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スマホの操作が終わったのか、画面をこちらに見せてきた。
『お祭り行こう(*゜∀゜*)』
麗奈は過去のトラウマから失声症を患っていて、長らく表情を動かす事がなかったのか、表情筋が硬くなってしまったらしい。
なのでコミュニケーションを取るときは、いつもスマホを使って会話をしてる。
時たま、掠れ声で「……ゅーた」と呼んでくれる。それはそれは綺麗なウィスパーボイスで。ついつい可愛いと、思ってしまう俺がいた。
「祭りには行かないって言っただろう?」
今日こそはこいつのワガママは、聞いてやらねえつもりだ。
次は俺の父性を、くすぐる作戦で可愛い子ぶってくるはず。
『……そっか』
予想は外れ。意外にもシュンとした反応で、文章に合わせて無表情な顔を、少し下に向けているのがシュールだ。
「行くなら涼夏達が誘った時に行って来ればよかっただろ?」
断ったのはお前だ、と念を押しておく。
『だって……悠太と行きたかったんだもん……(๑´• ₃ •̀๑)』
「かわ……違う。あのな?俺だけハグれたらどうするんだ?あんな人混み、男と接触したら俺は詰みだぞ?」
『お姉さんが手を繋いであげるから平気だよ(*´ー`*)だから行こ』
懇切丁寧に説明したつもりだが、麗奈には理解して貰えないようだ。
いや、この場合理解はしていても、欲望が理性を抑えきれないんだな。麗奈らしいといえば麗奈らしい。だがダメだ。
「万が一の事も考えて、俺は反対だ、今日は絶対に行かないぞ」
それで無くとも、涼夏から「悠くんは麗奈さんには甘いよね」と説教を受けるくらい、普段から甘やかしているんだ。
今日くらい自分の意見を、押し通してもいいじゃないか。
『じゃあ……お姉さん1人で行くね……(´・ω・`)』
寂しそうな顔文字を付けても無駄だ、今日は俺も折れるつもりは無い。
「行ってらっしゃい、気をつけていくんだぞ」
娘を送り出す父親のような、セリフを吐いて、スマホから再びテレビへと目を向けた。
『本当にいいの……?お姉さん喋れないんだよ?』
それを邪魔するように、麗奈が目の前に立って、スマホの画面を見せてきた。
別にテレビなんて、元から見てなかったから構わないけど。
「何が言いたいんだ?」
『ナンパされたら人混みでスマホなんて触れないんだよ……?ナンパしてきた人が悪い人だったら……?( ;∀;)』
「……はぁー!」
盛大にため息をついて、時計を確認する。
今から着替えて出れば、隣町にはバスと電車を使って片道1時間程度、15時くらいには現地について、早めに帰ればいいか。
『お姉さんの事どうでもいいの……?約束は……?。゜(゜´ω`゜)゜。』
約束を持ち出して、良心に訴えかけてくる。この歳上のお姉さんは非常にズルい。
お互いに交わしたトラウマが治るまで、ずっと傍に居ると言う約束を、俺に言うことを聞かせる武器として、使ってくるので尚のことタチが悪い。
「どうでもいいわけあるか。行けばいいんだろ?その代わり、時間もないから今日は女装は無しだ」
ピクリと麗奈の肩が跳ねた、図星か。
俺は姉ちゃんとよく似た顔で女顔。つまり女装が似合う。だから麗奈は出かける時に女装を強要してくることが多い。
「着替えてくるから待ってろ」
そう告げてリビングを出た。
2階にある自室に戻ると、白色の生地に紺色の花柄で飾られた浴衣が、綺麗に畳まれた状態で、部屋のど真ん中に鎮座していた。
それを退かそうと手に取る。どこまでも自分の色に、染めたがる奴だ。
だが浴衣自体は、麗奈の着ていたものと違って、やけに綺麗で新品の香りがする。
もしかしてこの祭りの為だけに、小遣いをはたいて買ったのかもしれない……。
「はーーーーっ」
本日2回目のため息を盛大に吐いた俺は、ガシガシと頭をかいて自室の扉を開けると、大声で「麗奈ー!」と叫んだ。