焦り 1
部屋のランプの灯りが落ちてから、もう随分と時間が経っているはずなのだが、今が一体何時なのかわからない。
フォルツはその真っ暗な部屋の真ん中で、じっと床に座り小さく丸くなっていた。
レティシアが、突然乱入してきた彼の元客である貴族の女と共に、この部屋から突然消えてしまってから、ずっとだ。
祖父の形見のあの魔陣牒、『過去の会いたい人のところへ向かう』ことが出来るということだったが、あの瞬間まで発動したことはなかったのだ。
祖父が何度試しても、そして祖父が亡くなった後のフォルツも全く使うことが出来なかった。
何故今になって、彼女たちが使うことが出来たのかは謎だが、彼が打ちひしがれているのはそんなことが理由ではない。
あの魔陣牒を使うことはすでに諦めていた。ただ、祖父の形見として持っていこうと思っていたのだ。それだけだった。
だからこそ、結果としてレティシアに使用させてしまったことに慄いているのだ。
あれだけフォルツのことを心配し、助けてくれた彼女。それだけでなく、彼の我がままを聞いてくれ、ここまで足を運んでくれたというのに、なんということをしてしまったのだろうと、思えば思うほど後悔で動けなくなる。
フォルツから少し離れたところには、彼女たちと同じように飛ぼうとしてはじき出されたオットーが壊れたように座っていた。
このまま彼と同じように壊れてしまえば、レティシアを過去に飛ばしてしまったという自責の念も忘れてしまえるのかと、狡い考えが頭の中によぎったが、それだけはしてはいけないと奮い立った。
レティシアを、なんとしてでもあの優しい彼女を元に戻さなければと、足に力を込め立ち上がったその瞬間、フォルツの目の前に立つ突然の訪問者の存在に大きくのけ反った。
「うわっ!なんっ、だ、」
「おい。レティはどこだ?」
誰だと問う前に気が付いた。
暗闇の中でも異様な存在感をまとわりつかせるこの男は、疑似・偽造魔陣牒を取り締まる役人で、フォルツがそれを売っていた頃には真っ先に避けるべき人物だった。
「あ、あんた……」
「上手く隠したもんだが、ここに来たのはわかってる。レティは、どこにいる?」
フォルツのシャツの胸元を引っ張り、足を半分浮かせた状態で強引に立たせながら問いかける姿はほとんど尋問だ。
裏家業に手を染めていたとはいえ、まだ十三の少年がこんな冷気吹きすさぶ圧をかけられる目に合えば、苦しいと思うよりも、怖いと思っても仕方がない。
しかしそれでも、この男グレン・ロヴがレティシアのことを思いここへ来たということだけは理解できたので、なんとか現状を伝えようと、どもりながらも必死に答えようと口を開けた。
「あ、レ、レティシアはっ、あ……ま、魔陣牒、で……」
「魔陣牒?」
そこで初めてグレン・ロヴは何か魔力の残滓のようなものが残っているのに気が付いた。
刺すような視線を落とせば、そこには魔陣牒の切れ端が見て取れる。
おそらくバーネットが発動し、そこにレティシアが手をかけた時に破れたのだろう。
符号の全体像は見えなくとも、その一部と魔力を見ただけでも、魔王と呼ばれるグレン・ロヴにはその魔陣牒がどんなものなのか察しがついてしまった。
「クソッ!何をしやがったんだ、お前!」
その容姿と立場には似つかわしくないほどの乱暴な言葉でフォルツを締め上げた。
その手荒い突き上げに息が詰まりむせる。げほげほと、声も出せないくらいぐらいだが、グレン・ロヴの手は緩まない。
「おいっ!」
そう追及の声を上げたところで、外がざわざわと騒がしくなる。足取りを追った魔法に追いついたのだろう、灯りを持った騎士が数名到着したようだ。
「トールダイス様、すみません。遅くなりました」
「いや、いい。俺が一番近くにいたようだ」
騎士の中で一番年かさの男がグレン・ロヴへと声をかけると、彼はあっさりとフォルツを離し執務官の顔に戻る。
騎士の中の一人が、魔陣牒を使い部屋に灯りをつけると、今まで暗闇の中にいたフォルツや、薄い灯りだけで移動していた騎士たちは顔をしかめた。
そして次の瞬間、その小さな部屋に居たもう一人の存在に気が付いたのだ。
「……っ、これは、グランボク子爵家のご子息オットー様では?トールダイス様、例の、エキレーゼ侯爵家ご令嬢誘拐の疑いで、昨日から捜索をかけられていますが」
「そのようだな。とはいえまだ疑いだ。丁重に扱い、連れて行け。それから念のために、この長屋の住人にも話を聞くように。全員が集まり次第手分けをして行動しろ」
その問いにあっさりと同意し、テキパキと指示を出す。
そうこうしていると、指揮官であるマイクロン・コッズが到着をした。
「おいおいおい。何これ?なんで被害者変わってんの?いつ伯爵令嬢から侯爵令嬢の捜索になったんだよ」
連れ出されるオットーの顔を確認するや否や、部屋の中に残るグレン・ロヴの横に立ち、こっそりと耳打ちする。
すると彼は舌打ちを鳴らし、忌々し気に言葉を吐き出した。
「非常事態だ。後は任す」
「え、どっちが非常事態だよ。エキレーゼ侯爵令嬢?それとも、さあ……」
「レティに決まってる。何か用があれば家まで来い」
そう言い切ると、フォルツの腕を取り部屋を飛び出した。
「ちょっ、俺お前ん家やなんだけど!おいっ!」
その後を追い、マイクロンが声をかけたが時すでに遅しと言おうか、グレン・ロヴとフォルツの姿はとっくに見えなくなっている。
この後どうすんだよと、寝不足の頭でマイクロンは、騎士たちと自分の上司への説明をすべく頭を抱える。




