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遠くない未来


 翌日――。窓の外は冬の清冽な美しい青空が広がっている。

 ここは大河の病室だ。六華は今日退院することになった。身支度を整えて迎えが来るのを待つばかりである。一方大河は見た目はいたって元気そうだがまだあれこれと検査があり、数日入院が必要とのことだった。


「仕事はいつから復帰できるんですか?」

「来月からでいいと、山尾先生が」


 相変わらず入院着の大河は、ベッドに並んで腰かけている六華を見つめる。


「すぐですね。よかった!」


 あと一週間もすれば十二月だ。復帰は思ったより早いようで六華はほっと胸を撫で下ろす。


「だが新嘗祭に参加できないことになった。山尾先生にまたご迷惑をかけてしまった」


 大河ははぁ、と深くため息をついた。明らかに気落ちしている。

 確かに大河は、新嘗祭の準備でこのところずっと休みなしだった。代わりに山尾がその全てを負うことになるだろう。大河の落ち込みも当然だ。


「でも、もとはと言えば私のせいです」


 大河は何も悪くない。もし彼に責任があるというのなら原因は自分だ。除隊以外の処分なら甘んじて受け入れるつもりだった。


「馬鹿を言うな。悪いのは罪を犯した者だ」


 大河はそう言って、誰かの顔を思い出すように少し遠い目をした。


(玲さん……)


 大河が山尾から聞いた話では、玲は六華たちとは違う特別な病院に入院しているらしい。六華は意識を失って目覚めたら病院にいたので、その後どうなったかをまったく聞いていない。

 これから個別に事情聴取もあるはずだが、大河は『覚えていることをすべて正直に話せばいいから』と、六華に何も教えてはくれなかった。

 だがそれが正しいのだろう。自分が本来知るべきでないことを知っていたとしたら、六華の証言が信用できなくなってしまう。


「玲さん、どうなるんでしょう」


 玲は竜宮警備隊の一員でありながら竜宮の女官たちを何人もかどわかし怪しい儀式の犠牲にした。直接手にかけていないとしても大変な罪を犯したのだ。数百年前なら一族郎党すべて罪に問われて、財産は没収、本人は市中引き回しの上に打ち首獄門であってもおかしくない。

 六華の問いかけに、大河はかすかに眉根を寄せる。


「――わからない。ただ背後関係を探るためにも清川は証人として生かされるはずだ。それにまず貴族の娘を持つ親が、決して表ざたにすることを望まないだろうな」

「そうですか……」


 報道規制が敷かれ、玲の罪が表に出ることはないということだ。

 あれほど憎んだ貴族制度に、玲は守られることになる。


(玲さん……嫌がりそうだな)


 彼は目的のため、復讐への執念のために生きていた。生き延びたいとか幸せになりたいとか、そんなことをまったく考えていないようだった。そして頭のいい彼のことだ。こうなることだって可能性の一つとして予測していたに違いない。


(いつか彼と話せる機会があるだろうか)


 玲は望まないかもしれないが、六華は話してみたかった。

 そこで突如、ゲホゲホと大河がせき込む。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……大丈夫だ」


 慌てて彼の背中を手のひらで撫でながら、水差しを渡す。水を飲む大河の横顔を見ながら、六華は言葉をつづけた。


「今は体を一番にしてくださいね。仕事なら後からいくらでも挽回できるんですから」

「そうだな……。来月から気合を入れなおさないと」

「いや気合はほどほどでいいので!」


 いくら竜の血を引く彼が人とは違う体を持っているとしても、絶対に死なないというわけではないのだ。

 とにかくこの人は無理を承知で進むところがある。

 六華は青ざめながら大河の肩の上に手を乗せた。


「やっぱり寝てたほうがいいんじゃないんですか?」

「大丈夫だって」

「いやいや、全然大河さんの大丈夫はあてにならないですよね」


六華は肩に置いた手に力を込めて、大河の背中をベッドに押し付け無理やり寝かしつけてしまった。


「さ、寝てください」

「ああ、わかったよ……」


 大河は六華に押し倒されつつ、布団の下からなにか眩しいものでも見るように六華を見あげた。

 その顔がやたら優しいので、六華はまた一周周って不安になってしまった。


「大河さん……目を閉じて。少しでも眠って。体を休めてください」


 右手を大河の頬にのせ撫でながら、親指で目の下を横になぞる。よく見ればうっすらとクマが出ていた。

 だが大河は首を振った。


「いやだ……」

「どうしてそんなわがままを言うんです」


 こっちは心配で心配で仕方ないのに、寝たくないなどとまるで子供ではないか。

 六華がむくれると、

「起きているときはお前を見つめていたいんだ……」

 そしてすりすりと、六華の右手に頬を寄せた。


「それにお前に触れていると、十分元気が出るよ」


 誰にも慣れない獰猛な獣にひどく懐かれているような気がして、恥ずかしいやら嬉しいやらで、六華の頬が赤く染まっていく。


「たっ……大河さん……」


 男の人にこんなことを思うのはおかしいのかもしれないが、どうしてこの人はこんなに『かわいい』のだろう。


(好きだから、かわいいって思うのかな……)


 胸が締め付けられて苦しい一方、愛しい、かわいい、そんな気持ちがじんわりと六華の胸を温かくしていく。


「これから……いくらでも見られるじゃないですか。時間はたくさんあります」


 お互いを思いあっている男女が同じ職場で、しかも自分たちの間には『樹』という一人息子がいるのだ。勿論今すぐにすべてを周囲に明らかにし、家族として一緒に暮らして万々歳とはならないとは思うが、それは荒唐無稽な夢物語ではない。そう遠くない未来に、親子三人で幸せになれるはずだ。


「ああ……そうだ、な……」


 大河が六華の手に身を任せながら、うとうとし始める。長いまつ毛が上下に揺れて、そのままゆっくりと伏せられた。

 ややして、すうすうと規則正しい呼吸音が響き始める。


「――おやすみなさい、大河さん」


 六華は小さな声でささやいて、それからゆっくりと大河の額にキスを落とす。愛する樹にするのと同じように――。


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