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傍観者ではなく


 六華は立ち上がり、うずくまったままの大河の頭を抱きしめる。


(好きって言ってしまった……。自分からキス、してしまった……)


 彼から向けられる好意を知りながら見て見ぬふりをしようと思っていたのに、異形に変化した大河に言わずにはいられなかった。

 そもそも自分は久我大河の身に起こっていることをなにひとつ理解していない。六華の知っていることは彼から与えられた情報くらいのものだ。

 だがそれでも六華は大河を信じると決めた。盲目と言われればそうなのかもしれない。だがどんなことがあっても彼の側にいると決めたからには、彼の人生に責任を持つつもりでいる。

 もう傍観者でいるつもりはないのだった。

 

 腹をくくった六華は大河を見下ろす。

 ふと、鱗には覆われていない肌の一部に星の様に並んだほくろを発見した。

 場所は違うが、樹にも同じものがある。

 腕の中に大人しく抱かれている彼がどんな顔をしているかわからないが、時折思い出したようにぐりぐりとおでこを押し付けてくる大河に樹が重なった。

 甘えているのかもしれない。自分の息子に似ているなんて、そんなことを言ったら、叱られてしまうだろうけれど。


(ああ~! もうこうなったら樹のことも話したいけど……話したいけど、今はそれどころじゃないっ!)


 ここが天国ならいつまでもこうしていたいが、六華は竜宮警備隊の三番隊隊士だ。


「久我さん!」


 六華が意識して大きな声で呼びかけると大河がかすかに顎を持ち上げた。長い黒髪の奥から赤い瞳が見える。

 なんと不思議な瞳だろう。虹彩がオパールのように揺らめき輝いている。

 気を抜けばそのまま取り込まれそうな魔性の瞳だ。


(落ち着こう……まず、今やるべきこと!)


 六華は大きく深呼吸して、大河をまっすぐに見つめた。


「玲さんが……私が飛び降りたビルに、竜宮の女官を監禁しているんです!」


 それを聞いて大河は大きく目を見開き、その場に立ち上がった。

 身長差が五十センチもあると見上げるだけで首が痛い。

 六華は頭上から降り注ぐ大河の黒髪をかき分けながら、言葉をつづけた。


「とりあえず近くの交番に行って三番隊に連絡して、武器を携帯してきてもらって! 私の珊瑚は取られたままなので、なにか別のものを持ってきてもらわないと……!」

『ぶ、き……』

「そうです、私さすがに手ぶらでは戦えないので……!」


 言葉は不自由らしいが、こちらの意志はしっかりと伝わっているようだ。六華はほっとしながらぐいっと手の甲で頬に残った涙をぬぐう。


「玲さんは、女官――柚木さんがあと数時間の命だと言いました。多分ですけど……嘘はついていないと思います。だからすぐに三番隊に連絡を――」

『ぶき、ある』

「え?」


 首をかしげる六華に向かって、大河はすっと手のひらを上にして、右手を差し出した。


『さんご……』


 大河がつぶやくと同時に、黒い揺らぎが手の上に生じる。

 いかなる魔法だろうか。

 見慣れた鞘に納められた六華の愛刀・珊瑚が出現したのだ。


「ええっ!」


 漆の上に金と銀の粉をまき、さらに透明な漆を重ねて透かせて見せる美しいひとふり。

 どこからどう見ても、間違いなく自分の珊瑚だった。

 久我大河はかつて金剛を引き寄せて見せたが、珊瑚でも同じことができるとは思わなかった。


(それってこの姿だから……?)


 人の体でそれができたら、大河は竜宮において最大の危険人物になってしまう。警備隊どころではないはずだ。


(いや、そもそもこの姿は……)


 全身を黒い鱗でボディースーツの様に包んだ久我大河は、確かに竜の眷属なのだろう。だが竜たちがこのような変化を遂げるなど聞いたことがない。


(とりあえず気になることはいろいろあるけど、考えるのはあとだ……)


 突如姿を現した珊瑚に手を伸ばし、両手でしっかりと確かめるようにつかむ。懐かしいと思う感覚が全身に広がる。不思議と呼吸が楽になった。玲に誘拐されてからずっと不安だったのは、珊瑚と引き離されていたからだとようやく気が付いた。


「ありがとうございます」


 六華がしっかりと頭を下げると同時に、大河は六華を両腕で抱き寄せる。


「わっ……!」


 本人は軽く抱き寄せたつもりなのかもしれないが、ずいぶんと大きいので六華は子供の様にすっぽりと大河の腕の中に納まってしまう。


「あの……?」


 武器が戻った以上、とりあえず応援を呼ぶために三番隊に連絡したいと思った六華だが、一方大河は六華を抱きしめたまま空を見上げる。


「?」


 六華もつられて大河の見つめる方向に顔を向けて、はっと気が付いた。


「あ……!」


 鼠色の空にぽっかりと穴が開いている。ドーム状に張り巡らされた鉄骨が一部欠けているではないか。亜熱帯の植物や鳥たちの姿も当然だった。天国だと思ったここはどうやら温室だったらしい。

 どうやって三番隊に連絡をとったものかと思い悩んでいた六華だが、ここがどこの植物園なら話は早い。事務所に行って身分を明かし電話を借りればいいのだ。

 だが次の瞬間。ぐわんっと突然、体に圧がかかった。


「っ……」


 危うく舌をかみそうになった六華がぎゅっと奥歯をかむと同時に、視界が一転する。


(と、と、と、飛んでる……! きゃああああああ!!!)


 今更だが、どうやって大河にここまで運ばれたかを思い出した六華だったがもう遅い。

 ほんの数秒で周囲の建物がどんどん遠くなり、ミニチュアのように小さくなった。


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