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過去 2

 ほんの一時だが、気をやってしまったレティシアが、我に返りまず目にしたものは、少しむくれたような、それでも心配が隠せない顔をしたグレン・ロヴの姿だった。

 とにかく助けてもらったことは確かなようだと、ゆっくりとベッドから起き上がり、その隣に置いた椅子に座る彼へ向かい頭を下げる。


「ありがとう。あなたが助けて、魔法でケガも治してくれたのね」

「ああ。お前が呼んだんだ。助けてくれとな。だが、見つけたのは俺じゃない。通りすがりの貴族っぽいどっかのおっさんだ」

「自分だって貴族の息子のくせに……」


 ついレティシアの口が滑ると、なんとも形容し難い渋い顔つきの若き魔王が答える。


「なんだ、それも知ってんのか。やっぱりお前、何もんだ?俺の素性を知ってるヤツなんて普通じゃないぞ」


 この彼にしてもメイド服に身を包み、大ケガをして外に倒れていた彼女が貴族の娘であり、サイガスト公爵家のミラベルの専属侍女であることも知らないのだ。

 その上、そもそもレティシアの知っている彼らとはどうみても年が違う。


 確かにレティシアには痛む体にたえながら魔陣牒を使い、グレンとロヴを呼んだ覚えがある。

 ただ、助けてもらった上に治癒魔法まで使ってもらって言うのもなんだが、それは当然この魔王のことではなかった。


 やはり、フォルツが言っていた、あの過去に飛ぶという魔陣牒は本物だったのか。

 しかもレティシアが会いたいと願った、父親であるフレドリックがまだ存命の頃に飛ぶことが出来たのだろうか。

 それを確かめるために、彼女は手のひらをぎゅっと合わせ、祈るように目の前の魔王に確認をとる。


「あの……今、今日は何年の何日なのか、教えてもらっていいかしら?」

「はあ?お前、何言って……」


 訝しげに聞き返したグレン・ロヴだったが、指先の色が変わりそうなくらいに力を込めたレティシアの手を見て何かを察したのだろう。

 はっきりとした口調でその質問に答えてくれた。


「王歴二百三年、六の月の六日だ。お前はひどい傷をおっていて丸二日寝こんでいたから知らないだろうが、四日の朝に、さっきも言ったおっさんに、ボルドとベインの境で見つけてもらって、この宿屋まで運んでもらったんだ」


 ああ、なんと無常なのだと、レティシアは合わせた手の力が抜けていくのを感じた。


 正にその年の六の月、四日、その日こそが彼女の父親が、水害の二次災害で命を落とした日であった。

 場所も間違っていない、そのもう少し先にいったドートー川の氾濫が父親の命を奪ったのだ。


 もしも、レティシアがケガもせずにここへ飛んでこられたのならば、父親を助けられたのではないかと思うと、悔しくて、悲しくて、やりきれない。

 そんな気持ちが涙腺まで駆け上がり、知らぬ間に涙となって流れ落ちた。

 ぽろぽろと、放心状態で泣き出したレティシアを見て、グレン・ロヴは慌てる。


「お、おいっ。泣くな、お前、おい」


 そんなことを言われても無理だろう。

 五年前とたった今、父親の死を二回も知ることになってしまったレティシアは、涙が枯れるまでそのままずっと泣きつくした。


「ごめんなさい。迷惑だったわよね」

「いや、別にいい」


 渡されたタオルを握りしめながら、なんとか泣き止んだレティシアだが、目が真っ赤のまま謝る姿は痛々しい。

 ぶっきらぼうな声で答えるが、その若き魔王はそんな涙の跡の残る彼女のことを相当気にしている。

 自身が作った魔陣牒を持つ、見知らぬ彼女の正体を知りたいだろうに、体が傷ついていればそれを癒し、心が打ちひしがれていれば黙って見守ってくれていたのだ。


 本当に、昔から優しい人だったのだと思えば思うほど、レティシアの胸が騒めいた。


 こうして目の前で彼を見れば見るほど、グレンとロヴの二人が同一人物だということは間違いがないのだろうと思う。

 何故今まで気がつかなかったのかわからないほどだ。


 二人を同時に好きだという気持ちを自覚してしまった今では、どこをどうみても若い頃の彼らにしか見えないこの魔王と相対していると、グレンとロヴが恋しくて仕方がなくなる。


 会いたい。帰りたい。自分の知っている、彼らに。


「あの、話を聞いてもらえる?その、魔陣牒について、それから私のことも」


 そう言って、レティシアは今まで起こったことを話し始めた。

 自分の過ごしていた時代へ帰る為に、出来ることならば力になってもらいたいと、ただそれだけを願って。


***


「あんの、バカ従妹が……悪いな。迷惑をかけた」


 正確には又従妹だが、この状況でそこまでこだわるつもりはないらしい。

 一通りの話を語り、若き魔王に出してもらったお茶を飲んで一服中の二人だが、そこまで簡単に信じてもらっては、かえって不安になる。

 そこのところはどうなのかと尋ねようとしたが、名前はどちらで呼んだ方がいいのかわからない。


「それはいいの。でも、あの、えっと……なんて呼べばいいかしら?あなたのこと」

「ああ、どっちでもいい。いや、対外的にはグレンの方がいいか。お前、っと、レティシア嬢だったな。そっちも、魔王の名を呼ぶのは嫌だろう?」


「え?……ううん。私、ロヴの名前、好きよ」


 レティシアが素直な気持ちを言葉にのせると、切れ長の目を大きく見開いたグレン・ロヴの顔が一気に赤くなった。


「はっ!?あ?いや、ならいい……あ、ありがと」

「いえ、ど、どういたしまして……」


 あまりにも赤い顔をするものだから、レティシアも急にどぎまぎして答えてしまう。

 ここが五年前ということは、グレン・ロヴとレティシアはちょうど同じ年なだけに、反応が初々しくもあり、つい似通ってしまうようだ。


 しかし、今そんなことをして時間を浪費している場合ではない。

 もう一度、最初から確認をとる。


「そうなのね、グレン……様。信じてもらえるのは嬉しいのだけれど、本当に、私が今より五年先から来たってことで、いいの?」

「少なくとも三年前くらいに、ぎゃあぎゃあ騒がれて面倒くさかったから、ミラベルに召還用の魔陣牒をくれてやった覚えがある」

「あるんだ……」

「あれを知ってるのは俺とミラベルしかいない。というか、俺も忘れていたぞ、あんなもん」


 その魔陣牒が色々と問題を勃発させたのだが、今そんなことを突っ込んでも仕方がないとレティシアが黙っていると、グレン・ロヴは話を続ける。


「お前が使った魔陣牒も確かに俺の作ったものだ。癖があるからすぐわかる。それから、その……ま、魔法陣もな」

「魔法陣?ああ、これのこと?見えないのによくわかったわね。って、そう言えば、これもロヴが作ってくれたのよ」


 レティシアは右手のひらを広げて彼の方へと向ける。見た目は何も変わっていないのだが、流石に魔王というべきか、本人の仕事というべきか、よくもわかるものだと感心をした。


「そんだけ魔力を感じれば十分だ。それに魔法陣なんて普通は人に烙印しない。そんなのまるでマーキ……んっんんっ、いや、いい」

「へえ。そんなものなのね。……あ!」


 マーキングと言いそうになり、止めた。

 五年後の自分は一体何をしているのかと、うっすらと頬を染めているグレン・ロヴだが、そんなことには全く気がつかないレティシアは、彼の言葉を遮り大きな声を上げた。


「ねえ、もしかしたらコレで元に戻れないかしら?」


 魔力を注ぐとサイガスト公爵家にある彼女の自室へ戻る仕組みの魔法陣なのだ。

 いつもならブランに鼻スタンプで魔力を注いでもらっていたが、今ここには魔王と呼ばれる魔法使いがいるではないか。

 期待を込めてグレン・ロヴへと問いかけると、眉間に皺をよせて少し申し訳なさそうに答えた。


「時間までは戻れない。見ればわかるが、それは場所移動しか構築していないぞ」

「え、そうなの?」

「普通はそんなことまで考えないからな」


  当然だがレティシアには見てもわからない。だからこそ、よくわかっていなかったのだ。


 過去に飛ぶということがどれだけ危険を伴うかということを。


 そして目の前に、年は若いが魔王ロヴがいてくれるからと、少しばかり楽観的に考えてしまっていたのだった。


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