あの日の感謝をもう一度
「宿泊研修かぁ~」
記憶を遡ろうとするもあまり鮮明に思い出せない。なんせ10年以上前の話だ、それに覚えていない方が気楽に楽しめるというものである。どうせならポジティブに考える事にしよう。
そんなことより、まず考えるべきはオレはあいつらをくっつけた後何をするかだ。
とりあえず勉強して、いい大学に入って、やりたいことを探して、いつかはいい彼女を見つけて、家庭を持つことになるのかなぁ。
あまり先のことを思ってもしょうがない、今オレがやるべきことはあいつらをくっつける努力と......。
「勉強だっ!」
差し当ってはまず、今日の授業の復習から始めようということで勉強会の日まで復習を欠かさずやることにした。いつもやれよというツッコミは無しだ。
迎えた勉強会当日。集合場所は学校の校門前となった、真夏も自宅が学校から近いということと全員が確実に知っている場所ということですぐに決まった。
予定の13時から5分前に到着予定だったが、そこには俺を除く3人が既に待っていた。
あいつは学校を往復するのが嫌だということで自宅で待機しているらしい。
「悪い、待たせたかな」
「そんな! 時間前だし、おーるおっけーだよ!」
「みんな私服気合入ってるな、似合ってるぞ」
「そんなにおだてられても何も出てこないぞ~!」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう、この服はお気に入りなんだ」
「じゃあ、案内任せていいか?」
「そういうことなら任されました~!」
春恋は薄い黄色を基調とした動きやすそうな服装だ。スカートも派手過ぎず、しかし地味ではない自然な恰好で彼女の活発さが伝わってくる。
加奈は薄い青色を基調として落ち着いたイメージが伝わってくる。実にクールな彼女らしい。
真夏は紫をメインにした暗めの雰囲気だが、暗すぎない。上手くいえないが彼女の微笑がよく似合う、一歩引いた誰かを立てるような性格の彼女にぴったりの服装だ。
はにかみながら元気に前を行く春恋、加奈は春恋の隣で話し相手になっている。オレと真夏は黙って後ろからついていく形で進んでいった。
学校から少し離れた辺りで、真夏が突然立ち止まり声を掛けてきた。
「あ、あの、翔君......」
「ん? どうした、体調でも悪くなったか?」
「あ、そういうワケじゃなくて」
「じゃあ急にどうしたんだよ」
「な、なんでもないっ!」
トトト、と前の二人の話に混ざりに行く真夏。あの時のお礼でも言うつもりだったのだろうか。
同じ班に誘って以来少し元気になった気がするし、なによりあんなに泣きそうな顔をしていたらオレがなにもしなくても春恋達が黙っていなかっただろう。だからオレにお礼を言うのは違う気がする。
楽しそうに前を行く三人を眺めながら俺の家まで向かった。
「お邪魔しまーす!」
玄関を開け春恋が元気に挨拶すると母さんが出迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい。そちらが春ちゃんの言ってたお友達?」
「初めまして、オレは田崎翔といいます。雅也君たちとはいつも仲良くさせていただいてます」
「は、はじめまして! 私、美空真夏って言います。えと、ほ、本日はお日柄もよく、お招きいただきありがとうございまひゅ!」
「(あ、噛んだ)」
「(今噛んじゃった?)」
「(噛んだわね)」
「翔君と真夏ちゃんね、そんなに畏まらなくて大丈夫よ。自分のウチだと思って寛いでてね」
うわぁ、母さん若いな。家も心なしか新しく感じ、とても懐かしい気分になる。気を抜くと目頭が熱くなりそうだ。同時に、オレはこの家の勝手を知ってしまっているからな。
覚悟していたとはいえ、ボロが出ないように気を引き締めていこう。
「じゃあ、先生役は加奈ちゃんでいいよね!」
「任せて、そういえば真夏ちゃんは勉強できるほうなの?」
「可もなく不可もなく...って感じかな」
「じゃあ、このバカ二人をメインに教えるから分からないところがあれば気軽に聞いてね」
「はい」
どうやら先生は一人でやろうとしているらしい。
これでは俺と春恋の距離が縮まらないな、どうにかして自然にあいつらをくっつけなければ。
「お前一人だと流石に大変じゃないか?春恋も先生やってくれよ。雅也の苦手な教科とか詳しいだろ」
「え、私が?でも私そんなに頭よくないよ~」
「そうね、お願いしてもいいかしら。二人とも分からない時は聞いてくれればいいから」
「んー、それでいいならいいけど...」
よし、上手くいった。あとは俺の頑張りに期待するか。
「じゃあ、一緒にお勉強しましょうか。翔君?」
「お、おう」
なんだか心なしかすごく近い気が...あとすげぇいい匂いがする。こいつ高1でこんなオシャレしてたっけか。当時はオレもアホだったし気が付かなかったのかもな。
「加奈って教えるのも上手いんだな、スゲー分かりやすいよ」
「そう? ありがとう」
「あーー! なんでこうなるんだよ! わっかんね~......」
「これはこの公式を使った応用になっててね~」
「あの、ここが分かりません......」
時間はあっという間に過ぎていき......。
「ふぅ、少し先の予習までしちまったな」
「だってまだ始まって日がないんですもの、範囲が狭すぎたのよ」
「それにしても先の範囲でも分かるなんて加奈ちゃんは本当に頭が良いんだね~!」
「そうでもないわ、ただ人より勉強するのが好きなだけよ」
勉強道具を片付けながら今日の感想を言い合っていると、母さんが入ってきた。
「みんなお疲れ様~! よかったら晩御飯でも一緒にどう?」
「そんな、こんな多人数で悪いですよ」
一応、一度目は断っておく。
「大丈夫! 今日はカレーにするからたっくさん作れるから! それに、きっとみんなで食べたほうが美味しいし楽しいわよ~」
「じゃあ、お言葉に甘えて......」
というわけでカレーをごちそうになることとなった。5人分の並んだカレーは中々圧巻だった。
ちなみに母さんは父さんが帰宅してから食べるそう、ラブラブである。
「「「「「いただきます」」」」」
カレーなんて食べたのはいつ以来だったろうか。そもそも誰かの手料理自体、家を出て一人暮らしをするようになってからは初めてなのではないだろうか。
母さんのカレーはジャガイモが小さくカットされている。潰すと少し甘くなって辛さが調整できるようにするためだ。
甘すぎずしかし優しい、そんな愛情が込められた懐かしい味が味がした。
「っ...」
頬を何かが伝う感触がした、子供用の少し甘くなったカレーのはずなのに塩辛い味がした。
「すまん、少しお手洗いを借りるぞ」
「あぁ、廊下に出て左手だぞ」
俯き気味にこちらの顔が見えないように立ち上がり急いでリビングを出る。
俺は気づかないフリか、気づいてないのか分からなかったが、余計な事を突っ込まれなくて助かった。
完全に油断していた。
もう帰宅するだけだと高を括っていたらとんでもない罠があった。
トイレに籠り、息を整え洗面所で顔を洗い再び気を引き締める。
オレは俺ではない。オレは俺の為に今この瞬間を過ごしていることを忘れてはならない。
目を閉じ深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
よし、大丈夫......大丈夫......。
「いや~、すみません! 急にお腹が痛くなっちゃって!」
「何か当たっちゃったのかしら?お薬飲んでみましょうか。もし帰ってからも痛かったら連絡ちょうだいね。お医者さん呼んであげるから」
「お気遣いありがとうございます。本当にもう大丈夫なのでお気持ちだけで結構ですよ!」
そう?と心配げにこちらを見つめる母さん。春恋達も少し心配そうにこちらを見ていた。
その後全員完食し、解散となった。
「おばさん!お家使わせて貰ってありがとね! すっごくご飯もおいしかったよ!」
「今日は本当にありがとうございました」
「「お邪魔しました」」
それぞれお礼を言い出ていく。
「三人とも今日はありがとね! 特に加奈ちゃんは先生役お疲れ様! 先生よりわかりやすかったよ!」
春恋は隣なのですぐに別れる。
「じゃあ私、こっちだから。二人とも今日はお疲れ様。翔君は復習、しっかりやっておくように」
暫く歩いて加奈とも別れ真夏と二人きりになる。
「じゃあ、オレこっちだから」
「あ......あの」
「ん、どうした?」
「私、人見知りで」
「人懐っこそうには見えないな」
「だから、あの時。班に入れてくれて、すごく......嬉しかったの」
「あれは......オレじゃなくてもあの時はあいつらの誰かが声を上げてたさ。そういうやつらだから」
「それでもっ!そうだとしても、最初に誘ってくれたのは......し、翔君だから」
「その、ちゃんとお礼が言いたくて!」
「そうか......なら聞いてやる」
「うん、ちゃんと、聞いててね」
「本当にありがとう! 私、こんなだけど。翔君達と出会えてよかったよ!」
「おう」
「私、変われるかな?もう、ウジウジした私は嫌だよ。皆とこれからも仲良く遊びたい!」
「変われるさ、真夏なら。もう一歩を踏み出してるんだ。あともう少しだけ勇気を出すだけだ」
「うん......。ありがと」
「じゃあまた来週、学校でな」
「またね」
小さく手を振る真夏。
彼女はここから少しずつ成長していくのだ、人間として、一人の少女として。ゆっくりと、しかし着実に。
高校を出てからは会ってなかったが、彼女は将来きっと大物になるのだろう。
昔のことって意外と覚えていないもので、私も高校1年は部活のことしか覚えていません。勉強や交友関係、そういえばこんな奴いたなぁとアルバムを見て思い出すのが精々です。
でも、それでも、覚えている記憶は時を経る毎に美化されることもあります。お袋の味とかもね。
それらは、自分が本当に大切に思っているからこそフィルターがかかってしまうのかもしれませんね。
次回、『交差する思惑』
ここだけの話なんですけど、サブタイトルつける時に交差が考査になってめちゃめちゃ考えてる話みたいになっちゃって作者が一人でツボってたらしいです。
正直、どの辺が面白いのかよくわからないですよね。