玲の別の一面
「玲さん……私と柚木さんをどうするの?」
「逆鱗のいけにえになさるつもりなんでしょう!」
六華に続いて、柚木が叫ぶ。
それを聞いて玲は困ったように肩をすくめる。
「半分当たってるけど半分違う」
「どういうこと……?」
怪訝そうに眉をひそめた六華に、玲は軽く首を振った。そして格子越しに六華を見つめる。
ランタンの明かりに照らされて、彼の秀麗な顔が浮かび上がる。
その顔立ちは相変わらず穏やかで理性的に見えて、それが余計六華の不安をあおった。
「ちなみにりっちゃんって処女?」
「違うわ」
きっぱりと言い返すと、玲はどこか不意打ちをくらったような顔をした。
「そっか。残念……」
「気持ち悪いこと言わないで」
自分が処女だったらどうだと言うのだ。
今更ここで処女性を確認してどうなる?
吐き捨てるように言い返しながら、ふと気が付いた。
「もしかして……誘拐されていた女官って、平民じゃなくて貴族なの?」
かつて玲は、六華に対して『平民だから女官はいなくなっても探されない』と言っていた。だがそうではない。逆だ。
六華に対するミスリードだったのだ。
裏もとらず、まんまと信じた自分が心底いやになるが、まさか玲がと思うのは自分だけではないはずだ。
彼は本当に優秀な隊士で頼りになる先輩だったのだから。
すると玲は、少し楽しそうにぴゅうっと口笛を吹いた。
「ご明察! さすがりっちゃんだ。後宮に勤める貴族の女たちは、処女でないと竜の手が付かないと思い込んでいるからね。そういう温室育ちの娘に声をかけて、結界にほころびを作り僕をこっそり手引きさせた」
玲はふんわりと笑う。
なんということだろう。光流が言っていた『結界のほころび』は人為的なものだったのだ。
「玲さんが、結界を……?」
「いいや。僕じゃない。女官だよ。『これは許されない秘密の恋だ。わかっているが君に会いたくてたまらない』とささやけば、どんな女の子も鍵を内側から開けてくれた」
玲はその甘やかな唇の上に、そっと自身の指を滑らせる。
「じゃ、じゃあ皇太子夫妻を襲った鵺も、玲さんたちの仕業なの!?」
すると玲は困ったなと言う風に目を細めつつ、首をかしげた。
「あれは緩めた結界の再利用であって意味は特にないよ。あんなもので竜の皇太子が傷つけられるはずがないと僕は思ったし……まぁ、それでも竜に恨みを持つものからしたら、使えるものは使おうってことだろう」
「意味はない?」
そんな意味のないことで、姉の命が脅かされたというのか。
そして大河は――自分の力に怯えながら、金剛をふるったのだろうか。
だが今の発言で、玲の立ち位置がなんとなく理解できた気がした。
玲を実行犯だと言った柚木の言葉は遠からず当たっていて、どんな組織かわからないが、決して一枚岩ではないということだ。
「――手引きさせた女官たちを、玲さんはどうしたの?」
玲を愛し信じた娘たちは、彼の甘言にのせられて後宮を抜け出して、どこに行ったのだろう。
答えはもうわかっている。
だが六華は、玲の口から聞きたかった。
自分の耳で聞くべきだと思った。
「ああ……お嬢様たちには手紙を書かせるんだ。『好きな男ができた。この人と逃げます』とね。実家にこっそり送ればそれで終了だ。醜聞を嫌う貴族たちは娘の行方を探さない。平民ならこうはいかないだろ? だから貴族の娘は都合がいいんだ。そしてみんなここに閉じ込められて、あとは……ね?」
その声の、甘く優しいこと――。
ふわっと足元から血の匂いが立ち上がった気がした。
六華は全身から血の気が引いたが、なんとか二本の足で立っていた。
だが柚木には耐えられなかったようだ。
「きゃあっ……!」
玲の言葉に悲鳴を上げて床に倒れる音がした。
六華はぎりり、と唇をかみしめる。
玲が後宮警備隊に入隊してから四年が経つ。
彼は『竜宮をぶっ潰したい。時代遅れな竜宮警備隊に入ったのはそのためだ』と口にした。最初から、邪悪な目的で彼はあの場にいたのだ。
真摯に竜宮を守ろうとする隊士の中に――。
六華に対して、いい先輩だったのもすべて嘘の顔だったのだ。
悲しくて息ができない。悪意という見えない手にぎゅうぎゅうと首を絞められている気分になる。
「玲さん……私、あなたを許せそうにない」
六華が声を絞り出すと、その瞬間、玲はカッと目を見開いて叫んでいた。
「竜が若い女をいけにえにするんだ! 僕がやってることと同じことだ!」
「……っ」
それは出会って初めて見た、激高する玲だった。