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電話


 時が流れて時代が変わり、そのタブーは少しずつ形を変えている。

 相変わらず秘匿ひとくするべき禁忌ではあるのだが、三百年前とは状況が違っている。

 なにより大河自身、時代が違えば自分が当事者になっていたような問題でもあった。


 ふと、六華の姿が目に浮かぶ。

 彼女は正義感で突っ走りそうなところがある。

 頭ごなしに「だめだ」と言うことしかできなかった自分に腹が立つが、あの時はそうとしか言いようがなかったのだ。

 竜の血を引くことは伝えられても、抱えている爆弾の話はできない。

 竜宮の成り立ちと深くかかわる問題のため、何の準備もなく彼女にすべてを明らかにするのは難しい。


(そのうち、六華にも説明できたらいいんだが……)


 大河はそんなことを考えながら、詰め所へと足を踏み入れた。



 詰め所には夜勤組がいて巡回や書類仕事などで忙しそうだった。

 大河が戻ってきたのを見て、

「お疲れ様です」

 と隊士の一人が声をかけてくる。


「ああ……」


 うなずきながら自分の席に座り、ドカッと椅子に腰を下ろしつつパソコンを立ち上げる。


「あれ、帰らないんですか?」


 仕事モードの大河に向かって、隊士が目をぱちぱちさせて首をかしげた。

 大河は本来、今日は休日だ。

 明日は夜勤なので本来はゆっくりと休める日でもあるのだが、新嘗祭の準備で休みはあってないようなものである。


「相談役に、連絡だけ入れておこうと思ってな」

「ああ……。お疲れ様です」


 隊士はひどく同情した目線で、自分の仕事に戻っていった。

 とりあえず今日の会議で決定したことを山尾に何点か報告しておきたい。


(あと、六華のことも伝えておくか……)


 六華は皇太子妃の妹だ。本人や家族にその自覚がなくても権力に近い位置にいる。

 六華がなにかしら目立つことをすると、皇太子妃が竜宮内の権力図を書き換えるつもりなのではないかと疑われてしまうのだ。


(そうなると六華は、竜宮警備隊にいることが難しくなる)


 皇太子妃の妹だからこそ、本来竜宮から距離を取り離れているべきなのだが。

 今、六華がここからいなくなったらと想像すると、大河は自分の心にぽっかりと大きな穴が開いてしまうことがわかっていた。


(やはり先生に頼んでおくか)


 山尾は竜宮で顔が利く。彼が間に入ってくれれば、六華に対する疑いの目も多少は薄れるだろう。


(相談役に仲介を頼むなんて、職権乱用だと言われても仕方ないかもしれないが……)


 ほかの隊士であっても同じように動いたと思うが、六華だからと余計に私情が挟まっていないとは言い切れない。複雑な恋心だ。


「ふわ……」


 軽くあくびをして、それから大河は椅子の上で大きく伸びをしながらゆっくりと息を吐く。

 そしてキーボードの上に指をすべらせたのだった。



 それから一時間程度が経ち、山尾への報告メールと、山積みになった書類の決裁や承認を終えた大河は、詰め所に置いてあるコーヒーメーカーでカプチーノを一杯飲み、凝った首に手を当てて回していた。

 疲れと空腹からか、カプチーノを飲んで胃が驚いているのがわかる。


(そういや昨日の夕方からなにも食ってなかったな……職員食堂にでも行くかな)


 普段は自炊をする大河だが、今日はもう、帰ったらそのままベッドに直行したい気分だった。

 よし、そうしようと持っていた紙コップを握りしめてつぶし、ごみ箱に捨てたところで、

「あの、久我隊長……!」

 隊士のひとりがデスクから声をかけてきた。


「ん?」


 若干切羽詰まった声色に、大河はなにごとかと肩越しに振り返る。

 隊士はデスクに備え付けの電話の受話器を持ったまま、眉尻を下げて焦ったように手招きしてきた。


「ちょっと、来てもらっていいですか」

「ああ」


 いったいどうしたのかと、隊士の横に立つと、彼は受話器を握りしめたまま、声を落としてささやく。


「――矢野目の実家からの着信なんですが、無言なんです」


 隊士の自宅や携帯の番号は、不測の事態が起こった時のことを考えて、ここの電話機にも登録されているのだ。


「無言……?」


 電話機のディスプレイを見ると、確かに『矢野目実家』とある。


 病気、けが、事故。


 とっさに頭に浮かんだ言葉を慌てて隅に追いやりながら、大河は気が付けば隊士が持つ受話器を奪っていた。即座に保留ボタンを解除して、耳に押し当てる。


「お電話代わりました。三番隊隊長の久我です」

『――』


 大河の耳に聞こえてきたのは、耳に痛いほどの沈黙だった。



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