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誰の怒りか


「はぁぁぁ……めちゃくちゃすぎる……」


 六華は大きなため息をついて、おでこを大河の肩に押し付ける。

 東京の街が一望できるビルの屋上だが、閉じ込められていたビルからは百メートルほど離れている。本降りではないがまだしとしと雨が降っていて、視界も悪いがまるで見えないと言うほどでもない。六華が身を投げ出した場所もよく見えた。


(よくあんなところから飛び降りたな、私……)


 玲の手から逃れるため――生きるためにビルから飛び降りたときは恐怖など感じなかった。神経がマヒしていたに違いない。大河に助けてもらわなければ死んでいただろう。今更ながらぞっとした。


「あの、降ろしてもらってもいいですか」


 六華がそう言うと、大河がゆっくりと六華を抱いていた腕を下ろす。とん、と地に足がついてほっとしたが、背中に回った腕が離れない。


「久我さん?」


 顔をあげると同時に、覆いかぶさるように大河が顔を近づけてきた。

 赤い目が物静かに輝いている。

 優しい目だ。

 目は口ほどにものを言うと言うが、本当にそうだと六華は思う。

 いくら見た目が恐ろしかろうが、彼は彼だ。


「もしかして……私を置いて行こうとしてません?」


 六華の問いに大河が驚いたように目を見開いた。


「なんでわかるんだって顔してますね。わかりますよ……。あなたは誰かに頼ったりするのが苦手な人だから」


 六華は珊瑚を握る指に力を込める。


「確かにあなたは強い……その姿を見れば、わかります」


 竜は生きとし生けるものすべての頂点に立つ。一方自分は鍛えているとはいえごく普通の人間で、竜の足元にも及ばないだろう。


「だけど……私は竜宮警備隊三番隊の隊士です。きっかけは姉を護るためだったけど……今はそれだけじゃない。この仕事に誇りを持っているし……それに何より今は……玲さんを止めたいんです」


 玲の名を口にした瞬間、大河の瞳孔が開いた。


『れい……ゆるさな、い……』


 どうやら玲の名を聞くだけで、あっという間に怒りに火が付いたようだ。


『りっか、きずつけた……ころす……ひき、ちぎる……ころ、す……』


 物騒なことを口にし始めた大河に連動するように、ざわざわと風が強くなった。

 まさか竜は天候まで操れると言うのだろうか。


「だめです。それは違う!」


 六華は大きく首を振った。

 自分のために怒ってくれているのは分かる。

 彼に恋をしている自分は、そのことにどこか倒錯的な喜びすら感じている。彼に大事に思われているのだと思うと、嬉しくて涙が出そうになる。

 だが一方で六華は竜宮警備隊だ。己の感情で他人を裁く権利はない。

 自分のしていることが常に正しいからと暴力に訴えるのであれば、それは玲のやっていること同じではないか。

 頬に張り付く髪を指でかきわけながら、それでも大河を見上げた。


「私は玲さんを捕まえて罪を償ってもらう! それが後輩として育ててもらった私の役割だから……! 隊長のあなたならわかるはずです!」


 その瞬間、空気が震えた。


『わから、ない!』


 竜が吠えた。

 それは雷が落ちる前兆に似ていた。雷が神の怒りだといわれるのもわかる。人は自然の前に無力でしかない。

 だが六華に引くつもりはなかった。竜の鱗に身を包んだ大河を強くこちら側に引き留めなければ、小さなきかっけで手の届かないところに行ってしまいそうな気がした。


「いいえ、わかります! あなたならわかるはずです!」


 かつて皇太子夫婦を護ろうとひとりで矢面に立った彼だ。ひどく傷つきながら「こんなことはなんでもない」と自分を抑え込んでいた男だ。

 彼が自分を大事にしないなら、六華が大事にするしかない。


「一緒に行きます! 玲さんを捕まえて、柚木さんを助ける! それが私たちの仕事です!」

『――』


 しとしとと降っていた小雨が一瞬勢いを増したが、すぐに収まっていく。

 大河の目から急速に怒りが引いていくのがわかる。


『りっか……きけん……だ……』

「わかってますよ! でもここに置いて行かれたら、私、もっと無茶をするかもしれませんよ! 危険なんか顧みずに、追いかけますからね!」


 半ば脅迫である。だが大河には効果が抜群だったようだ。がっくりと肩を落とす。気落ちしているのが伝わってくる。


「さ、諦めて私を連れて行ってください」


 柚木のことを、あと数時間は生きているだろうと玲は言っていた。

 早く助けなければ彼女の命が危ない。

 六華は大河に自分から抱きついて、背中に腕を回す。腕に力を込めると頭上から、『ハァ……』と、実に人間臭いため息が聞こえたが、六華は聞こえないふりをした。

 目を離したほうが危険だとわかってくれたらそれでいいのだ。

 六華には大河と離れるつもりは微塵もない。


(玲さん……)


 六華の体を包み込む大河の熱を感じながら、玲のことを考える。


(いけにえになった玲さんの大事な人って、誰なんだろう……?)


 それは大河に関係しているのだろうか。

 逆鱗。いけにえ。謎の和服の女性。

 今から向かった先でそれはすべてわかるだろうか。

 ふわっと六華の体が宙に浮いて、そしてまた宙へと飛び出す。

 視界の端、遠い灰色の空に、黄色い稲光が斜めに炸裂するのが見えた。

 あれは誰の怒りなのだろうか。



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