絶望の淵から
高校2年生の終業式。まだ肌寒い季節、俺は学校の屋上で想いを寄せる女の子に一世一代の告白をした。
「ずっと前から好きだった! 俺と......付き合ってくれないか」
相手はいわゆる幼馴染みというやつで、それなりに自信はあったつもりだった。
しかし、返ってきた返事は想像していたものとは違った。
「ごめんなさい......。私、好きな人がいるの」
結論から言うと最悪の結果だった。
彼女の魅力である元気さ・明るさは影を潜め、しまいには肩を震わせて泣かせてしまう始末。こんなつもりじゃなかったんだ__。
本当に好きな人がいたのかは10年経った今でも分からずじまい。ただ分かっているのは、10年経った今でもこうしてあの日の夢を見ることだけ。未だに彼女のことが諦められない自分に憂鬱な気分を覚えながら己の人生を省みる。
振られたショックで受験に失敗し高卒でまともに職を探すこともせず、趣味や生きがいといったものもない、ただただ生きるために働くだけの人生。
今日も今日とて睡眠を取るためだけに帰宅し、朝を迎え出勤する何の意味もない日々。
『では、続いてのニュースです』
開けっ放しのカーテンから差しこむ日の光と、聞こえてくるテレビの声で目を覚ます。
いつの間にテレビなんてつけただろうか、もしかすると消し忘れて寝たのか?
テレビなど見ている場合ではない、早く消して仕事に行かなくては......。そんな風に思っていた時、我が耳を疑った。
『昨夜未明に、高崎春恋さん(27)が、交通事故により病院に運ばれ死亡が確認されたとのことです。なお、犯人は直前に交通事故を起こしており、非常にスピードを出した状態で信号を無視した走行をしていたとの目撃情報がありました。この事件について、本日は専門家の』
テレビには、よく知った文字の羅列があった。どうやら俺と同い年らしく、なんとなく聞き覚えのある名前だ。
どこで聞いた名前だったか寝起きの回らない頭で考えていると、滅多に鳴らない私用の携帯電話から着信音がする。
......なんとなく嫌な予感がした。
初めての感覚だった、こういうのを胸騒ぎがするなんて言うのだろうか。
手に汗を握りながら、恐る恐る電話に出る。すると相手は母さんだった。
少しほっとして、早速何の用かと尋ねてみた。
『あんた今何してるの?ニュース観た?』
「なんの話だよ」
『ほら、あんたの幼馴染みのはるちゃん。事故で』
「何かの間違いだろ、同姓同名のだれかだよ」
食い気味に答える。そんな冗談、笑えない。
『そんな訳ないよ、はるちゃんのママから連絡があったんだよ』
「......」
『お葬式、出るか考えときな』
それ以上、会話を続けられず電話を切ってしまった。
仕事の事などとうに頭から抜け落ちていた、唐突に突き付けられたこの理解することの出来ない現実を目の前にして立ちすくんでいることしかできなかった。
ふと気がついた時には既に空が赤く染まりきった夕暮れ時、携帯電話には2桁の着信が入っていた。留守番電話が1件あったので取りあえず再生してみると、もう来なくていいとのメッセージがあった。
どうせこんな状態ではまともに仕事など手に着くはずがない。布団に横になり遅れて悲しみが溢れ、年甲斐にもなく泣き崩れた。
頭痛と空腹で目が覚めた、どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。そういえばまだ何も口にしていなかったことを思い出す。
しかし、脳は身体の異常を訴えるのと裏腹に身体は言う事を聞かない。何もやる気が起きない。どうやら俺は、俺が思っていた以上に幼馴染みのあいつ、春恋のことが好きだったようだ。
心のどこかでは、あの幼馴染みがどこか同じ空の下で元気に笑っていればいいと思っていたのだろうか。
次第に思考は深みにハマっていき、エスカレートしていく。
どうしてあいつなんだろうか。
俺には何もない、こんなくだらない人間がのうのうと生きていて、なぜあいつが殺されなければいけなかったのだろうか。
この世の理不尽を呪う。こんな世の中で果たして生きていく意味はあるのだろうか。
後日、葬儀に参列することにした。そこには春恋の変わり果てた姿があった。外傷が酷いのか、大きな布に覆われており顔は見えないが、露出した肌は収縮し青白くなっていた。
春恋は元気が取り柄で、誰にでも平等に明るく優しい少女だった。しかし、もう二度と彼女はあの笑顔を作ることはできないのだ。
あの頃の俺はなかなか素直になれなくて慢心も無かったと言えば嘘ではない、春恋に告白するのにとても長い時間を要してしまった。その結果なのだろうか、手遅れになってしまったわけだ。
もっと素直になればよかった、もっと話を聞いてあげればよかった、もっと思い出を作りたかった。なにより、もっと俺がそばにいてやりたかった。
俺はなにもしてやれなかった、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
帰宅後、つけっぱなしのテレビから続報があった。犯人が自殺したそうだ。
自らの罪を償うこともなく、勝手に死んでいった。これでは、あいつや巻き込まれた人間の全てが浮かばれない。
こんな世界
滅んでしまえ。
意識が遠くなり、フッと消える瞬間。自らの首に全体重を掛けた力が加わる感触がしたのが、この世で感じた最後の__。
告白し、振られた後も密かに想いを寄せていた幼馴染み春恋の死によって世界に絶望し、自らの死を選んでしまう主人公。
しかし、この男に救いの手が差し伸べられる。
次回、『神様のようなもの』