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見習い少年

「やっぱり人気店というだけあって、人が多いですね」

「ええ、でも直接見に来て良かったわ。見たことないお菓子がいっぱいあるもの」


 いつの間にか王太子と仲直りしていたミラベルは、すでに魔陣牒での通信を再開していた。

 けれどもそれは今まで通りの映像まで送れるものでなく、声のみを送るやり取りになったということだ。


 それでも中々楽しそうにやり取りをしており、その話の中、グレンが最近手土産にと持参してくる焼き菓子が美味しいという話になったらしく、甘いものが好きな王太子が大変興味をそそられていたという。

 それならば、毎日訓練に明け暮れる王太子へのプレゼントとして贈るのだと、ミラベル自身でお菓子を選びにやってきたのだった。


「んー、やっぱりアーモンド系は外せないわね。あ、パーシーはね、バターいっぱい入っているのが好きなのよ」


 目についた焼き菓子を、レティシアが持つ籠の中にひょいひょいと入れていくと、そんなに小さくもない籠がすでにぎっしりとしている。


「ただ、今から無理をして向こうに送らなくても、帰ってきてからでいいのでは?馬を走らせても届くだけで一週間かかりますよ」


 黒の日まであと五日ほどだ。ロヴとの約束で、王太子はその次の白の日の前までには必ず帰ってくるとのことだから、どんなに遅くなっても三週間後にはベインを発つだろう。


「それじゃあサプライズにならないじゃない。こっそり送るからいいのよ。保存もかけるし、それにぱぱっと送ってもらうように頼んだからすぐに届くわ」

「え、グレン様に?」

「あー……そう。ほら、グレンに手配してもらったのよ、馬をね、勿論。えっと、じゃあこれを三十箱分用意して頂戴」

「はあ!?」


 レティシア同様、会計の店員も驚いたようだが、そこは商売人だ。すぐに笑顔をたたえ、はい、三十箱ですねと言い切った。


 数だけ考えれば多すぎると言いたいところだが、なにせベインのルミオズ辺境伯のところは大所帯である。

 ミラベルがそういうのなら、それだけ必要なのだろう。流石にそれだけの数をすぐには用意できないということで、レティシアが店の中で梱包を待つ間、ミラベルはもう一人の侍女を引き連れ菓子屋の向かいにある宝飾店を覗きに行った。


 そもそもミラベル達が乗ってきた馬車では、小柄な女性だけだとは言え三人乗ったうえで、あの大箱を三十箱も載せきれない。その手配もしなければいけないと思ったレティシアは、店の者に一言声をかけてから、一旦馬車の御者に確認を取りに戻ろうと店の外に出ようとした。


「きゃ!」

「あ、悪い、じゃなくて、すみません」


 扉を開けたちょうどその時、大きな麻の袋を両手に抱えて運んできた茶色の髪の少年とぶつかりそうになった。なんとか直撃は免れたのだが、その少年とはほんの数センチの距離だ。


「いいえ、こちらこそごめんなさいね」


 そう伝えると、少年の頭がガバッと上がりレティシアの顔を見た。瞬間、手にしていた麻袋をドスンと床に落とす。

 レティシアが、あの疑似魔陣牒を売っていて少年だと気が付いたのもそれと同時。しかし、あっと言う間もなく、少年の手から離れた麻袋の口紐が落ちた衝撃で解け、正面に居た彼女とその少年の二人が噴出した白い粉の餌食となったのだった。


 本当に申し訳ありませんと店主が米つきバッタの様になりながら謝ってくるが、浄化の魔陣牒を使ってもらったので、粉だらけになったメイド服はもうすっかり元通りになっている。


「もう大丈夫ですから気になさらないでください」

「いえ、店の者の不始末は私の不始末です。どうぞ、謝罪をさせてください」


 そう言う店主の横では、頭を掴み下げられている少年の姿があった。

 謝罪自体はどうでもいいレティシアだが、彼と少し話をしてみたいと思った彼女は、ならば少年に三十箱の大荷物を運んでもらえないだろうかと持ちかけると、店主は二つ返事で頷いた。


「いいのかよ、あんた」

「レティシアよ。何がかしら?ええと、あなた名前は?」

「…………フォルツ」


 小さくぼそりと呟くようにだが、確かに名前を教えた。偽名かどうかはわからないが、少なくともこれで話はしやすくなる。


「フォルツくんね。いいのかって、何が?」


 菓子店の荷車に三十箱の焼き菓子を積みこみ、それを引く少年フォルツが、隣に並んで歩くレティシアの方を横目で見ながらぼそぼそと話す。


「あんたさ、あんな綺麗なドレス着てたじゃんか。お嬢様だろ?それが、馬車にも乗らないで歩いて大丈夫なのかって……」

「大丈夫よ。私結構体力には自信あるのよ。……フォルツくんこそ大丈夫?いいの?それじゃあ、君があの猫だってこと白状しちゃってるんですけど?」


 レティシアがこの少年と顔を合わせた時は必ずこのメイド服を着ていた。

 それなのに、彼が絶対に目にすることの出来ない彼女のドレス姿を知っているということは、あの日助けた猫が彼だという他ならない。わざわざ尋ねるまでもなく、速攻でされたカミングアウトに、少々呆れたように答えるレティシアだった。


「どうせわかってんだろ?だったら隠す方が馬鹿らしいじゃん」

「まあね。そうだと思ってたわ。あの日、私もベルギュン伯爵家にいて、あなたと侍女の子の話を聞いたから」


 ふうん。そう、なんともないような声で返事をするフォルツになんと言えばいいのか考える。

 グレンには、彼に二度と近づくなと言われたが、やはり弟と同じくらいの年の少年が、最悪の道に進んでしまいそうになっているのは止めてあげたいと思ってしまうのだ。


 賑やかな街並みを抜けると段々と人通りが落ち着いていく。そんな中ゆっくりと歩みを進めながら、考えをまとめていると、フォルツが静かに語り出した。


「もう売らねえよ、安心しな」

「本当!?」

「ああ、この間爺ちゃんが死んじまったからもう作れねえし。爺ちゃんが居なけりゃ金もそんなに必要ない」

「ええっ?そう、お祖父様が……」


 フォルツは荷台を引きながら、ただ前だけを見て歩く。その淡々と話す姿が彼の悲しみの大きさと反比例しているように思えた。

 レティシアは足を止め、両手を胸の前で結び祈りを捧げる。


「お祖父様に安らかな眠りを」

「いいって、そんなの。いい歳だったし、もうずっと悪かった。治癒のも効かなくなってた」


 治癒魔陣牒はあくまでも治療が目的で延命としては使えない。

 以前ロヴも言っていたが、その治り具合は患者の元々持っている生命力が大きく関わってくるのだ。猫になっていたフォルツの傷の治りが早かったのも、若く体力がある、そういった条件にあっていたからといえる。


「あのね、もしかしたらフォルツくんのお祖父様は……魔法使いだったのかしら?」


 その言葉に一瞬だけ体を堅くしたフォルツだが、レティシアの方を見ないように首を振った。


「爺ちゃんは魔法使いなんかじゃなかった」

「だったらどうやって魔陣牒を手に入れられていたの?」

「けど、何でか魔陣牒の作り方を知ってたんだ。だから俺ら、ずっと、ずっと、それを、売って……それしか出来なかったから……」


 湧き出す涙をぐっとこらえるようにして横を向く。その姿を見て、レティシアは素直に少年の言うことを信じた。


「じゃあもう確かに止めたのね」

「だからさ、俺一昨日からあそこの菓子屋で働き始めたんだ。見習いどころかまだ雑用だけど、爺ちゃんあそこの焼き菓子が好きだったから……最後に供えてやろうと思って」

「そう。わかったわ」


 レティシアがフォルツに向かい、そう静かに答える。

 太陽がゆっくりと傾いていく中で、がたがたと荷車の車輪だけが音をたてていた。


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