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グレン 3

「トールダイス様……」

「こんばんは、レティシア嬢。女性が一人でこんな灯りの届かない場所に来てはいけないな」

「え、ええ。でも私、お嬢様を探していて」


 素直に理由を話しているのに、何故か言い訳がましくなるのは、グレンの笑いかける顔が怖いからだ。

 いや普通の女性ならば、その整った顔が笑顔になっているだけで、夢見心地になるのかもしれないが、レティシアにはわかってしまった。これは本気で怒っている顔だと。


「ああ、ミラベルなら大丈夫だ。先ほどドルトイン侯爵と一緒にいるところを見かけた。心配なら迎えに行こうか」


 グレンから差し出された手を大人しくとると、ほんの少しだけその怒りが静まったように思える。

 ホッとして、そのまま立ち去ろうとしたところ、その静かな怒りに気圧されていたルペルツがようやく立ち直ったか、グレンへと声を掛けた。


「坊ちゃん、そいつは田舎の貧乏貴族だ。話にかこつけて、その胸に騙されるなよ」


 わざと胸元に手を持ってきて、大きく盛り上げる仕草をしながら、ひゃっひゃと、また品の無い笑いと共に、レティシアを馬鹿にする言葉を吐き出す。


 もう救いようのない男だとしか思えない。呆れかえっていると、横に立つグレンから冷たい炎が立ち上がるのが見えた。

 いや、それぐらいに見事な殺気を発しているグレンの手を慌ててぎゅっと握りしめ、彼が一瞬驚いている隙に、強引に引っ張りその場を離れた。


「すみません。その、ルペルツ様が色々と失礼なことを申しました」

「それについてはレティシア嬢が謝ることじゃない」

「一応あれでも従兄ですから」


 不本意ながらと付け足せば、はっ、と笑う声が聞こえた。

 先ほどの生垣から少し離れたところにあるベンチに座るよう促され、素直に頷いた。そうして二人座って休んでいると、ベンチの向かいにある噴水が水を上げるたびに、何か魔陣牒でも仕掛けてあるのか、キラキラとした光が散らばるように輝いているのが見て取れた。


 瞬く夜空の星と、煌めく噴水の水が、まるで何かのショーのように思えて、つい見入ってしまう。


「綺麗ですね」

「ああ、そうだな」


 レティシアの感嘆の声に、ゆっくりと応えるグレン。

 早くミラベルの様子を見に行かなければとも思うのだが、どうしてかグレンに誘われるままこの場所に居座り続けてしまう。

 すっと噴水の水が引いた瞬間、隣から視線を感じたレティシアが顔を上げると、銀縁の眼鏡越しにグレンの瞳が物言いたげに光っていた。


「一つだけ、言いたいことがある」

「はい、なんでしょう」

「どうして呼ばなかった?」

「え?」

「魔陣牒を渡しただろう。どうしてあの場で俺を呼ばなかった?たまたま見つけたから良かったものの、何かあったらどうする。あんな暗いところで、あんな男と二人で」


 たまたまというには大変な偶然だが、あの程度のことならば簡単にいなせると思ったのだ。

 他の人間ならともかく、ルペルツは元々威勢がいいだけの小心者で、どうせ今日にしても一人寂しくあんな場所で時間を潰していたに違いないとレティシアは踏んでいた。

 あの男は彼女にとっては脅威でもなんでもない。


 それに、グレンの言いたいことも理解できるのだが、実際問題そう簡単なものでもなかったのだ。


「あ、……サシェは、ドレスの……ポケットに入れてあるので……その」


 普段のメイド服ならば、エプロン部分を改造してポケットを付けてしまったので取り外しは楽だが、ドレスではそうはいかない。

 レティシアは言葉を濁して言っているが、ようはコルセットに付けたポケットの中、つまりは下着の中に入れているのだ。そんなにぱっと取り出したりは出来ない。


 その言葉でようやくその意味に気が付いたグレンは、軽く赤くなった頬を誤魔化すかのように咳払いをして言った。


「あー、その、言い過ぎた」

「いいえ」


 私こそと言いそうになったが、それもおかしいと思い直し、他の言葉を探す。


「あの、次は必ず、トールダイス様を呼ばせていただきますので」


 そうレティシアが言うと、ムッとした声で速攻返された。


「グレン、だ」

「は?あの……」

「魔陣牒を開いて、グレンと呼べ。そうすれば繋がる」

「ええ、と……?」

「あの男は名前で呼ぶのに、俺の名前は呼べないと?」

「いえ、そんなことはありません、けど」

「なら問題ないな」


 そう言うと照れ隠しのように眼鏡の弦を触り、その奥からグレーの瞳が、さあ言えと訴えている。

 レティシアは、なんとなくむず痒いような恥ずかしさが胸元に這い上がってくるのを感じた。

 しかし、言わなければいつまでもこのままだと、意を決して言葉にする。


「その、はい……グレン、様」

「よし。まあ、及第点だ」


 どこかで聞いたような台詞を言ってのけたグレンが、満足そうに頷いた。


 この銀髪の美青年はこんなに子供っぽいところがあったのだろうかと思い返すレティシアだったが、そういえば最初の嫌味っぽいところも考えようによってはそんなところが垣間見えていたようにも思える。


 そして、やはりミラベルとグレンは親戚なのだなと納得をした。


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