された室内の空気がわずかに引き締まった。

 空いていた席へ腰掛け、キリアンが紙に書きつけられた文字を辿る。初めは事務的に確認しているようだった無表情が、読み終える頃には苦虫を噛み潰したような渋面を作り、最後にテーブルへと紙を雑に放った。

 恐らくは、彼の父親からの余計な一言でも書いてあったのだろう。その表情に含まれるものに焦りや緊迫感はなく、それが室内の空気を和らげる。


「それで? イェルドからは何と?」

「私の不在を気にしてはいたようだが、これと言って会議が紛糾するようなこともなく、初日は恙なく終了したと。向こうの内心はどうか知らんが、こちらとしては概ね想定通りだ」

「ふぅん。しかし、あの青二才がねぇ……よくもまぁ、父親の遺志を継いで大それたことを考えられるまでに育ったものだ」


 喉奥でくっと笑いを漏らして酒を口にするアレクシアに対し、キリアンはどこか憐れむように鼻を鳴らして、わずかに目を伏せた。


「育てられたのだろう、モルムに。本人にその認識はないだろうが」

「モルムか……」


 二十五年前、アレクシアですら取り逃がした者の名を苦々しげに呟いて、その眉が寄る。

 そのアレクシアの反応に同じく眉を寄せたのは、この中で唯一、アレクシアと共に二十五年前のことを知るハラルドだ。


「不甲斐ないことでございますな」


 ハラルドはカルネアーデ家に仕えていた者として、悔恨の念は一際強いだろう。何と言っても、彼は当時の事件で仕える家はおろか、忠誠を誓った主すら失ってしまったのだ。

 カルネアーデ家の内情を知り、当主とモルムとの関係にも薄々気付いていた筈で、もっと早くに動いていれば二十五年前の事件は起こらなかったと、悔い続けていてもおかしくない。

 まして今、己の主の忘れ形見が目の前に現れ、再び巻き込まれようとしている。今度こそはと言う思いは、もしかするとイェルドやアレクシア以上に強いかもしれない。不甲斐ないと呟いた口とは裏腹に、刻まれた皺の奥で眇めた瞳には、まるでこの時の為に兵士として己を鍛えてきたと言わんばかりに、猛禽の爪の如き強い光が宿っていた。


 ハラルドの厳しい横顔を目にして、レナートは今日一日、気心の知れた者達との久々の食事や会話を大いに楽しんでいたミリアムのことを思い、無意識にその拳を握る。

 レナートもまた、あのミリアムの笑顔が曇る様は見たくないと強く思うのだ。


「それにしても……陛下も、困った方ですね」


 ハラルドが力を抜くようにふぅと息を吐き、レナートがその横顔から視線を逸らしたところで、今度はラーシュが困惑を滲ませるように眉を下げた。その瞳は、キリアンがテーブルに放った紙へと注がれている。

 それほど大きくはない紙には、丁寧な字でびっしりと、先ほどキリアンが端的に口にした今日の会議の内容の他に、今後の予定が綴られていた。ラーシュが困ると言ったのは、その中の一つ、不在のキリアンの代わりにエイナーを会議へ出席させるつもりだと言う一文だろう。

 ラーシュが騎士としてその心を傾け感情を揺らす殆どのことは、エイナーに関するものであることは、ここにいる皆が知っている。


「そうかい? イェルドも随分、面白そうなことを考えるじゃないか」

「面白い、ですか……」


 紙面を覗き込んで笑うアレクシアとは対照的に、ラーシュは全く気が進まない様子で頬を掻き、ごく小さく唸る。

 だが、己の主のことを思えば、ラーシュの反応も当然だろう。いくら、ミリアムに出会ったことを切っ掛けに引きこもることを止め、明るく前向きに何事にも積極的に動くようになったエイナーとは言え、まだ十歳の子供を国中の役人が集う会議の場にいきなり出席させると言うのは、レナートでさえ賛成との即答はしかねる。

 イェルドの考えが、人前に出られるようになったエイナーに場数を踏ませようなどと言う親心だけではないことが分かっているから、尚更だ。あのイェルドのこと、エイナーが新たにその使い方を見出した力を、会議の場で行使させようと考えていてもおかしくはない。むしろ、その為の会議への出席と見るべきか。


「そう心配することもないだろうさ。エイナーは、ちょっと見ない間に随分といい顔をするようになったじゃないか。あれは、そう簡単に折れる奴の顔じゃないよ」

「それはそうなんですが……だからこそ、自分は神殿の方が気になっていまして」

「……なるほど、神殿か」


 笑みさえ浮かべてラーシュの肩を叩いていたアレクシアが、たちまちその表情に嫌悪を滲ませた。もっとも、この場に集う全員が神殿に対して好印象を抱いていない為、誰一人ラーシュの発した単語に明るい顔はしていない。

 聖都エリュードを管理する神殿は、黒竜クルードに関する事柄には強い権限を持つ。いや、数百年の愛し子の不在と王家の態度が、元はクルードを信奉するだけだった神殿を徐々にそうさせていったと言うべきか。


 エリューガルが、長く平和を謳歌していた時代。多くの民は、愛し子の誕生がないことを国が平和である証と捉えた。そして、その平和を築いた王家への求心力は、それまで以上に増していった。

 一方、王家への求心力が増すにつれてクルードへの信仰が弱まることを危惧した神殿側は、逆に、愛し子の誕生がないことはクルードが王家を見捨てた証だと唱え、神を蔑ろにする王家ではなく、クルードを守護者と崇める神殿こそがこの国を統べるべきだとの考えを持ち始めた。

 その考えは愛し子が不在の年月が長く続くほどに神殿内に浸透し、同じく国の平和が続くほどに、国を作っているのは人であり王であると言う考えを強くさせ始めた王家との対立を生むことになる。


 表向き、この国の為に王家と神殿とは手を携えているように見せても、片や守護竜の祝祭を始めとした、クルードに関する祭事の規模縮小、片や自然災害発生の度にクルードへの信心が足りないと王家を批判するなど、両者の対立は深まるばかり。

 それでも、神殿にとっては皮肉なことに、国内の安定が崩れることもなければ大きな争いが生まれることもなく、百年が過ぎ、二百年が過ぎ、更に数百年が平和なままで過ぎ去った。

 結果、王家はますます増長し、神殿はそんな王家への反発心を育て、王家が不要と言うのであれば、クルードに関する権限の一切は神殿が取り仕切ると宣言するまでになる。

 もっとも、この宣言を王家はまるで気にすることはなく、勝手にしろとの一言で、神殿からの使者をさっさと追い払ってしまったらしいが。


 やがて、長い年月をかけて歪んだ考えと、その歪みが育ててしまった王家憎しの心は、神殿側に思わぬ亀裂を生んだ。

 クルードを蔑ろにしながらもいつまでも平和が続いている現状に、クルードの名の下に結束していた筈が、真にこの国の守護者であるのは女神リーテの方だと言い出す者達が出始めたのだ。

 神殿は、黒竜クルードを信奉する人々が集う場とは言え、その殆どの者が、シュナークルの地に古くから存在する女神リーテのことも、同じように信奉しているのだ。

 この神殿内部に生まれた亀裂は、やがてクルード派とリーテ派と言う二神の派閥を生み、リーテの愛し子が誕生するカルネアーデ家の力が増す要因ともなった。

 そして、神殿内の急進的な思想を持った一部の者達と、王家の増長が目につき始めていた元貴族達、権力欲に目が眩んだカルネアーデ家、そこに、己の望みを叶える為に彼らを利用できると考えたモルムとが結託した結果が、二十五年前の事件と言うことになる。


 現在では、企みが失敗したことに加え、事件後に愛し子が生まれたことでクルードの怒りを恐れた神殿は、王家が手を下すまでもなく態度を一変。神殿内ではリーテ派はすっかり勢いをなくし、クルード派が大いに幅を利かせて王家に(おもね)っている。

 もっとも、王家全体に対しての態度を翻したように見えて、その実、神殿が窺っているのは常にクルードの愛し子であるキリアンただ一人の機嫌であり、国王であるイェルドに対しては勿論のこと、これまでに例を見ない後天的に愛し子となったエイナーに対しても、冷ややかな態度が目立つのだが。


「彼らは、エイナー様が幼くとも容赦はしませんから」

「黒紅の子でなくたって、エイナーはちゃんとクルードから力を授かっているだろうに。頭の固い連中だねぇ」

「ふん。私のことを崇めるその口でエイナーを口汚く罵る、ただの屑共だ」


 クルードの色を正しく受け継ぐ黒紅の子こそが真に愛し子であり、一色のみしかその身に現れていない第二王子は愛し子にあらず――表立って口にこそしないが、神殿のエイナーに対する見解はそれで概ね一致している。

 出来損ない、紛い物、クルードを誑かした大罪人、浅ましき子供……エイナーに発現した力を神殿が知ってからは、その内心を読まれることを恐れてエイナーの前で口にすることはなくなったが、神殿はエイナーへの態度を決して翻そうとはしていない。陰では今も、エイナーのことを悪し様に言っているのがいい証拠だろう。


「エイナーのこともそうだが、ミリアムのことにしても、私に会えば開口一番面会させろと、いい加減リーテ派がしつこくて困る。どうせ、ミリアムを自分達の都合のいいように扱いたいだけだろうが。そんな奴らに、私が面会の許可を出すわけがないだろう」

「リーテの愛し子であるミリアムお嬢様を擁すれば、神殿内での自分達の立場も回復させられますからな。……しかし、そうなるとますます厄介なことですな」


 憤懣やるかたない様子で吐き捨てるキリアンに、ハラルドが悩ましげに顎を摩って呟く。

 その横顔は、レナート達が単純に神殿を厄介に感じていると言う以上に何かを抱えているようで、それに気付いたオーレンが首を傾げる。


「神殿が厄介なのは今に始まったことじゃないだろ。今更どうしたんだよ、ハラルド?」

「何か気に掛かることがあるなら、構わずに言え。ここはその為の場だ」


 キリアンにも促され、ハラルドが「実は」と、一旦閉じた口を開いた。


「ご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが……どうやらエステル様同様、ミリアムお嬢様にもリーテの眼が備わっているようなのです」

「リーテの眼か……そいつは確かに、厄介この上ないねぇ」


 アレクシアが口を曲げ、知識の一つとしてリーテの眼のことを知るキリアンは、頭の痛い問題が増えたと肘を付いた手を額に押し当て、あからさまに顔を顰めた。同じくリーテの眼のことをアレクシアから聞いていたレナートも、ミリアムに備わっていると言う事実にわずかに目を瞠る。

 その中で、「リーテの眼」そのものを知らない残りの三人が、イーリスとラーシュはキリアンへ、オーレンはハラルドへと顔を向けた。そして、代表してオーレンが手を挙げる。


「ちょい待ち、ハラルド。その……リーテの眼っての? 俺は、初めて聞くんだけど。そんなにまずいもんなのか? たとえば、凄い力を女神から授かってるとか?」

「いいえ。眼、そのものは大したものではありませんよ、オーレン。問題なのは、その眼を持つことで発現し得る力の方なのです」

「……と言うと?」

「未来を視るんだよ。リーテの眼を持った愛し子は、その力が発現する可能性が高いんだ」

「げぇ。ミリアムちゃんも災難だなぁ……」


 この先に待つであろう厄介ごとにうんざりしたような声がアレクシアから出た途端、オーレンは一瞬にしてその顔を顰めた。だが、それも長くは続かない。

 何かに気付いたようにはっと目を開くと、苦い顔のままのアレクシアとハラルド、それにキリアンを順に見て、声を潜めた。


「……てことは、エステル様は未来を視る力を持ってたのか?」


 たちまち、三人の表情が引き締まる。だが、オーレンでなくとも今の話の流れからその結論を導き出すことは容易い筈で、その証拠に、この部屋の誰もオーレンの発言に驚く者はいなかった。

 加えて、城の書庫に出入りできるレナート達は、エステルに発現した力について公的な記録が残されていないことも知っている。今も存在する神殿内の派閥争いのことも併せて考えれば、力が発現していたエステルがそれを利用されることを恐れて、敢えて口を閉ざし続けた結果と見ていい。

 そして、隠された真実を知るのは恐らく、エステルの身近にいた二人。それから、王太子と言う立場にいるキリアンか。

 果たして、三人の内最初に口を開いたのは、オーレンの隣に座るハラルドだった。


「それについては、はっきりしたことを申し上げることはできませんな」

「何でだよ? 俺の口は堅いぜ?」


 信用しろと言うオーレンに、だが、ハラルドはそうではないのだと首を横に振る。


「エステル様は、私にも発現したであろう力のことはお話しにならなかったのですよ。ですから、恐らくは、としか私の口からは言えないのです」

「だとしても、その態度がもう答えを言ってるようなもんだろ。そうじゃなきゃ、自分の父親の悪事をあっさり暴くなんて、子供にできるわけがない」

「それでも、エステル様にお仕えしていた者として、主から告げられてもいないことを私の憶測で他者へ告げることはできないのです」


 胸に手を当てたハラルドは、目を伏せ主への忠誠を示して、決してエステルに未来視の力があったとは肯定しない。流石は、救国の乙女の忠臣と言われた男である。

 主が死してなお――否、今また忠節を尽くすべき相手を持ったことで、その意思はより強固なものとなっているのだろう。


「……頑固な奴だな」

「忠義に厚いと言っていただけますかな?」


 わざとらしく神妙な顔つきになってそれだけを言うと、ハラルドはもうその口を開こうとはしなかった。

 そうなると、全員の視線は嫌でもアレクシアへと向く。だが、残念ながら全員の淡い期待を裏切って、彼女の答えもハラルドと似たり寄ったりなものでしかなかった。


「悪いが、ミリアムに話す前にお前達に話すつもりはないよ」

「うわぁ。それを言われると、もう何も聞けないだろ……」


 あっさりと断られ、今度こそ諦めたようにオーレンがソファの背凭れに背を預けて天井を仰ぐ。それでも、何ともすっきりしない両者の答えはすんなりと納得するには難しく、オーレンの口からは駄々を捏ねる子供のように、狡いと言葉が零れ出ていた。

 その態度を目にして、これではあまりに可哀想と思ったのか単にオーレンに呆れたのか、アレクシアが仕方なしに息を吐き、言葉を継ぐ。


「ただ……そうだね。私に一つ言えることがあるとするなら、そんな力、持たない方がよほどいいってことだけだ。ミリアムは、そんなものを視る必要はないさ」


 この時間、既に自室で休んでいるミリアムのことを考えているのだろう。アレクシアの細めた瞳に宿る感情はただただミリアムを思って柔らかく、レナートが久々に見る「娘を慈しむ母親」の顔がそこにあった。

 レナートも、今一度ミリアムの姿を脳裏に描き、その笑顔を思う。未来を視る力を得たばかりに、ミリアムの笑顔が曇るようなことがなければいい、と。

 勿論、今現在でミリアムに未来視の力が発現する兆候はないし、発現すると言う保証もない。かと言って、発現する可能性を無視することもできないのだが。


 今、最もミリアムが発現させる可能性が高い力と言えば、動物と心を通わせると言うもの。だが、この力にしても、馬選びの際にレイラの声を一声聞いたと言う、その一度きり。それ以降、ミリアムがレイラに会いに行く度、様々に話しかけてはその声が聞けないかと試行錯誤している姿をレナートは見てきたが、今のところ成果は出ていない。

 その他の、これまでの愛し子に発現してきた力についても同様で、現時点までに、ミリアムからはそれらしい兆候を感じたとの話が出て来ることはなかった。

 だが、ミリアムの現状がどうであれ、リーテの眼を持つことを知られれば、勝手に期待する他者は出て来るだろう。自分達の立場が危ういリーテ派などは特に、力の発現の有無など関係なしに、ここぞとばかりにミリアムを持ち上げ、利用するのは目に見えている。


 そんなこと、ただでさえなかなか力が発現しないことを気にしているミリアムを、更に追い詰めることにしかならないではないか。


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