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居場所


(玲さん、強い……!)


 玲から繰り出される重い斬撃は容赦なく六華を襲った。

 どくどく、と耳の奥で音がする。

 この数分の間で何度も紅玉に頭を割られた気がしたのは気のせいではない。

 柔軟なバネのような体から繰り出される玲の剣は早い。

 お互いに術式を展開し感覚を極限まで高めているせいで、繰り出した剣先のゆくえを読むことができる。その剣に倒れないように皮一枚で身をかわし、さらに相手のスキをついて深く懐に踏み込む。ある種の未来予知だ。


 高く、広く。鳥のように、神の目線で大局を見定めよ。

 尖れ。もっと深く。狩人の目線で直感を信じよ。

 決断せよ、立ち止まるな。

 足を止めれば不安につながる。それは剣士としての死だ。


 何度目かのつば競り合いの後、距離をとって六華は呼吸を整える。


(長い間打ち合えば、体力面で私が負ける確率は上がる……)


 なにか状況を打開しなければと思った次の瞬間、六華の頭のてっぺんに、ぞわりとおかしな空気がした。


「……っ!」


 とっさに体を横に倒すと、立っていた場所でバシンッと雷のような衝撃と破裂音が響く。


「なんとまぁ、子ネズミ風情がちょろちょろと……」


 しゃがれた声にぞっとして振り返れば、周囲をボディーガードに囲まれた女が立っていた。

 どうやら六華の野生の勘が、同じ技を二度喰らわないように働いたようだが、一難去ってまた一難。玲と彼女を同時に相手をするのはいくらなんでも無理筋だ。


「あなた……」


 六華は唇をぎりぎりとかむ。

 玲と同じ、神事をとりおこなう装束に身を包んだ彼女は、顔の前に薄い紙を一枚かけている。大半は逃げたが、同じ格好をしたものが数人、その場に残っていた。


(兵隊か、それとも将か……)


 逃がした者たちを捕まえられなかったのは残念だが仕方ない。


「玲、下がれ」

「だが……」

「下がりおろ!」

「――はい」


 叱責を受けて玲は軽く息を吐き殺意を解く。そして慇懃無礼に上半身を折り曲げて一礼すると、紅玉を鞘におさめて壁際に下がった。


「娘よ。おぬしを殺す前に尋ねたいことがある」

「私にも聞きたいことはたくさんあるわ。この怪しげな儀式はなに? あなたたちはなにをしたいの!」


 玲が下がったことにより少しだけ寿命が延びた気がするが、謎の力で雷を落とす女に脅威が移っただけだ。気は抜けない。六華は珊瑚を構えたまま、女を正面からにらみつける。


「質問をするのはこちらじゃ!」


 女が叫ぶと同時に、また室内で雷が鳴った。


「さきほどのあれは、なんじゃ……!」

「――あれ?」

「しらじらしい……黒き獣のことよ!」


 女はしゃがれたこえをかすかに震わせながら、一歩前に出る。


「あれはもしや……逆鱗ではないのか……?」


 六華が口を開くよりも先に、女が口にする。

 また、逆鱗だ。


「そんなの、私は知りませんね」


 たとえ彼が逆鱗――竜の呪いを受けた者だとしても六華の気持ちは変わらない。だが逆鱗がなんなのか知りたい気持ちはある。ただそれは本人の口から聞きたい。こんな怪しい女の言葉を真に受けるつもりは六華には微塵もない。


「ほほ、逆鱗がなにかも知らぬとは……まこと人とは愚かなものよ」

「あら、知ったかぶりでマウント取ろうっていうの? そちらこそちょっと性格に難ありね」

「減らず口を……!」


 女が叫ぶと同時に、ビルが縦に揺れ六華の体が宙に浮いた。突然のことに手にしていた珊瑚が滑り落ちていった。


(しまった……!)


 なんということだろう。白装束の女が右腕を上げただけで六華の体はどんどん持ち上がり、ぴたりと止まってしまった。しかも首が見えない手で絞めつけられているようで、声も出せない。


(うそ、でしょ……!)


 煽って怒らせ、どこかに隙を作る気ではあったが、こんな人知を逸した方法で追いつめられるとは思わなかった。


「ぐっ……」


 六華は自分の首をつかむなにかを外そうとジタバタもがくが、これはそういう物理的な力ではないようだ。


「逆鱗は我らが希望じゃ……その価値がわからぬ者には、やはり死がふさわしかろう!」

「かはっ……」


 逆鱗が希望とはいったいどういう意味なのか。気になるが目の前が暗くなる。


(やばい……どうしよ……)


 まさかの事態に意識が遠のき始めた次の瞬間、黒い竜巻が六華の前を斜めに通り過ぎた。


「あっ……」


 それは大河だった。彼が金剛を軽く一振りしたことで、首をつかんでいた謎の力が消えたようだ。六華を軽く腕に抱いたままゆっくりと地上に降りる。


『りっか』


 と、心配そうに大河がつぶやき、六華の肩口に顔を寄せながらスリスリと頬擦りしてきた。大きな手は背中に回り指が優しく背筋を撫でる。六華以外のものは何も目に入っていないような、そんなおっとりした動作だった。


「ゆっ、柚木さんはっ?」

『きゅうきゅう、おいてきた』

「救急病院……? よかった……」


 病院ではさぞかし驚かれただろうが、それは仕方ない。


「ありがとう……」

『ん……』


 大河は満足したようにこくりとうなずいた。

 ひとり。たったひとり。だけどその命を救えたのだ。

 それだけで六華はあきらめないでよかったと思う。

 あとは玲とあの謎の力を使う女性を、確保しなければならないのだが――。


「おお、逆鱗……! やはりおぬしは逆鱗じゃな……!」


 白装束の女が手の甲を押さえながら、叫ぶ。彼女の手の甲からは血が滴っていた。


「こっちに来るのじゃ……! そなたの居場所は、そちらではないっ!」


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