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(まったく……いつまでも同じ話を延々と……)


 久我大河はカツカツと足音を響かせながら、竜宮の長い廊下を歩いていた。

 眉間のしわは深く刻まれ、切れ長の目の下にはうっすらとクマができている。完全に疲労が蓄積された気がする。

 目頭のあたりを指先で押さえながら、大河は腕時計に目を落とした。


(もうすぐ夜明けだな)


 時計の針は四時過ぎを指していた。日付は変わり、あと二時間程度で夜が明ける。


 来週に迫った新嘗祭にいなめさいと、その前日に執り行われる鎮魂祭みたましずめのまつりのための竜宮警備隊と宮内司みやのうちのつかさの合同会議である。

 大事なことだとは思うが夜通し会議を行うほどのことなのかと、大河は不思議で仕方ない。


(この長い会議の時間を無駄だと思う俺は、隊長失格なのかもしれないな)


 かつて大河がこの竜宮の奥深くの後宮で暮らしていたころ、ツノナシゆえに宮中の祭事に参加することができなかった。

 ただ部屋の中で本を読んだりしていると、遠くから横笛や笙の音色が聞こえることがあって、ああ、今頃父上や兄上はお勤めを果たしているのだなと、漠然と思っていた記憶がある。

 大事なお役目だと聞けば、なぜ自分はそこにいないのかと悲しくなったし、自分にもなにかお役目が欲しいと駄々をこねて、剣術指南役兼お世話係の山尾を困らせたものだ。


(それがこの年になって、警備という形で参加することになろうとはな)


 小さいころの望みが叶ったわけだが、大人になった今はもちろん、それほど嬉しいとは思えないのだった。


 大河は自分を生んだ母の顔を知らない。唯一の肉親だと言われている父や兄はこちらから会える立場でなく、そして当然、大河に会いに来ることもなかった。難しい御立場なのだからそれも当然だとは思うが、幼い大河はそれがひどく寂しかった。


(だから自分にもなにかできることがあれば、参加したいと思ったんだろう……。家族の一員として……)


 だが結局大河は、すぐに思い知るようになる。

 自分は父や兄の『家族』ではないのだと――。

 それどころか自分という存在は竜の一族にとって『忌まわしい存在』だったのだと。



 幼いころの大河はひどく陰気で内にこもるタイプの少年だった。他人と感じるはずの連帯感。一体感。そんなものを知らずに孤独に生きてきた。

 だからなのか小学校に入る年になった大河は、通常であれば家庭教師教育を続ける予定だったのだが、山尾の勧めで彼の家に預けられることになった。そして近所のごく普通の小学校に入学。六歳にしてようやく普通の男の子としての生活を始めることになる。

 それからの大河は悪ガキでたいそうな問題児として育ち、行く先々で数々の伝説を作り、また山尾を困らせ倒すことになるのだが、それはまた別の話――。


 そして成人した大河は竜宮から海外に逃げ、六年後、今度は三番隊隊長というお役目を拝命する。そしてまた後宮と深くかかわって生きることとなる。


 三番隊隊長になったときはやはり不安ばかりだった。

 自分に与えられた役目が重すぎたというのもあるし、竜宮に関わって孤独を募らせることになるのではないかと感じていたのだ。

 大河にとって『孤独』は敵だ。弱い自分をがんじがらめに縛りあげる鎖の鍵は『孤独』が握っていて、少しでも気を緩めると己の奥底に眠る『獣』を解き放とうとする。

 そうなってはもう二度と大河は人として生きられない――そんな気がしていたのだ。


(だが、戻ってきてよかった……)


 大河の胸に、くったくない笑顔を浮かべた六華が思い浮かぶ。

 彼女は普段から喜怒哀楽がはっきりしていて、まっすぐに大河を見つめて物おじしない。

 その明るい内面そのままにしたような朗らかな六華に、大河は野に咲く向日葵ひまわりを見るような、まぶしさを感じていた。

 そしてその一方、無防備な六華を見ていると、大河はたまに無性に心が乱されることがある。

 抑えきれない情熱に駆られて迫ると、『困った』という表情を隠さない一方で、その目はきらきらと期待に満ちて輝き、大河の男の部分をさらに激しく刺激するのだ。


 正直、彼女が自分をどう思っているのかわからない。

 だがそれは六華が類を見ないほどお人よしな可能性もなきにしもあらずなので、大河自身はあまり本気に取らないようにしていた。

 彼女が欲しいと思うが、未来まで奪おうとは思わない。


(別に、愛されなくたっていい……)


 キスしたいし、抱きたいし、たとえばそれ以上の関係になれたら――大河が欲しくてほしくて結局手に入れられなかったごく普通の家族という関係になれたなら、どれだけ幸せだろうと夢想するが、ややこしい自分の人生に巻き込んで不幸にしたくない。

 そもそも、自分に六華に愛される価値などあるとは思えない。


(なんらかの間違いで振り向いてくれることがあったとしても、適当なところで、俺を捨ててくれたらいいんだ)


 本気でそう思う。

 一度そのぬくもりを知ってしまったら、自分から手放すことなど絶対にできないだろうから。彼女から切り捨ててほしいと思ってしまう。そして大河は『傷』という名の思い出で、残りの一生を生きてゆけるだろう。


(それにしても帰宅前のあれは、まずかったな……)


 思い出して大河は音にならないため息をつく。

 二番隊の牽制けんせいはいつものやり口だが、六華が目を付けられるのは避けたかった。しかも内容が『竜宮に勤める女官の失踪』である。


 それは竜宮において、大きなタブーのひとつだった。


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