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雪兄に『サンキュー』と送り返し、届いた位置情報を見ると幸いにも雪兄の居場所は近いみたいだ。
反対側、とかじゃなくて助かった、この人混みを掻き分けて抜けるだけでも軽く30分はかかりそうだ。
マップの情報を頭に入れてスマホの画面を消し、麗奈の手をぎゅっと握る。
「はぐれたらマジで見つかんねーからな。絶対に離すなよ?」
傷ひとつない麗奈の手は柔らかくて、温かい。
役得、だなんて思ってねえからな。
「わ、私も……」
神田さんが俺達の繋がれた手をジーッと羨ましそうに見ている。
「暴走はしないって約束できんの?」
神田さんに対する疑念を隠そうともせず、ジトッと目を細めて質問をした。
仕事をして疲れて帰って来たところを着替えもさせずに連れて来たから、暴走をしないと誓えるなら少しくらい手を繋いでやってもいいか。
「はい!不肖!神田美代子!母から貰ったこの名前に誓って暴走しない事を誓います!!」
「……お、おう」
姿勢を正して、右手を額の上で構え、敬礼をした神田さんの姿はまるでちゃんとした訓練を受けた兵士のようだった。
仕事帰りのOLがパンツスーツ姿で人通りの多い祭りの会場で、大声を上げて敬礼をした。
通り過ぎるカップル、子供達、男達が俺たちに注目している。
その中でも一際目立つのがこちらを見て話をしているカップルの1組。
「ねえねえ、たっくんーあの人達なにしてるのかな?」
「きっと仕事しすぎて恋人ができないんだよ……だからきっと女の子相手にも手を繋いで貰うのに必死なんだね……」
言ってやるなたっくん、この人はどちらかと言うと同性が好きなんだ。
「やだ!干物じゃーん!きゃっきゃっ」
なんだ?やんのか?
視線だけを動かしてカップルの女の方をギロリと睨みつける。
だが女の方は俺の視線には気づかず、腹を抱えて笑っていた。
「レミ、人の事悪く言うのは良くないよ」
「ご、ごめんなさい」
「いいよ。もう言っちゃダメだよ?じゃあ、あんまり見てても悪いし。もういこっか」
「うん……」
たっくんがレミと呼んだ女性の手を引いて去っていった。
神田さんの事を馬鹿にするからムカつく奴だと思って睨みつけたけど、良い奴だったな……たっくん、後レミも。
「へぇ〜お姉さん枯れてんの?良かったら相手してよ!俺ら彼女居なくて寂しい夏祭りを過ごしてんの!」
チャラ男A
「そそ!良かったらそっちの子達も一緒にどう!?うは!金髪の子とかめっちゃ好みなんだけど!」
チャラ男B
「お前ロリコンかよー!捕まるぞー!?」
チャラ男C
「はぁーーーーーーーー」
本日3回目のため息だ、別に祭りに来たところまではめんどくせぇだけだったけど、もうダメだ、イライラがマックスだ。
今までこっちをみて笑ってた奴らも面倒事には首を突っ込むのは勘弁なのか直ぐにいなくなった。
いつからこの街ってこんなに治安が悪くなったんだよ。
ズカズカと近づいてくる男達を尻目に、神田さんにアイコンタクトを送った。
彼女もチャラ男達の口振りに相当イラついているらしく先程までのニコニコ顔が一転鬼のような形相に変わっている。
勿論、男達には背を向けているので、男達は神田さんの怒りを知る由もないのだが。
3メートル2メートルと距離が詰まっていく。
神田さんが軽く膝を落とし、迎撃の構えを取っている。
俺も麗奈の手を離し、いつでも一歩踏み出せるように脱力しておく。
男達と俺達の距離が1メートルに差し迫った時だった。
1つの影が俺達と男達の間に割って入った。
「よう、待たせたか?」
高身長で、スラックスに焼きそばと書かれて前掛けを巻き長袖のワイシャツ、顔はイケメン、中身は残念。
雪兄が涼しい顔をして割り込んだ。
「遅いですよ……待ちくたびれました」
神田さんが表情を緩ませ、雪兄の方を振り向いて言った。