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なななな、何を言ってやがんだこいつ!そんな事実は一切ないぞ。ここに沙織さんがいなくてよかった。あの人が居たら目の前で再現しろとか言われるに決まってる。
「な、何を致したですって……?」
怒りの形相に切り替わった神田さんが雪兄に標的を定て拳を固めて胸の前で構えた。
麗奈も、スマホに打ち込んだ文章を神田さんに見せた。
「わかりました。全力で打ち込んでやりますよ」
何を指示したかは分からないが足を肩幅程に開いて軽くステップを踏む。ボクシングの構えだ。
「ちょっと待て、致したってなんの事だ?」
1歩踏み込んだ神田さんがずっこけた、分からずに見栄を張って言ったのかよ……。
「そ、そうですよね。雪人さんがそっちの趣味だとしても悠太くんが拒否しますもんね」
俺だけじゃなく雪兄にもそっちの気は無いはず、俺を葉月姉ちゃんと見間違うくらいボケない限りは。
「なあ、悠太。教えてくれよ、致すってなんの事だ?あんなに言われると気になるんだけど」
天然を撒き散らすなよここで、被害を受けた悠太くんが可哀想だろうが。私は由奈であって年上の女性達に可哀想な目に合わされている悠太君じゃない。
「私は由奈ですけど。貴方誰ですか?」
ダメ押しに可愛らしく小首を傾げてお前誰?とアピールをしてやる。
「何を言ってるんだ!お前は悠太だろ!」
「言うんじゃねえ!」
思い切り踏み込み腰を入れて上半身を回し、渾身のボディーブローを雪兄の腹に叩き込んだ。
かってぇ……日頃の鍛錬を怠っていないのか雪兄の腹筋は思った以上に硬かった。
「なんだ?なんかついてたか?」
雪兄は一切気にした様子もない雰囲気で自分の腹を撫でた
渾身の一撃を加えた上で全く効いてないだと……?
鍛錬を怠って無いどころか強くなってやがる。
神田さんも雪兄を化け物でも見る目で見ている。音的には手応えを感じたんだけどな。
「まあいいや、お前達も言い合いはそのくらいにして俺の焼きそばを食え、うまいぞ!」
そう言って自分の店へと歩いて行く雪兄の後ろを黙ってついて行く。
この人を怒らせたらダメだと、神田さんも麗奈も判断したのだろう。
それは正解だ。雪兄はかつて姉ちゃんと肩を並べるくらい道場では強かった。
それでも姉ちゃんが1番強かった事には変わりなかったが雪兄も存外人間をやめている。
オマケに今も鍛えていると来たら雪兄と琥珀さんが頭1つ飛び抜けて強いんだろうな……違った強さで言えば沙織さんも化け物じみてる。
あの人の容赦の無さはこの目で目の当たりにしてるからな。
「悠太くん……雪人さんって本当に人間なの?」
神田さんが雪兄に聞こえないようにこっそりと耳打ちしてきた。
「神田さんはあんまり知らないと思うけど琥珀さんと雪兄は別格だ……こないだ俺が琥珀さんを投げたのだって大分手加減されてたぞ」
「あれで!?…………うぅ……私も格闘技には自信があったけど自信なくすわぁ」
うわー!とか叫びながら自分の髪をくしゃくしゃとかき乱す神田さん。
この人今日落ち込んでばかりだな。
「そもそも戦闘力で競う必要は無いだろ、神田さんには神田さんの魅力があると思うけど」
『うん、美代子には美代子の良さがある(o´艸`)』
「私の魅力……」
期待を込めた目で俺たち二人を見てくる。
この後来る面倒くさい質問の答えは……。
「悠太くん!麗奈ちゃん!私の魅力ってなに!?」
「……」
『……』
「うわぁーん!!麗奈ちゃんと悠太くんのばかーーー!!!」
と叫んで走り去ってしまった。
流石身体能力に自信があると言ってただけあって足が速い。あっという間に視界から消え去っていった。
勿論考えてない訳では無い。だが見た目のことを褒めると襲われそうだし。
内面を言うとしても出会いがマイナススタートだから話しやすいくらいしか無い、こんな事言われても気休めにしかならないだろ?それなら言わない方がマシだ。
でもただ一つ、言えるのは……弄ると可愛い。それだけだ。