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「実らぬ恋」

僕が愛した少女

作者: あいなめ

僕が愛した少女は、ブラウン管の中にいた



そう、地デジ化が完了していないころだから

もう一昔近く前になるだろうか

まだ家にあったブラウン管のテレビ

それに繋がれたVHSのカセットデッキ

いつ録画されたか判らない

そんな映画の中に彼女はいた


古い古い、白黒の映画

それでも僕の目に、彼女はあまりにも

輝いて見えたんだ

多分、当時の僕より年が上の少女

ちょと大人びたその仕草

そこに僕は、他の人に感じたことのない

感情をいだいたんだ

そう、確かに僕はその時恋をした


文字通り、彼女とは住む世界が違う

それは階級なんかよりもっと大きな壁

僕と彼女は住む時間軸が違う

それでも。僕はブラウン管の中の彼女から

目を離すことが出来なかった

人はそんな僕を馬鹿だと思うんだろうな



それがね、今でいうなら

ワンクールごとに入れ替わる

「嫁」のようなものだったら

別段大した問題には

ならなかったんだよ

すぐに彼女を忘れて

別の恋の相手を見つけられたら


でも、僕にとって彼女の存在は

それにはあまりに重すぎた

僕の心は、彼女に占められてしまった

その時から、今でも、ずっと

それは普通に女の子に恋をするのと

まったく同じように


いやだって、彼女は少なくとも

僕にとっては

ただの女の子なんだから



それから今まで何度

彼女の映画を再生したことだろう

その長い月日の間

僕自身にも、色々な事が有った

当然つらいことだって幾度も


そんな時に、僕のもとに

彼女がいてくれる、そう思える事が

どんなに救いになっていたことだろう


僕は、彼女と触れ合う事も

言葉を交わす事さえ

―それでもね、彼女の国の言葉は

 勉強したんだよ、僕は

できはしないのだけれど

やっぱり彼女という存在は

間違いなく僕の心の支えの一つで

あり続けて来たんだ


彼女と出会えたのは

僕の人生の内の最大の喜びだと

思えるほどにね



僕は眠るのが

というより夢を見るのが好きになった

かつて一度だけ夢の中で

彼女に会うことが出来たんだ

その時の僕はまだ

彼女の言葉が判らなかったから

僕は何を語るでもなく

ただ彼女の隣に座っていた


映像の中の彼女はモノクロだから

彼女の髪や瞳の本当の色は判らない

でも僕は、それはきっと暖かな

茶色だ、と思うんだ

多分その時僕は、その茶色の髪に

触れながら

じっと彼女の瞳を見つめていたんだと思う


それは今でも思い出せるくらい

素敵な体験だったんだ

とても残念なことに

それはたった一回こっきりの

逢瀬だったんだけれどね



少し時がたって、僕にもできる事が増えてきたから

僕は彼女のいる映画のことを調べてみたんだ

そして、僕は彼女の名前を知った

ただ、名前だけ

その他のバイオグラフィは空欄だった

彼女の誕生日とかは判らなかったよ

残念ながら、彼女は他の映画には出なかったみたいだ

だから、僕は彼女の成長を追う事はできない


そう、彼女は、あのテープの中でずっと止まった

時間を過ごしているんだ



僕は今年もミッドタウンの

スケートリンクに行った

去年も一昨年も、何度か滑りに行った

なぜって

ジェニーはセントラルパークの

スケートリンクに現れたからね

もちろんそれはファンタシー

それでもね

きっとそんなところでしか

時を違えた人に会う事はできないから


時を越えて、会うたびに成長していく少女

それは、時のある一点しか知らない

僕にはこれ以上はない憧れでもある

そして、彼女の言葉を覚えた今なら

少し話もできると思うんだ


リンクについたら、僕は辺りを見回す

もしかしたら

僕の求める人がそこにいるんじゃないか

それこそ宝くじの一等前後賞を期待するより

はるかにはるかに分が悪い願いだけれど

それでもね

他に僕にできる事なんてないんだから


僕はリンクをくるくると回る

時計の針と同じように

でもリンクを回るのは

時計の針とは逆回りなんだ

ああ、そのようにして

時を遡れたらいいのにね


そして僕は来年もまた

ここに来るんだと思う

また、リンク中を見回すんだ

きっと



それでも、時間は経った

それとともに衰えるものもある

さすがに、ブラウン管のテレビは

液晶のに変えたけれど

4:3のRCA入力のモニターなんて

もうそうそう手に入らない

ビデオデッキだって同じこと

回転ヘッドの技術は既に

ロストテクノロジーになってしまったよ


そしてなによりテープ

ビデオテープの再生は

少しずつテープを削り取っているようなもの

回を重ねれば重ねるほど

映像は劣化していく

今のデジタル動画とは異なるんだ


その事を知ってから、僕は少しずつ

映画の再生回数を減らしていった

もう彼女の出番は全部覚えているし

脳内での再生もできる


それでもね

会った時の思い出を再生するのと

実際に会うのはやっぱり違う

時々は、それを見ることを止められやしない


ダビングしたり、他のメディアのを

入手したらいいって?

いや、どれだけ精巧で

誰が見ても同じものでも

僕にとってそれはコピーなんだ

彼女自身じゃないんだ


僕の手元にあるのこそが

コピーと言われるかもしれない

映画自体も、かつて存在した

生きた彼女のコピーだと


それでも

僕が実際に出会って

恋をしたのは

このテープにいる彼女なんだ

だから「僕の」彼女は

ここにいる人ただ一人なんだよ


だからこそ、いつの日か

彼女に会えなくなる時が来るのは

よく判っている

それがいつなのかは判らないけれど

きっとそう遠くは無いんだろうな



もし、それで幸せだったのかって

誰かに聞かれたとしたら

僕は胸を張って

今も今までも

ずっとずっと幸せだったって言えるよ

そして、きっとこれからも

僕が彼女を覚えている限り


だからね

いつか終わりの日が来たとしても

多分その時僕は

涙を流さないで済むと思うんだ


その結末は、けして悲壮な物とはならないだろうから

もうビターエンドを越えてハッピーエンドに近いのかも


あ、それと。ジェニーのくだりは、「ジェニーの肖像」より、ですね

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