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模索 1

 ただひたすらに研鑽を重ねる。そんな日々の研究などよりも、ずっとずっと大事で重要な構築を考え、すでに丸一日以上が経っていた。

 その間、グレン・ロヴは一睡もせず、食事すら一切とっていない。

 ただ一、二度、その部屋に居る少年フォルツを思い出し、適当に何か食べ物と飲みものを出してやったが、彼自身がそれを手に取ることはなかった。


 とにかく、早く、早く、レティシアを捕まえないと。物理的な距離よりも、時空的な距離はもの凄い勢いで離れて行ってしまう。

 だからこそ、スピードが大事だというのに、焦りという感情が邪魔をして思う通りの構築ができない。

 これはグレン・ロヴが魔王になってから、いや魔法を使い始めてから初めての経験だった。


「レティ……」


 机の上に肘を立て、両手でこめかみを押す。そうしてレティシアの名を呟けば、笑う彼女の姿が浮かぶ。

 こんなことをしていられないと、転がるペンに手を出したところで、ふわりと温かい湯気が立っていることに気が付いた。


「なんだ?」

「……ト、トイレを探していたら、キッチンがあったんで。その、あんた昨日から何も食ってないし、少しでもなんか口にした方がいいかと思ったんだけど……勝手に、悪い」


 机の隅、彼の邪魔にならないように差し出されたのは、レティシアが居なくなる前日におやつ用にと置いていった焼き菓子と淹れたての紅茶だった。


「ああ、そうか」


 レティシアに掃除だけでなく料理も作らせるためにキッチンを改造したのを思い出した。

 栄養を摂取するだけなら、魔法で食べ物も飲み物だって取り寄せればいいだけなのに、何故そんなに面倒くさいことを契約に取り入れたのかなんてわかりきっている。


 大事なのは食事なんかじゃなく、レティシアとの時間だったからだ。

 彼女が作ったものを、一緒につまみながら話す時間、それこそが彼にとっての至福の時間だった。


 焼き菓子を手に取り、じっと見つめるグレン・ロヴに、フォルツが遠慮がちに声をかける。


「あの……勝手に使って、悪かったかな?」

「そうだな。もう二度と使うな。あそこは、レティの場所だ」


 手に取った焼き菓子を口の中に放り込み、魔法陣の構築に戻ろうとしたところ、グレン・ロヴの目に、空気の裂け目からにょきんと顔を出すものが見えた。


「あー、いい匂いすると思ったら、レティのお菓子ー!」

「ひぃっ!」

「ブランか。食いたきゃ食え」


 突然現れたその人語をしゃべる獣に驚きフォルツが後ずさったが、彼らは当たり前の様に会話を続ける。


「レティ見つかったの?ロヴ」

「まだだ」

「なんだー。早く遊びたいのにー」


 渡された皿の上から遠慮なく焼き菓子を頬張るブランを見て、さらに後ろへと下がるフォルツが、とうとう我慢できなくなり声を張り上げてしまった。


「なっ、なんだよもう!ここ、魔王の次は、しゃべる犬とかおかしいだろ!?」


 一瞬きょとんとしたブランが、グレン・ロヴの方へ顔を向け、何あれと言わんばかりに首を捻る。


「レティが消えた原因の一つだ」

「なんだ、じゃあ食べちゃおうか?」


 ケロリとしたその言葉と共に屋敷に壁に映ったものは、ブランの大きさを遥かに超える、角を突き出し鋭い牙をむき出しにして口を開けた、超大型の獣の影だった。


「ひっひっ……」


 あまりの豹変に言葉もでないほど慄いたフォルツがへたりと床に沈む。

 大型の犬だと思ったものが、これではまるで物語に出てきた魔獣そのものだと、ぶるぶると震えが止まらなくなていった。そこでようやく彼に助け船が出る。


「やめとけ。食ったらレティに嫌われるぞ」

「じゃ、やめた。やめたよ。食べないよー」


 コロッと態度を変え、先ほどまでの恐ろしいほどの相貌と魔力の圧は消えたが、レティシアに嫌われなければ自分は食べられたのだろうかという疑問はフォルツの中に残ったままだった。


 そうしていると、するりと体をくねらせ、魔王の足元に丸くなるブラン。

 その姿だけを見ればまるで本当の犬のような気がするが、人としての常識がなく自由気ままに過ごしている分、魔王以上に絶対機嫌を損ねてはいけない存在だと理解した。


 それにくらべれば、非常に恐ろしいがまだ人型だけに、グレン・ロヴのほうが会話がしやすいのではないかと思う。

 さあどうやって声をかけたものかと、フォルツがもじもじしていると、イラついたような彼から先に言葉を投げかけられた。


「何か用か?」

「俺っ、何か出来ることないかって、思って、その……迷惑ばかりかけてたから」

「お前に出来ることなんかない」


 むすっとした返事に、フォルツの気持ちが一気に落ちる。やはりどちらにしても邪魔にしかならないのかと思うと、自分の不甲斐なさに嫌気がさした。


「大体、こっちに連れ戻す魔法陣の構築は出来てんだ。後はどうやって、見つけだすかだけだ。静かにしていろ」


 そう、グレン・ロヴがフォルツにキツイ一言を浴びせかけると、欠伸をしながら呑気に魔獣が口を挟んだ。


「なんだ、まだ見つけてないの?ロヴ、鼻悪いね」


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