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翌日。姉ちゃんと唯を送り出してから朝から麗奈と病院に行こうと、今家を出たところだ。
暑い。まだ午前中だと言うのにも関わらず、夏の日差しが俺を突き刺してくる。
俺の背中は汗を掻き始めている。暑い。
暑さの原因はそれだけでは無い。
「なぁ……くっつきすぎじゃね?」
『そんなことないよ』
麗奈だ。俺に密着して歩いている。
あすなろ抱きで歩いてるんだぞ。歩きにくいったらありゃしねえ。
リビングで寝ていた俺を叩き起こした麗奈はいつもの無表情で某黄門様の某ドラマみたいに俺にスマホを突きつけてきた。
『怒ってます』
スマホの画面に書かれていたのはたったの5文字。
心無しか唇の真ん中が上がっていて、麗奈が怒っているのは文からも麗奈の表情からも伝わってきた。
だが麗奈が怒っている理由が寝起きの俺には分からず、首を傾げた。すると麗奈は俺の頬をつねりあげ更にこんな文章を俺に見せてきた。
『お姉さんはすごく怖い思いをしました。お姉さんは君が傍にいると安心します。君はお姉さんと一緒に居る、そう約束しました。それなのに君はお姉ちゃんと寝ています』
何か申し開きは?と言いたそうだった。
麗奈が怒ることは滅多にない。だから謝った方がいい。俺は理解はしていた。
「眠れなかったんだよ。姉ちゃんと寝てるのは事故だ。ソファーで横になってたら勝手に寝っ転がってきたんだ」
ソファーの横へと転がり落ちていた姉を尻目に、俺の口から出たのは言い訳だった。
『じゃあ、今日はお姉さんとずっと一緒ね』
そんな訳で今朝からずっとこんな調子だ。
自室で服を着替える時も、キッチンで料理してる間も、朝食の間も、トイレも、洗面所で顔を洗ってる時も、どこにでも着いてきては、隙あらば抱きついてくる。
いちばん酷いのは飯を食うときだ。膝の上に座れと言いたげに椅子を少し開き目に下げて膝を叩いて待っていた。
これを拒否して隣に座ろうとしたなら、ガっと俺の椅子を掴んで止める始末。
文句を言おうものなら自分の膝を叩きながら無表情で俺の顔をガン見し、無言で訴えかけてくる。
だから俺は姉ちゃん達の、見守るような暖かい視線に耐えながら、麗奈の膝の上で飯を食った。
こんな屈辱を味わったのは小学生以来だ、ちくしょう。
「俺が悪かったから……せめて手を繋ぐくらいで勘弁してくれないか?」
通勤ラッシュの終わった時間帯とは言え、こんなバカップルみたいなマネ、いやバカップルでもしない羞恥に顔から火が出そうだ。
『いやヾノ・ω・`)』
「……歩きにくくないのか?」
『君と話しながら歩けるからお姉さんは楽だよ(o´艸`)』
俺が先を歩くからスマホで文章を打ちながら歩けると、なるほど、そういう利点もあるのか。
でも今まで気にならなかった事が急に気になること、あるよね。ドキドキしちまうんだよ。俺の心臓が。
「俺は隣で麗奈の顔を見ながら歩きたいけどな」
「……ぁ」
「ぐぇっ」
麗奈が急に立ち止まったせいで俺の首がしまった。
文句でも言ってやろうかと後ろを振り向いたら、麗奈は赤面して、目をぱちくりさせていた。
柄にもない事言ってるのは分かってるんだよ。そんな不思議な物を見るような目で見るな。
「だから手を繋いで行こうぜ」
「……ぁぃ」
急にしおらしくなったかと思うと、俺に従い隣に立って手を繋いだ。
歩き出して暫くすると、俺の視線を気にしてチラチラと俺の顔を見てきて先程とは違った意味で気になる。
「俺の顔になにか着いてるか?あまり見られるのも恥ずかしいんだけど」
『君がお姉さんの顔が見たいって言うから(/ω\)』
俺に顔を見せてくれているつもりだったのか。
話す時にチラッと見るのであってガン見しながら歩くわけないだろ。




