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魔王 1

「おい、ブラン。アレは、まだか?」

「あれって、なにー?ロヴ」

「あれだ、あれ…………レティ、だ」


 魔法書を読みながら何でもないふうを装いつつも、ロヴの思いきり気にしているような問いかけに、空気を読まないブランはあっさりと切って捨てる。


「まーだー。レティまだだね。来るの嫌になっちゃった?ロヴが怒るから?」

「俺は、怒ってない!」


 そもそもどちらが怒っていようと、夜になれば自動的にこのロヴの屋敷にへと魔陣牒で飛ばされてくるのだ。

 そう考えると、やはり遅いとロヴは思う。

 黒の日の今日は、一日中暗闇の中にあるが、彼の魔陣牒はそんなものに左右されはしない。


「今日パーティーをするような阿保な貴族はいるわけがないし、一体どういうことだ……」


 普段ならとっくに、例えパーティーがあり遅くなった日でも、来ていてもいいはずの時間になってもレティシアはロヴの屋敷に来ていない。

 最近妙にぎくしゃくとしてしまっていたから、まさか彼女がロヴに愛想を尽かせて、部屋の魔陣牒を破棄してしまったのではないかと、そこまで考え、読んでもいない本を置く。


「いや、レティは変に義理堅いところがあるから、約束は破らないはずだ」

「独り言多いね、ロヴ。気になるなら魔法でみればー?」


 痛いところを突かれ、グッと息を飲み込む。

 今までならこんなふうに独り言など口に出すことはなかった。一人でいることと静寂を好む彼は、ただ淡々と仕事をこなし、極まれに親しい友人や親類と語るそんな生活で満足していた。それだけでよかったのだ。


 なのに、ミラベルに召喚されたあの黒の日のこと、彼女の周りで怒ったり嗜めたり、急に慈愛の顔を見せたりと、表情をくるくると変えるレティシアが面白いと思ってしまった。


 ほんの少しの好奇心と悪戯心、初めはただそれだけのはずだった。


 そうして、そんなレティシアをもっと見ていたいと、嘘の契約書まで作ってここへ来るようにと縛り付けたのだ。


 彼女の仕事はとても丁寧で几帳面だった。

 しかしそれとは正反対に、彼への扱いはぞんざいで、気に入らないことがあればはたきで叩いたり、食事に嫌いなものを混ぜたりしてもくる。そしてそんなささやかな反抗が成功すると、ころころと大きく口を開けて笑うのだ。


 そんなレティシアの姿が、面白いから、可愛いに変わるのはあっという間だった。


 もうロヴは自覚している。彼女がいないと、つまらない。

 それどころか、胸が苦しいほどに痛いということに。


 だからこそ、もしその契約という枷が外れたのだとしたら?そんなことを考えれば考えるほど苛立ちが沸きあがってくる。


「ブラン。レティの匂いを追ってくれ」

「もー、自分でやればいいのにー」


 そうはいいつつも、言うことをきいてくれるブランは中々気のいい魔獣だ。

 本来人に慣れることなどないのが魔獣だが、何故かレティシアのことは気にいっているため、つい色々と頼んでしまう。


「ん?あれー……」

「どうした、何かあったか?」

「なんもない」

「おいおい、ぼけるな、ブラン」


 魔獣は普通の獣とは違う。特に魔力の強いブランなら王都くらいの広さならその匂いだけでも居場所を特定できるくらいの鼻を持っている。


「違うの、何にもないの!レティの匂いがどこにもないの!」

「はあっ!?王都のどこにもか?まさか、そんな……」


 そのブランの言葉を聞くと、ロヴは即座に魔法でレティシアの居場所を感知する。


 彼女に嫌がられないようにと、探るような魔法は使うつもりは無かったが、場合が場合だと割り切った。しかし――


「居ない……」


 王都内だけでなく、その周辺まで確認をしたがレティシアの気配がどこにもない。

 まさか、この黒の日のように光もない闇の中、王都を出て行ったとは考えられない。そう思ったところでハタと気がつく。


 レティシアの親戚だというあの下品な男がもし彼女に何か言ったとしたらどうだろう。

 もしかしたら彼女の領地で何か起こったとしたら、レティシアはどうであろうと駆けつけるかもしれない。そこまで考えを巡らせたロヴは、ブランへ顔を向ける。


「ブラン、後を頼む。もし入れ違いでレティが来たら、吠えろ」

「はーい」


 ブランの返事も待たずに、ロヴはサイガスト公爵の屋敷へ飛んだ。


「ミラベル、レティはどこだ?」


 開口一番、挨拶もへったくれもない。

 サイガスト公爵家の令嬢の部屋にいきなり現れ、向かって言うセリフでもないが、ロヴは気にもしないし、言われたミラベルの方も全く頓着しなかった。それどころか、彼の姿を見てホッと胸を撫で下ろしさえした。


「ロヴ!良かった、来てくれて。それが、レティシアがどこにもいないの、帰ってこないの」

「は?お前は何も聞いてないのか?」


 ううん。とミラベルは首を振る。すでに寝支度をしているが、レティシアが帰宅していないのがどうにも気にかかり、起きて待っていたようだ。


「今日は黒の日でしょ。あまりすることがないからって、午後はお休みにしてあったのだけれど、昼過ぎに三時間ほど外へ出て来るって言ったまま……」

「出かけると聞いたのは、お前だけか?どこへ行くとかは?」

「違う。私付きの侍女はみんな知っているわ。サラが、裏門から出るから戸締りを頼まれたって言っていたけれど行先までは聞いてないらしいの」


 泣きそうな顔で語るミラベルは、レティシアのことが随分心配なのだろう。

 今まで五年間、専属侍女として姉の様に彼女に付いてくれたレティシアのことを、心から慕っているのだ。


「わかった。後は俺に任せろ」


 ぽんっと頭を軽く叩くと、むうっと頬をふくれさせるミラベル。

 子ども扱いをするなと言いたいのだろうが、成人したとはいえ赤ん坊の頃から知っている彼女はロヴにとってはまだまだ子供でしかない。


「わかったわ。お願いね、ロヴ」

「又従妹様に頼まれなくても、必ず見つけてやるよ」


 ミラベルと約束すると、ロヴは一瞬で飛ぶ。次に目指すところはもうすでに決めてある上に、男ばかりの騎士宿舎だから遠慮はいらない。


 その目当ての人物のベッドの上に出ると、いい気分で寝入っているマイクロン・コッズを布団ごと踏みつけた。


 ぐゅえっ!蛙の断末魔のような呻き声を立ててマイクロンが飛び起きると、黒髪に黒いローブ姿の男が腕組みをして、彼を見下ろしているのが見て取れた。


「おい、マイク。今すぐに口の堅くて使える騎士を十名ほど用意しろ。何ならグレン・トールダイスの名前を出していい」


「ばっ、うえっ。お前、グレン?ちょ、何でその格好でこっち出てきてんだよ!」


 踏んづけた足が、ちょうど腹にめり込んだらしいマイクロンが、えずきながらロヴの方へ向かいそう尋ねた。


「非常事態だ。レティが消えた。今すぐに探し出すから人手を貸せ」


 マイクロンが零れそうなくらい大きく開いた目を向けると、ロヴは早くしろと言い、手を軽く振る。すると、下履き一枚で寝ていたマイクロンの姿があっという間に簡易の騎士服姿へと変わった。


 ロヴに向かい何かを言いたそうな顔をしているが、そんな場合ではなさそうだと、素直にベッドから飛び降り、机の中にある通信用の魔陣牒を手に取る。


「へいへい。伯爵令嬢が行方不明とは穏やかじゃないし、すぐに連絡取るわ。……んで、魔法使うの?グレン?」

「勿論」


 そう答えると、魔王ロヴは一瞬で漆黒の姿を変え、銀髪眼鏡の侯爵子息、第三執務室執務長官グレン・ロヴ・トールダイスがその場に現れた。


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