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死なせない


 六華は女の言葉に心臓を鷲掴みされた気がした。

 大河を連れていかれてしまう――。そう思うと、恐怖と怒りが全身を包む。

 人殺しの集団に、彼を連れて行かせてなるものか。

 六華はばっと顔をあげると、先ほど床に落とした珊瑚をつかみ大河の前に回り込んだ。


「そんなことはさせないっ!」


 すると女は激しく体をわななかせながら、両手を差し出す。


「おのれ、邪魔をするなっ!」


 その瞬間、禍々しい光が女の手の中に集まり始める。室内の空間が歪んでいき、六華のこめかみに、ずきりと痛みが走った。自分の意思とは関係のない吐き気が腹の底から込み上げてくる。


「っ……」


 遠隔攻撃を仕掛けてくる相手に、剣士の自分は分が悪い。

 六華が体を折り曲げて膝を床に突くのと同時に、

『りっか。すわっていろ』

 と、背後の大河がゆらりと前に出た。


 手には相変わらず金剛を持っているが、彼の周りだけゆらゆらと空気が揺れている。

 触れればたちまち火傷をしそうな、そんな気迫だ。

 彼が金剛を大きく一振りすると、六華を苦しめていた謎の力が少しだけ弱まった。

 だが自分が珊瑚を振ったところで、同じ真似はできないだろう。


(せめて陰陽師がいれば……!)


 六華は床に四つん這いになったまま、顔を上げた。


「逆鱗よ……! そなたは勘違いしておる! 我々は敵ではないっ!」


 女が叫ぶ。


『おまえなど、しらん……』


 大河が一歩を踏み出すと、女の周りにいたボディーガードたちが人とは思えない声で、叫びながら、形を変えた。


ぬえ……!」


 皇太子主催の晩さん会で見た鵺が、なんと五体も姿を現したのだった。




 だが――そこで始まったのは一方的な殺戮さつりくだった。

 金剛で三体を仕留め、切れ味が鈍ったところで金剛を捨て、残りの二体は素手で嬲り殺した。腕をつぶし、頭を踏みつぶし、はらわたを引きずり出していく。

 もはや地獄絵図だった。


「なんというすさまじい力よ……!」


 女はどこか興奮したように叫び、胸元からどんどん白い紙を取り出して、新しい使い魔を召喚していった。

 六華は目の前で行われる行為を、ただ茫然と見つめていた。


 大河が吠える。

 赤い目がらんらんと輝く。全身を覆う黒髪が、まるで意思をもつかのようにうねっている。

 気のせいだろうか。自分の髪に花を飾ってくれた大河の手が、徐々に形を変えているように見える。人の気配が消えていく。


 彼は自分を護るために戦っているのに、久我大河がいなくなってしまう気がした。


(こんなの……だめだ……!)


 六華は珊瑚を床に突き刺し、なんとか立ち上がろうと全身に力を込める。


「……って……まってっ……」


 六華は声を振り絞ったが、大河には届かない。


「ほほほ……! さぁ、こっちに来るのじゃ!」


 女は狂ったように叫ぶと、両手を天に向かって伸ばし、さらに使い魔を顕現けんげんさせる。

 そこでようやく六華が気が付いた。

 大河が、徐々に血の匂いに狂い始めていることを。


(止めなければ……!)


 六華はぎりっと奥歯を噛みしめる。


「術式、展開っ……!」


 残った気力を総動員して脚力を強化させ、六華は俊敏に走り出していた。

 だが六華が向かう女への進路上に、突如横から侵入者が現れる。


「させないよ……!」


 玲だ。彼が愛刀の紅玉を構えると、六華のどんな渾身の一刀でも叩き伏せるという強い意志が伝わってくる。

 だが彼が向かってくることは百も承知だった。

 六華は珊瑚を顔の前に引き寄せながら叫ぶ。


「玲さん……! 勝負!」


 そして大きく振りかぶった玲の前で、持っていた珊瑚を捨てたのである。


「なっ……?」


 勝負と言われて張り詰めた空気にひびが入った音がした。玲が目を見開く。それはほんのコンマ何秒の世界だった。


「遅いっ……!」


 六華は玲の懐深くに飛び入り、振りぬかれる前の柄を握る手を両手でつかむと、そのまま膝を玲の腹に叩き込む。


「ぐっ……」


 下がる頭を今度は回し蹴りで打ち抜いて、落とした紅玉を思いきり蹴飛ばしていた。

 術式で強化された蹴りには、さすがの玲にも耐えられなかったようだ。


「うそ、だろ……なんで……珊瑚を……?」


 とつぶやきながら、その場にうつ伏せに倒れる。


「はっ、はっ……はっ……」


 六華は呼吸を整えながら、捨てた珊瑚を拾い上げて彼を見下ろした。


「人は……剣で切られたら、死にますからっ……」


 峰打ちなど六華にはまだ到達できない域である。だから六華は剣を捨てて、己の体でぶつかったのだ。


「……僕はまだ……人なのか……?」


 倒れたままの玲がつぶやく。


「あっ、当たり前でしょ……なにを言ってるんですか……そこで、じっとしててくださいねっ……」


 六華ははあっと息を吐くと、そのまま大河と女が戦う嵐の中心へ、足を引きずりながら向かっていく。


「……身も心も……刻み付けられるのは……僕ばっかりか……」


 薄く笑った玲の言葉は、六華の背中には届かなかった。


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