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黒竜住まう国の聖女~呪われ令嬢の終わりと始まり~  作者: 奏ミヤト
第五章 絡み合う思惑の果て
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変化が齎したもの、友人の成長

 ウゥスの店を出た私達が次に向かうのは、ジェニスの店だ。

 再びラッセと手を繋ぎ、おかえりなさいと明るい声で迎えてくれたオロフが後ろに付いて、三人で王都の街を歩く。

 ジェニスの店までの道中でも顔見知りになった街の人から口々におかえりと声を掛けられ、それにただいまと返す度、これまでの人生で味わったことのない人々の歓迎振りと温かさに、私は胸の奥が温かくなるのを感じていた。

 ただ時折、片手で数える程度ではあったけれど、見知らぬ高齢の人や若い男性から握手を求められることがあったのだけが不思議だった。勿論、それらは全てラッセとオロフによって丁重に断られ、私が彼らの望みに応えることはなかったのだけれど。


「どうして私と握手したがるんでしょう?」


 それも、どうやら王都外から来たと思われる人ばかりが。

 たった今も、ラッセに私との握手を断られた高齢男性が去っていく後ろ姿を見つめながら、私は素直に首を傾げた。

 わざわざ私を指名して握手を求めるなんて、私がリーテの愛し子であることが関係しているとしか思えない。けれど、若い男性はともかく高齢の人も、断られたらやけにあっさりと引いていくのが奇妙だった。

 わざわざ王都に出向いてまで握手を求めるならばそれなりの理由がある筈で、断られても食い下がりそうなのだけれど、それがないのだ。それとも、実はリーテの愛し子であることは無関係で、若い女性ならば誰でもいいのだろうか。私以外にも、若い女性は多く歩いているけれど。


「若い女性と握手をするのが流行り……なんてこと、あるんですか?」


 もしくは、握手を介したおまじないでも存在する、とか。

 けれど。


「何言ってるんスか、お嬢」

「そんな流行りがあったら嫌だよ」


 思ったことを呟いてみた私に、二人は揃って呆れ顔だ。そして、握手を求めて現れた人のことを過去に置き去るように、ジェニスの店へ急ごうと私の手を引き、背を押す。

 その行動に、私はほんのわずか二人にはぐらかされたような気がした。それでも、見知らぬ人の奇妙な行動を気にするよりも親しい人へ久々に会える期待が上回っていた私の足は、素直に石畳の道を弾むように進んでいく。

 オロフが周囲を警戒し、ラッセがさり気なく進む道を変えたことも、私達三人を遥か後方から見つめる一対の淀んだ視線があることにも気付かないまま、やがて見知った通りへ出た私は、すっかり通い慣れた店へと心躍らせながら向かったのだった。


 *


「いらっしゃいませー!」


 からころと温かな鈴の音が鳴り、明るく元気な声が店内に響いて――


「――って、ミリアムじゃん! どうしたの!」


 私は、店の新作だろう服を身に着けたライサの、目を丸くして驚く姿に出迎えられた。


「えっ! ミリアムっ?」

「ミリアムだって? 昨日帰って来たって、さっきライサに聞いたばかりだよ、あんた!」


 続けて、ライサの背後から覗いた顔がそれぞれ驚きの声を上げる。

 一人は、雀斑が可愛らしい柔らかな雰囲気の少女、サーラ。もう一人は、どことなくマダム・アンの若い頃を彷彿とさせる切れ長の瞳が美しい女性、ベルタ。二人は、この店の売り子と 針子だ。

 普段は店に立つことのないベルタまでが接客をしていることを私が不思議に思う間もなく、三人はたちまち私を囲んで一気に店内が騒がしくなった。


「今日は家で休んでるだろうから、会えるのは明日だと思ってたのに!」

「ふふっ、驚いた? ラッセさんが明日からお仕事だって聞いたから、今日は一緒に出掛けることにしたの」

「あらやだ、あんたちょっと痩せたんじゃない? 道中しっかり食べてただろうね?」

「ちゃんと食べてましたよ、ベルタさん。……あ。でも、もしかしたらお菓子を食べる機会が少なかったかもしれません」

「もう、ミリアムったら! ライサから帰って来る日が延びたって聞いてから、私、ずっと心配していたんだから!」

「私も、まさかこんなに帰って来るのが遅くなるなんて思ってなくて……。心配をかけてごめんね、サーラ」


 代わる代わる抱擁し、それぞれと言葉を交わす。

 互いにおかえりとただいまを伝え合う頃には客までもが私を囲む輪に加わって、店内はいつにない賑わいで満ちていた。


「よかったね、ミリアム」


 一通りこの場にいる人達と言葉を交わし終えたところで、ラッセとオロフが私の元へとやって来る。その姿を目にして、私は友人や客との再会を喜ぶあまり、二人のことをすっかり忘れていたことにはっとした。

 入店するまでは確かに繋いでいた筈の手を、一体いつ離してしまったのかすら記憶にない。


「ごめんなさい、ラッセさん! オロフさん! 私ったら……」


 慌てて謝罪をする私に、二人はわずかに驚いた顔を見せたものの、すぐさま笑みを浮かべて気にすることはないと首を振った。


「ミリアムの帰りを喜んでくれる人が僕達家族以外にもこんなにいるなんて、むしろ凄く嬉しいよ」

「俺としては、お嬢の口から『ごめん』って言ってもらえたことも嬉しいッスけどね」


 ラッセに続いて、オロフが小さな発見を喜ぶように八重歯を覗かせる。けれど、その一言は私にとっては思いもかけないものだった。


「……え?」


 きょとんとオロフを見上げれば、オロフも目を丸くして私を見下ろし、次いで首を傾げる。


「あれ? もしかして無意識ッスか、お嬢?」


 問われて私は自分の言葉を振り返り、一つ瞬いた。

 言われてみれば、ライサのように私と年齢が近い友人以外には、普段から謝罪や断りの際に使うのは「すみません」だ。

 意識して区別していたわけではなく、あくまでそれが私にとっての普通で、砕けた気安い言葉を交わせるライサのような存在の方が特別なのだ。

 では、何故ラッセ達相手にも使う言葉が自然と変わったのか……思い当たることは、ある。


「王都を離れている間に、何かあった?」


 何か――死者こそ出なかったものの大きな被害を出した災害のことを指しているわけではない一言に、私は多分と前置きをして、私にほんの少しの変化をもたらした人物の名を口にした。


「レナートさんに言われたから……だと思います」


 それは、キリアン達が聖都へ立った日のこと。早朝の出発だった為に見送りができなかったことでぐずるセシリーの機嫌を取っていて、私がレナートの食事を運ぶのが遅くなってしまった時だった。

 どうかしたのかと心配するレナートに事情を話し、すみませんと謝罪した私に、レナートが「それはもうやめないか」と言ったのだ。

 家族なのだから遠慮はなしだ、と。

 それからと言うもの、レナートは何かにつけて家族であることを前面に出して、私に構うようになった。それは、言葉遣いや態度、行動……様々な形で表された。また、ついでとばかりに、王城での一月のように菓子と言う褒美を前に、私の中に未だ根強く残る遠慮癖を更に改善させようとすることもあった。


 恐らくそれらは、王都へ帰り着くまでの道中で私がいたずらに不安を抱かない為の、レナートなりの配慮だったのだろう。

 時には、私に気を配るあまり行動が行き過ぎてしまうことがあるようで、そんな時には、レナートはヨルゲンを始めとする周囲の騎士達に諌められ、私も注意を受けることがあった。

 けれど、これまでとはまた違った形のレナートとの触れ合いは、レナートの新たな面を知る喜びも加わって、私にとってはただただ楽しく嬉しく思うことばかりで。

 だから、レナートの気遣いがこんな形で他者まで喜ばせることに繋がるとは思わず、私は何とも言えないくすぐったさに頬を染めた。


「そっか。兄さんのお陰なんだね」

「えぇー。若旦那、いいんスかそんな一言で済ませて」


 よかったねとラッセが私の頭を撫で、その隣では何故かオロフが納得がいかないと口を曲げる。それでも、彼の表情には嬉しさが滲んで、私に向ける視線は柔らかかった。

 そんな二人の様子に、私も心の中で私をほんの少し変えてくれたレナートへと感謝を紡ぐ。そこに、来店して最初に聞いた声が再び聞こえてきた。


「それで? ミリアムがうちの店に来たのって、やっぱり父さんに会いに?」


 いつの間にかサーラとベルタは接客に戻り、その場にはライサ一人だけが残っていた。あ、と気付いて二人へ向けた視線の中でベルタがひらひらと手を振ったのが見え、私は彼女達の気遣いをありがたく受け取ることにして、ライサへと向き直る。


「それもあるけど、ライサ達にも早く会いたかったから」

「あたし達、昨日は会えなかったもんね」


 そう。昨日、王城でイェルドへ帰還の報告をした際、同席していたエイナーのそばにいたのはラーシュだけだったのだ。そのことに、運悪くライサは侍女の日だったかと私が残念に思っていたところ、エイナーが教えてくれたのだ。ライサは前日から休暇を取っていて、城にいないのだと。その時、きっと自宅ではなく店にいるだろうとも教えられた為、こうして店を訪れた。

 因みに、何故店にいるのかの理由を私が知ったのは、フェルディーン家に帰ってラッセから仕事の話を聞いてからのことである。


「ライサは……その、大丈夫?」


 ジェニスと西海の国との話は、これまでライサと付き合う中で聞かされて、私も知っている。普段と変わらないように見えるライサの様子を窺いながら、私は彼女の手を握った。


「うん、大丈夫だよ。念の為にお守りを作って渡したけど、あたしの父さんだもん! 心配してくれてありがと、ミリアム」


 握った手を明るい笑顔と共に力強く握り返され、私もほっと息を吐く。そうして、改めて頼もしさを感じるライサの姿を目にした私は、ふと違和感を覚えて瞬いた。

 これまでのライサとは、何かが――違う。

 突然黙ってしまった私に、どうかした、と聞いてくるライサと目が合い、私ははっとした。

 ライサの大きな焦茶色の瞳。いつだって強い光を宿した勝ち気なそれを、私はこれまでほんの少し見下ろしていた。それが――


(見上げて、る……?)


 思わず、私の視線が足元に落ちる。けれど、互いに履いたブーツの踵の高さに差はない。

 今一度視線を上げてライサと顔を見合わせ、こてりと首を傾ぐ彼女を見つめる。目線の高さは、それでもライサの方が明らかに上だ。私の見間違いではない。これはつまり。


「ライサ……もしかして、背が伸びた?」


 私がぽつりと零した瞬間、ライサの顔がぱっと明るく変化した。


「そう! ミリアムも分かるっ!? 自分でもびっくりなんだけどさ! あたし、やっと成長期が来たーって感じで、最近超背が伸びてんの! それこそ、毎日寝て起きたら目線が高くなってるんじゃないかってくらい、にょきにょきって!」


 瞳を輝かせて語るライサからは喜びが弾けて、その勢いは今にも飛び跳ねそうなほどだ。

 紅潮した頬と満面の笑みはとても眩しく、その笑顔を見ているだけでこちらまで嬉しくなって、私はライサと両手を打ち合わせた。


「凄い! やっぱり背が伸びてたんだ! 私の気の所為じゃなかったのね!」

「凄いよね!? このまま伸び続けたら、父さんの槍を扱える日も遠くないと思うんだよね、あたし!」


 目指せ槍騎士、と力強く拳を握り締めるライサ自身は、身長が伸びても変わらない。そのことに何故か安堵を覚えつつ、それでも纏う雰囲気には以前にはないものが増えているようで、私はわずかに首を傾げ――すぐに違和感の正体に気付いた。


(雰囲気が、大人っぽくなってるんだ……)


 今日のライサが店の商品を身に着けていることは、最初に彼女の姿を目にした時に分かっていた。

 首周りにフリルをあしらった白のブラウスに、ライサの褐色の肌にも映える紫の袖なしワンピース。襟ぐりが広く取られたワンピースはそれだけで胸が強調され、逆に背中で編み上げて引き締められた腰回りは細く、鍛えられたライサの体のしなやかさをはっきりと見せている。その姿は、これまで見てきたライサの中で最も女性らしい。

 ドレスと同色の細身のリボンタイが首元を彩る様もまた、簡素ながら十分に素敵な装身具として、身長が伸びてより一層すらりとしたライサを飾っていた。

 加えて、濃すぎず薄すぎない自然な化粧は、ライサを剣を持つ騎士ではなく一人の少女にしており、それがまた大人っぽさを引き出しているようでもある。


 私に習いに来ていた頃も少しずつ上達してはいたけれど、いつもどこか服に着られている印象が強く、化粧にしても不慣れな様子が滲み出て、全体的にぎこちなさが拭えなかったライサ。それが、今ではすっかり服を着こなして化粧も手慣れているなんて……!

 ここでも別の意味でライサの成長が見て取れて、私は嬉しさと共に目を細めた。


「今日のライサはとっても綺麗ね。見違えるくらい素敵だし、凄く大人っぽい」


 途端、身長に言及した時とは比べ物にならないくらいにライサの瞳が大きく見開かれ、「……聞いた?」との小さな呟きが、わなわなと震える口から零れ出る。


「今の聞いた? 聞いたよね、ラッセさん! オロフも聞こえたよね!?」

「勿論、聞こえたよ。見違えるくらい綺麗になったって」

「大人っぽいってお嬢に褒められたッスね」


 音が出そうなほどの勢いでライサがラッセとオロフに顔を向ければ、二人からは即座に肯定の言葉が返ってきて、ライサの瞳がこれまで以上に輝きを増す。

 その瞳が今度は私を間近で捉え――かと思った次の瞬間には、私の視界は大きく腕を広げたライサで一杯になった。


「ミリアムに褒められたーっ!」


 次いで間近に聞こえたのは、ついに喜びを爆発させたライサの一声。ライサにぎゅうぎゅうと抱きつかれその体勢のまま飛び跳ねられて、ライサを抱き留め損ねた私は危うく後ろへ倒れそうになる。


「おっと!」


 すかさずラッセが私の背を支えてくれたけれど、興奮したライサは気付かない。

 そのまま、私に負けないように自分も頑張ったのだと、私に褒められることが目標だったのだと、私に褒めてもらえたことで自信が持てたと、合間合間に感謝の言葉をこれでもかと並べながらライサが捲し立てていく。

 私が王都を不在にしていた期間は、それなりの長さではあったけれど二月には満たない。決して短くはないけれど、長期間と言うほどでもないだろう。かと言って、何かを目に見えて上達させきるには、少々足りないかもしれない。

 それだけの時間で見違える成長をしたライサが、どれだけ努力を積み重ねてきたのか。私が特段意識しないままに口にした誉め言葉に対する大袈裟とも思える彼女の喜びようが、そのことをはっきり示していた。


「頑張ったんだね、ライサ」

「頑張れたのはミリアムのお陰だけどね!」

「私は何もしてないよ?」

「そんなことないって! ミリアムが教えてくれたから、あたし頑張れたんだもん!」

「ハラルドさんだって、教えていたじゃない」

「そうだけど、先生だけだったらあたしこんなに頑張れてないって。だから、ミリアムがあたしの友達で本当によかった! ありがと! 大好き!」


 何の衒いもなく言ってのけるライサの素直さに私の方がどうしてか照れてしまって、頬が熱くなる。


「そうだ! 今度、オーレンにも自慢――」

「――俺に何だって?」


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