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甘やかな宣戦布告


(自分で? 飲ませて……!?)


 六華の頭がぐるぐるし始める。

 たった今水を飲んだはずなのに、喉はあっという間にカラカラになった。

 どくん、どくん、と胸の奥で心臓が弾む音がうるさい。こんな大きな音がしたら大河にも聞こえてしまうのではないだろうか。


(おさまれ、私の動悸どうきっ……!!!)


 六華は自分の胸の上に手を置き必死に自分に言い聞かせるが、まったく効果はなかった。それどころか彼に見つめられていると思うだけで、耳やら首やらがひりひりと痛くなる。


「六華……」


 完全に硬直してしまった六華を見て、大河は少し困ったように笑みを浮かべる。


「お前、なにカチコチになってるんだ」

「だっ……だって……!」

「温室で、お前からキスしてくれただろう」

「しいいいっ、しっ、しましたっ、けどっ……」


 確かに彼の言うとおり、大河に再会できた喜びで六華自ら逆鱗に姿を変えた大河に口づけた。嬉しくて嬉しくて、どうにかなりそうで勢いのままキスをした。だがそれとこれとは話が別だ。自分からキスをせがむなんて高等技術すぎて無理なのである。六華は子供を産んでいる母親だが、恋愛においては今どきの中学生以下なのだ。キスしてほしいなど口が裂けても言えない、へなちょこ豆腐メンタルだった。


(ああ~くらくらしてきた~!)


 顔が熱い。息をしているはずなのに、いくら深呼吸しても酸素が胸の奥に入っていかない。


「ご……ごめんなさい!」


 こんな状態では大河をあきれさせてしまうに違ない。思わず謝罪の言葉を口にすると、大河がかすかに眉根を寄せた。


「迷惑……なのか」

「えっ、えええっ、ちっ、ちがっ……! 迷惑だなんてそんなことあるわけないじゃないですか……!」


 六華は慌てて首を振り、大河に顔を近づける。


「そのっ、あなたは私の初恋なのでっ……! だからなんていうかずっと遠くにいた人で、憧れで、手の届かないお星様みたいな人で……! だからもうこれ以上望んじゃいけないって思ってたし! 再会してびっくりしたけど、私は竜宮警備隊の隊士だし、樹がいるから好きになっちゃダメだって、きっとみんなに迷惑をかけるって……だから! だから今まで素直になれなかっただけで、あなたのすることが迷惑だなんて思ったこと、今まで一度も、全然っ、ありませんっ!」


 自分でもなにを言っているのかわからない。まるで伝わる気がしないが、六華はしどろもどろになりながらも必死に弁明した。そんな六華の怒涛の言い訳を聞きながら、大河は軽く何度かうなずき、首をかしげて六華の顔を覗き込む。


「じゃあお前は、俺が相変わらず好きだということでいいんだろうか」

「そうですよ、たとえ久我さんが覚えてなくても、私は六年前からずっと、ずーーっとあなたが好きですよ!」


 半ばやけっぱちに叫ぶと、

「そうか。よかった」

 と、大河が輝かんばかりの笑顔になった。

 あまりにもさっぱりとした返事に、六華はガクッとうなだれる。


「よかったってぇ……」


 経験値の差なのだろうか。自分ばかり慌てて恥ずかしい。六華は少し恨みがましく思いながら、上目遣いで大河を見上げた。


「私ばっかり好きな気がします……」


 だがその言葉を聞いて、大河が軽く目を見開いた。


「馬鹿を言うな。俺のほうが好きに決まってるだろ」


 それは青天のへきれき。まさかの発言だ。


「いやいや……なにを言ってるんですか。久我さん、最初から今の今まで、ずーっと落ち着いてるじゃないですか」


 出会いから今の今まで、どんな時でも口説かれてドキドキしているのは六華のほうで、大河はずっと余裕だった。


「飛鳥さんみたいな美人の友達もいるし!」

「なんだ、やぶからぼうに。嫉妬か」

「嫉妬ですよ!」

「ふーん……」


 大河がにやにやと笑い始める。

 飛鳥にはひどく世話になったが、初めて会った時大河と親しげな様子を見て、胸がざわざわしたことを六華は忘れていなかった。


「笑わないでください……」


 やっぱり自分ばかり好きで、恥ずかしい。六華が不貞腐れると、

「お前に嫉妬されていると思うと気分がいいが、飛鳥は男だ」

 と、大河がまた爆弾を投げてきた。


「えっ? お、お、おとこっ!?」


 確かに飛鳥は女性にしては背が高めでハスキーな声をしていると思ったが、圧倒的美女だった。それがまさか男性だったとは思わなかった。


「学生時代の友人で、男だ。飛鳥はきれいな服を着てきれいに装う自分が好きな男だよ。俺の数少ない友人のひとりだ。今度三人で食事にでも行こう」


 そして大河はゆっくりと、六華の顔を両手で包み込む。


「俺にとって、女はお前ひとりしかいないんだ」


 そして大河の唇が額に押し付けられる。続いて軽くチュッと音がして、額にキスされたことに気づいた六華の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「六年前のことは、ついさっき山尾先生に聞いた」

「え? 六年前?」

「言ったろう。あの人は俺の目付けだったと」


 大河は軽くため息をつきながら、今度は六華の頬にキスをする。


「六年前、山尾先生は俺をホテルから回収するときに、六華を見て衝撃を受けたそうだ」

「……えええっ!? せっ、せっ、先生が久我さんを迎えに来てたんですかっ!?」


 目が覚めた時、すでに大河はベッドにいなかった。


「ああ。金を置いたのも先生らしいが」

「うわぁ……!」


 六華は悲鳴を上げた。

 あの時の大河を恨む気持ちは微塵もないが、保護者のような知り合いに見られていたと思うと、消えてなくなりたいという羞恥心が怒涛の様に押し寄せてくる。


「なんでまた……」

「竜はアルコールに弱いんだ。だから先生はBARでもホテルでもどこでも俺を探し当てて、回収していく。酔いつぶれた夜は、いつも目が覚めたら先生の家だった」


 大河は深く息を吐き、それから六華の頬に自分の頬をすり寄せる。


「――じゃあ先生が、私が樹を生む前から気にかけてくれてたのは」

「俺の子だと知っていたからだな」


 大河の指が六華の髪をすき耳に触れて首筋を撫でる。


「俺が当時のことをまったく思い出せないのも正直不思議で仕方ないんだが……。それにしたってなぜ教えてくれなかったのか……」


 大河はぶつぶつと不満を口にしながら、六華の首筋に唇を寄せる。

 彼の熱い吐息が触れて六華はビクッと体を揺らした。


(近い……)


 大河との答え合わせに意識が集中して気づくのが遅れたが、話しながらキスをしたり、触れたり撫でたり、またキスをしたりと、大河のスキンシップが多いような気がする。


「あの……久我さん」

「大河だ。もうお前から誘ってくれとは言わないから。そのくらいはいいだろ?」


 大河が六華の肩に両腕を乗せて、頭の後ろで指を絡める。

 切れ長の目がキラキラと潤んだように輝いている。

 期待に満ちた目を見て、六華は『かわいい』と思ってしまった。


(私こそ……ずっと彼を名前で呼びたかったんだ)


 いや、これからは何度だって呼べるはずだ。

 成人するまで何者でもなかったリンではなく、大河と。


「――たっ、大河さ……んっ……」


 六華が彼の名前を唇に乗せた瞬間、大河がそれをキスでからめとる。


「たい、が……大河……っ……」


 気が付けば深く抱きしめられ、シーツの上に押し倒されていた。

 六華の上に覆いかぶさった大河の、深く、深く、六華の唇から紡がれる音を食べてしまうような甘いキスが続く。

 静かな病室に、ただふたりのひそやかな吐息だけがシーツの衣擦れと共に満ちていく。

 大河の体は大丈夫なのか、痛くないのか、気になったが彼自身そんな痛みはどうでもいいようで、ただまっすぐに六華を見つめて、腕の中に閉じ込めてうっとりとしている。


「竜の執着をなめるなよ……これからいやってほど思い知らせてやる」


 そして大河の宣戦布告に似た恋心が、これから六華の心に甘く刻み付けられるのだった。


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