女神の眼
「でやぁあああああ――っ!!」
気迫のこもった雄叫びと共に、剣と剣がぶつかり合う音がフェルディーン家の修練場に響き渡る。
力強く地を蹴ったオーレンの剣が振り下ろされ、受け止めたアレクシア諸共、勢いのままに力押しで場外へ出そうとする。けれど、互いの力が拮抗したと見えたのも束の間、アレクシアの口元に獰猛な笑みが浮かび、オーレンが逆にアレクシアに押されてわずかに体勢を崩した。
次の瞬間、その隙を逃さず腹部に入ったアレクシアの右足が、オーレンを反対の場外付近まで吹き飛ばす。オーレンは素早く受け身を取って体への衝撃を逃がすも、顔を上げた時には既に眼前にアレクシアが迫り、剣先が突き付けられて勝負がついた。
「勝負あり!」
「ちっくしょぉおおおおおっ!! ミリアムちゃんの手作り菓子がぁあああああ――っ!!」
審判の判定が下った直後、オーレンがこの世の終わりかのように絶望の表情で天を仰ぎながら絶叫する。
修練場の脇に設けられたテーブルに着いて観戦していた私は、その叫びを聞いて思わず苦笑した。
「惜しかったわねぇ、オーレン」
「ミリアムにいいとこ見せようって、格好付けるからだよ」
「甘いなぁ、オーレンは。母さんに手加減しないって言われたんだから、格好付けるより本気を出さなきゃ」
「それでも、掴みとしては上々ではなかったかな?」
私の周囲では、観戦組のテレシア、エイナー、それにラッセとサロモンの親子が、これみよがしに美味しそうに菓子を食べながらオーレンを酷評している。
ちなみに、皆が食べている菓子は私が今日この日の為にと作った手作りだ。
もっとも料理初心者状態の私なので、基本の材料のみと、それに砕いた木の実を加えただけのクッキー二種に、これまた予め作り置きされていたジャムを敷き詰めただけのタルトと言う単純なもの。間違っても、こんなところで主な茶のお供として提供していい代物ではない。
それなのに、テーブルに着いた途端、当然とばかりに出され、更に対戦参加者には、勝者のみが口にできる褒美と言うことにされてしまった。勿論、言い出したのはアレクシアだ。
私としては、これまでの感謝を込めた菓子と言うことで、茶会の終わり頃を見計らって出し、その場で食べてもらうか持ち帰ってもらうつもりでいたと言うのに。
けれど、一度言い出したアレクシアを止めることができる者など、この場にいよう筈もなく。
「食べたきゃ、一勝でも多く勝つことだよ!」
参加者全員総当たり戦、ただし、アレクシアが指名した者は問答無用でアレクシアと何度でも対戦と言う決まりが定められている中で、どれだけ勝ち、褒美をその手にできるか――アレクシアの一言は、何故か簡単に参加者のやる気に火を付けてしまったのだ。
最も憂鬱な顔をしていたオーレンはたちまち兵士の顔付きになり、あまり乗り気ではなさそうだったハラルドやキリアン、単に普段手合わせをしない相手との対戦を楽しみにしている風だった他の面々までが、一斉にその目の色を変えた。
唯一全く変わらなかったのは、これまで私が練習に焼いたクッキーを何度も口にしてきたレナートだけ。
そうして、誰よりやる気を漲らせ、真っ先に名乗りを上げてアレクシアと対戦したオーレンだったのだけれど――結果は見ての通り。勝って最初に菓子を食べるのは俺だと対戦直前に吠えた目標は、あえなくも散ってしまった。
「こら、そこ! 聞こえてるからな! 美味そうに食いやがって!」
おまけに、非常に悔しそうな顔で私達を指差して吠えながら、審判役のフェルディーン家の兵士に背中を押されて無理矢理場外へと押し出される始末だ。
そんなオーレンの姿に、当然のように観戦に来ているフェルディーン家の使用人や兵士達から、賑やかな笑い声が起こる。
たちまち盛り上がるその場を見て、確かにサロモンの言う通り、オーレンの初戦負けと言う結果は茶会の第二部を盛り上げるのには非常に役立っているようだと、私は内心で納得してしまっていた。本人にとっては、甚だ不本意だろうけれど。
「さあ! どんどん行くよ!」
アレクシアの一声に、次の対戦者としてキリアンが進み出る。
キリアンがその手に剣を持つ姿を私が目にするのは、合同訓練以来、二度目。まだまだ私にとっては新鮮な凛々しさ溢れる姿に、私の視線は自然とキリアンに引き付けられていた。
それに加えて、合同訓練ではキリアンが剣を振るう姿を十分に見ることが叶わなかった。その為、今度こそはしっかりとこの目にできると分かった時から、実は密かに楽しみにしていたのだ。
私は菓子を食べる手を止め、膝の上で両手を握り締めて、修練場で向かい合う二人に期待の眼差しを送る。
剣を構えたキリアンがひたとアレクシアを見据えて、一呼吸。そして、勢いよく地を蹴った。
重い剣戟が立て続けに響き、修練場を鮮烈な赤と静謐の黒が舞う。アレクシアの剣が風を切り裂いてキリアンに迫り、それを紙一重で避けざま、キリアンが鋭く攻撃に転じる。縦に一撃、横に二撃、かと思えば身を屈めて避け、正面から攻撃を受け止める。
キリアンの剣はどこかレナートに似通っていながらも、彼より繊細で鋭く、的確にアレクシアが受け身を取らざるを得ない攻撃を仕掛け、それ以上にアレクシアからの攻撃を躱し、防いでいた。
特にアレクシアの動きを見切る目は凄まじく、アレクシアの剣に確実に捉えられておかしくない場面でも、キリアンは剣に空を切らせるか危なげなく受け流し、アレクシアに決定打を許さない。
そんなキリアンの姿を目にして、私はいつだったか、レナートがキリアンの剣の腕を上の下と評していた話を思い出していた。そして、まさかと思う。素人の感想ではあるけれど、キリアンの実力はとても「上の下」には見えない。
確かに、純粋な力比べと言う点では、キリアンはアレクシアには敵わないのだろう。剣の押し合いでは必ずキリアンはアレクシアに押し込まれ、あわやのところで何とか力をいなし、アレクシアから距離を取っているのだ。その力の差は、もしかしたらラーシュが相手でもキリアンは負けてしまうかもしれない。
けれど、その力の弱さを補って余りある「目」が、キリアンを容易には負けさせていないのだ。そして、その目は相手を傷付けないよう細心の注意を払っているようにも、私には見えた。
相手の動きを見切っていると言うことは、いつどこを狙えば相手を負かしてしまえるかが分かると言うこと。それなのに、キリアンは決してその隙を狙った一打を繰り出していない。
相手が明らかに力に勝るアレクシアで、そこを突いてもキリアンが確実に勝てるとは限らない為に避けているとも考えられるけれど、少なくとも、狙いに行けば何かしらアレクシア側に不利に働く筈なのだ。それなのに、キリアンは踏み込もうとしていない。
まるで、相手を傷付けることを恐れているかのように。
「……キリアン様の剣は、お優しいんですね」
「優しいの? 弱いの間違いじゃなくて?」
私の呟きが聞こえていたのか、エイナーが不思議そうな顔をこちらへ向けた。その口振りは、相手に対してなかなか有効な攻撃ができないキリアンはやはり上の下だとでも言いたげで、私は頭を振って笑う。
「お優しいですよ。アレックスさんを傷付けないように、考えて剣を振っていらっしゃるんですから」
たちまち、エイナーだけでなくサロモン達までが私の言葉に目を丸くして、テーブルに並ぶ視線が一斉に私に集中した。
「……これは驚いた。ミリアムはよく見えているんだね」
サロモンが純粋に驚き感心するのに、今度は私の方が目を丸くする。
「皆さんにも見えていらっしゃるんじゃ……ないんですか?」
子供で剣の素人で、まして剣の試合を多く見たことのない私でさえ分かるのだ。日々剣を振るう人がそばにいて、その姿を見慣れているだろう皆に分からない筈もない。
けれど、返って来た反応は私の予想とは正反対のものばかりだった。
「いやいや、僕達素人なのに、流石にそこまで分かるわけないよ?」
「キリアン様は相手の剣を避けることはお上手ね、とは思うけれど……」
「僕、兄上はいつも逃げてばかりだと思って見てたよ。……じゃあ、もしかして兄上はアレックスよりも強いのかな?」
「そこは……流石にまだヴィアの方が強いと思いますよ、エイナー殿下」
キリアンの試合の様子を私と同じように見ていた人が誰もいないことに、私は心底から驚いて何度も瞬いた。
私がはっきりその目で捉えていたことは、キリアンの表情や視線、剣の動きを見ていれば誰にでも分かることだと思っていたけれど、皆の反応を見る限り、どうやらそうではないらしい。
私が戸惑い返答に困っていると、キリアンとアレクシアの対戦を観戦する周囲から、一際大きな歓声が上がった。
弾かれるように場内へと視線を戻せば、キリアンが鋭い一閃をアレクシアへと見舞うところだった。わずかに体勢を崩していたらしいアレクシアは剣を受け止めることなく大きく後退することで避け、難を逃れる。そしてすぐさま攻撃の構えを取った――瞬間、審判の片手が鋭く挙がる。
「――そこまで!」
途端に、突然の終了の判断に場がどよめく。私も驚きに目を瞠った。
ほんのわずか目を離していたけれど、二人共まだ十分に試合は続行できるように見えるし、どちらが優勢とも言えない内容だ。それなのに何故、審判は試合を止めたのだろう。
誰もが突然の幕切れに戸惑う中、全員の疑問を代弁するように場内に聞こえたのは、アレクシアの舌打ちだった。その視線は自身の足元に落ちている。よく見れば、修練場内に引かれた場外を示す線を、アレクシアの片足がほんのわずかに越えていた。
つまり――アレクシアの場外負けである。
それが分かった途端、今度はキリアンの勝利に観客が大いに沸いた。
「キリアン、お前……狙っていたね?」
「さて、何のことだか」
キリアンは肩を竦めてとぼけるけれど、その口元には隠し切れない笑みが浮かんで、アレクシアの言葉を肯定していた。
「まったく……これだから、正々堂々ぶつからない奴は」
「馬鹿を言うな。あなたに正々堂々ぶつかって、弟とミリアムの前で情けない姿を晒せと言うのか? それはごめんだ」
消化不良と言いたげなアレクシアの一睨みを受けても、キリアンは実に涼しい顔だ。そのまま、一人は得意げな笑みを、もう一人は苦笑を浮かべながら、揃って場外へと引き揚げる。
その二人が向かう先から、この試合の終わりを待っていたかのように、ハラルドが私達の元へとやって来た。
「いやはや、懐かしいですな」
綺麗に整えた口髭を一撫でするハラルドは、オーレン達同様フェルディーン家が用意した運動着に身を包み、先ほどまでの紳士然とした姿からは雰囲気を一変させている。
「ハラルド様!」
「おや、ミリアムお嬢様。私に対してその敬称は今後一切禁止だと、アレックス殿に言われたのではございませんかな?」
ハラルドの指摘に、私は思わず手で口を覆う。アレクシアやハラルドとテーブルを囲んで食事をしていた際、ハラルドにそんな大層な敬称は必要ないと、面白くなさそうな顔でアレクシアに言われたのだ。
すっかり言い慣れてしまっていた為、ついつい口から無意識に出てしまった。
「……ハラルドさん。あの……懐かしいと言うのは?」
私の言い直しに微笑んで、ハラルドが一つ頷く。
「先ほどの皆様の会話ですが、エステル様も昔、ミリアムお嬢様と同じようなことをよく仰っておいでだったのですよ」
王太子婚約者と言う立場上、登城することの多かった母。その目的の一つは国のことを学ぶ為だったけれど、その勉強の息抜きを兼ねて、騎士達の訓練の様子を見ることも多かったのだと言う。そこで、イェルドやハラルドには一目だけでは分かり得ない、騎士一人一人の剣の動きやその特徴をよく言い当てていたのだそうだ。
そのことにハラルド達が驚けば、母は逆にハラルド達が分からないことに対して心底から驚いた顔を見せた。母に言わせれば「見れば分かることじゃない」とのことだったそうだけれど、当時まだ母の従僕として剣に精通していなかったハラルドは元より、王子として日々剣の鍛錬をしていたイェルドでさえ、容易には気付けることではなかった。
このことは最終的にアレクシアまで巻き込み、彼女に部下達の剣の動きを解説させ特徴を言わせ、そのアレクシアですら気付いていないことに母が言及するに至って、母本人もようやく納得したと言う。
では、母は何故、常人が容易には分かり得ないことを、その目で見ただけで分かり得たのか。
「女神リーテは、何よりも生命の躍動を喜ばれる神。女神は常にその躍動を具に見、生命の輝く様を愛で、その生命が生く先を見通すと言われております。エステル様には、その女神リーテの『眼』が備わっておいでだったのでございます」
その為、母は目にするだけで自然とその動きを理解した。
その理解は、やがて生命そのものへの理解へと繋がり、生命を通して未来を見通す力へと繋がっていく。
この未来視の力は、泉の乙女が持つ力の中でも非常に稀有なものとして記録されている。故に、その力の発現に必要不可欠なリーテの眼は、泉の乙女であれば誰しもが持つと言うものではない。
また、その眼を持つ泉の乙女が、必ず未来視の力を発現させるとも限らない。躍動を感じ生命を理解し、明確な力の発現へと繋げられるかどうかは、泉の乙女個々人の性質に大きく左右されるのだ。
城の書庫に収められた書物だけでは知り得なかったハラルドの語る言葉に、私はじっと聞き入っていた。
「ですから、もしかするとミリアムお嬢様も、その眼をお持ちなのかもしれませんな」
言われてみれば、祈願祭では不思議と試合中の人の動きがよく見えた。初めて見る人、初めて間近に見る試合にも拘らず、それぞれの剣の違いや特徴、その剣が向かう先もはっきりと分かった。
決勝戦こそ、女神が私を通して試合を観戦した為に女神の見る世界を垣間見たけれど、それまでのことがリーテの眼を持つが故に見えていたのだとしたら、ハラルドの言うことにも納得がいく。
ハラルドの有する知識に感心しつつ、同時に私は、泉の乙女本人が知らないことをハラルドが知っていることに対して、疑問と微かな不満を抱いていた。
「……ハラルドさんは、よくご存じなんですね」
母から聞いたにしては、まるで本を読んで得たかのように詳細な知識を、ハラルドは一体どこで手に入れたのか。私だって、書庫の文献には目を通した筈なのに。
そんな思いを込めた私の視線に、ハラルドは納得顔で一つ頷く。
「現在ではその殆どは神殿の管理下に置かれておりますが、元々女神リーテに関するものは全て、カルネアーデ家が所蔵管理していたのでございます。ミリアムお嬢様がご覧になった城の書庫のものは、数ある文献を簡易にまとめたものや、カルネアーデ家が許可した複製本にございましょう」
それ故の知識の差であるとの答えは、私を納得させるどころか、ますます疑問を抱かせる結果になった。
「城の書庫なのに、どうして……」
一介の家が所蔵管理し、この国の王族にすら簡単に触れさせないとは、なかなか穏やかではない話だ。二十五年前の一件といい、カルネアーデ家と王家との間には、もしかして昔から何らかの確執があったのだろうか。
けれど、答えを期待する私とは裏腹に、ハラルドからは柔らかな態度で答えをはぐらかされてしまう。この場は、その話をするには相応しくないとばかりに。
「それにつきましては、いずれ折を見てお話しいたしましょう。……ともあれ、その眼のお陰で、ミリアムお嬢様は常人よりよく見えておいでであることは確かかと」
謝意を込めて軽く頭を下げられては、これ以上無理にこの話題を続けるわけにもいかない。
仕方なく納得して私が口を閉ざせば、今度は共に話を聞いていたエイナーが、酷く気遣わしげな顔を覗かせた。
「……ねぇ、ハラルド。その眼は、ミリアムに辛い思いをさせたりしない?」
人には見えないものが見える辛さをよく知るエイナーだからこそ、その点が最も気になっていたのだろう。そのエイナーの気遣いに、私の心が自然と温かくなる。
ハラルドも、エイナーの心配を余所に、彼が私のことを親身になって案じていることに対して、嬉しそうに微笑んだ。
「ご心配には及びません。エステル様が仰るには、踊りや剣の鍛錬や試合と言った、人々が体を動かすことに熱中している場面においては動きが具に見えたそうですが、日常生活ではそのようなことはない、とのことでございましたから」
確認するようにエイナーが私に顔を向けるので、私は肯定の意味を込めて大きく頷く。それを見て胸を撫で下ろすエイナーへ、更にハラルドが安心させるように続けた。
「人々が躍動している時、エステル様にはその者達がとても輝いて見えていたそうでございます。そして、ご覧になっている時のエステル様は、それはもう楽しそうにしておいででした。正に、生命の躍動をその眼でお感じになられていらっしゃったのでしょう」
「じゃあ、辛くなるようなものが見えることはないんだね?」
重ねて問うエイナーに対してハラルドははっきりと首肯し、私に対しても、不安に思うことは何一つないと伝えるように目を細める。
「少なくとも私は、その眼を持つが故にお辛い思いをしたことがあったとは、エステル様からは一度も伺ったことはございません。むしろ、エステル様は眼を授けた女神リーテに呆れておいででした。剣を持たぬ自分には無用の長物、勿体ないことをする、と」
「お母様ったら、何てことを……」
神が授けたものをありがたがるどころか迷惑がるだなんて、普通の人ならばいざ知らず、愛し子としては言ってはならない言葉ではないだろうか。それを、ハラルド相手とは言え臆面もなく口に出してしまうなんて。
またも母の新たな一面を垣間見せられて、私は思わず遠い目になる。そんな私にハラルドがおかしそうに口元を緩め、ですが、と思い出したように加えた。
「一つだけ。エステル様は、女神リーテから眼を授けられてよかったこともあったと仰っておいででした」
ハラルドの視線が一度逸れ、その先に赤を見つけて、ゆっくりと私の元へと戻って来る。それから、柔らかな光の中にわずかな痛みを覗かせた鉛色の瞳が、懐かしさを伴って細められた。
「……誰より大切なご友人の姿を、一等美しく見せてくれるのだ、と」
煌めきながら波打つ赤い髪を風に靡かせ、爪先から指の先まで体を余すことなく動かして、時に力強く獰猛に、時に繊細でしなやかに、己の身体の一部であるかのように剣を繰るアレクシア。圧倒的な強さを誇るその姿は、正に紅の獅子。
母の目には、そんなアレクシアはどんな騎士や兵士にも敵わない輝きと美しさと気高さ、狂おしいほどに尊い生命の躍動を伴って映っていた、と。
「ミリアムが騎士に強い憧れを抱くのは、もしかしたら、その眼が特別に騎士を格好よく見せてくれていたからかもしれないわね」
「そうかもしれませんね」
もっとも、私の騎士への憧れの根底にあるのは、月華の騎士だろう。あれが、私の騎士への憧れの始まりと言っても過言ではない。そうは思うけれど、テレシアの言にも一理ある。現実に剣を振る人の姿をはっきりと自分の目で見て、格好いいだとか美しいだとかそんな感想を抱けたのは、この人生が初めてだったから。
私はテレシアに頷きながら、母が見たであろうその時のアレクシアの姿を、決勝戦で見たレナートとオーレンの姿に重ねて想像してみた。きっと母は、あの時私が目にした二人と似た姿を、アレクシアに見ていたに違いない。
そうであるならば、リーテから眼を授かってよかったと思うのも当然だろう。その時が終わってしまうことが惜しいと思えるくらいに、私にも二人が誰より格好よく美しく輝いて感じられた時間だったから。
私がその時の光景を思い出して頬を緩ませていると、エイナーの存外真面目な呟きが私の耳に届いた。
「……じゃあ、僕も頑張ったらミリアムに格好よく見てもらえる……?」
腕を組み、その片手を顎の下に添えて修練場を見据えるエイナーの眼差しは鋭く、引き結んだ口元は真剣そのもの。頭の中ではこれからの剣の鍛錬のことでも考えているのか、一斉にエイナーに視線が集中したこともまるで気付いていない。
テレシアが仕草だけで「あらあら、まあまあ」と目を丸くし、ラッセはエイナー同様腕を組んで、こちらは何度も深く頷きを繰り返す。
「うんうん、分かる! 分かりますよ、エイナー殿下! そうですよね! 好きな子には格好よく見られたいですもんね!」
ラッセがそう力説した途端、まさか呟きを周囲に拾われているとは思っていなかったのか、エイナーは我に返ってたちまち顔を赤くした。
「あっ! え……っ、違っ! じゃなくて! ぼ、僕はっ、その……っ」
意味もなく椅子を蹴立てて立ち上がり、左右を見渡し私と目が合うや、再び座り込んで勢いよく顔を俯かせる。すっかり耳まで真っ赤にさせたその狼狽振りは、随分と可愛らしい。
「ふふ。エイナー様は今でも十分格好いいですよ?」
「嘘だぁ! ミリアム、今絶対僕のこと可愛いって思ったもん!」
僕だってそれくらいは分かると、エイナーが両手で顔を覆いながら断言するのに、私もとうとう小さく噴き出した。流石にこの場では、私の言葉は下手な慰め以上のものにならなかったらしい。
「ほっほっほっ。ミリアムお嬢様に格好よく見ていただけるよう、十分に頑張らねばなりませんな、エイナー殿下」
「もうっ! ハラルド煩いっ!」
不貞腐れるようにぷいっと顔を逸したエイナーは、一連の自分の行動を誤魔化すように紅茶を口にする。そんなエイナーの姿を微笑ましく見つめていると、声援と共に、場内に次の対戦者が現れた。




