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バルセロナの郊外にて

作者: ヌベール



バルセロナに着いてひと月ほどが過ぎた頃、島谷さん一家は郊外に一軒家を借りて引っ越した。


当時のスペインの物価は日本の3分の1ほどで、6、7万円あれば1か月生活できた。

しかし、私はもう少し、島谷さんの家に世話になることにした。


郊外の家は広く、小綺麗で、庭もついていた。

すぐ近くに大きなバール(簡単な食事をしたり、飲み物を飲む店)もあった。


朝、私は時々町のパン屋でフランスパンを買うことがあった。

そんな時はちゃんと行列に並んだが、一緒に並んでいるおじさんがタバコを勧めてくれたり、私がまだあまり会話ができないだけで、何か話しかけてくれる人もいた。


ある日奥さんとどこかへ出かけた帰り、町のバールの近くを通った時のことだ。

バールから、1人の足の悪い若者が出てきて、私たちに話しかけてきた。

「君、日本人なんだって?」

「はい」

「じゃあ香港に行ったことある?」

「いいえ」

「ブルース・リーに会ったことない?」

ブルース・リーの人気が爆発して、もう随分経っていたが、当時その人気はバルセロナでもまだまだ衰えていなかった。

「会ったことないよ」

若者はすごく残念そうだった。そして私にこう聞いた。

「君、カラテできる?」

「ホントに少しだけ」

私は1年ほど空手をやっていたことがあったが、しかしそんなのより、ブルース・リーの真似をして、その動きを模倣して見せるのは、友人も喜ぶほどうまかった。

「見たいな」

「いや、ホントに少しだけなんだよ」

「少しでいいよ」

私はブルース・リーのように、はーっと息を吐きながら構え、横蹴りをして見せた。

「若者は少し驚いたような、興奮したような表情をしていたが、

「すごくいいね」と抑制の効いた褒め方をした。そして、何度も

「すごくいいね」

と繰り返し、感動した表情で店に戻って行った。


この頃、海外旅行で危ない目にあったら、最後の手段はカラテの真似をすることだ、という人が多かったくらいだったが、この若者は、私のインチキカラテを見て、ホントに満足してくれたらしい。


奥さんは、

「あの人は足が悪いでしょ。だから尚更ブルース・リーに憧れるんじゃない?」

と言っていた。


当時、特に外国では、カラテやカンフーには神秘的な爆発力があると思われていたようだ。

つまり、その心得があればとんでもない力を発揮できるというものだ。


この随分あと、私は実際、バルセロナのバールで大柄な黒人相手にちょっと危ない目にあったことがあり、その時はカラテの真似をしたら、相手は、オー、カラテ、ノーと言って身を引き、救われたことがある。


幸い、この時の足の悪い若者の前での私のパフォーマンスは、その場だけで終わり、それ以降は、カラテの格好をしてくれとか、ましてカラテを教えてくれという人もなく、普通に生活できた。


今にして思うと、小さな町だから、うわさがうわさを呼び、それこそ本当にカラテを教えて欲しいとか、お手合わせをしてくれとか、そういう人が出てきたらどうするつもりだったのだろう。


私も、まだ若かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] カラテがそんな見方されてたなんて驚きです。 柔道とかも、同じだったのかな?
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