成人の祝い 2
実際はもう少し挨拶の時間がとられているだろうが、これ以上ここにいてはミラベルの精神状態によろしくないと判断した結果だ。
レティシアが彼女を連れて行こうと促した時、横からデイナの美しい手が差し出された。
「僕が一緒に行こう、公爵と我が従姉にも挨拶をしたいし。ああ、実は僕も明後日からビエルへ行くんだよ。王太子殿下のお世話を仰せつかってね」
その言葉を聞くや否や、ミラベルの派手に尖らした口が綺麗な弧を描き、デイナの手のひらを優雅に取った。
「あら、じゃあおじ様にお願いするわ。色々とお聞きしたいこともありますし。レティシアは少しゆっくりしていてちょうだい」
そうしてさっさとその場を離れて行ってしまったが、自分も連れて行って欲しかったとレティシアは本気で思った。
目の前には、目も潰れそうなくらいきらきらした色男の二人組。まさかこんな派手なところ置いて行かれるとは思わなかったと、両手を合わせながらやきもきしていると、グラスに注がれたワインが運ばれて来る。
「どうぞ」
言葉少ないが有無を言わさない物腰で、銀髪の美青年にワインを勧められると、レティシアではなく何故か周りの方がきゃあと悲鳴を上げた。
これは、断ったら殺されそうだ……周りに。そう思ったレティシアは素直に受け取り、礼を言う。
「ありがとうございます。でも、お気になさらないでくださいね。私はミラベル様の、ただの付き添いなだけですから」
二人組の周りにさり気なく侍っている女性たちに向けて、ささやかながらも『私関係ありませんからー』という気持ちを込めて言ったのにも関わらず、騎士服の男前がそれを台無しにしてくれる。
「ミラベル嬢の付き添い?じゃあこれから君もパーティーへは頻繁に参加することになるのか。俺はマイクロン・コッズだ。よかったらお名前を教えてもらえるかな?」
「ええ、と……」
レティシアは爵位ある貴族令嬢にもかかわらず社交界デビューはしていないが、それでもこんな場合、どう対応した方がいいくらいはわかる。
ミラベルは、なんやかんや言いつつ魔王まで召喚したが、あの様子では早々に王太子との婚約が決まるだろう。
そうするとすでに十八歳になるレティシアが選択する未来は二つ。そのままミラベルへ付き添って王宮での職を得るか、もう一つは嫁ぎ先を見つけて公爵家を去るか、だ。
王宮就職はともかくとして、結婚相手を見つけるのなら、ここで最上級の笑顔を浮かべて淑女の挨拶をするのが正解なのだろう。
しかし、持参金云々を別にしても、正直この色男たちにあまり関わりたくはないと思った。
なぜならどうみてもレベルが高すぎるのだ。先ほどまで一緒にいたデイナ・ルミオズは辺境伯の子息であるし、コッズ家といったら武でも有名な伯爵家だった覚えがある。
残りの一人にしても明らかに高位貴族の子息だろう。とてもではないが貧乏伯爵家の手には負えない。
その上周りで聞き耳を立てる淑女、貴婦人を相手になど出来るわけがない。一瞬でそこまでの算段をはじき出したレティシアは、多少無作法であれ質問には気が付かない振りをして逃げることにした。
「あ!」
軽く声を上げ、人垣の向こうに視線を向けると、周りの意識がそちらに向いた。その隙にと足を動かそうとしたところ、良く通る澄んだ声がレティシアの耳に響いた。
「レティシア嬢、だ。ロズベール伯爵家のご令嬢だよ、マイク」
「ああ、なるほど。伯爵家のご令嬢か。通りで品があると思った」
レティシアの名を呼ぶ銀髪の美青年と再度目が合うと、眼鏡の奥に見えるグレーの瞳があやしく光っている。どこかで見たようなその瞳に、どうしてか落ち着かない気分にさせられた。
「ええ、確かにロズベール家のレティシアと申します。けれども、何故私の名を知っていらっしゃるのでしょうか?」
首を傾げ、無邪気を装い尋ねると、騎士服のマイクロンが爽やかな笑顔を見せながら銀髪眼鏡の美青年の肩に手を置き、軽口を叩く。
「この無表情はグレン・トールダイス。執務官で、趣味は他人の粗探しだから、こいつに知らないことはないよ」
「趣味なものか。仕事上知らなければいけないことが多いから覚えているだけだ」
「それにしても、我が家の様に滅多に王都には出てこない者までを……?」
しかも主不在の貧乏伯爵家の、一家族を本当に知っているのだろうか?それこそそんな芸当は『魔王』くらいにしか出来ないのでは、と思うレティシアに、銀髪のグレンは眼鏡の縁をいじりながら答える。
「種明かしをするならば、サイガスト公爵家を訪れた時に、君を見かけたことがある。一応これでも公爵家とは縁続きでね」
しまった、と人には見えないように唇をかんだ。
トールダイスといえば、公爵夫人の親戚筋で侯爵家のはずだったと今になって気が付く。レティシアの方が気付かなかったニアミスだとしても、高位貴族に対して失礼をしたと冷や汗が落ちる。
そんな彼女を見かねてか、グレンは何気なく静かに取り繕った。
「気にしないでくれたまえ。こちらが一方的に見かけただけだし、失礼というなら、今日の主役の方がよっぽど失礼だ」
「グレン、ミラベル嬢に思いっきり無視されてたもんな。何あれ?やっぱり王太子殿下をビエルへ送り込んだせい?」
「人聞きの悪い。俺は自分の仕事をしただけだ」
揶揄するように笑う二人にレティシアは軽く苛立った。確かに先ほどのミラベルの態度は褒められたものではなかったが、そんなふうに言わなくてもいいだろうと思う。
「しかし、あの様子では、又従妹殿には成人の祝いは少し早かったのかもしれないな」
その言葉にカチンとした。貴族らしい嫌味ではあるが、こんな言い方なら『魔王ロヴ』の直接的な文句の方が百倍マシだと言ってやりたかった。
持っているグラスに力が入り、気が付いたら色男二人組の前で、レティシアはワインを一気に飲み干していた。ぷはっ、と吐いた息が聞こえたかもしれないが、この際は気にしないことにする。そうして、彼女の突然の淑女らしからぬ行動に唖然としていた二人に向かい、ニッコリと笑いかけた。
「あら、飲み物がなくなってしまいましたので、失礼して取りにいって参りますわ」
あなた方とこれ以上話すことなどないわと言わんばかりに、颯爽とドレスの裾を翻し、ミラベルの方へと歩いて行く。
まあこれで、今後彼らから声を掛けられることもあるまいと思うと、若干惜しい気もしないでもないが、心の安定の為にはこの方がいいと思うことにする。
やっぱり結婚より仕事に生きた方が気楽だ。そう考えると、自分の主の元へと足を速めていった。