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教室に入った涼夏はいつも通りの天真爛漫な姿で周りに愛想を振りまいていた。
さっき俺が見ていたものは幻覚だったのかと思うほど普通だった。
だが、涼夏の姿に呆気に取られたあと、少し遅れて教室に入ったところで、涼夏がキレた理由がわかることとなった。
朝来たらアホみたいに騒いでるクラスメイトが俺の姿を見た瞬間静まり返った。
冷ややかな視線はアウェイを感じるほど。
唯達もまだ来ていないから俺に声をかけてくる人は誰もいない。
一歩教室に踏み込むと、ボソッとつぶやく声が聞こえてきた。
本人はひそひそと呟いたつもりだったんだろうけど、これだけ静かな空間だで呟けば小さい声も良く耳に届く。
「あいつの姉ちゃん4年前に死んだんだってよ……それで姉ちゃんの面影を感じて2年の秋山さんに付きまとってて…………」
なんで葉月姉ちゃんの事をクラスメイトが知ってるんだ。俺の友達にはそんな奴は居ない。
「それ、シスコンって事?きも……」
「あれに書いてあった男性恐怖症ってのも嘘じゃね?秋山先輩に気を遣わせて自分から離れないようにするって言う」
段々とヒソヒソしていた声がハッキリした音量に変わるがもうトラウマに踏み込まれた俺には関係ない。
………………………。
「あいつの姉ちゃんも可哀想だな。代わ…………」
耳を塞ぐ、駄目だ。姉ちゃんの事言うのは、やめてくれ、痛い。心が。
心臓の鼓動と呼吸が過呼吸気味に速くなる。視界はグニャグニャに揺れ、目からは自然と涙が溢れて止まらない。
あれは、事件で。犯人は通り魔で。
ボヤける視界から見えた世界が色を失い灰色へと変わっていく。
心臓がが締め付けられる感覚に足が耐えられなくなり、力なくその場にへたり込む。
そんな俺の前に誰かが立った。
涼夏か?涼夏だったら、助けて。
「なぁ、お前もう帰れよ。お前がいると空気悪いんだわ」
願いは打ち砕かれた。人間の醜悪な部分を全て集めたかのような歪な笑顔を浮かべた悪魔が俺を見下していた。
「……うっ、おぇえええっ」
胃を逆流して上がってきた吐瀉物を教室の床にぶちまけた。胃液の強い酸味が喉を焼くほど熱い。
「うわっこいつ吐きやがった、きったねー!!!」
もう一度吐いてしまう前に視線を動かして涼夏を探す。さっきまで怒りに満ちて暴れていた涼夏も、表情を無く立ったまま身動きひとつしない。
なんで、助けてくれないんだ。涼夏。
視界の端から影がやってきて俺と悪魔の間に止まった。
俺の視界にはスラックスしか映っていないけどスラックスは男子生徒の制服だから男だ。
「あぁ、あのSNSに書いてあった奴?お前らそんなの信じてんの?春日ってそんな奴じゃないだろ。そっけないけど優しいぞ、つうか朝きたばっかで気分わりい。お前が帰れよ」
救世主をその目で拝もうと、制服の袖で涙を拭った。
俺のせいで涼夏の隣を追いやられた山田だった。
山田の隣にもう1人。
「それに、秋山先輩って男性恐怖症なんだろ?付き纏ったところで相手にされないでしょ。俺も2人が休日に仲良さそうに歩いてる所見かけたな」
山田と同じく涼夏の隣から追いやられそうになったが山田の犠牲によって助かった田中だ。
「おい。春日大丈夫か……?保健室連れて行ってやりたいけど今聴いてた話、お前トラウマがあるんだよな?お、おい、麻波!」
田中が俺の、方を振り返りしゃがみ込むと心配そうに俺の顔を見て、涼夏を呼んだ。
涼夏から反応が返ってくる事はない。マズイ。
「…………はぁっ、たなっ、か、あいつをとめて」
「どう言う事だ?」
「っうぐ……いい、から。羽交締めにし……とめて」
「わ、わかった。山田、行くぞ」
「あ、ああ」
俺の言葉の意味を理解するよりも早く2人は俺の言う通りに動いてくれた。
間に合った。2人が涼夏の腕を掴んだ。




