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成人の祝い 1

 ミラベルの成人祝いは、それは盛大に行われた。

 時節がら、派手なパーティーなどは自粛されないまでも、規模を小さくするものかとも思っていたのだが、全くそんなことはなかった。


 王家からも、各貴族には平時と同じ様に過ごすことと、お達しがあったからこそ、サイガスト公爵家としては忠実に御言葉を守るべきだと決めたのだ。


 煌びやかな公爵家の大広間には、多くの貴族がこぞって、そのミラベルの成人を祝うために駆けつけてきている。

 国王から内々の祝辞も届くほどの華やかなパーティーは、人の波が全くと言っていいほど途切れることはない。


「まあ、ミラベル様、とても素敵ですわ。まるでこの地に降り立った妖精のようです」

「本当にうっとりしてしまうほど美しいです。ご立派に成人なされたこと、喜ばしいですわね」


 豪奢で繊細なドレスやアクセサリーで固められたミラベルは、本当に可憐で美しい。

 口々に誉めそやす賓客たち。そしてそんな言葉一つ一つに丁寧な謝辞を返していく彼女は、確かにどこからどうみても理想の公爵令嬢だ。


 しかし、付き合いの長いレティシアにはわかる。どことなく上の空な返答しか返していないミラベルが気にかかり、こっそりと声をかけた。


「どうかしましたか?ミラベルお嬢様。もし御気分が優れないようであれば、お申しつけください」

「ありがとう、レティシア。大丈夫、そんなんじゃないから」

「けれども……」


 さらに声をかけようとしたレティシアに対し、扇で口を隠しながらミラベルは答えた。


「パーシーにも言われたの。主役は絶対に笑みを絶やすなって。だから大丈夫。しっかりやるから」


 昨日、ルミオズ辺境伯のビエルへと向かった王太子のパーシヴァルが、支度の合間を縫ってこっそりと公爵家にやってきたのは、三日前のことだった。


 広間でお茶を飲む間にも、相変わらず横柄な態度でいつも通りの軽口を叩きながら接していたが、どことなくミラベルの様子を窺っているようにもみえた。

 そうして、特別に何をいう訳でもなくいつものように王宮へ帰る直前に、一度だけ振り返って諭すように発したのがその言葉だったそうだ。


「そうですか。わかりました」


 王太子との約束をきっちりと守ろうとするミラベルが、とても可愛らしく見えたレティシアは、彼女の言うことを信用し、引くことにした。


「だから、レティシアも楽しんでね。折角今日はドレスを着ているのだから、誰かと踊ってみたらどう?」

「ええ……それは、まあ、機会がありましたら」


 いつものメイド服を脱がされ、久しぶりにドレスを着せられたレティシアは、すでに胸が苦しくてたまらない。

 こんなものを身に付けてダンスを踊ったり、料理を口にしたりするのだなんて、王都の貴族令嬢というものはどれだけ根性があるのかと、令嬢らしからぬことを思う。


 なにせレティシアは田舎生まれの田舎育ち。

 行儀に厳しい母親の元で躾けられてきたためマナーや振る舞いだけは自信があるが、身につけていたドレスは着古して動きやすいものだけ。

 都会の最新モードのドレスがここまで動きにくくキツイものだとは知らなかったのだ。当然一人では脱ぎ着も出来ないので、ミラベルの衣裳部屋にて侍女たちに手伝いをお願いしている。


 しかも、このドレスも公爵家からの支給品だから、そう簡単に脱ぐわけにもいかない。

 今日のお祝いを以て、ミラベルが成人したのだ。レティシアはこれから彼女に付き添って、一緒に社交の場に出向かなくてはならない立場である。


 婚約者の決まっていない高位貴族令嬢の側仕えの一番重要な仕事を放棄するつもりはないが、これはどうにかしてほしいと、着慣れないドレスの胸元を締め付けるがっちりしたコルセットを恨むレティシアだった。


 そうでなくてもこの成人の祝いの準備に、魔王ロヴの屋敷の掃除と、朝から晩までそれは目が回るほどの忙しいダブルワークを経てからの、体を束縛するようなドレスだ。


 ミラベルの言葉通りに楽しむよりも、早く体を休めたいという思いの方が強い。


「ふう。頑張れ、自分」


 そんなレティシアの小さなぼやきが大きな嬌声でかき消される。

 何事かと思い声のする方に目をやると、華やかな会場がより一層彩られる、正に華と呼んでも間違いのない美丈夫が並んで現れた。


 左側に立つ騎士服の男性は、背が高くがっしりとした体形をしているが、決して粗野には見えず栗色の短髪がとてもすっきりっとした印象を与えていた。


 そして右側の男性はと言えば、これはもう見るからに優男といった風采で、金色の長髪があっちへゆらゆら、こっちへゆらゆらとさ迷う度に、女性からの黄色い声が上がっている。


 これだけタイプの違う色男が揃って顔をだせばそれは女性たちも騒がしくなるだろう。

 そう理解したレティシアの意識がそこから離れようとした時、ふと強い視線を感じた。


 きょろきょろと見渡し探すと、その視線の先には例の色男たちがいる。

 いや、よく見ればその二人の間に隠れていたとはいえ、何故さっき気が付かなかったのか不思議なくらいの美青年がいたのだ。


 少し長めの輝くような銀髪を一つにまとめ、眼鏡をかけたその姿は、少し冷たい雰囲気を醸し出してはいるが素晴らしく品がある。

 そんな男性がこちらへと視線を向けているのが、レティシアにはなんとなく落ち着かない。


 次第に周りもその銀髪の彼の視線に気がついたのか、ざわつきながらレティシアの方へと顔を向けてくる。


「あの、お嬢様……私少し席を外しますので」


 あまりの居たたまれなさに、視線の反対側で挨拶を交わしているミラベルへ、そっと耳打ちすると、その大きな瞳をよりいっそう大きくして、「あら?」と小さな声を出した。


「デイナおじ様ではなくって?ご機嫌よう」


 こちらを見つめる視線の先にいる男性たちに気がついたミラベルの素っ気ない挨拶に対し、きらきらしい笑顔で近づくのは、金髪の少し目尻の下がった優男だった。


「やあ、ミラベル。成人おめでとう。相変わらず可愛らしいね」

「ありがとうございます。おじ様も相変わらずふらふらしていらっしゃるのね」


 祝いの言葉を受けながらも、つんっと顔を背け、貴族らしからぬ直接的な嫌みを言うミラベル。

 そんな彼女の振る舞いに、慌ててたしなめようと口を開きかけたレティシアだがその間も無くミラベルが追撃する。


「おじ様は大叔父様のところへはいらっしゃらないのかしら?ビエルは今大変なのでしょう?」


 その言葉でレティシアも気が付いた。ミラベルの嫌味も、無理はない。

 デイナおじと呼ばれた金髪の優男は、彼女からしたら『無理矢理パーシーを戦場に連れ出した』例のルミオズ辺境伯の三男、デイナ・ルミオズだ。


 しかしその彼も、外見を裏切ることなどないほどに女性の扱いには長けた者らしく、そんな可愛らしい嫌味など気にも留めず言葉を続ける。


「そうでもないさ。陛下も仰っておられただろう?平時となんら変わらないよ」


 そう言って、軽くウインクする姿はとても華やかだが、それに反してどんどんとミラベルの機嫌が悪くなっていく。

 さらなる悪態をつく前にとレティシアが声を掛けた。


「お嬢様、そろそろダンスのお時間ですわ。サイガスト公爵様がお待ちになっておりますので、どうぞこちらへ」


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