グレン 2
「今日はまた一段と盛況ですね」
「ドルトイン侯爵家のパーティーですもの。大叔父様は色々と趣向を凝らすのが好きな方だから当然ね。あ、ほら、前庭で軽業師が芸を見せているわ!」
「お嬢様、待ってください。あ……」
あの衝撃的なベルギュン伯爵家とエキレーゼ侯爵家の婚約破断から二週間経っているが、いまだ話題の中心はその話らしい。
詳しい話を知らない若者は、当日パーティーに参加していたミラベルへと話を聞きに来るが、「早く帰ってしまったものですから」さらりとかわす姿は見事なものだ。
けれども後を切らないその話題に段々と嫌気がさしたミラベルは、前庭のイベントを口実に、気が付けば姿をくらましてしまった。
元々このドルトイン侯爵家は、サイガスト公爵家の親戚筋に当たり、ミラベルも小さな頃から何度も遊びに来ている屋敷だ。
下手をしたら侯爵家跡取りの若き花嫁よりも屋敷内の出入り口などを知っているかもしれない。そう思えば、そこまで躍起になって探すこともないのかもしれないが、それでも彼女は公爵家の令嬢だ。
万が一何かが起こってはいけないと、レティシアはそれとなく人波の中を渡り歩きながら、ミラベルの姿を探す。明るくライトアップされている前庭のイベントから少し外れた生垣のところまで辿りつき確認すると、もう一度中に戻ってみようと踵を返した。
「よう、久しぶりだな。レティシア」
「はい?」
普段聞くことのないような、ねっとりとした声に振り向くと、そこに居たのはレティシアの父方の親戚である、ゾイマー伯爵家の次男、ルペルツだった。
今年二十五になるはずの彼は、栗色の髪と少し彫りの深い顔立ちで、整っているといえばいえるが、少し下がり気味の口元が人によってはどこか嫌らしさを感じさせてしまうかもしれない。
「ルペルツ様……お久しぶりです」
「へえ、お前随分と成長したじゃないか。ベインに居た時は山猿にしか見えなかったのになあ」
下卑た笑みを見せながら、レティシアの胸に目を落とす。そうしてその胸から目を外すことなく彼女の肩に手を置いた。
レティシアは嫌悪感でえずきそうになる。その視線も、肩に置かれた手から伝わるじっとりとした感触の全てが気持ち悪いと思った。
「申し訳ありません。仕事中ですので」
そう言ってその場から離れようとしたが、ルペルツは手を離さないどころか余計に力を込めた。
「まあ、そう言うな。サイガスト公爵家の娘のお守りだろう?うちの紹介で雇い入れて貰ったんだから、少しくらい相手をしろよ」
レティシアは開いた口が塞がらないとはこのことかと思う。
父親のロズベール伯爵が存命の頃から、面倒をかけられたことはあっても、ゾイマー伯爵家に頼みごとをしたことなど一度もない。
どうしたらそんな思い込みができるのだろうか。そもそもロズベール伯爵が亡くなった時に、我がもの顔で乗り込んできて彼女の母親であるエリディアに返り討ちにあったことも覚えていないのかと呆れた。
「さあ、どうでしたか。もう五年も前のことですから覚えておりませんわ」
暗に、ゾイマー伯爵家のお陰ではないと口に出すと、お前はまだガキだったからなと、小ばかにしたような笑いを見せて言う。
「でもまあ、今のお前ならいいな」
「はあ?」
「五年前のお前じゃあ親父にせっつかれても手を出す気にもならなかったが、これならロズベールに入ってやってもいいぞ。なあ、レティシア今からちょっと話でもしようぜ」
何を言っているのだと、頭を百回叩いても許されるのではないかと思った。
ロズベルール伯爵家には弟のコーヴェンという跡取りがいる。彼を差し置いてレティシアが伯爵家を継承するなどということはありえないし、万が一そうなったとしてもこの目の前の品性下劣な男を選ぶわけがない。
これ以上このルペルツと話していても時間の無駄だと感じたレティシアは、周りに人が居ないことを確認し、その肩に乗る手を大きく叩き落とすと、無言で立ち去ることにした。
「おいっ、待て!」
一瞬怯んだものの、相手は女性だと高をくくったルペルツは高圧的なセリフを吐きながらレティシアを追いかける。
山猿と呼ばれたころのレティシアならば、ルペルツの足を大きく蹴飛ばすなりして逃げ出せばよかったが、流石に成人したレディでありこの窮屈なドレス姿ではそうもいかない。あっという間に追いつかれ、その腕を掴み取られた。
「いい加減にしてくださいませ、ルペルツ様。私にはあなたとお話することはございません」
「なんだよ、色々あるだろ?親戚なんだからなんでも相談しろよ」
強気に出てきたレティシアを懐柔しようと猫なで声を立て始めたが、彼女にとっては気持ちが悪いだけだ。もうひと声ガツンと言ってやろうとしたところで、冷たい声が響いた。
「そんなに大きな声では何を相談しても筒抜けだろう」
突然乱入してきた声に、ルペルツだけでなくレティシアも驚く。そしてその良く通る声の持ち主が生垣の向こうから姿を現すと、さらに目を開き驚いた。




