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竜の呪い


「逆鱗……」


 その単語を聞いた時、六華の胸の奥で何かざわっとうごめいた。

 知らないけれど知っている――そんな錯覚を覚える。


「柚木さん……詳しく教えてもらえますか」


 震える声を押し殺し六華は尋ねた。


「ええ、もちろんです」


 わたくしだって、話していたほうが気がまぎれますものと、柚木はうつむいた。



「逆鱗は呪いと言われています」

「呪い……?」


 六華は眉をひそめる。


「われらが竜王の神祖は二千年前、弱くてもろい人類を護るため天から下界に降り、人と交わることをお選びになりました。ですがそれをよく思わないほかの竜が、神祖に呪いをかけたのです」


 まるで昔語りのような語り口に、六華は黙って聞き入っていた。


「誇り高き竜が弱き人間と交わるなど竜の名折れ。

 おのれ黒き竜よ、呪われよ。

 竜の力を持ちながら下賤な血を取り込んだ。

 竜の名折れよ、呪われよ」


 柚木の柔らかな声が響く。


「こうして竜は、呪いを受けました。それは気高き竜にとって、とても苦しい呪いなのです」

「――それは、どんな……」


 六華の声がかすれる。


「角なくして生まれた人の器に、竜の力を収めることです」

「えっ?」

「それが逆鱗。人として生まれながら竜の力を持つ、忌み子なのです」


 そして柚木は格子を握る手に力を込めて、立ち上がった。


「何十年も前ですが、かつて逆鱗には毎年いけにえが捧げられていたそうです」

「――」

「それは罪のない女たちだったと……。要するに人身御供ですわ。逆鱗は乙女の血肉を喰らい、その魂を鎮めていたそうです」

「そんな……そんなこと」


 ぞわぞわと、体が震える。


「わたくしだって、こんなのおとぎ話だと思っていました。でも、でも……!」


 柚木は両手で格子を握り、体を折り曲げて叫ぶ。


「もし、この現代にも逆鱗が生きていたら!? だったら毎年消えていく女性たちの行先を疑っても仕方ないでしょう……! 女官は逆鱗に食べられてしまったのですわ……!」


 柚木の叫びに、六華は完全に言葉を失ってしまった。


 人として生まれながら、竜の力を持つ――。

 そんな存在を六華は知っている。


『ツノナシ。俺のような出来損ないのことを、そう呼ぶんだ。まぁ大したことじゃない。昔から俺みたいな存在はいたそうだから』


 久我大河の哀しみに満ちた表情と声が、黙り込むしかなった六華の体の中で響いていた――。


(久我さんが……逆鱗だとしたら……。彼が乙女の血肉を喰らう……?)


 まさか、まさか、まさか!

 そんなことは絶対にありえない!


 六華は暗闇の中で、ぶんぶんと首を振る。

 六華は久我大河のことを、深く知っているわけでもない。

 竜宮で彼がどんな日々を送っていたのか、想像することしかできない。

 けれど彼は、『寂しい』人なのだ。

 彼はどこか寂しそうで、満たされない空気をはらんでいる。昔も今だってそうだ。

 だから六華は惹かれた。

 その満たされない、ぽっかりと穴が開いたような冷たい心に触れて、温めてあげたいと思ったのだ。

 そんな男が、乙女の血肉をすすって生きながらえるなどありえない。

 誰かの不幸を是として今の人生を嘆く男なら、六華は彼を愛してなどいないはずだ。


(でも……柚木さんのいうことも筋が通っているといえなくもない……)


 大河という存在を知っている以上、その逆鱗という存在は竜宮にあるものなのだ。


 六華はぎりっと唇をかみしめる。

 そこへカツカツ、とこちらに近づく足音が聞こえてきた。

 わざと聞かせている、そんな作為を感じて六華は顔を上げた。


「玲さん……?」

「――目が覚めたんだね。りっちゃん。柚木さんもようやく泣き止んだようで、何よりだ」


 暗闇からぼんやりと姿を現した玲は、手に小さなランタンの明かりを持っていた。


今日は遅くなってごめんなさい・・・!


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