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開封の儀

 音を辿って視線を向ければ、庭園の中央に立つアレクシアの姿と、彼女の脇に新たに用意されたテーブルが見える。そのテーブルには何かが置かれているらしく、上から被せられた大判の白い布が様々な凹凸を作っていた。


「さぁて! 全員、食事と会話は十分楽しんだね!」


 会場中の注目が集まったところで、アレクシアが口を開く。

 たちまちイーリスは期待に瞳を輝かせ、キリアンとオーレンはさも嫌そうな顔をし、ラーシュとジェニス、ハラルドはその雰囲気をわずかに硬くした。一人、レナートだけは何故だか諦念を漂わせていたものの、その他の面々は程度の差はあれ、次を楽しむ空気がある。

 これから何が始まるのか理解できていないのは、どうやら私だけのようだ。


「ミリアム、おいで」


 私が小さく首を傾げていると、アレクシアが私を手招いた。疑問符を浮かべながらもアレクシアの元へと行けば、脇のテーブルの前へ立つよう促される。素直に言葉に従うものの、ますますもって何が始まろうとしているのかが分からず、私はただただ目を瞬かせるばかりだ。


「よし。それじゃあ、開封の儀を始めるよ!」


 言葉と同時にテーブルに被せられた布が取り払われ、贈呈用と分かる包装をされた大小様々なものが私の目の前に現れる。

 まばらな拍手が沸き起こる中、私はと言えば、アレクシアから続けて放たれた、気になったものから開けておいき、と言う一言に驚いていた。


「私が開けていいんですか?」

「勿論さ。これは全部お前への贈り物だからね」

「全部!?」


 よくよく数を数えれば、テーブルに並ぶ贈り物とやらは、今日の招待者とおおよそ同じ数あるようだ。

 けれど、何故私への贈り物が用意されているのだろう。今日は私が世話になった礼をする為にこの場を設けたのであって、私の側から皆に対して何かをすることはあっても、招待された皆が私に何かをする理由はない筈だ。


「アレックスさん。今日は、私達から皆さんにお礼をするんですよね?」

「うん? ここからは、主に私個人から彼らに礼をする時間なのさ。ちなみにこの贈り物は、ミリアムの新生活を祝う為のもの。遠慮せず受け取っていいんだよ」

「はぁ……」


 一体、いつの間に。いや、恐らく招待状に記載されていたのだろう。そして、テーブルに並ぶ品々を見るに、そのことを全員が快く受け入れて招待に応じてくれたと言うことだ。そんな彼らの好意を遠慮するのは、かえって失礼と言うもの。こうなっては、素直に開封していくしかなさそうだ。

 自分を納得させて、私はテーブルに並ぶ贈り物を見渡した。

 片手で持てそうな小さなものから、両手で持たなければならないほど大きなもの、高さのあるものから平たいものまで、改めて見ると本当に様々だ。私は一通り眺めて、明らかにその形が取っ手の付いた籠に見えるものを、最初に開封するものに選んだ。

 一番無難そうだから、と言う理由は、心の片隅に置いておいて。


 袋の口を縛っているリボンを解けば、私が予想した通り、取っ手付きの籠が中から現れる。蓋と敷き布まで付いており、籠の縁からレースが覗いて可愛らしい。一目見て、これに昼食を詰めてレイラと遠乗りに出掛けたいと思わせてくれるものだった。

 更に蓋を開ければ、中には蜂蜜を詰めた瓶と乾燥させた果物が籠一杯に詰められていた。


「わぁ……!」


 蜂蜜はそれぞれ微妙に色が異なっており、よく見ればそれぞれの瓶に花の名前が書かれていた。単純な甘さだけでなく、味と香りも様々に楽しめるらしい。乾燥果実は絶賛お菓子作り挑戦中の私にはもってこいの食材で、どちらも非常に嬉しい贈り物である。

 一体誰からの贈り物なのかと顔を上げれば、軽く手を挙げたラーシュが見えた。


「ありがとうございます、ラーシュさん!」

「へぇ。ミリアムのことをよく分かっているじゃないか、ラーシュ」

「……恐れ入ります」


 品定めしていたようなアレクシアの声音に、ラーシュが安堵の表情になる。互いにどこか含みのあるやり取りにわずかに疑問が過ったけれど、それをアレクシアに聞くより先に次を促されてしまって、私の疑問は心中に留まってしまう。

 まだまだ数もあるのだし、ここは全て開封してしまってから聞くべきか。

 気持ちを切り替えて次に私が開封したのは、ごく小さめの一つ。女性への贈り物だとはっきり分かる、上品な包装が私の目を引いたものだ。

 中から現れたのは、香水瓶。手を挙げたのはイーリスだった。

 オーレンとラッセが目敏く反応する中、早速試してみると、瑞々しい花の香りと森を感じる優しい香りがふわりと漂った。全体的に気取らない穏やかな香りに、私の頬が自然と綻ぶ。


 次に手に取った袋には、これからの季節に合った服が二着。それぞれ、ジェニスとマダム・アンが仕立てたものが。可愛らしい手提げ袋には、紅茶葉が五種類。中に添えてあったカードには、テレシアからの短い祝いの言葉が書かれていた。

 そして、平たい割に重さのある贈り物は、文具一式。蝶や鳥、草花などの図柄が美しく彩色されたペン軸にペン先、青や緑、薄紅に紫と言った複数色のインク、上質な紙で作られた便箋と封筒、封蝋に印璽が、高級感漂う装丁の木箱に見栄えよく収まっていた。こちらはハラルドからの贈り物である。

 なんでも、王都の高級文具店で売られている、近頃女性に人気の品なのだとか。品を見て唸ったのは、サロモンとラッセの商人親子だ。


「品薄になっていると聞いたんだが……よく手に入れたものだねぇ、ハラルド」

「なんの。ミリアムお嬢様の為ならば、この程度手に入れられずにどういたします、アレックス殿」


 ここでも、何やら意味深な視線が二人の間で交わされるのを不思議に思って眺めつつ、私は残った二つの似たような大きさの内、一つをその手に取った。

 中に入っていたのは木の枝にお洒落な鳥籠が下がった置物と、小袋。置物の幅広の台座は引き出せるようになっており、小物が収納できる作りになっているようだ。そして小袋の中を覗くと、木彫りに丁寧な彩色が施された複数の鳥の置物が見えた。


「ミリアムちゃんの好みが分からなかったから全種類揃えたんだけど、鳥籠の中にも木にも飾れるから、好みとかその時の気分で入れ替えて楽しんでよ」


 梟などの大型のものから雀や四十雀と言った小型のものまでその種類は豊富で、特に小型の鳥は二、三羽で一組になっているのが、ころんとした容姿も相まって実に可愛い。


「種類が多くて、どれを飾るか迷ってしまいますね。ありがとうございます、オーレンさん」

「いやいや、こっちこそありがとう、ミリアムちゃん! その言葉が貰えただけで、俺としてはもう大満足だよー」


 何故だか頻りにありがとうと繰り返したオーレンは、そのまま流れるように言葉を紡ぐ。


「そうそう、ミリアムちゃん。実はこれってさ、鳥だけじゃなくて木の枝も増やせるし、何なら花も咲かせられるんだよ。よかったら今度、俺と一緒に店に行ってみない?」

「まあ、よろしいんですか?」

「勿論!」

「嬉しいですっ」


 その言葉は、せっかく素敵なものをいただいたのだから、オーレンの言葉に甘えて品を買い足し、楽しみの幅を広げたいとの、私の純粋な思いだった。フェルディーン家に来てからこちら、下手に遠慮したらろくなことがないと学習した成果とも言えるだろう。

 それなのに、私とオーレンの会話を聞いていた周囲の反応は何故か思わしくなく、一瞬、奇妙な沈黙が庭園に落ちた。アレクシアを始め、ハラルドとイーリス、それにレナートの冷めた視線が一斉にオーレンへと注がれ、ラッセとラーシュ、ジェニスは顔を見合わせて苦笑をし、キリアンとエイナー、それにテレシアとライサの四人は、揃って呆れ顔を浮かべたのだ。周囲のそんな反応に気付いていないのは、私に相対するオーレンだけ。

 そんな空気の中で、全員を代表してか、アレクシアが口を開いた。口元に美しい弧を描いていながらも、決して笑っていない瞳をオーレンへ向けながら。


「……ようし、分かった。オーレン、お前には特別にたっぷりと礼をしてやろう」


 言葉尻に、握った拳を手の平に打ち付ける小気味のいい乾いた音が重なる。

 それを目にした瞬間、何故か私の脳裏に、修練場に集まった騎士兵士達を馬上から睥睨した時のアレクシアの姿が過った。あの時は、そのあとにアレクシアが修練場で大暴れしたけれど、その時と同じものを今のアレクシアから感じたのだ。

 まさかと思う私の前でオーレンの非難の声が上がり、私の予感を確信に変える。


「ちょっ、何でそうなるんだよ! ミリアムちゃん喜んだでしょうが!」

「お黙り! 保護者の目の前で堂々と娘を口説くような奴に、手加減してやると思うのかい、オーレン! 大体お前は、初めから口を開けばミリアムちゃんミリアムちゃんと、呼び方が馴れ馴れしいんだよ! 徹底的に相手をしてやるから覚悟おし!」

「はぁあっ!? 理不尽すぎねぇ!? 大体、その呼び方は俺の紳士的対応の表れだっての!」


 なおも吠えるオーレンだったけれど、それに対する周囲の反応は実に冷めたもの。誰も、オーレンの側に立とうとする者はいない。それどころか、文句を言い足りないらしいオーレンの口が次に言葉を発する前に、ラーシュが羽交い絞めにして後方へと引きずっていく有り様だ。

 おまけに、その先でオーレンを待ち受けているのは笑顔のハラルド。ただし漂う気配は笑顔とは程遠く、いつの間にかそこには灰色の梟が降臨していた。まるで、梟に似た笑い声が、今にも恐怖を告げる鐘のようにこの庭園に響き渡りそうな雰囲気に、私の背筋が意味もなく震える。

 そこに追い打ちをかけるように、会話の矛先が私へと向いた。


「ミリアムも、そう簡単に男の誘いに乗ったら駄目だろう?」

「で、でも……相手はオーレンさんですよ?」


 親しい間柄であり、次期兵団長候補とも目されているオーレンが、私を相手によからぬことをするなんて考えられない。先ほどの言葉だって、正真正銘オーレンのただの善意だと、私は受け取っている。

 それなのに、自分の言い分が正しいと信じているのだろう、私を見下ろすアレクシアの表情は全く変わらなかった。


「オーレンだろうとなかろうと、ああ言う手合いは下心しかないんだ。十分に気を付けな」

「そんなまさか……」

「アレックス様の言う通りよ、ミリアム」


 腰に手を当て、いかにも胡散臭いとばかりに遠ざかるオーレンを睨み付けながら、イーリスが私の元へとやって来る。けれど、私へ向けた顔には何故か怖いほどの綺麗な笑顔を浮かべていて、私の中の恐怖が更に増した。


「駄目じゃないの。私達、さっき注意したばかりよね? 気を付けなさいって」

「えぇ、と……」


 視界を遮るように近付いて来るイーリスの笑顔の迫力に負けて、私の視線が勝手に端へと逃げる。

 思い出すのは、今日一番恥ずかしい思いをした時のこと。ライサ達とテーブルを囲む、少し前の出来事だ。


 *


 それは、たまたま同じテーブルで食事をしていたラッセが、賭けをしていたんでしょう、と向かいに座るレナートに尋ねたのが切っ掛けだった。

 賭けとは言わずもがな、私がレナートのことを兄と呼ぶか否かと言う、実にくだらないあれだ。結果は「呼ばない」と言うことで終わり、「呼ぶ」ことを期待した大勢が賭けに負けて、私が辞したあとの城内が一時騒然としたと言う、その賭けのことである。

 勿論、その中にイーリスが入っていたことは言うまでもなく、城勤めをしているラッセの友人も賭けに負けた一人だったそうで、お前の兄貴に騙されたと実に憤慨していたとの話が、ラッセの口から語られたのだ。


 その時、私は心の中では、ひっそりとラッセの友人の言い分に同意していた。何故なら、レナートは賭けを有利にする為に、私の頭を撫でると言う行動に出ていたのだから。

 ところが、それを聞いたレナートは心外だと眉を寄せて、一言。


「騙すも何も、俺は何もしていないぞ」


 そう断言したのだ。

 ラッセもそれを聞いて、兄さんがそんなことするわけないよね、と納得して頷くのだから、私は酷く驚いた。

 レナート曰く、彼自身が賭けの当事者なのだから、賭けに参加する資格を持たない。そして、賭けの不正など騎士たる己がするわけがない。

 変な言い掛かりはよしてくれと辟易した様子だったことからも、彼の言葉に嘘はないのだろう。けれど、納得できない私は過剰に反応してしまった。嘘です、そんなことありませんと、即座に言い返したのだ。


「事ある毎に、私の頭を撫でていたじゃないですか! あれで私を絆そうとしていたんでしょう!」


 私がそう言い放った時のレナートの面食らった顔は、もしかしたら今日の茶会で一番私の記憶に残るものになるかもしれない。私にとっては、それほど予想外だったのだ。

 同時にそれは、私の盛大な勘違いを知らしめるものにもなったのだけれど。

 その頃には、隣のテーブルで談笑していたサロモンやキリアン、イーリスやラーシュがこちらのテーブルの話に耳を傾け始めており、そんな多くの視線が集まる中でレナートは深々とため息をついて、まずは一言、あのな、と口を開いた。


「何をどう勘違いしたのか知らないが、あれはミリアムが自分から、母親に頭を撫でてもらうのが好きだったと言ったんじゃないか。だから俺は、城の生活の中で少しでも君が喜ぶならと思って――」


 そして告げられた内容に、私は唖然とした。全く記憶になかったのだ。

 けれど、レナートの語る内容に嘘はなかった。事実、私は母に頭を撫でられるのが好きだったのだから。

 ただし、この歳にもなってそんなことを臆面もなく誰かに告げるだなんて、前後不覚になるほどに酔ってでもいなければあり得ない。故に、そんな状態に陥っていない私が言う筈もないのだ。


「ミリアム、そんなことを兄さんに言ってたの?」


 僕にも教えてほしかったなぁと呑気なラッセにはふるふると首を振り、私はレナートに恐る恐る問いかけた。それは一体、いつのことかと。


「部屋を移った日だ」


 移動させる際の振動や物音で、わずかな時間、私が眠りから目を覚ますことが何度かあったのだそうだ。その時に薬を飲ませ、水を飲ませ、言葉を交わした。件の会話もそんな中の出来事の一つだと、レナートは言う。


「冗談のつもりで、だったら俺が撫でてやろうかと言ったら、ミリアムの方から俺に向かって頭を寄越しただろう」

「えぇっ! 私がそんなことを!?」


 これまた全く記憶にない。私が、「頭を撫でる」ことに関してあの日のことで記憶しているものと言えば、母に頭を撫でられる夢を見たことだけ――


(――それだぁあああああーっ!!)


 点と点が繋がった瞬間、私は両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏した。

 まさか、夢を見たと思っていたあれは、夢現状態だった私が現実と夢とを混同したものだったなんて! 確かに、よくよく思い出してみれば、夢の中の母の口調は現実の母とは微妙に異なっていたような気がする。けれど、夢だからと大して気に留めなかった。むしろ、久々に母が出て来る夢を見られた幸せに浸りきって、母以外のことなどどうでもよかった。


「思い出したか?」

「……夢、だとばかり……」


 レナートからの問い掛けに、私は情けない声で答えるしかできない。母に頭を撫でられる、とても幸せな夢を見たのだ、と。

 途端にテーブルに沈黙が落ち、しばらくしてから、恐らくレナートだろう深々とため息を吐く音が聞こえてきた。うわぁともうへぇともつかない妙な声を上げたのは、ラッセだろうか。私はと言えば、恥ずかしさで顔を上げられずにテーブルに突っ伏したままだ。

 寝惚けたまま、撫でてくださいとレナートに頭を差し出したなんて、想像するだけで恥ずかしさに倒れそうだ。今すぐ入れる穴が欲しい。


「えぇ……と。じゃあ、もしかしてミリアムは……ある日突然、兄さんがよく頭を撫でてくるようになったなって思いながらも、大人しく撫でられてたってこと?」


 困惑していると分かる声で、ラッセが言葉を選びながら私に問うてくる。だから私は、今にも消え入りそうな声で一言、はいと答えた。


「理由を聞こうとは思わなかったの?」

「……思いましたけど……嫌なことではなかったので、聞かなくてもいいかな、と……」


 その後、これまでの行為は賭けの為のものだったのだと勝手に思い込んで憤慨したけれど、だからと言って、もう撫でるなと口にすることもなく現在に至っている。

 だって、嬉しかったのだ。また自分のそばに、頭を撫でてくれる人が現れたことが。だから、急にその回数が増えたことを疑問に思っても、たとえそれが賭けの為だと思い込んでも、訊ねた結果撫でられなくなるかもしれないことを思えば、黙って撫でられていた方がよほどましだった。

 それに、相手はレナート。騎士なのだ。私の憧れる騎士様。そんな人に頭を撫でられるなんて、正に夢のようではないか。

 テーブルに突っ伏したままで細々と言い訳を連ねれば、周囲から一斉に呆れ交じりのため息が零れて、私は身を縮こまらせた。


「ねぇ、兄さん……ミリアムって本当に大丈夫かな?」

「……流石の俺も、少し自信がなくなって来た」

「これは、あとでヴィアも含めて家族会議が必要だね」

「えぇっ!?」


 フェルディーン親子が交わす会話に思わず顔を上げた私はその後、親子だけでなく話を聞いていた面々から、嫌と言うほど注意を受けたのだった。


 *


 一連の出来事を思い出しながら、私はこちらをじっと見下ろすイーリスに愛想笑いを浮かべた。


「次からは気を付けます……」


 男性に誘われたら、返事をする前に相談すること。確か、注意を受けた中にそんな事柄があった。今回のこれは、それに抵触してしまったのだろう。

 正直、相手はよく知るオーレンなのだから相談なんてせず事後報告でもいいと思うのだけれど、ここで下手なことを言うと、きっと今度は私に火の粉が降りかかる。それだけは避けたい。


「本当に気を付けてよ?」

「はい」


 疑わしそうに私を見つめるイーリスに向かって必死に首を縦に振れば、イーリスの視線がようやく私から外れてくれた。アレクシアもこれ以上会話を続ける気はないのか、その口が開く気配はない。私はそれをいいことに、残る最後の贈り物へとすかさず手を伸ばした。

 贈り物の送り主としていまだに名前が挙がっていないのは、キリアンとエイナーの二人。きっと、この最後の一つはその二人からのものだ。

 心を弾ませながら少しばかり背の高い袋を開ければ、中から出て来たのは薄紅色の小花が咲いた鉢植えだった。

 それを目にした瞬間、アレクシアがわずかに目を瞠る。そして私も、釣鐘型の花と針型の葉の形状に目を奪われていた。どちらも見覚えのあるものだ。いや、見覚えがあると言うと語弊があるだろうか。私はこれを、確かに知っている。植物そのものとしてではないけれど、目にしたことがある。


「ミリアム、すまない。実は、直前に予定が空いて茶会へ来られることになって……これくらいしか、あなたへ用意することができなかった」


 進み出てきたキリアンは、自分の贈り物と他の招待客の贈り物とを比べてか、どこか気まずそうだった。けれど私はそんなことはまるで気にならず、それよりも早く自分の中に浮かんだ考えを確かめたくて、急く気持ちのままにキリアンを見上げる。


「気になさらないでください、キリアン様。それよりこの植物、もしかして……」

「ああ。カルネアと言う。……カルネアーデ家を象徴する花だ」


 キリアンの言葉に、私は自分の考えが間違っていなかったことを知った。

 カルネアーデ家の紋章にある六輪の花と、家宝の短剣と杖に描かれた紋章を囲む釣鐘型の葉は、目の前の植物のもので間違いなかったのだ。

 恐らくは、カルネアーデと言う家名もこの花に由来するものなのだろう。


「昔、エステル様が父の婚約者であった頃に、カルネアーデの屋敷から城へ一株持って来て庭園に植えたそうで……増えたそれを、庭師に頼んで一株分けてもらったものだ」

「母が、これを……」

「もう、とっくに抜いて捨てているとばかり思っていたんだが……イェルドの奴め」

「目立たぬ場所に植え替えはしたが、救国の乙女が植えたものを、粗末に扱えるわけがないだろう。それでなくとも、カルネアーデ家始祖の聖域の民が愛したと言われている花だと言うのに……」


 アレクシアとキリアンの会話を聞きながら、私は改めてカルネアの花を見つめた。

 たった短剣一つきりだと思っていた母との繋がりが増えたようで、何とも言えず心の奥が温かい。

 母は、どんな思いでこの花を城に植えたのだろう。そして、今こうして私が小さな株を手にしていることを、どう思っているだろう。

 脳裏を過る柔らかな母の笑顔が、不意に咲き乱れる花に重なる。


「キリアン様、ありがとうございます。カルネアの花、大切に育てますね」

「気に入ってくれたのならよかった」

「勿論です! 凄く嬉しい贈り物です」


 キリアンが一度エイナーの方を振り返り、そして、私へと嬉しそうに微笑んだ。安堵を含んだそれに私も微笑み返し――アレクシアの声が、庭園に響く。


「では、これで開封の儀を終わる! 次は三十分後に集合だ。――いいね!」


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