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模索 2

 たった一日で過去からの移動を可能にする魔法が出来てしまったことに大きく驚くフォルツだが、その会話に耳を立てて聞いていたブランが混ざることによって、話は妙な方向へ向いてしまった。

 しかし、言うにことかいて鼻が悪いとは流石に獣の言うセリフだ。


「やかましい、レティは過去に飛んでんだよ。お前の鼻だって無理だっただろうが」

「んびゃっ!痛いなあもう」


 イライラが頂点まで達しかけていたグレン・ロヴの怒りがブランに向かい、魔力の圧になって降りかかる。

 直接ぶつけられているわけでもないのに、その魔力の波動だけでまた魔力酔いに似た症状にかかってしまったフォルツとは違い、直接当てられたはずのブランは痛い痛いとむくれるだけで済んでいる。


 これが魔力の違いなのかと、フォルツがふらふらする頭を抱えて一人と一匹の喧嘩を見ていると、ブランが平然とグレン・ロヴへ向かい言い放った。


「ふーん。俺はレティが呼んでくれれば行けるもんね。ロヴと違って探す必要ないもーん」


 その言葉に、一瞬で食いついた魔王は、気が付けばブランの首根っこを抑えつけていた。


「ありゃ?何、ロヴ?怖いんだけど?」

「おい、ブラン。お前いつの間にレティシアと契約していた?」


 ついさっきぶつけた魔力の圧など問題にならないほど大きな圧の渦に、さしもののブランも、首を竦め素直に答える。


「ええと、レティが熱出した、日?」

「会ったその日だろうが!それを早く言え!」


 言葉は乱暴だが、語気は明るい。

 レティシア救出に大きな足掛かりが出来たと、ブランを引きずり机へと向かった。


「よし、これを持っておけ。ブラン」


 そう言ってブランの首に紐をつけ、そこに出来立てほやほやの魔陣牒をくくりつけた。

 慣れない飾りに体をぐねぐねと動かし、落ち着かない様子だが、それを決して外そうとはしない。


「何これー?」

「レティがこっちへ戻るための魔陣牒だ。呼ばれたら、飛べるな?ブラン」

「もっちろーん」

「俺は、今から王国全土に時間をさかのぼって感知をかける。レティの右手に付けた魔法陣とブランの契約両方を紐づけて、絶対に探し出してやる」


 とんでもないことを事も無げに受け答えする魔王と魔獣。


 こんな化け物みたいな生き物が本当に存在していたことも知らずに、少しくらい魔力があるからと、魔陣牒を勝手に作って売り払っていた自分たちが情けないと、フォルツは悔やむ。

 しかも、そのせいで恩人であるレティシアを危険にさらしているのだ、どうにかして役に立ちたいという思いすら役に立たないという言葉で一蹴された。


 どうあがいてもフォルツに手伝えることはない。

 だとしたら、彼が出来ることと言ったらただ一つ。正しい知識を身に付けて、二度と人として間違いを起こさないようにすることだけだ。


 意を決して、レティシアのために準備をしている彼らに向かい、声を張り上げた。


「……あのっ、もし、もしよかったら、本を、読ませてください。ここの、本を……俺、バカだから、全部間違ったことばかりで、みんなに迷惑かけて、だから、お願いします!」


 土下座する勢いで頭を下げるフォルツを見て、呆気に取られるグレン・ロヴだった。

 この状況で何を言い出すかと思えば、知識が欲しいなどとは笑うしかない。

 だが、少なくとも反省をしてることは確かなのだろう。強く握りしめた拳から見える指が真っ赤になっているのがわかる。

 どちらにしても集中したい彼は静かに本棚に向かって指をさした。


「好きにしろ。だが、万が一魔陣牒を模倣しようとしたら、今度こそ牢屋に放り込むから覚悟しておけ」

「……はいっ!」


 その返事をするやいなや、フォルツは黙って本棚に向かう。

 そうして、グレン・ロヴがレティシアを探し当てるのを静かに見守ることにした。


 机の上の本を全て薙ぎ払い、そこにアウデイン王国の地図を取り出すと、指で何かを書き上げていく。

 その上、フォルツの耳には聞き取れないが、何故か頭に流れるような呪文が響き渡った。音楽のような響きに耳を傾けていると、ふいにその呪文がぴたりと止まった。


 瞬間、地図の上に光の魔法陣が浮かび上がる。

 グレン・ロヴは身じろぎもせず、その魔法陣に手をかざしたままひたすら宙を見続けた。


 そうしてどれくらいたったのだろうか。随分と長い時間だったかもしれない、けれどもほんの短い時間だったのかもしれない。

 ただ、一心に魔法陣を見つめている魔王グレン・ロヴの手のひらが動くのと、魔獣ブランの耳がぴくんと立ち上がったのは同時だった。


「きた!」

「行くね」


 そう一人と一匹の言葉が重なると、ブランが音もなく消えた。


 深くため息をつく魔王だけがそこに残る。

 だがその瞳からは、先ほどまでの祈るような光は消え、きらきらと星が瞬くような輝きがさしていた。


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