光を纏った君に
悪役令嬢に転生してしまった。
でも私は慌てない。なぜなら、前世の小説では悪役令嬢がヒロインというパターンが流行っていたから。
ゲームの強制力で断罪されることはあっても、悪いことをしていなければ助けが入って破滅することはない。
そう自分に言い聞かせて、なんとか落ち着いた。
ステラ王国の貴族の令息令嬢が入学する王立学園。
どうやら私は今、その保健室のベッドの上にいるようだ。
「気が付いたようですね」
声のした方に視線を送ると紫の瞳と目が合った。
フィン先生だ。いきなり隠れキャラの登場だ。
フィン=リッチモンド
リッチモンド伯爵の養子。
ただの保健室の先生と思いきやお助けキャラ、しかしてその実態は国王陛下の腹違いの弟という隠れキャラ。
前国王が王妃のメイドに手を出してしまい、そのメイドが姿を眩ましてひっそりと産んだために先生が王弟ということを知る者は少ない。
隠れキャラルートは2周目以降に解放される。
このゲームを予備知識なしにクリアしたらいきなりヤンデレキャラだったので、ハッピーエンドなのにバッドエンドみたいでトラウマになりそうだったから、2周目のフィン先生にはとても癒されました。
この世界は何周目の設定でしょうか?
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。私は一体どうしたのでしょう?」
「エドワード様に抱えられていらっしゃいました。突然驚いた顔をなさったあとお倒れになったと」
ああ、そうだ。
入学式で見つけてしまったのだ。ヒロインを。
その瞬間前世の記憶が脳を駆け巡り、眩暈がしてそのまま倒れたのだ。
「申し訳ございませんが、まだ少し頭が痛いので、横になっていてもよろしいでしょうか?」
「それはよろしいのですが、大丈夫ですか?女性の医師をお呼びしましょうか?」
「いえっ!大丈夫です。横になっていれば大丈夫ですので」
「わかりました。では、何かありましたら声をかけてください」
「ありがとうございます」
ごめんなさいね。考えごとをしたいだけだから。
まずは記憶を整理しよう。
私が転生したのは乙女ゲーム「TWINKLE〜光を纏った君に〜」の世界
フィン先生以外で現時点で出てきているのが
ルーシー=クロムウェル
男爵令嬢でこのゲームのヒロイン。
魔法の授業中に突如覚醒して光属性持ちになる。
エドワード様
王太子で私の婚約者。
覚醒したヒロインに一瞬にして心を奪われる。
そして私、アリス=モンターギュ
公爵令嬢でこのゲームの悪役。
ヒロインに惹かれた婚約者の姿に心を痛め、ヒロインをいじめる。
卒業パーティーで断罪され婚約破棄→修道院送り。
処刑とかじゃなくて良かった。これで随分気が楽になったわ。
転生ものの定石通り、ヒロインに近付かないのが一番なんでしょうね。
あとは「好きな人ができたらいつでも婚約解消するので言ってくださいね」って伝えておいて、早々に王太子に婚約解消してもらうとか?
悪役令嬢が前世の知識を駆使してみんなを助けて愛されるってパターンがあったけど、私には披露できるような知識はない。
料理で胃袋を掴むとかもあったけど、私は料理全般、特にお菓子作りは「超簡単!」「誰にでも出来る」と謳ってあるレシピですら、その通りに出来上がったことはない。
なんだか雲行きが怪しくなって来た。
とりあえず、大人しくしておこう。
それから……。
他の攻略対象者を思い出そうとした時、ノックがあり誰かが入ってくる気配がした。
「先生、アリスは大丈夫ですか?目は覚めましたか?」
エドワード様の声だ。
「はい、先ほど目を覚まされましたが、まだ少し頭が痛いとおっしゃって横になられていますよ」
「アリス、大丈夫か?開けても問題ないか?」
体を起こして返事をした。
「はい、大丈夫です」
仕切り用のカーテンが開けられ、エドワード様が顔を覗かせた。
「大丈夫か?」
その瞳には、くっきりと心配の色が浮かんでいた。
頭を整理するために横になってただけなのに、とても心配かけてしまったみたい。
「はい、大丈夫です。横になっていたので随分良くなりました」
「それならいいけど……送っていくよ」
「そんな、馬車まで大した距離ではありませんので大丈夫ですわ。お忙しい中足を運んでいただいてありがとうございました」
「僕が勝手に心配しているだけだから、アリスが気にすることはないよ」
……そうだった。エドワード様は私をとても大切にしてくださっているのだった。
私たちは周りから羨ましがられるほど仲が良い。
本当にこのあとヒロインに心を奪われてしまうのだろうか?と思うほどに。
でも「ゲームの強制力」って聞くし、きっと、びっくりするほど呆気なく奪われるわよね。
エドワード様に腰に手を回されぴったりくっつかれ、恥ずかしいし正直ちょっと歩きにくいけど、大人しく馬車まで歩いた。
その間もエドワード様はずっと心配してくださった。
さすがにこの状況でいきなり婚約解消の話はできないので、また後日にしよう。
*****
悪役令嬢のアリスが私を見た途端に驚いた顔をして倒れた。
もしかしてアリスも転生者?
だとしたら、私が授業中に覚醒して光属性持ちになることも知っているわよね?
どう動いてくるだろう?
とりあえず、気付いていないフリをしよう。私が転生者だってことは気付かれない方がいいものね。
*****
運命の日がやって来た。
今日、ヒロインが覚醒する。
学園に入学して最初の魔法の実技練習中に、ある生徒の放った魔法が壁を突き破ってしまい、その振動で属性判定用の水晶玉が台から落ちてヒロインの方に転がる。ヒロインが水晶を拾い上げた途端に眩い光を放ち、光がヒロインを包み覚醒する。そして、光を纏ったヒロインにエドワードは一瞬にして心を奪われる。
下手なことをして修道院送りよりも酷い結果になっては困るので、ヒロインには予定通り覚醒していただいて、エドワード様と結ばれていただきましょう。
順調に授業は進み、実技に入った。
「ではあなた、この的に向かってファイアボールを打ってみてください」
ある生徒が先生に指名されたので、私はそっとヒロインに近付いた。
ゲーム通りに放った魔法が的を外れて壁を突き破り、台から落ちた水晶玉が転がって来た。
皆は壁の穴に注目していてこちらを見ていない。
私がヒロインを前に押し出そうとした瞬間、信じられないことが起きた。
なんとヒロインが振り向き私の腕を引っ張ったのだ。私は慌てて踏ん張った。
一体なにが起きているの?
「やっぱりね。だと思った。悪いけど私、ヤンデレは無理なの。私はフィン先生推しだから、アリス様が光属性持ちになってエドワード様と結ばれてください」
「そんなっ!私だってヤンデレは無理よ。私は大人しく修道院に送られるから、あなたはヒロインらしく光属性持ちになってちょうだい!」
どうやらヒロインも転生者で、何としてもエドワードルートを回避しようとしているようだ。
それは困る!とても困る!
そう、エドワード様はヤンデレなのだ。
正しくは、エンディングのヒロインとの結婚式の夜にヤンデレだと発覚する。
いきなり手錠が出てきて繋がれ、部屋に閉じ込められる。
エンディングで明かされる驚愕の事実に賛否両論の嵐、というより、ほぼ否。
ハッピーエンドでそれなんだから、恐ろし過ぎる。
修道院送りの方が数万倍マシ!
私とヒロインがお互いに腕を掴んで睨み合っている間にもどんどん水晶玉が近付いてくる。
若干私の方が前に出てしまっている。
まずいわ、まずいわ、どうしましょう!
すると、水晶玉があと1メートルと言う所で私たちの前に人影が現れた。
「アリス、どうしたんだ?」
なんとエドワード様が水晶玉を拾い上げてしまった。途端に水晶は目も開けられないほどの強い光を放った。
しばらくして目を開けると眩い光につつまれたエドワード様がいた。
光を纏ったエドワード様に皆が見惚れていた。
えっと……これはどうなるの?
私とヒロインは目を合わせ、お互いに首を傾げた。
「素晴らしいですわっ!エドワード様は覚醒して光属性をお持ちになられたのですね!昔から、光属性持ちの方の御世は安泰だと言われております。この瞬間に出会えたことに感謝いたします!」
涙を流しながら興奮気味に先生が言うと、周りから歓声が上がり、拍手が沸き起こった。
ゲームではヒロインとの結婚式の時に「光属性持ちがいる国は安泰」と神父様から聞かされたエドワードがヒロインを閉じ込めてしまうのだけど……。
「そうなのか。それは嬉しいな。その言い伝えが僕の代で終わらないように精進しないとね」
エフェクトがかかったようにキラキラしながらエドワード様は素敵な笑顔を向けてきた。
「そっ、そうですね」
とりあえず微笑んだ。
〜5年後〜
あの後、私とヒロインのルーシーは仲良くなった。
ゲームではエドワードの好感度を上げたくなければ誘いを断り続ければ良かったが、現実でそんな事をすれば不敬だと咎められる可能性が高いので、覚醒したくなかったらしい。それから、前世での恋人がヤンデレだったそうで、現世ではどうしても癒されたいと言うので、フィン先生との恋も協力した。
今日はその二人の結婚式だ。
私も招待され、幸せそうな二人を見て嬉し涙を流していると横からハンカチが差し出された。
「エディ、ありがとうございます」
「人の幸せを自分のことのように喜べる君が妻で、本当に良かった」
私たちも昨年式を挙げた。
光属性持ちの王太子ということで、国全体が数日間お祭り騒ぎになるほど盛大にお祝いされた。
エドワード自身が光属性持ちになり閉じ込める必要もないせいか、今のところヤンデレは覚醒していない。
多分、もう大丈夫よね?
光属性持ちではない私が心配する必要はないかもしれないけど、でも、ゲーム通りならエドワードにはヤンデレの素質があるってことよね?そこだけが心配。
どうか、この幸せが続きますように……。
*****
私、前世からの推しのフィン先生と、本当に結婚できたんだ……。
夜、左手の結婚指輪を見ながら幸せを噛み締めていた。
先生との恋が上手くいったのは全面的にアリスが協力してくれたお陰よね。
それだけでなく、光属性持ちでもない単なる男爵令嬢の私が伯爵令息かつ王弟のフィン先生とスムーズに結婚できたのもアリスのお陰。しかも、来月には出産を控えた身重なのにもかかわらず、式に出席してくれた。
アリスにはいくら感謝してもしきれない。
アリスが結婚してもう1年経つけど、エドワード様のヤンデレは覚醒していないみたいだし、とりあえずひと安心ね。
「ルー、何を笑っているのですか?」
「フィン先生!結婚指輪を見てたら本当にフィン先生のお嫁さんになれたんだなって、改めて幸せを実感していました」
「そうですね。まさか私があなたのような素敵な人と結婚できるなんて、私こそ幸せ者ですよ」
「先生……」
「ルー、手を出していただけますか?」
「手ですか?はい。ふふっ、手相でも見るんですか?」
「いえ、こちらを……」
カチャ
えっ?
*****
「ちょっと!やめてよ!鳥肌立ったじゃない!」
「それはこっちのセリフよ!本当に心臓止まるかと思ったんだから!」
思い出したのか、ティーカップを持つルーシーの手が少し震えている。
先生はルーシーにお母様から結婚のお祝いでいただいた腕輪をあげようとしただけなのだが、タイミングが悪過ぎた。
「ゲームと同じ結婚式の夜なんだもん。私、ヤンデレを引きつける何かがあるのかと思って、危うく叫びそうになったわよ。すごい泣きっぷりに先生びっくりして心配してたから、嬉し涙だって言っておいたけど……」
「すごいタイミングよね。まぁでも、それ以外は特に何もないんでしょ?それなら大丈夫じゃない?その腕輪もすごく素敵ね」
なんでも先生のお母様が前国王陛下からいただいたそうで、何かあった時にそれを売れば、贅沢しなければ一生暮らせるぐらいにはなるみたい。だから一人で先生を産む決心がついたとかなんとか。
結局はご実家の伯爵領に戻ったので、売る必要はなかったみたいだけど。
「そんな大切なものを預けるなんて、先生は本当にルーシーのことをとても大切に思っているのね」
「うん、すごく優しい……エドワード様は?」
「うん、とりあえずヤンデレは覚醒していないし、相変わらず優しい……」
お互いに惚気て、照れて、なんだコレって感じ。
「うっ!」
「どうしたの?」
「……破水したみたい」
「えっ?ええっ!?ちょっ、ちょっと待って!あぁっ!こういう時に限って人払いしてるから。ちょっと待っててね、すぐ人呼んでくるから!」
私以上に慌てたルーシーが人を呼びに行こうとしたが、異変に気付いたメイドたちがすぐに駆けつけてくれた。
予定より2週間早くなったが、アリスは男の子を無事出産。
母子ともに経過は良好。
翌年にはルーシーが女の子を出産。
将来その二人が恋をするのだが、それはまた別のお話。
そして、その後もヤンデレが覚醒することはなく、二組の夫婦は幸せな人生を送ったのでした。
めでたしめでたし
いつも誤字報告ありがとうございます。
とても助かっております。