27頁
俺も誰かれ構わず殴りたいわけじゃない、出来るなら穏便に終わらせたいところだ。
さっきは男女ってキーワードにムカついて殴っちゃったけど本人は覚えてなさそうで、誰も見てないからノーカンだ。
「俺が幻想を抱いてるだと!?ふざけるな!」
図星を突かれたけど認めたくない、いや、そもそもそんな常識すら持ち合わせているか怪しい奴が顔を真っ赤にしてズカズカと歩いてきて俺の胸ぐらを掴み引き寄せた。
「おい、その手を離せ」
一応忠告までに留めておく、まだ我慢だ。
「五月蝿い!!俺は空手黒帯だぞ!」
流派も言わない。段数も言わない。
空手の黒帯なんて小さい頃からやってりゃ取れる物を言い分に持ってくるのはいかがなものかと思う。
「そうか、そりゃ大層だな。それで?空手が黒帯の強いお前が俺を殴るのか?」
自分の行動を棚に上げたこの言葉は、半分は煽りでもう半分は暗に殴れば不利になると言う脅し。
「なんだ先生にチクる気か?情けない奴だ」
「そのくらいわかるだろ、学校で暴力沙汰は起こしたくねえ」
俺が殴り返せば、いくら先に殴られたからと立花先生が庇ってくれても、今度こそ停学を食らった上で留年させられてしまう。
世の中の学校というコミュニティでの生徒間の殴り合いは喧嘩両成敗という形で両方が痛み分けをする事になるからな。
「ふん、怖気付いて本当に情けない奴だ……今日の所はこのくらいにしてやる」
人の神経を逆撫でするのが上手いなこいつ。我慢、我慢だ。
俺が留年したら麗奈達が悲しむ、働いてくれている姉ちゃんにも顔向けできなくなる。
今日は許してくれる見たいだから行くか、この悪くなった機嫌をどう発散してやろうか。
そうだ、余計なことを言ってきた海のノートに落書きしてやろう、今度こそ奴に背を向けて歩き出す。
「いいか、絶対あの人から離れろよ!じゃなきゃお前だけじゃない。お前の周りも不幸にしてやぐばぁ!!!」
今日の晩ご飯は何にしよっかなー、麗奈にリクエストないか後で聞いてみるか。
あ、そう言えば今日は静香が泊まりに来るんだっけ、いやー、美味い飯が食えるなんてテンション上がってきたぞ。
――
「悠くんどうだったの?告白?」
俺があの名前も知らない変な奴を殴って帰ってきた事は露知らず、涼夏がふざけた質問をしてきた。
「そんなわけないだろ、早く飯を食わなきゃ行けないから今はそっとして置いてくれ」
「ありゃ不機嫌。みんな今はそっとしておいてあげよ?機嫌が直ったら教えてねっ」
察しのいい涼夏は俺が不機嫌であると分かるや否や、美鈴達の輪を引き連れて唯の席に移動して行った。
そう言えば麗奈が居ない、今日は俺が居ないから琥珀さんと談笑でもしているのだろう。
すぐ心の内を読んでくるからこの場に居なくて助かった。
無心で弁当を拡げて玉子焼きを一口摘む。やっぱ蓮さんの手料理は最高だ。
「なあ、悠太、さっきは悪かった」
俺の機嫌が悪いのを自分の所為だと勘違いした海が話しかけてきた。
「あれもイラついたけど静香に殴られてたお前は愉快だった。関係ないから気にすんな」
出来るだけ声を柔らかく意識して言ったつもりだ。
「そうか。何があったかは分からないけど何でも話してくれよ?俺は悠太の事、その、友達だと思ってるからな!」
「言われなくてもお前は友達だよ。ここじゃ言えねえ話しだから。お前はさっさと静香のとこ言ってイチャイチャしとけ」
「学校じゃそんなにイチャついてないわ!聞いてくれよ悠太ー、静香が人前でいちゃつくのは恥ずかしいからそう言うのは家だけにしてって言って来るんだよー」
「はいはい、惚気ご馳走様。飯が不味くなるからあっちいけ」
手で埃を払うようにして、シッシと海に合図を送る。
「ひでぇな!?んー!わかったよ。じゃあまた後でな」
そう言って海は不満そうに静香の元へと戻って行った。




