魔王 2
グレン・ロヴ・トールダイスは、トールダイス侯爵家の嫡男として、そして同時に、魔王ロヴの名を継承するものとして生を受けた。
事の起こりはおよそ二百年前、アウデイン王国建国当時まで遡る。
とある出来事により、建国間もないアウデイン王国の国王エリオットの妹エリーゼと魔王ロヴは恋に落ちた。
例えそれが当初の予定外の結果であっても仕方がない。恋に落ちたものは落ちたのだ。それも、真っ逆さまに。
それ故、魔王ロヴと王妹の物語は、一般的には全く広まっておらず、当時の関係者たちだけが知っている密事であった。
当時のアウデイン王が、魔王の恐ろしさに首を縦に振ったのか、はたまた妹姫の無茶ぶりに不承不承頷いたのか、それは今となってはわからないことだらけだが、結局は二人の仲を認め、妹姫との婚姻を許すこととなる。
その上で、王は魔王に一つだけ約束を願い出た。
それは今後アウデイン王国から授けられた侯爵位を継承し、深き知を知る者として王国を表裏両面で支えて欲しいと。
力ある魔王ならばそんな約束はあってないようなものだが、何故か彼らは代々その約束を受け継いでいく。それが、トールダイス侯爵家の成り立ちだった。
今そのトールダイス侯爵の話を知り、口承しているのは、王家と、三大公爵家、準公爵にあたる辺境伯だけである。
とはいっても、どの時代にも数名の例外はいるのだが、そ こから彼らの秘密が漏れたことは一度もない。
そしてそれから二百年後、魔王ロヴの後継者として生まれてきたグレン・ロヴは、ここ近年では稀にみるほどの強大な魔力と魔法センスを持つ青年として育ったのだった。
どれほどかといえば、十八の王立学院卒業のその日に、『あとは任せた』と、実の父親で、当代魔王のゲイブ・ロヴ・トールダイス侯爵が書置きを残して消えるくらいには、すでに魔王として完成していた。
元々魔力に乏しく、魔法に興味の薄かったゲイブが、魔王を投げ出すのは仕方がないと息子である彼にも理解は出来た。
魔法の研究は得意な方がやればいいと思っていたぐらいだから、魔王の継承は問題ない。
だがしかし侯爵としての仕事まで放りだし逃げ出したお陰で、卒業後すぐに『魔王』と『執務官』のダブルワークへと駆り出されたことには、いまだ怒りは冷めやらない。
そうして逃げ足の早さと隠れることの上手さだけはグレン・ロヴを上回る父親を、いつの日かふん捕まえてやろうと思いつつ仕事に駆けずり回る毎日だった。
そんな忙しい日々の中、グレン・ロヴが見つけた、たった一つの潤いがレティシア・ロズベール伯爵令嬢だ。
魔王や魔獣を恐れることなく接する彼女に好感を持った。
ころころと表情を変え、笑顔を見せる彼女を可愛いと思った。
落ち込む彼を慰めてくれる彼女を愛おしいと感じた。
もう二度と彼女のいない生活など耐えられない。
「絶対に見つけ出して、二度と離すつもりはない」
マイクロンが騎士たちに連絡をしている間、グレン・ロヴはそう力強く呟いた。
***
「ここでいいのか、グレン?」
「ああ、サイガスト公爵家の裏門から出たというからな。騎士たちは配置したか?」
「おう。馬に乗せて待機させてある。すぐに光を追えばいいんだろ?」
「そうだ。とっとと来いよ」
「わかったわかった。んじゃ、よろしく」
マイクロンの返事も待たずに、すでに魔法陣を構築しだしているグレン・ロヴ。
公爵家の裏門から出て行ったレティシアの足取りを追うためのものだが、普通に考えてこんなことまで出来るのかと、マイクロンは首を捻る。
グレン・ロヴが魔法使いであり、魔王ロヴだということは、子供の頃ひょんなことで知ってしまったのだが、彼がマイクロンの前で魔法を使うことはほとんどなかった。
グレン・トールダイスでいる時は魔法を使わないというのが信条だったはずだが、それすらもあっさり破棄させてしまうレティシアの比重の重さに、今さらながら驚いている。
「あの、グレンがなあ」
そうしみじみとした感情を口に出すのと同時に、目の前がスパークした。そしてそこから発生した光の線が一直線に街中へと走って行く。
「うわっ!ド派手……なんだこりゃ」
ただでさえ黒の日の今日は目に入る灯りが少ない。一気に飛び出した光の線はあの賑やかな街中でも目立つこと間違いなしだろう。
おいおい、と半笑いでグレン・ロヴを振り返ると、真剣な顔付きで光を追っていた。
すると突然、大きな声を張り上げ怒鳴り出した。
「はっ!?まさか、くそっ!」
「え、どうした?グレン!」
マイクロンの声も聞こえないほど慌てたグレン・ロヴは、あっと思う間もなくその場から飛んだ。
ならば少なくとも場所は特定できたはずだ。配置した騎士たちは、光の線を確認し次第すでに動いている。
一体何が起こっているのかはわからないが、レティシアの為、何よりも友人であるグレン・ロヴの為にも、早く行かなければとマイクロンは用意した馬に飛び乗った。




