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焦り 2

「え、何、これ……うえっ、う……」


 グレン・ロヴが飛んだ先は、ケルンの庭にある屋敷の書斎だった。

 レティシアがかなり掃除したといっても、この部屋は主の使い方が雑なため、あっという間に元のように片付かない部屋となってしまう。


 しかしフォルツが感じているのはそんなことではない。

 本棚には山のような魔法書。机の上にも同様の本と魔法の書付が無造作に置いてある。

 そんな膨大な魔法関係の記述に囲まれ、彼は魔力酔いを起こしかけていた。


 持っている魔力が大きい人間ほど魔力には敏感だ。

 自分の魔力を大きく上回る魔力の渦に、飛び込ませられたようなフォルツが酔ってしまっても仕方がないだろう。


 この魔王の屋敷で平然としていられるのは、魔力ではるかに凌駕するグレン・ロヴや、違う次元の魔力を有する魔獣のブラン、そして全く魔力の欠片もないレティシアぐらいなものだった。


 この時代、魔力を全く持たない人間の方が大多数を占めるのだが、その中でも小さな頃から魔陣牒にもほとんど触れることがなく魔力の干渉を受けてこなかったレティシアは、魔力自体に対して普通の人間よりもさらに鈍感なままで育ってきたらしい。


 それが幸か不幸かは、人によるとしか言えないが、少なくともグレン・ロヴには僥倖だった。


 魔力を隠しきったグレンの姿ならいざ知らず、大きな魔力を垂れ流しているロヴの姿にも、この屋敷にも全くレティシアは物怖じしなかった。

 それどころか対等にものを話し、接し、彼に笑いかけるのだ。

 だからこそ、彼はもう彼女を離すことなど考えられない。例え乱暴な手であれ、何をしても連れ戻すと、そのための話を聞き出す為にフォルツを屋敷に連れてきた。


 書斎の椅子を引き、どがっと音を立てて座る。そうして胸をさすりながら気持ち悪さに耐えようとしているフォルツに向かい手を軽く振った。

 そのたった一つの動作ですっと胸が軽くなったフォルツが、驚いてグレン・ロヴの方を見やると、先程までの銀髪だった彼が、黒髪になっていてまた驚く。


「……な、なんで?」

「話せ。お前の知っていること全てを、この魔王ロヴにな」


 伝説の魔王ロヴの名を聞き、自分の命運を知ってしまったようなフォルツだが、これでレティシアを助けられるのならばと、勇気を振り絞りその怒れる魔王へと話し始めた。


***


 そうしてレティシアとの出会いから、さっきまでの出来事を話し終わると、それまで黙って話を聞いていたグレン・ロヴが、ギリっと歯ぎしりをし、椅子から立ち上がる。


「やっぱり古の魔女の魔陣牒か、質が悪い」

「いにしえの、まじょ?」


 魔法書でいっぱいの本棚に寄り、迷いなく一冊を抜き取るとページを確認してフォルツへと向ける。

 そこには、祖父が持っていたのと同じ魔陣牒の符号が書かれていた。勿論そのままでは使えないようにと魔力で斜線が引かれていたが、穴が開くほど眺めていたものだ、間違いない。


「これっ!これ、です……でも、どうして?」


 グレン・ロヴは本物を見たわけではない。

 符号の隅が写っていた切れ端とフォルツの話だけでこの魔陣牒を探し当てたのだ。


「あんなもの切れ端だけで十分だ。わからなければ魔王の資質はない」


 魔王の屋敷で魔王と話し、これ以上驚くことはないと思っていたフォルツだが、あんぐりと口を開けたままになってしまう。

 どれだけなのだ、魔王とはと思うしかない。


「時間がないから簡単に言うが、あれは魔女が自分の最後の時に使うものだから、男には使えない。それで、レティとその女だけが飛んだんだ」


「男には使えない……だから、爺ちゃんも、俺も、使えなかったのか」


 ようやく合点がいったと、一瞬だけだがレティシアのことも忘れて頷くと、ダンッ、と大きく床を踏み鳴らしたグレン・ロヴがその持っていた冊子を振り上げ壁に投げ捨てた。

 冊子は勢いよく壁に当たり、無残にもただの紙となり果てて床に散らばり落ちた。


「ふざけるな!お前らの下らない感傷のせいで、レティをこんな目に合わせやがって」


 フォルツの体がビクッと跳ねる。


「いいか、過去に飛ぶということは魔女ですら死ぬときだけだ。戻ってくるものじゃないんだよ。それすらも知らないのに、下手に正体不明の魔陣牒に手を出しやがって、アホがっ!」


 荒い息を立てそう言い捨てると、漆黒の魔王ロヴは片手で顔を覆いながら小さく震える。

 今どうなっているかわからない彼女への思いが痛々しいほどに溢れ出ている。


 その姿を見て、フォルツはようやくあの魔陣牒がどんなものなのかという本質を知ったのだ。

 そんなものを軽々しく人に見せ、得意げに語った自分がどんなにバカだったのか今になって思う。


 なんとかしてレティシアをこちらへ戻したいと、帰ってきて欲しいと、何か見落としはなかったかと必死になって考えていると、彼女が飛ぶ一瞬前に何かを口にしたのを思い出した。


「……お父様」


「は?」

「うん。レティシアは、あの時、飛ぶ瞬間『お父様』って言った。そうだ、確かに呼んだんだ!」


 グレン・ロヴへと顔を向け、大きな声で叫ぶ。

 途端、本棚から一冊の本が飛んで彼の手に乗った。

 貴族名鑑と表紙に箔押しされたそれは、もの凄い勢いで捲られていったが、ロズベールの家名のまできたところでピタリと止まった。


「フレドリック・ロズベール伯爵、享年三十五歳、王歴二百三年六の月四日死去……これか」


 一文を読み呟くと、魔王らしく無動作で飛んだ。

 一瞬のことでフォルツには何があったのかわかっていないが、レティシアの為に動いているのは確かだろうと、黙って待っている。するとさっきいなくなったのと同様に、またいつの間にかこの場に戻っていた。


「ドートー川の氾濫か。確かあの時期は大雨が続き災害がやたら起きた時だった」


 魔王を代変わりしてすぐの時期だ。色々としなければいけないことが多すぎて、災害対策まで目が届いていなかったのかもしれないと、グレン・ロヴの胸が軽く痛んだ。

 けれども今はそんなことを考えている場合ではない。


 おそらく、レティシアはこのあたりに飛んでいるとあたりをつける。

 もしかしたら、もっと前の思い出の日かもしれないが、今彼にわかるのはこの父親が亡くなった日だけだ。藁にもすがる思いでこの日にかけるしかない。


「絶対に連れ戻す。レティ、待ってろ」


 そう呟き、過去へ移動、それから現代へと戻ってくることの出来る魔法陣の構築に急いだ。


 そこで黙って見つめている少年のことなど全く頭に残っていないほど集中しながら。


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