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黒い竜巻


 一歩、二歩、三歩と踏み込み、力いっぱい跳んで、六華は宙を舞う。


(ああ……そういえば……)


 思い出が走馬灯のようによみがえる。



 木の葉が色づくよりも少し前の竜宮で。遅刻しそうだった六華は、ショートカットをして塀を乗り越えた。

 彼はちょうど六華の着地予定のところに立っていて、きっちりした仕立てのよい黒い三つ揃えのスーツ姿だった。

 一服を終えたところだったのか、手に携帯灰皿を持っていて。どこか愁いを帯びた美しい顔立ちと、逞しい体がミスマッチで人目を引いた。



(突然落ちてきた私を見て、ぽかんとしていたっけ……私も、そのあと謝ってたはずのに、なぜか決闘を吹っ掛けたりして……)


 短い期間に起こった彼とのあれこれを思い出し、いろんなことが懐かしくなった六華は、ふふっと笑う。


(やっぱり私、あの人が好きだ。本当に、大好きなんだぁ……)


 六華は、大河と過ごすようになってまた彼に恋をした。

 六年前の地続きでありながら、新しく恋をした。そして愛してしまった。

 誰よりも強いのに、柔らかくて傷つきやすい心を持った大河を自分だけは傷つけたくなかった。愛しているから、守りたかった。


(だから私は決して、いけにえになんかなってやるものか……!)


 六華がそんな死に方をしたら、竜の一族の彼はきっと何もかも自分のせいにして、心が折れてしまうだろう。

 それになにより樹がいる。

 彼との間にできた最愛の息子のためにも、絶対に死ぬわけにはいかない。


(最後まであがいてみせるわ!)


「はっ、はっ……はーっ……」


 乱れる呼吸をかつて大河に教わったやり方を思い出しながら整える。

 六華は落下しながら術式を全身に巡らせて、反射神経、動体視力、関節、そして柔軟性、すべてをフルに使って体を回転させ下を向く。上体を反らし、激しい雨風に打たれながらもしっかりと下を見つめる。

 全力で前方に飛んだのは、下を覗き込んだ時ビルの前に植え込みを見たからだ。

 植え込みには木々が植えられている。当然、その下は土だ。うまく木々に体当たりをして速度を落とすことができたら、両手両足の骨折くらいで済むかもしれない。


(死なない……絶対に死なない……!)


 強く、強く願う。

 木々が近づく。六華は全身に更に気を流して、目を見開く。

 だがほんの小さな自然のいたずらか、暴風雨が木の葉を巻き上げて、それが六華を直撃する。

 飛び降りてから五秒にも満たない、数秒の出来事だった。


「っ……!」


 思いもよらない痛みにとっさに目を閉じてしまった。呼吸が乱れる。全身に行き届いていたはずの、綿密に練り上げたはずの術式が綻ぶ。


 思い描いていた軌道が逸れるのを六華は感じた。

 生きるか死ぬかの瀬戸際で、六華は最大のミスを犯したのだ。

 うっすらと開けた目の端に硬いアスファルトが目前に迫っていた。

 胸の奥の心臓が縮み上がり、六華の本能が死を覚悟した。

 頭が真っ白になる。


(やっぱり無謀だったか……)


 それでも――。それでもいけにえになるよりはましだと六華は思う。


(樹……大河……あなたたちに、私の死が少しでも優しく……悲しくないように伝わるといいけれど……)


 大事な人たちの顔が、フラッシュバックするように脳裏によみがえる。

 目前に迫った死にぎゅっと目を閉じた六華だが――。


 ゴオオオオオオオ……!


 黒い竜巻が、六華を地面に触れる瞬間にすくい上げて、また天高く舞い上がる。


「きゃっ……!」

「突風か~?」


 空から落ちてくる六華にも竜巻にも気が付かなかった通行人が、突然足元から吹き上がった強い風に手放してしまった傘を拾い上げながら、辺りを見回す。

 空から落ちてくる六華にも、竜巻にも気づく者は誰もいなかったのだった。




 全身がカッと熱いものに包まれた瞬間、六華は「死んだ」と思った。

 だが痛みはどれほど待っても追いついては来なかった。

 それどころかびゅうびゅうと風の中を飛ぶ音がする。

 まるで空を飛んでいるようだ。

 だが人の体は空を飛ばない。飛ぶはずがない。

 異常にリアルなその感覚に六華はおそるおそる目を開けようとしたのだが、次の瞬間、体が今度は急降下し始めて、六華は奥歯をかみしめながら目を閉じる。


(お、お、落ちる……!)


 バリッ!と大きな音が響いた。そしてドスンッと全身に衝撃が走る。


「っ……!」


 のんびり口を開けていたら舌を噛んでいただろう。それにしても状況が分からない。おそるおそる目を開けると、目の前にたくさんの緑が見えた。


「え……?」


 大きな木に巻き付いたツル。枝の上に生えているのはシダ類だろうか。濃い緑や薄い緑が生い茂って、水とコケの匂いがする。


「ここ……どこ……」


 天国は熱帯雨林だったのだろうか。

 新しい発見だなとぼんやりと思っていると、


 グルルルル……。


 背後から大きな猫が喉を鳴らしているような声がする。

 ゆっくりと振り返ると、二メートル以上はあるだろうか――大きな影が立っていた。


「……っ」


 六華は尻餅をついたまま、慌てて後ずさっていた。

 それがなにか六華にはわからない。

 ただ身動きが取れなかった。圧倒的な生物としての力の差に、動けば死ぬような気がして、六華は大きく目を見開いたまま、息を殺しながら、それを見つめることしかできなかった。


(なんなの……?)


 熱帯の花や木々に埋もれるそれは、人のかたちに似ていないこともない。

 頭上から長く伸びているのは髪だろうか。床にまで届いてとぐろをまく黒髪はつやつやと輝いているが、全身を覆いつくすほど長かった。


(髪は霊力を蓄える源だ……けれど)


 目の前のそれから、六華は霊力というよりも、自然そのものを目の当たりにするような、不思議な力を感じた。


 グルル……。


 それはうなり声をあげながら、尻餅をついたままの六華の前に膝をつく。そして唐突に腕を六華に伸ばした。

 突然青白い腕が髪の中から出てきたように見えて、六華は体を緊張で強張らせる。



独り言ですが


今度はちゃんと受け止めたね、という・・・。



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