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ケルンの庭 1

「それで?中止にしてくれるの、してくれないの?」

「お前なあ。そんなに簡単に出来ると思ってるのか?王家の舞踏会だぞ。しかも、パーシーの婚約式だ。無理無理」


 レティシアのベッドの上、遠慮なくどかっ座り込む男は、ミラベルの無茶ぶりに適当にひらひらと手を振り答える。

 彼は仮にも魔王だというのに、見た目からしてかなり年下のミラベルに対してもとても寛容だ。そして彼女自身、彼にとても懐いているように見える。


 その様子に違和感を覚えたレティシアは、なんとか気力で立ち上がり、ミラベルが座る椅子の隣に付く。そうして横目でロヴと名乗った男の様子を伺い見た。


 肩までかかる黒髪は、ぼさぼさのままだけれど豊かで艶やかだ。櫛さえ入れればとても見栄えのいい髪になるだろう。

 身につけているローブも若干汚れているものの、かなり質のいいものに見える。そして、口調は随分と乱暴だが、所作がとても綺麗なのに驚いた。


 このロヴという男は、本当に彼が自称する通り、魔王なのだろうか?確かに魔法らしきものを使ったところは、レティシアも目の当たりにした。

 しかし、魔法だと言われても、未だかつて目にしたことがないのだから、目にも止まらぬ速さで魔陣牒を使ったとしたのなら自分に区別はつかないと考えた。


 なんだ、落ち着いてみれば意外とタネが知れるものだ。そう、この期に及んでみっともなく自分を誤魔化していると、件の『魔王』と目があってしまった。


「お茶淹れろ、レティ」

「は、なんで私が?無理ですよ。あと、申し訳ありませんが、愛称で呼ばないでください」


 主人でもなんでもない人、いや魔王に、お茶を淹れろと言われても快諾出来ない。しかも今日は黒の日であり、ただでさえ来客の予定などないのだ。厨房の誰にもわからないようにお茶など用意出来るわけがない。

 そういった意味で発した言葉だったが、彼はそうはとらなかったらしい。


「この俺に、自分で淹れろって?いいから淹れろ。喉が渇いた」


 彼の親指でしめされた所には、何故かワゴンに乗ったティーセット一式が置かれていた。しかも、湯気立つほどの熱々のお湯までが現れているではないか。


「え?あれ、なんで……?」

「ロヴ、私ケーキも食べたい」


 図々しくもミラベルがそうお願いし、「太るぞ」と、ロヴが一言口にしただけで、そのワゴンの上に、それは艶々のチョコレートケーキが二つ出現した。


 なんというか、もう頭が付いていかないレティシアは、考えることを放棄して、機械的にただお茶を淹れる。そうして淹れたお茶を手渡すと、彼は満足そうに頷いた。


「うん。旨い」


 怪しげな相手でも、褒められれば気分もいい。そういった楽天的なところがレティシアにはある。そのまま気分よく、チョコレートケーキを手渡そうとすれば、それは手で制された。


「そいつはお前の分だ。食え」

「美味しいわよ、レティシア。あなたも座って食べなさいよ」


 よく見ればティーカップも三つある。甘いお菓子も大好物だ。

 ならもう、主従関係はこの際放っておいて、この状況をなんとか理解すべきだろうと、レティシアは部屋の隅っこに置いてあった収納箱を引っ張り出し、その上に座って言った。


「それで?お嬢様。あなた本当にどうするおつもりですか?」


 下手をすれば、不敬罪で死刑か、良くて一生を修道院で過ごすことになるようなことを口にしているのだ。

 それ相応の覚悟があるのだろうと思いきや、ミラベルは頬張ったケーキを飲み込むと、うっとりとした口調で言い放つ。


「私ね、――恋がしたいのよ」


 ダメだこれは。一瞬で呆れかえるレティシアだった。


「胸がどきどきするような恋がしたいの。折角来週には成人して、これから色んな社交場からお誘いが来るっていうのに、パーシーと婚約なんてことになったら、二度と恋なんて出来ないじゃない!」


 それはそうだろう。どこの世界に、王太子の婚約者相手に恋の駆け引きをするような輩がいるというのだ。

 大体、王太子がフライングをしてまでミラベルに教えたのも、そんな馬鹿な考えを起こさせないようにしたかったからではないのかと、レティシアは考える。


「そんなに恋がしたけりゃ、パーシーとしろ。そうすりゃあ全部丸く収まる」

「嫌よ、あんな意地悪男!お子様だし、ドレスも褒めてくれないし、全然ロマンティックじゃないわ」


 ツンっと顔を上げて不機嫌になるミラベルに対し、どう説得をしようかと考えていると、いい加減この会話に飽きたような男が、眠たそうな顔であくびを一つして言った。


「ああ、もういい。じゃあ、中止じゃなくて延期でどうだ?来月の白の日ではなく、その次の白の日、三か月後に婚約発表だ。その間に恋でも駆け落ちでもやりたいことをやれ」

「ええーっ!?ちょっ、え?」

「うーん……もう少しなんとかならない?」

「なる訳ない。それが嫌なら、俺はこのまま帰るぞ。延期もなしだ」

「……わかったわよ。じゃあ頼んだわ」

「上から物を言うな。本当にお前は……」


 まさかの提案に驚いた。というか、魔王ともなると、王家の行事すら変えられるのだろうか?そう思うと身震いがする思いのレティシアだ。


 しかし、そう話がついてしまったのなら仕方がない。こんな人事を超越した力で決められたことなど自分にはどうしようもないと諦めた。


 自分に出来ることと言えば、これ以上王家の婚約にまつわるなんやかんやに巻き込まれない内に、次の就職先を探すしかないのだろう。

 そう考えていると、いつの間にか魔王ロヴに手を取られ、グイっと肩を抱かれていた。


「あ……あのっ、これは一体?」

「ああ?お前が代償の身代わりだろう?だから、ここで魔陣牒を開いたんじゃねえの?ミラベル、願いを聞いてやったんだ、当然だよな」

「ごめんね、レティシア。そういうことだから、お願いするわね」

「そういうことか、私が生贄かっ、こんにゃろうっ!!」


 つい、昔領地で年の近い庶民の友人たちに教わった暴言が口をつくが、気にしてなどいられない。


 舌を出すミラベルに対し、レティシアの手がでる。

 体罰は嫌いだが、これはお尻をペンペンしてやってもいいだろうと、ミラベルを捕まえようとしたところ、突然空気がゆらりと揺れだした。


 あ、待って!そう思ったのと同時に、目の前の景色が変わる。


 もはやそこは、毎日見ているはずの、公爵家からあてがわれた居心地のいい自室ではなく、山のような本と紙が積み上げられ、あやしげなビン詰めや木箱やらがあちらこちらに転がる、いかにも不思議な空間だ。


「ようこそ、レティ。『魔王ロヴ』の屋敷へ」


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