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契約 2

「よう。延期の連絡は来たな。早速だが昨日の部屋から掃除をしていけ。あとは帰る前に軽食を頼む」


 確かに自分の部屋に入ったはずだった。

 なのに、気が付けばそこは魔王の屋敷だ。


 部屋の扉を開けると、昨日と同じように空気の揺れが起こったように思えた。

 途端、そこにはふてぶてしく笑う『魔王ロヴ』が目の前でレティシアを見下ろしている。


 突然の出来事だったが、想定していなかった訳ではない。相手は魔王だ。


 昨日別れ際に、魔陣牒は畳むなと言っていたからには、あれが通行許可の様なものなのだろうとも思っていた。

 ならば彼の屋敷と彼女の部屋は今現在も繋がっているはずだと。


 だからレティシアは、その目の前に立つ男に対して、躊躇なく上げた右手を振りぬいた。


 頬を打つ、大きな音がその部屋に響いたのと同時に、レティシアの手首はロヴに掴まれ握られている。


 大きなその手がぎゅうっと力を入れると、手首の骨が軋み、手のひらの力が抜けていくのが分かった。


「っ、痛い」

「ふざけんな、叩かれたのは俺の方だ」

「避けられたでしょう。そっちこそ、ふざけないで!」

「避けてやってもよかったが、そうしたらこんなふうにお前から俺に飛び込んではこないだろう?レティ」


 グイっと顔を近づけて、レティシアの瞳をのぞき込む。

 こんな非道な魔王だというのに、やはりその垣間見える瞳は輝くように美しいと思ってしまった。


 しかし、彼のやったことは重大だ。願いを叶えるためとはいえ、争いの種を蒔くなど言語道断である。


「大体っ、何よ、何でワーガットが攻めて来たっていうの?あなたのしたことでしょう?ミラベルお嬢様だって、そこまでして延期を望んだ訳ではなかったのよ!もう、いいから止めて頂戴、延期なんてしなくてもいいの。あと、レティって呼ばないで!」


 レティシアがそこまで一気に言い切ると、ロヴは彼女の手を離し、一際書類の山になっている机の上から一枚の紙を取り出して、こちらに向けて見せた。


 全く読むことの出来ない文字で何かが書かれているのはわかるが、内容まではわからない。レティシアが首を傾げると、ふっと息を吐き出してロヴが説明をし出した。


「これは、昨日の願いに対する契約書だ。願いを口に出し、それを俺が了承した時点で契約は履行される。つまり、もうこの流れは止めることは出来ないってことだ」


 あまりに淡々とした口調が、この状況がもうすでに引き返せないところまで来ているのだということを、示していた。

 なんてことをしてしまったのだろうと、思っても元の木阿弥だ。


 勿論、この契約を仕掛けたのはミラベルだが、レティシアにだって口にこそ出さなかったけれども、魔王と接触することについてはある目論見があったのだ。

 だからこそ、本気で強くは止めようとしなかった。


 しかし、そんな都合のいい話などなかった。自分たちの愚かな願いで、国が、王太子が、危機に陥る可能性など想像もしていなかったと、今さらながら体がガタガタと震え出す。


 そんなレティシアの前に、ゆっくりとロヴが近づく。そうして柔らかな彼女の栗毛にそっと手をかけ、一房を指に絡めとった。


「俺に逆らうな、レティ。お前が俺の条件を飲めば必ずパーシーは帰ってくる」

「え……」

「最初に言ったぞ。延期だ、と」


 そういえばと、記憶を反芻する。確かに中止ではなく、婚約発表の舞踏会は延期だと彼は言った。

 延期ということは、逆に言ってしまえば、次の機会には必ず行われるということなのだ。


 勿論再延期という可能性もないではないが、王太子の婚約発表がそんなにも延びることもないだろう。


「だから、俺に逆らうな。契約には報酬が必要だろう?」


 『魔王ロヴ』はそう言うと、指に絡めたままのレティシアの髪を口元に運び、唇を落とした。

 わざと立てた、チュッという軽いリップ音で我に返る。


「ひっ!わ、わかりました!わかったから、離してっ……ください」


 昨日ここへ来た時と同じような格好で、メイド服の胸元を庇い隠すレティシアに、ロヴは笑いながら彼女の髪を解放す。


「じゃあ、約束通り、部屋の掃除をしていけ。それから、軽食も忘れずにな」


 クックッと喉を鳴らすように笑うロヴに対して、からかわれた、と気がついたレティシアだが、言い返すことはせずに、ぐっと飲み込み我慢する。


 その代わりではないが、どうしても聞きたいことがあるのからと、最後に二つ確認をした。


「あの、王太子殿下は、本当に無事帰って来られるのですね?」

「ケガも病気もさせはしないさ」

「あと……ビエル地方の方々も大丈夫でしょうか?」

「ああ、心配しなくてもいい」


 先程までの揶揄するような顔つきから一変し、今度は柔らかな笑みをたたえ答える。

 その妙に色気のある表情にどきりとさせられたレティシアは、軽く会釈をすると急ぎ、昨日案内された部屋へと入って行った。


 だから気がつかなかったのだ。ロヴの小さな呟きに。


「辺境伯の所へ行って、無事かどうかの判断は人によるがな」


 そうして、彼は楽しげに机に向かい、今日の仕事に没頭し始めた。


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