準備と期待
午前9時、朝食を済ませ着替えたオレ達A組は、宿舎から徒歩10分程度の場所にある運動場に集合していた。
オレ達とは離れた場所にC組、体育館ではB組とD組がそれぞれ運動場ではリレー、体育館では大繩の練習を時間区切って交代で練習する。
リレーの練習と言っても、バトンの受け渡しの練習くらいしかできないので走る順番は第一走者とアンカー以外は出席番号順で機械的に決められる、第一走者とアンカーも先日の体力テストの数値を参考に自信のある者が立候補しすんなり決まった。
ウチのクラスでは、小柄な割に持久力と速力を併せ持つ新井君が第一走者を務め、アンカーはクラス最速でガタイも良くてクラスの人気者である渡辺君の二人がA組を背負って立つ。
準備体操が終わり、先にバトン練習から始める。大繩→リレーという順で対抗戦をするため、全員で練習したあと時間が経たないうちに対抗戦に臨みたいからだ。
クラスである程度間隔を保ち輪を作ると渡辺君がその中心に立ち、パスのコツを身振りで伝えていく。3本のバトンを使い次々にパスを回していく。
やり方は次の走者が手を地面に対し90度に構えその手に押し付けるようにバトンを渡すという、いわゆるオーバーハンドパスと呼ばれるパス方法だった。
「違う、受け取る方はもっと腕を上げて!」
「渡す時に力が入りすぎてるかもしれない、もう少し肩の力を抜いて」
「貰い手がきちんと掴んでから手を離してあげないとパスにはならないよ」
「ちょっとバトンを渡す速度が速すぎる、次の人がついていけてないぞ」
リレーでは、バトンを落としてしまった時に落とした人が拾い次の走者に渡さなければならない。
誰かが一度バトンを落としたら都度パスを中止し、落とした人が拾い渡さなければならないことを全員に意識づける。
しばらく練習した後休憩時間になると、春恋と俺の三人のところへ加奈と息を切らした真夏がやってきた。
「はぁ、はぁ、バトンを渡すだけなのに結構疲れちゃうね、これ」
「3本もあったらすぐに回って来ちゃうもんね~!それに落としたらすっごく注目されちゃうし」
「でもこれで俺達かなり上達したんじゃねぇの?」
「そうね、やれることはやったと思うわ」
「みんなすごいよ、私なんか2回もバトン落としちゃったよ......。本番もミスしないか怖いなぁ」
「いや、オレ達のところはそうでもなかったが、加奈や真夏の周りのヤツらパスするスピードがかなり速かったぞ」
「そうだよ!真夏ちゃんのせいじゃないよ、元気出して!」
「私、体育祭では春ちゃん達の間に入りたいよ~」
「おいで!私が守ってあげるよ!!」
ひしっと抱き合う女子二人、その光景を見たオレは絶対間に男の走者を入れない事を天に誓った。
休憩が明けると練習は次のステップへと移った。今度は10人で4組でチームをつくり400mの周を奇数チーム偶数チームで分かれる。バトンを1本だけ使い200mずつゆっくりと走りながらパスの練習をして200m進んだところで次のチームへバトンを渡して自分達の番まで休憩といった形だ。
これを繰り返すことで一人20m前後で受け渡しをしなければならないので、20mがどの程度なのか感覚を掴むことができ、テイクオーバーゾーンを出てしまう事故を減らすことが目的らしい。実際は次の走者が走り出すのと走者が減速してしまうからジョギングでは20mくらいがいいのだとか。
この練習は少しとはいえ休憩する時間があったしスピードもかなりゆっくりで楽をすることができた。
真夏もこの練習は楽にこなせたようで目が合った時に笑顔でこちらに手を振ってきた。
今のところは特にイジメの兆候はなさそうだが、不安は拭うことはできない。イジメというのは何が原因で起こるかは加害者の匙加減だという話はよく聞く、些細な変化も見逃さないようにしなければ。
とりあえずは突貫工事のようなリレーの練習は終わった。みんなも多少はマシになったと思う、積極的に教えてくれた渡辺君に感謝せねば。
続いて体育館へ移動し大繩の練習をするの、回し手は身長が高い菅原君とリレーに引き続き渡辺君に決まった。
練習ではここぞとばかりに担任の永嶋先生が引っ張っていった。
2列になり、身長が高い人が真ん中に低い人が回してに近くなるように並び、練習が始まる。
「いてっ」
「コラァ!しっかり縄を見ないか!」
「ほら、しっかり声を出せ!」
「すみません」
「痛っ......ごめんなさい!」
「菅原!ちゃんと渡辺に合わせて回せ!」
「え?今のおれが悪いのかよー」
先生、指導に熱が入るのはいいけど女子に甘いのはどうなんだ......。
こうしてオレ達のクラスはクラス対抗戦に向けて順調に準備を進めることができた、これは中々良い成績が期待できるのではないだろうか。
翔は精神年齢が12歳上なので同級生でも子供に見えてしまい君やさんちゃん付けで呼びがちです。